国税OBたちが語る 企業は税務コーポレートガバナンスにどう取り組むべきか?

国税OBたちが語る 企業は税務コーポレートガバナンスにどう取り組むべきか?


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国税当局は現在、大企業を対象に各社の税務体制や対応ぶりを「良好」「おおむね良好」「改善が必要」という3段階で評価して伝える取組みを始めています。

これは企業に適正な税務を進める「税務コーポレートガバナンス」(税務CG)を促すもので、そこには国税当局と企業側の双方が意思疎通しながら適正な税務執行、適正申告のために信頼関係を築く目的があります。こうした国税当局の動向や狙い、企業が今後見据えるべき点、そして、国税当局と企業をつなぐEY審理戦略室の役割などについて、国税OBであるEY税理士法人、タックス・コントラバーシ―リーダー、EY審理戦略室長の原口太一、特別顧問の角田伸広、および顧問の秋元秀仁ら3人が語り合いました。


要点

  • J-CAP制度は、国税当局と大企業が協力・対話しながら、税務リスクを低減させていく取組み。注目すべきは「協力と対話」で最初の申告段階で課税の認否を事前に解決し、高水準の申告を出してもらうことを国税当局は目指している。
  • 国税当局はリスク・ベース・アプローチ(RBA)を活用し、企業の税務リスクをランク付け。RBAは企業の税務リスクが高いかどうかを表し、税務調査においてもリスクに応じて区分けをして選定していくことになる。
  • これからは親会社が自ら子会社の実態を把握し、申告納税しなければならない時代。そのため、適正な申告、納税を行うために自社の子会社とは、積極的なコミュニケーションを取る必要がある。


J-CAP制度が2023年10月よりスタート
新年度からは国税当局の組織変更も

秋元 現在、税務に関するコーポレートガバナンス(税務CG)の一環として2023年10月から試行されているのが、J-CAP(Compliance Assurance Program of Japan)制度です。これは国税当局と大企業が協力・対話しながら、対象取引に係る税務上の取扱いについて国税当局が早期に回答することで、税務リスクを低減させていく取組みです。注目すべきは「協力と対話」であり、これによって、国税当局側は調査事務量の適正確保が図られ、他方、企業側は予測可能性の確保により税務リスクが低減されるという双方にとってメリットが生じることになります。

 

これまでは、企業が申告し、国税当局はこれを確認するという「申告」に対する事後「確認(調査)」という流れでしたが、今後はJ-CAP制度を活用することで、「調査」は真に必要な企業や必要な項目(事項)のみに絞り込み、問題事項は事前に解決して、より高水準の申告を実現することを目的としています。国税当局側とすれば、税務調査に投下する事務量をより必要度の高い企業に特化することができることになります。これは「調査の重点化」と言われますが、事務の効率化を図ることが期待でき、企業側においても税務リスクの低減に効果があります。

 

一方、対象企業は東京国税局の管内にある一部の大企業のみで、本制度は、平等なものなのかという指摘もあります。この点については、現在、試行という位置付けであることを踏まえると、今後はその対象範囲を拡大していく可能性があり、例えば、上場企業のうち国税当局の接触が一定程度あるもの(企業)といった範囲に拡大されることも予想されます。

 

現行のJ-CAP制度における具体的な相談体制は、調査部特官室と言われる部署に属する1名の特別国税調査官のもと計6名のチーム体制でその審査等の対応に当たっており、ここが窓口になります。審査という観点からすれば、東京国税局調査部には他にも調査審理課という部署があり、現在は同課の審理の担当官も同席し、事実上は8~9名体制で行っているようです。45日以内に回答するというスピード感を意識したルール(45日ルール)もあることから、スタッフの充実を図っているものと思われます。本年7月以降は、この審理の専門部隊である調査審理課内に窓口を設け、相談体制の機構が変更されるようです。今まで以上にスピード感ある質の高い対応がなされるものと期待しています。

 

角田 すでに20年以上前から、各国の税務当局では、コーポレートガバナンスを利用して、税務のコンプライアンスや申告水準を上げていくべきだという問題意識がありました。そこからわが国でも税務CGという言葉を使うようになったのです。かつて国税当局は企業のコーポレートガバナンスの実効性に疑いの目を向けていましたが、わが国においてガバナンスの水準が上がっていく中、国税当局も信頼の基軸としてコーポレートガバナンスの活用性について評価するようになったのです。企業を信頼して性善説に立ち、相談があった際には、否認はせず、丁寧に対応を行う。それが最終的にJ-CAP制度によって実現したという印象です。

