国税当局の執行体制等の最新情報と対応策

情報センサー2024年11月 Tax update

国税当局の執行体制等の最新情報と対応策


企業活動のグローバル化・複雑化に伴う税務リスクの多様化・複雑化に伴い、国税庁による税務コーポレートガバナンスの充実に向けた取組や税務調査手法に変化が生じていると実感しています。本稿では、「国税当局の執行体制等の最新情報と対応策」について解説しますので、企業の皆さまの一助となれば幸いです。


本稿の執筆者

EY税理士法人 ビジネス・タックス・サービス部 ビジネス・タックス・アドバイザリー EY審理戦略室 室長 原口 太一

16年以上にわたり国税庁・国税局等で勤務し、主に国税局調査部(特官室、国際調査課等)で大規模法人の税務調査事務、国際課税事務等に従事。2008年よりEYにて国内および国際税務コンサルティング業務に従事、特に課税実務におけるノウハウを活用し税務調査、国税照会等、課税当局との論争・折衝など、税務当局対応をリードしている。



要点

  • 国税当局の執行体制について
  • 国税当局への対応に必要なこと
  • EY審理戦略室の紹介


Ⅰ 国税当局の執行体制について

国税当局の執行体制について、「税務に関するコーポレートガバナンス(CG)の充実に向けた取組の促進」と「税務調査体制」というテーマで解説します。

1. 税務に関するコーポレートガバナンス(CG)の充実に向けた取組の促進

国税庁は、実地調査以外の多様な手法を用いて、納税者の皆さまに自発的な適正申告を促す取組を充実させることを掲げており、税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組を促進しています。その取組の中のリスク・ベース・アプローチ(RBA)、J-CAP制度(Compliance Assurance Program of Japan) 及び事前照会制度、移転価格税制に関する事前確認(APA制度)についてご紹介します。

(1) リスク・ベース・アプローチ(RBA)

リスク・ベース・アプローチは、国税当局が個々の法人の税務に関するコーポレートガバナンスの状況等の分析に基づき税務リスクを判定し、そのリスクに応じた的確な調査選定と適正な事務量配分を実践するというものです。国税当局にリスクが高いと評価された企業には、万全を期した調査体制により厳格な調査が行われ、リスクが低いと評価された企業には、的を絞った比較的簡易な調査が行われる傾向があります。
リスク・ベース・アプローチの取組イメージと取組状況は<図1>と<図2>をご参照ください。

図1 リスク・ベース・アプローチ(RBA)の取組イメージ

図1 リスク・ベース・アプローチ(RBA)の取組イメージ

出典: 国税庁「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組について 令和3年6月」12ページ www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/shinkoku/hojin/sanko/pdf/160701_01.pdf(2024年5月21日アクセス)


図2 リスク・ベース・アプローチ(RBA)の取組内容

図2 リスク・ベース・アプローチ(RBA)の取組内容

出典: 国税庁「納税者の税務コンプライアンスの維持・向上に向けた取組 令和4年12月」3ページ www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/shinkoku/hojin/sanko/pdf/0020011-113.pdf(2024年5月21日アクセス)、国税庁「納税者の税務コンプライアンスの維持・向上に向けた取組 令和6年2月」3ページ www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/shinkoku/hojin/sanko/pdf/0023012-203.pdf(2024年5月21日アクセス)を基にEYにて作成


(2) J-CAP制度(Compliance Assurance Program of Japan)

J-CAP制度とは、2023年10月から実施された取組で、「新規性の高い形態の取引等に関する個別確認プログラム」のことで、税務CGの充実に向けた取組の一環として、国税当局が、新規性の高い形態の取引につき、リーディングカンパニー、上場企業等の大企業(東京国税局調査部特官所掌法人が対象)と協力・対話しながら、対象とする取引の税務上の取扱いについて、早期に回答(受付から45日以内)を行うことにより、税務リスクを低減させるというものです。

 

後述で説明する事前照会との違いについては、回答が早い点(受付から45日以内)、国税当局の審理担当部署も積極的に協力・対話に参加される点が挙げられ、EYで関与した案件の経験を踏まえると事前照会よりも国税当局が前向きに協力・対話される印象があります。

 

J-CAP制度は、納税者にとっては、非常にメリットが大きい制度であると率直に実感しています。今後は、東京国税局調査部特官所掌法人以外も活用できるよう範囲拡大が期待されます。

(3) 事前照会制度

事前照会制度は、納税者が、自ら実際に行った取引等または将来行う予定の取引等で個別具体的な資料の提出が可能なものについての国税に関する法令の解釈・適用その他の税務上の取扱いに関する事前照会(これまでに法令解釈通達等により、その取扱いが明らかにされていないもの)が対象とされている従前から活用されている制度です。

前述のJ-CAP制度は、東京国税局調査部特官所掌法人に限定されていますが、事前照会制度は全ての納税者に開かれた制度です。

EYで関与した事前照会は数多くあり、実地調査よりも前に税務リスクを解決する手段として大きな効果がある制度であると評価しており、今後も税務リスクが起こり得る取引の内容によって積極的に活用することを推奨していきたいと考えています。

