化学産業 第2回:化学産業上流事業の会計処理の特徴

EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 大貫 一紀/甲斐 靖裕/鎌田 善之/久保川 智広/倉持 太郎/柴 法正/田村 智裕/根建 栄/吉井 桂一

1. 上流事業の特徴

上流事業とは、化学製品がさまざまな生産工程を経て最終製品となる流れの中で、次工程における材料となるような「基礎化学品」を取り扱う事業を指します。特に無機化学工業製品や有機化学工業製品のうち、石油化学製品などにおけるエチレン、プロピレン、ベンゼンなどの基礎化学品が上流製品として代表的であるといえます。

上流事業の特徴としては、次のようなものが挙げられます。

(1) 設備産業

① 大規模プラント

化学産業は典型的な設備産業であり、製品の生成には大規模なプラントを必要とします。

上流事業において、より生産性の高いプラントを保有することは大きなメリットとなりますが、わが国の石油化学企業においては工場・プラントの統廃合が進み、生産拠点は集約傾向にあるため、その設備投資も、新規プラントの増設ではなく既存設備自体の生産能力を増強するための戦略がとられることとなります。

② 大規模修繕

大型プラントを保有する上流事業においては、プラントの生産能力を維持するために多額の保守費用も必要となります。通常、化学企業は年に一度、製造ラインを停止してメンテナンスを行い、数年に一度は大規模修繕を行うこととなります。

このような定期的な修繕実施のためには多額の資金が必要となり、また修繕のために製造ラインを停止する間は生産を行えないことから、売上への影響を最小限にするために、定期的な修繕前に一定量の在庫を保有しておく必要があります。


(2) 原材料と価格転嫁

資源の豊富でない、わが国の化学産業においては、原材料は主として諸外国から輸入しています。このため上流事業の業績は原材料の価格変動、為替変動などに大きな影響を受けることとなります。こうした原材料の価格・為替の変動リスクをヘッジする目的で、企業の中には為替予約等のデリバティブ取引を行うことが少なくありません。

また、原材料の価格自体が市況により変動するため、上流事業においては原材料の価格変動をいかに製品価格に転嫁できるかが重要な点となってきます。石油化学事業においては、製品価格の決定方式に次のような商慣行があります。

  • フォーミュラ方式(ナフサ連動)
    主原料の市場価格等を変数とした計算式により、製品取引価格が自動的に算出される方式。原料となる国産ナフサ価格に基づき3カ月ごとに改定を行うタイプが主流となります。例えば4~6月のナフサ価格を基として7~9月の取引価格が決定されることとなります。
    フォーミュラ方式では原料価格の変動と製品価格の改定にタイムラグが生じますが、販売側と仕入側で価格交渉に長い時間や労力を割かずに済むメリットがあります。

  • 単価後決め方式
    販売時点では販売単価を確定しないまま取引を行い、単価を後決めする方式。国産ナフサ価格は、全国平均の輸入ナフサCIF価格(「ナフサ通関四半期統計」より)に諸掛(金融費用、備蓄費、税負担等)を加えたものを基準として、四半期ごとに決定されます。販売単価の後決め時点とは「ナフサ通関四半期統計」発表時点以降であり、一般的に国産ナフサ価格の決定と連動する形で、交渉により販売価格が決定されます。

以上のメリットの観点から、ナフサ連動型のフォーミュラ方式による販売価格の決定が増加しています。


(3) 製品の特性

上流事業製品はいわゆる「基礎化学品」であり、どの企業においても、ほぼ同じ製法により、ほぼ同質の製品となるため、上流事業は製品の差別化が図りにくい事業といえます。

① 低価格とコスト競争力重視

  • 低価格
    上流事業では製品に差別化が図れないため、必然的に競合他社との価格競争に陥る傾向となり、その販売価格は低水準になります。

  • コスト競争力重視
    製品価格が低水準となるため、上流事業においてはコスト削減により利益率を高めることが重要となります。各企業は生産拠点の統廃合、生産プロセスの合理化、エネルギーコスト・物流コスト等の圧縮改善などに取り組んでいます。

なお、わが国の製造業にかなりの程度共通することですが、人件費、土地代、物流費、電力費等はアジアや中東、欧米に比べてコストが高く、各企業にとって大きな負担となっています。

② 交換(スワップ)

上流事業製品は企業ごとの品質に差異の少ない基礎化学品であることから、他企業間の取引で取り交わされる製品を自社の取引製品と交換するような「スワップ取引」も行われます。このようなスワップ取引には次のようなものが考えられます。

  • ロケーション・スワップ
    物流コスト削減の観点から、自社工場・倉庫よりも他企業の工場・倉庫の方が納品先に近くなるような場合、相互に納品先を交換する契約をいいます。

  • タイム・スワップ
    定期修繕に備え、自社製造が停止中の間に他企業より納品してもらうよう相互に取り交わす契約をいいます。

③ 共同支配企業の設立

上流事業においては製品が同質で差別化されないことから、製品の生産に当たり、規模のメリットの追求が重要になってきます。同じ製品を生産するのであれば、競合会社同士であっても、一つの会社を設立して共同出資・共同生産をした方が、おのおのの工場で生産するよりも規模のメリットを享受することができます。このため、共同支配企業を持つケースがあることも上流事業の特徴です。


(4) 見込み生産、比率生産

上流事業は素材産業であり、製造期間も比較的短期であることから見込み生産が行われることとなります。その際、基礎化学品では連産品や副産物などが化学反応により常に一定の比率で生産されることとなります。