審理戦略室長の原口太一
審理戦略室長の原口太一

AIを使った調査が進行するとともに
RBAを活用し企業のランク付けも推進

角田 これまで税務調査については、過去の税歴を確認しながら申告を見て調査選定するのが一般的でした。しかし、ビジネスがグローバル化する中、過去だけによって立つよりも、関係するさまざまなデータを活用した多面的な調査が重要になってきた状況にあります。特にマイナンバー制度の導入により、効率的な名寄せが可能になったことで、国税当局もデータの重要性に着目するようになりました。データは大きければ大きいほど人間だけの分析では限界があるため、必然的にテクノロジーの活用が進められ、最近ではAIをはじめとして最先端のITツールの活用が進められるようになってきています。

秋元 確実に変わったのは、多様な入手データをふんだんに活用し、より必要度の高い企業に対する調査の絞り込みを行うようになったことです。実際、国税当局はここ数年、リスク・ベース・アプローチ(RBA)という手法に従って、各企業について税務リスクがどれだけあるのか、その程度をランク付けする取組みを行っています。今は、対象企業に対し、そのランク付けが整った時期と感じています。これもデータ化、デジタル化、DX、AIが進展する中での1つの施策です。

納税者管理も調査選定も確実にデジタルを有効活用しており、今後は裏付けされたデータに基づくリスク管理によって調査必要度の高い企業を選定していくことになります。

原口 AIを使って機械的にターゲットを絞っていくことは今後本格化していくでしょう。ただ、最終的には調査官が詰めていく作業が必要ですし、企業側もしっかりと説明していかなければなりません。説明も税の観点からだけでなく、ビジネスの観点からも国税当局にわかりやすく説明していくことがますます重要になっていくでしょう。

新規分野への税務調査は必然

角田 企業が新規に業務拡大をしていく場合には、コーポレートガバナンスも十分に機能していないという状況があるのですが、国税当局も新規分野に関しては、コーポレートガバナンスに頼らず、調査力を駆使し対応していくことになります。とりわけ急成長している企業については、調査を通じてコーポレートガバナンスのレベルを上げていくことが重要と考えられています。そこに税務調査の存在意義があると国税当局は考えているものと思われます。

秋元 正直、以前から新しい取引については税務が後追いになる傾向があります。例えば、現金や振込主体の取引から電子マネー、電子決済、仮想通貨といった多様な取引が加わりつつありますが、これに係る収益計上額の捉え方、あるいはその計上時期、さらには消費税の処理といった税務上の処理に係る問題は必ずしもすぐに解決できない場面があり、一定程度の実取引の積み上げや進展、あるいは、実務慣行が確立しないと決めかねないことがあるのも事実です。

また、国境を越えたデジタルによる役務提供のように、どこからでもビジネスが可能となり、さらには、役務提供者の把握や特定がし難い取引が増加しつつある時代、デジタルをツールとして収益を稼得する企業に対し、実効性のある課税を行うことの問題、いわゆるデジタル課税の課題も生じています。次々と生まれる新たなビジネスモデルに国税当局もすぐには対応できない状況が増えてきました。だからこそ、新規分野について税務調査を行うことは、ある意味、意義があり必然なのです。そこで取引実態を正確に捉え、解明、整理した上で、適正公平な課税を導く必要性、場合によっては新たなルールを作る必要性も出てきます。

原口 調査官は新たな取引については懐疑心を持って、課税上、問題はないのかという観点から調べることになります。ビジネスとしての合理性を見極めた上で、税法上のどこに当てはめていくのか。企業と専門家も一緒になってビジネスと法律について、しっかり説明していく必要があると考えています。

秋元 新たな取組みについて、国際課税の分野について言えば、国税当局がバーチャルな支援部隊を開設して1年ほどになります。調査部内に設置した「国際機動部門」です。現行の課税実務では国際課税は基本的に専門部署が担当しており、現在、この機動部門は名簿上15名ほどになっていますが、実際には、金融専門家、会計専門家や他部課との併任者まで入れると50名程度の専門スタッフが機動的に調査の支援を行っています。従来以上に海外取引については多角的に調査をする体制が構築されているものと考えています。