(4) 移転価格税制に関する事前確認(APA制度:Advance Pricing Arrangement)

移転価格税制に関する事前確認(APA制度)とは、移転価格課税に関する納税者の予測可能性を確保するため、納税者の申し出に基づき、その申し出の対象となった国外関連取引に係る独立企業間価格の算定方法及びその具体的内容についての事前確認を国税当局が行う制度です。

APA制度は、国外関連者と行う取引の独立企業間価格の算定方法等について、国税当局に申し出し、国税当局による審査の結果、確認を受けられればその内容に基づき申告を行っている場合に移転価格課税は受けなくて済むことになります。

なお、APA制度は法人が自ら計算した資料で国税当局と交渉することができ、事前に二重課税の回避ができるほか、調査による移転価格リスクを回避することができるため、多くの企業が有効な手段としてAPA制度を利用しており、EYにも多くのAPA制度を活用することによる解決事例があります。


2. 税務調査体制

毎年当法人で実施しているTax Controversyセミナーでもお伝えしていますが、企業活動のグローバル化・複雑化に伴い、税務リスクが多様化・複雑化していることは企業の皆さまも感じていると思います。税務調査の立ち会いをしていると、国税当局の税務調査体制もこのような社会の変革に応じ多角化、効率化、かつ、高度化していると実感しています。

本章においては、国税当局の税務調査体制を、フレキシブルな調査事務運営、国際税務関係、資料情報等(内部データ・外部データ・CRS等)を活用したAI・データ分析による調査・行政指導の効率化・高度化に分けて解説します。

(1) フレキシブルな調査事務運営

新型コロナウイルス感染症の影響により、税務調査については一定期間限定的なものとなっていましたが、国税庁が公表している令和4事務年度(2022年7月~2023年6月)の税務調査の実地件数を見ると、コロナ禍前程度に戻りつつあることが分かります(<図3>参照)。

また、国税庁から公表はされていませんが、令和5事務年度(2023年7月~2024年6月)の調査件数はさらに増加している傾向を感じており、今後国税当局は一段と税務調査に充てる調査事務量を確保していくものと想定されます。

なお、フレキシブルな調査事務運営としては、国税庁は消費税の不正事案の調査体制を強化していること、グループ通算制度の導入などを背景に今までは親会社のみや子会社のみといった単体法人のみの実地調査を行い、その過程で子会社や取引先の確認を行っていくような調査が主流でしたが、最近は、関連グループや取引先等に一斉に同時着手するような調査事案の増加が顕著に感じられ、今後もそのような税務調査が行われることが多くなると想定されます。

図3 調査件数の推移(法人税:調査課所管法人)

図3 調査件数の推移(法人税:調査課所管法人)

出典:国税庁「令和4事務年度 法人税等の調査事績の概要 令和5年11月」12ページ www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2023/hojin_chosa/pdf/01.pdf(2024年5月21日アクセス)、国税庁「令和2事務年度 法人税等の調査事績の概要 令和3年11月」12ページ www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2021/hojin_chosa/pdf/01.pdf(2024年5月21日アクセス)、国税庁「平成30事務年度 法人税等の調査事績の概要 令和元年11月」12ページ www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2019/hojin_chosa/pdf/hojin_chosa.pdf(2024年5月21日アクセス)を基にEYにて作成

(2) 国際税務関係

国際税務関係については、国税庁が特に力を入れている分野として、東京国税局の国際機動部門の設置が挙げられます。今までは、国際税務調査としては、移転価格税制(TP)の税務調査を担当する専門部隊、その他の国際税務の税務調査を担当する専門部隊といった役割に応じた税務調査の体制が構築されていました。国際機動部門は、国際税務関係の調査の全てを担当する部署であり、部署としては主な調査案件を持たず、国際税務関係の論点がある事案のサポートとして従事し、TP、外国子会社合算税制(CFC)、国外関連者寄附金課税、包括否認課税をも見据えた国際取引全般を調査する専門部隊です。国税当局は、国際税務に係るさまざまなノウハウを蓄積しており、国際税務のリスクを企業ごとに多角的に分析し、調査体制を強化しています。

なお、BEPS2.0のグローバル・ミニマム課税の法整備も受け、国際税務に対する調査体制、人員リソースはますます強化されるものと想定されます。

また、移転価格税制と通常の税務調査を同時に行うといった調査も増加しており、税務調査前の事前資料依頼や調査時のヒアリング内に一般調査のものと移転価格税制のものが混在しているなど、移転価格税制に係る税務調査は引き続き注意が必要です。外国子会社合算税制に係る税務調査については、<図4>からも顕著に分かるように非違が把握される事案が2倍近くに増加しており、今まで論点としては少なかった、実体基準のみならず、管理支配基準に関する内容も確認するような税務調査も事例としては増加傾向に見受けられますので、税務リスクを想定して会社内の体制を再確認することや再整備することが重要です。

図4 調査件数の推移(外国子会社合算税制、移転価格税制)

