気候変動対策プログラムやサステナビリティプログラムは、国や地域により大きく異なります。天然資源の利用を減らし、代替のグリーン資源への移行を試みながら、いかに経済成長を促進するかなど、各国は優先課題間の調整も図らなければなりません。現在、サステナビリティを推進する優遇措置を導入している国は約40カ国で、そのほとんどが、グリーンイニシアチブの推進と低コスト化による経済成長の両立を目指しています。
大規模な財政支援プログラムについては、一部の国で革新的な低炭素技術開発を奨励する制度が設けられています。国による政策の違いは、例えば欧州と東アジアを比較すると明らかです。
一例を挙げると、EUのイノベーション基金は、持続可能なテクノロジーへの投資額が750万ユーロを超える欧州企業を対象に、2020年から2030年にかけて100億ユーロの資金援助を行うとしています3。この種のプログラムの対象となるのは、再生可能エネルギーやエネルギー貯蔵のほか、輸送・製造・発電などエネルギーを大量に消費するセクターです。イノベーション基金などのプログラムにより、地域のクリーンテクノロジーを普及させながら、新規事業を誘致できることは間違いありません。
一方、ASEAN諸国では、サステナビリティが優先課題に浮上してきました。その背景には、都市汚染、熱波、洪水から海⾯上昇まで、気候変動の影響を受けやすいことがあります。
「この地域では今、さまざまな優遇措置が打ち出されています」とEY Global Incentives, Innovation and Location Services LeaderのBrian Smithは説明します。「フィリピンでは、グリーンデータセンターの立ち上げや建物への太陽光パネルの設置を対象とした優遇措置があり、マレーシアでは、再生可能エネルギーやバイオマスエネルギーの導入に取り組み始めた企業を対象とした税制上の優遇措置を設けています」
米国の新たな取り組み
最も大きな変化が起きているように見受けられるのが米国です。2021年1月のバイデン政権発足後、最初に起こしたアクションの1つがパリ協定への復帰でした。これは、新政権の政策の方向性を示す大きな一歩となりました。その後も相次いで大統領令が出されています。
例えば米国政府の全保有車両について、今後はゼロエミッション車の購入が義務付けられます。サステナビリティ関連の規制案には、新車(小型車・中型車)の完全電動化を目的とした厳格な新燃料基準や、大型車の燃料基準を毎年強化することなどが盛り込まれています。
炭素税や国境調整に関する提案は、これまでにもなされてきました。これは引き続き重点分野ですが、最近では、炭素国境税についても議論されるようになってきました。
米国議会予算局によると、例えば、幅広く課税する炭素税を2017年に1トン当たり25ドルで導入し、その後インフレ率に2%上乗せして引き上げた場合、最初の10年間で1兆ドルの税収が得られることになります4。
⼤統領令の発令後に一定の検討期間を要しますが、バイデン政権は当初からサステナビリティと環境浄化に取り組む姿勢を⽰したことは、⽶国にとっても、世界にとっても重要な⼀歩です。
優遇措置は成果を上げているか?
主要政策の中には、ハードルを非常に高く設定したものもあります。欧州グリーンニューディールには、基準、目標、削減目標の実現を後押しするインセンティブや優遇税制も盛り込まれています。中国、韓国、日本などは、50年以内に完全なカーボンニュートラルの達成を目指しています。
Naumoffによると、大気質の改善、電気自動車の普及促進、革新的な再生可能エネルギー技術の開発など、分野を絞った国家レベルの優遇措置において成果が上がっています。
その一例としてNaumoffが挙げたのが、米国で導入された排出削減助成プログラムです。2019年に窒素酸化物(NOx)の排出量を過去最少の490万トンにまで削減することに成功し、最終的な目標は、2027年までにさらに10万トン以上の大気中のNOxを迅速に削減することとしています。
米国でも起きたことですが、前政権の整備した制度が新政権で廃止されることもあります。例えばオーストラリアでは、2012年に導入された炭素価格制度が、政権交代に伴い2014年に廃止されました。
しかし、それは昔の話で、2021年の現在では、世論の⾵潮や政府の姿勢、ビジネス慣⾏も変わってきました。例を挙げると、EUのイノベーション基金の第1回公募には、助成金の受給を求め、多くの企業から募集枠を大幅に超えて条件を満たすプロジェクトの申請がありました。このことから、イノベーション基金をはじめとする取り組みが支持を得ていると言えます。
制裁措置の成果はどの程度か?