特別顧問の角田伸広
特別顧問の角田伸広

BEPSや移転価格に対応するには
中央集権型の子会社管理が必要

秋元 今後、企業が税に対してどう向き合うべきか、意識すべきかの観点では、今年4月から、BEPS包摂的枠組み「第2の柱」として、グローバル・ミニマム課税が導入・施行されています。これまでの多国籍企業グループにおける親会社と外国子会社との関係は、親会社は、投資家を意識した「連結財務諸表」を作成するため、財務状況やデータを子会社から連結パッケージとして取り寄せ、これに基づき連結財務諸表を作成・管理するのが一般的でした。しかし、これからは、トップアップ課税を意識し、親会社自らが子会社の実態を把握し、申告納税しなければならない時代となっていきます。そのため、適正な申告、納税を行うために自社の子会社とは、積極的なコミュニケーションを取る必要があります。ある意味、税制がグループ企業間の実務やその在り方を変えてしまったとも言えます。変えてしまったと言っても、一点付言すれば、この「コミュニケーション」だけは、AIがどんなに進展しようが、AIでは取って代われない分野、変えることのできない分野ではないかと思っています。

 

グローバル・ミニマム課税は、子会社の実効税率に着目した税制のため、ガバナンスのみならず、ディスクローズの点からも企業側にとっては軽視できない重要事項となり、親会社の責任がますます増えるでしょう。これからは外国の税法や取引慣行を把握・注視しながら、日本の課税にどのような影響が生じるのかを確認、検討した上で処理しなければなりません。そのため、幅広い知識や管理がより求められるはずです。その意味では、適切なコーポレートガバナンスを実現するハードルも高くなると言えるでしょう。

 

角田 移転価格については二重課税になってしまうのが最大の問題で、企業はきちんと管理しなければ税金を余計に納めることになります。移転価格に対応するには、中央集権型にして世界中の子会社を管理する必要があります。大抵の日本企業はボトムアップ型で現地任せですが、欧米企業はトップがすべてを統治する形でガバナンスを効かせています。その違いが税務のコーポレートガバナンスのレベルの違いとして、国際的に日本が後塵(こうじん)を拝しているように考えられます。

 

日本企業はITと税務に関しては、外部任せにする傾向があります。一方、欧米企業はできる限り専門家などのスタッフを集め、内製化しようと試みます。これにより大きな違いが生じ、そこにコーポレートガバナンスが効くかどうかの差が生まれてきます。特に日本の一流企業ほど雇用環境が固定的で、専門家などを中途採用することに消極的な状況にあり、税務のコーポレートガバナンスの遅れは、こうした企業の体質にもよるものと考えられます。

 

質問の仕方によって対応は異なる
そこにEY審理戦略室の重要性がある

秋元 J-CAP制度の照会ルールとしては、先例がないことと申告前の照会であるということです。先例があればJ-CAP制度に載せて回答する必要はありませんし、申告後の照会は、申告納税制度との関係上、場合によっては調査マターとならざるを得ない要素もあるからです。また、実施した取引、もしくは近く実施する予定の取引についての照会である必要があり、これが照会できる条件となります。また、AとBの取引において、どちらの方が税金が安くなるかといった照会や、タックスプランニングについては当然のことながら不可となります。デューデリジェンスやデッド・エクイティ・スワップなどの評価についても同様、照会対象事項としては受け入れ難いものではないかと考えられますが、一方で、期限切れ欠損金の適用の可否についてはケース・バイ・ケースではないかと考えられます。

 

国税当局との関わりについては、企業自らが事前照会(申出)を行うのみならず、代理人(税務のプロフェッショナル)による照会も可能となっています。J-CAP制度の照会で難しいのは、的を射た照会となるよう工夫を要することです。照会の仕方によっては、照会受付の可否にも影響しますし、また、照会内容に応じた正確な回答を得られるかどうかにも影響を及ぼすことがあります。だからこそ、照会の背景も踏まえ、論点を正確に絞り込んで、どのように照会文書を用意するのか、そこにプロフェッショナルの出番と付加価値があると考えています。

 