例えばナフサを水蒸気分解することにより、主製品としてのエチレンのほか、副産物としてC4留分や分解ガソリン(ベンゼン、トルエン等)が得られます。C4留分からはブタジエンが精製可能となりますが、C4留分はエチレンの副産物であるため、常時安定的に同量が調達できるとは限らず、ブタジエン精製企業においては綿密な生産計画を策定することが求められます。また、上流事業においては、製造工程において産出される連産品や副産物などの再利用や次工程への活用を検討することも課題といえます。

2. 上流事業における会計処理の特徴

(1) 売上

① 出荷と流通

化学産業においては、従前は出荷基準により収益を認識することが慣行となっていましたが、収益認識に関する会計基準の適用以降、支配が移転する場合に収益を認識することが原則とされました(収益認識に関する会計基準第35項)。化学産業は典型的な製造業に該当し、顧客の検収によって支配が移転し、企業の履行義務が充足されることが多いと考えられます。なお、商品又は製品の国内の販売において、出荷時から当該商品又は製品の支配が顧客に移転されるときまでの期間が通常の期間である場合には、出荷時等によって収益を認識できる代替的な取り扱いが定められています(収益認識に関する会計基準の適用指針第98項)。上流事業製品の特徴は、素材品として大量に出荷される点にあります。製品の引渡方法も通常運搬によるほか、コンビナート内であれば接続したパイプライン輸送によって供給されることもあります。なお、気体については液体化して出荷するため(もしくは爆発の危険性のあるものは空気と混合しないようにするため)、特殊なタンカーやタンクローリー車による輸送によって供給されることもあります。

そして、その流通には次のようなケースがあり、製品の出荷方法や流通形態により製品の支配が移転する時点が相違することが考えられることから、同種の製品であっても収益認識時点が相違する可能性がある点に留意が必要です。

  • 直接販売
    メーカーからユーザーへ直接販売されるケース。特にコンビナート内でパイプラインを通じ供給されるエチレン、プロピレンなど

  • 商社を経由
    メーカーから商社を経由し、ユーザーへ直送されるケース

② 仮単価による売上計上

上流事業においては、販売後、単価が決定される場合もあります。

フォーミュラ方式であれば確定した販売単価により売上計上することとなりますが、単価後決め方式により販売時点において販売単価が確定していない場合には、仮単価は単価改定に伴い、取引価格が変動する可能性があるという点から、このようなケースでは変動対価(基準第50項)に該当すると考えられます。変動対価は最頻値又は期待値による方法のいずれかにより見積もり、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めることとなります(基準第51、54項)。したがって、直近の価格交渉の内容や、過去の実績など、企業が合理的に入手できる情報を踏まえ、取引単価の設定方針を検討し、認識した収益の著しい減額が生じない金額を、各決算日において見積もる必要があります。

なお、最終的な金額を合理的に見積もれないと判断した場合、収益を計上できない可能性がある点に留意が必要です。

③ 交換(スワップ)取引

交換(スワップ)取引のうちロケーション・スワップについて解説をします。例えば、A社の売上先がC社、B社の売上先がD社である場合で、A社にとってはD社の納品先工場の方が、B社にとってはC社の納品先工場の方が相互に近距離である場合に、A社とB社が相互に納品先を交換する契約を締結することがあります。このような契約により、各社は相互に物流費を削減することができます(下図参照)。

ロケーション・スワップ取引例

ロケーション・スワップ取引例

相互の納品先が交換されるだけであり、A社はC社に対する通常の売上を計上処理することとなります。B社、D社に対する売上は計上されないものと考えられます。

B社との取引については、収益認識基準第106項において、「同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識することは適切ではないと考えられる」とされており、当該同業他社間の交換(スワップ)取引の売上高及び仕入高は純額処理が必要になると考えられます。


(2) 原価計算

化学産業の特徴として、製造業としての典型的な原価計算が行われることが挙げられます。一般的に総合原価計算が行われるところ、等級別、連産品原価計算などが行われることがあるのも上流事業ならではといえます。

上流事業においては、原材料価格の上昇・下落の影響を受けるため、予定原価や標準原価の設定に留意が必要です。原材料の予定価格をいかに設定するかにより原材料価格の上昇・下落に伴う原価差額への影響が変わってきます。

原価差額の配賦計算は重要性に応じて行うこととなりますが、実務的には法人税法上の重要性の基準を参考にすることも多いものといえます。さらに、継続適用を条件に、年度のほか半期等において原価差額の調整期間とすることができるとされている点にも留意が必要です。

また、原価差額の配賦方法は、おのおのの企業の実態を最も反映する方法が選択されます。


(3) 環境対策(上流事業・下流事業共通)

企業の社会的責任が高まる中、化学産業(上流事業及び下流事業)においては、法的にも自主的にも環境対策への取り組みを継続的に強化しています。具体的には「ポリ塩化ビフェニル廃棄物(PCB)」やその他汚染物質への対応、地方自治体が求める詳細な環境調査への対応や環境対策工事、土壌汚染への対応などが挙げられ、企業が環境対策に関連する費用を計上する動きが広まっているといえます。

これらの費用のうち、有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準じるものは、資産除去債務として計上されます。資産除去債務の代表例として、PCB処理費用のほか、水質汚濁防止法の有害物質使用特定施設を廃止した際の法定調査費用、フロン回収・破壊法に基づく解体・廃棄費用などが挙げられます。

> PCB処理費用

「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」により、今後発生が見込まれるPCB廃棄物の処理費用を資産除去債務として計上します。計上額は一般的に、日本環境安全事業株式会社から公表されている処理料金に基づき算出した処理費用及び運搬費用等の見込額が利用されます。なお、当初PCBの処理期限は、2016年7月とされていましたが、2012年12月にPCB特別措置法施行令の一部改正があり、PCBの処理期限は2027年3月31日と定められました。さらに、2016年8月にPCB特別措置法が改正され、高濃度PCB廃棄物の保管事業者は、計画的処理完了期限より前に処分することを義務付けられました。



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