Naumoffの説明によると、環境保護費や、環境保護のための関税や税金を導入し、企業による環境汚染の軽減を図っている国と地域は100を超えます。具体的には、大気汚染防止法などの不順守に対する過料、化石燃料と化石燃料車の物品税の引き上げ、二酸化炭素税などです。こうした措置は、責任に対する企業の意識を高め、有害な汚染を減らす上でおおむね成功を収めています。
Naumoffいわく、「特に効果を感じることができるのが⼤気汚染に関する環境基準です。欧州では1980年以降、少なくとも16カ国が大気汚染課徴金を導入しており、有害な大気汚染物質が40%強削減されました」
その一方で、制裁措置への対応の難易度には業種によって差があります。例えば、汚染物質をそれほど排出しない金融サービス企業は、建物からの排出量を削減する対策を講じることはあるかもしれませんが、制裁措置が科せられることはまずないと考えられます。
一方、発電事業者や電力供給事業者は対応がはるかに難しく、二酸化炭素排出権の最大の買い手になる可能性があります。こうした事業者の多くが、原料の再生可能資源への移行を進めていますが、概して非常に大きな組織であることから、経営モデルを一朝一夕に変えることはできません。
ビジネスへの影響と対応
事業を1つの法域内で展開している企業にとっては、地方や国の新たな環境法・規制に対応することは比較的容易かもしれません。それでも、状況が急激に変わる可能性もあります。
複数の国地域など、クロスボーダーに事業を展開している企業であれば、ビジネスの要件と機会を常に把握しておくことがはるかに難しいのは想像に難くありません。
企業は、環境関連の優遇措置と制裁措置が自社の業務にどのような影響を及ぼすかを認識することが不可欠です。それにより、十分な情報を得た上で戦略的な意思決定を行い、リスクを最小限に抑え、変化する機会を生かして利益を得ることができます。
「まずやるべきことは、既存の取り組みの見直し」だとNaumoffは言います。「そのためには、サプライチェーン全体の全世界での二酸化炭素排出量をモニタリングするといいでしょう。特定の事業部門、市場、地域のプロジェクト案が及ぼす影響を正確に把握することができます」
これにより、サステナビリティ・ポリシーの国境を超えた標準化を図り、負の外部性を最小限に抑えることもできるでしょう。
「外部性という視点で考えると、法令の動向を追い、モニタリングしておくことが重要です。欧州グリーンディールなど包括的な政策がとられている国地域は特にそうです」とNaumoffは続けます。「企業は、企業の環境責任を優先課題として着実に取り組みを進めてきましたが、環境への包括的な影響を把握することを忘れがちです。それが、新たな制裁措置や優遇措置が導入されたときに不測のコストを生む可能性があります」
「企業は、自社を取り巻く状況と、それがいかに急速に変化しているかを把握しなければなりません」と指摘するのはAkshay Honnattiです。「新たな動向が事業に重大な影響をもたらすかどうかを見極めることが、制裁措置の影響を最小限に抑え、優遇措置の恩恵を享受するために適切な対応を決定できるかどうかを左右します。というのも、政府が掲げる⽬標を達成するためには、企業による投資が不可欠であるからです。
優遇措置関連の要素を考慮せずに投資判断を下している企業は、ステークホルダーの利益に十分に配慮していないと言えるのではないでしょうか」
結論
サステナビリティを推進するための政府による優遇措置と制裁措置は、公正に負担を分かち合う仕組みにすることが重要です。一方、企業としては、サステナビリティに関する優遇措置の検討、制裁措置へのリスクマネジメント、さらにこれらを考慮した業務および事業モデルを変革することで、リスクを軽減し、税制上の優遇措置はサステナビリティに関する投資や事業改革に要する資金調達の手段としても有効になります。
つまり、事業拠点のある国のみならず、各国地域のサステナビリティ関連の新たな法令・規制・取り組みを把握するとともに、その変更に関して逐次情報を⼊⼿するためのプロセスや⼿順を整備することが重要と考えられます。