図4 調査件数の推移(外国子会社合算税制、移転価格税制)

出典:国税庁「令和4事務年度 法人税等の調査事績の概要 令和5年11月」10ページ www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2023/hojin_chosa/pdf/01.pdf(2024年5月21日アクセス)

(3) 資料情報等(内部データ・外部データ・CRS等)を活用したAI・データ分析による調査・行政指導の効率化・高度化

社会のデジタル化がDXの影響などで爆発的なスピードで発展していることに伴い、国税当局においてもデジタル化が発達してきたように感じています。国税当局では、資料情報と呼ばれるさまざまな税務に関する情報を保有しており、紙媒体で保有されていたものが数多くありましたが、これらをデータ化し、効果的に活用するところまで発展しているように思います。

<図5>は、国税庁が公表している「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション- 税務行政の将来像2.0」のデータソースとなりますが、こちらにも記載があるように申告・決算情報、資料情報、外国税務当局の情報などを多角的に分析し、企業ごとのリスクを判定し税務調査に活用するということが明らかにされています。

このような取組を実現することを目的として、国税当局にはデータ分析の専門部署が新たに設置され、国内外のデータを多角的に分析する体制が構築されているようです。また、データ分析の効果を図るため、行政指導などの国税当局では簡易な接触と呼ばれる接触体系が増加することが見込まれるほか、調査選定におけるターゲットを的確に絞り込み、データ分析の効果検証の観点等から重点的な調査が増加するものと想定されます。

図5 AI・データ分析の活用

図5 AI・データ分析の活用

出典: 国税庁「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション- 税務行政の将来像2.0 - 令和3年6月11日」20ページ www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/digitaltransformation/pdf/syouraizo2_r0306.pdf(2024年5月21日アクセス)


Ⅱ 国税当局への対応に必要なこと

ここまで、国税当局の執行体制について解説してきました。これを踏まえた、国税当局への対応に必要なこととして、戦略的税務リスク対応の必要性について解説します。

どの企業も課税上問題となり得る取引に悩まれることがあると思います。1つの取引には1つの課税パターンしかないのではないかと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそうではありません。課税上問題となり得る取引については、まず、その取引を多方面からしっかりと検討し、国税当局に対するアプローチ方法を考えた上で実行することが重要です。企業の皆さまが行う取引には、それを行う理由が必ず存在し、そこには契約から決済までのさまざまなプロセスがあり、その内容をしっかりと分析する必要があります。

税務調査を多く経験していると、この理由やプロセスの回答が曖昧になると課税されるケースが多いように感じます。一方で取引を多方面からしっかりと検討している場合には、国税当局に対する適切なアプローチ方法が見えてきます。なお、アプローチ方法としては、税務調査時に適切に回答することも重要ですが、J-CAP制度や事前照会制度を利用した戦略的税務リスク対応をお勧めします。

J-CAP制度や事前照会制度については、国税当局と対話をしながら税務調査よりも前に課税上問題となり得る取引について確認することができるため、突然の税務調査による課税のリスクを回避することができるという大きなメリットがあります。

このJ-CAP制度や事前照会制度を活用する際に注意しなければならないことがあります。それは、質問の方法や説明のアプローチを誤ると取引を行った理由やプロセスに係る国税当局への照会が曖昧になり、正しい回答が引き出せず本来課税されるべきではない取引が課税されてしまうおそれがあるということです。

したがって、国税当局とコミュニケーションをするに当たっては、国税当局に照会内容をしっかり理解した上で検討していただけるよう照会することや国税当局からの質問の意図を理解した上でコミュニケーションを行うことがベストな回答を導くために重要であるため、そのような実績がある信頼できる税務専門家が関与することが極めて重要となります。


Ⅲ EY審理戦略室の紹介

最後にEY審理戦略室というチームについてご紹介します。

EY税理士法人は、多様化・複雑化する税務リスクへの対応支援をより強化するために、「EY審理戦略室」を2023年7月1日付で設置しました。EY審理戦略室は、国税庁に勤務経験のあるメンバーのほか、弁護士、各特殊分野の税務専門家など、経験豊富なメンバーで構成しています。

EY審理戦略室では前述したJ-CAP制度及び事前照会制度の活用、税務調査対応による解決事例が数多くあります。EY審理戦略室では、税務アドバイスから税務争訟まで一貫したサポート提供が可能ですので、お気軽にご連絡をいただけますと幸いです。

興味がある方は、EY審理戦略室のWebページを2024年7月に公開しましたのでぜひご覧ください。



サマリー 

税務リスクへの対応は、国税当局への有効な説明手段(事前照会等の戦略的活用、税務調査の効果的な説明アプローチ)を見極め、国税当局の意図を想定しながら適切な説明方法を見いだし、実施することが非常に重要となります。

なお、国税当局への照会内容については、その説明方法によって、課税となるケース、ならないケースが左右される場合がありますので、税務リスクを解決するベストな手段や方法を検討する際は、ぜひ、EY審理戦略室をご活用いただければ幸いです。



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