原口 J-CAP制度以前から照会制度はあるのですが、基本的には質問書に対しイエスかノーの回答しかありませんでした。J-CAP制度導入後は、国税当局も可否の判断だけでなく、ロジックについてもきちんと考慮し回答してくれるようになった点は大きな違いだと感じています。

 

秋元 だからこそ、「協力と対話」が必要と考えています。双方が積極的にコミュニケーションを図ることで、論点が明確となり、これにより事前に問題点が解決され、結果、申告水準の向上につながります。そこは国税当局も意識していると思います。また、これはあまり知られていないことかもしれませんが、照会(申出)内容によっては、これを踏まえて税務CGの評価に反映されることがあります。質問すれば事前に疑問点が解消されますし、そのことが国税当局に何事も隠さないという姿勢が評価され、二重のメリットを受けることになります。

 

原口 J-CAP制度導入前の2023年7月、私たちはEY審理戦略室を立ち上げました。国税当局の動向に対応した専門部隊で、現在、チームのスタッフは20人、専門家を含めると50人体制となります。日本でもグローバル化、デジタル化が進展する中、税務も高度化かつ複雑化し、どこに税務リスクが潜んでいるのか、非常にわかりづらくなっています。それは国税当局にとっても同様です。そのため、私たちは課税リスクを多角的に分析し、どう評価していくのか。リスクを顕在化させ、それに対する対応策をクライアントと一緒に考えていく組織を設立しました。

 

角田 国税当局ではこれまで調査が主流だったのですが、現在は審理も主流として、リソースの充実を図っています。これまでも多くの税理士法人では、個別事案の審理については、属人的な対応が主であったと考えられますが、EYでは、審理機能を充実させていくために組織化し、知見やノウハウを蓄積していくことで国税当局の審理レベルアップに対抗していきたいと考えています。国税当局も1名で審理しているわけではありませんから、税理士法人も同じくらいの体制で対応しないと太刀打ちできません。

顧問の秋元秀仁
顧問の秋元秀仁

気になる点があれば
できるだけ早めに対応すべき

秋元 今は、質の高いコンプライアンスが繊細に求められる時代です。EY審理戦略室は、問題点の抽出や法令解釈について、経験豊富な専門家が集まり、ドリームチームとも言える実力部隊が一丸となってさまざまな事案に対応し、その問題解決に取り組んでいます。J-CAP制度対応の代理業務に限らず、もし気に掛かることがあればぜひご相談いただければお力になれるのではないかと思っています。

 

角田 税理士には、税理士法第1条において、税理士の使命として、申告納税制度の理念にそって、納税義務の適正な実現を図ることが掲げられています。その意味で、J-CAP制度は私たちにとっても、納税者にとっても、税務当局にとっても申告納税制度の向上のために必要なものです。私たちも税理士としての責任を全うする1つのツールとして使えると考えています。納税者も自らの申告水準を向上させていくためにこの制度を利用していただきたいと思っています。

 

原口 企業の経済活動にとって課税されるかどうかは重要なことです。もし課税されるかどうかがわからなければ、経済活動の足かせとなってしまいます。そうならないようにできるだけ道筋をつける。それが税の専門家の仕事だと考えています。企業担当者の中で、もし気になる点があればすぐに相談していただきたいと思っています。実はなぜもう少し早く相談してくれなかったのかという事案が多く発生しています。国税当局から指摘された後では結論を覆すのも難しくなります。できるだけ早めに対応することで、手を打つことができるのです。今こそ、税務コーポレートガバナンスの構築や強化を進めるべき時だと言えるでしょう。

審理戦略室長の原口太一、特別顧問の角田伸広、および顧問の秋元秀仁ら3人
写真左から、審理戦略室長の原口太一、顧問の秋元秀仁、および特別顧問の角田伸広ら3人

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サマリー 

2023年7月に立ち上がったEY審理戦略室は当局の動向に対応した専門部隊で、現在、チームのスタッフは20人、専門家を含めると50人体制となります。税務の高度化かつ複雑化に伴い、どこに税務リスクが潜んでいるのかわからない時代。私たちは課税リスクを多角的に分析し、どう評価していくのか。リスクを顕在化させ、その対応策をクライアントに提案していきます。国税当局から指摘された後では結論を覆すのは非常に困難です。だからこそ、できるだけ早めに対応することが必要になってくるのです。


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