同法案を先ごろ賛成多数で可決した欧州議会によると、このような法令により、EU市場で事業を展開するすべての企業が平等に競争できる環境が整います。具体的には、法的定義が明確になり、有効な執行と制裁のメカニズムが整備されると同時に、企業に民事責任と法的責任を課すことで、悪影響を受ける人たちが救済を得やすくなるのです。
新たなルールが導入された場合、人権、環境、グッドガバナンス(良い統治)を侵害する、あるいは侵害しかねない、バリューチェーンの部分(すべての業務、直接・間接的な取引関係、投資チェーンを含む)の特定、対処、是正を企業は義務付けられます。また、侵害を受けた第三国の人々やステークホルダーの権利の保護を目的として、EU域内の裁判所に申し立てをする資格が与えられます。
独禁法・競争法やデータ保護法に違反した場合と同程度の制裁金が科せられる見通しであり、EU域内で事業を展開する企業やEUと取引のある企業は、全世界での売上高の最大10%の制裁金賦課を受けることになる可能性があります。法案に盛り込まれた制裁措置としては他に、業務停止や商品の差し押さえなどがあります。
多くの議論を巻き起こした提案は他にもあります。持続可能なコーポレートガバナンスに関わるものであり、今後、国境を超えた企業戦略に影響を与えることになるでしょう。EUは取締役会の説明責任に関する試案を検討しているところです。この試案では、注意義務の一環として、意思決定プロセスにサステナビリティへの配慮を組み込むことを取締役に義務付けます。また欧州委員会は、役員報酬をより長期的な見通しと連動させるためのさまざまなアプローチも検討しています。具体的には、サステナビリティに伴うリスクと機会の重視、コーポレートサステナビリティの指標とKPIの設定などです。
域外に働きかけるもう1つの取り組みがメタン戦略です。この提案には、加盟国による化石燃料の使用に関連して、EU域内外で排出されるメタンの量を削減することを目的とした一連の措置が盛り込まれています。EUの天然ガス輸入量は世界最大ですが、関係する排出の大部分は域外で起きています。そのため、貿易相手国が対策を講じることを支援したり、義務化したりすることで、全世界のメタン排出量の削減に多大な貢献ができると欧州委員会は考えているのです。
欧州グリーンディールで提案されている取り組みのうち、国際的に極めて重要なものはこれだけではありません。生物多様性戦略と森林戦略は輸入農産物に関わる森林破壊に対応する措置を提案しており、また産業戦略と循環型経済(サーキュラーエコノミー)行動計画は、資源の効率化と廃棄物削減をEU域内だけでなく地球規模でも推し進めることを目的としています。そのためには、第三国から輸入する製品のサステナビリティ基準の策定が必要です。
最後に、国際的な気候外交を先導することにEUは強い意欲を示しています。欧州グリーンディールは、パリ協定の厳守を「今後、あらゆる包括的貿易協定を締結するにあたり不可欠な要素」とすることを提案する必要があると定めており、「EUの直近の協定にはすべて、パリ協定の批准と実効性のある施行を締約国が約束する、拘束力のある条項が盛り込まれている」としています。
これまで述べてきたことから、欧州グリーンディールが、企業のグローバルな事業展開に大きな影響を及ぼす様子が容易に想像できます。EUは、海外事業の監視、拘束力のある基準の設定、国境調整による支援と奨励から制裁金と制裁措置に至るまで、さまざまな手法で規制を行い、世界のサステナビリティを向上させるというミッションを担おうとしているのです。
これらの措置は、貿易の技術的障害に関する協定をはじめとするWTOルールに照らして今後精査される可能性がありますが、そうした措置がなければ、欧州グリーンディールの約束が域内で果たされる一方、環境に対する影響の「オフショアリング」の可能性があることに疑問が投げかけられた場合、EUに対する信頼が揺らぎかねません。気候中立と持続可能な開発への移行を主導したいと考える国すべてが、こうした懸念を近いうちに抱くことになるかもしれません。そのため、国際貿易社会は環境保護への配慮を強化する方向に必然的に向かっているように見受けられます。
企業はこの新しい環境で事業を展開する体制を整える中で、以下の対策を講じることを検討する必要があります。
まず、グローバルな事業展開に影響を及ぼすEUの政策の動向と次々に打ち出される新たな規制を注意深く見守ることです。このような新政策の多くについてEUが実施しているパブリック・コンサルテーションへの参加も検討しなければなりません。
次に、(CBAMの対象となる)事業や、その他の金融手法に新政策が及ぼす影響の定量化が必要です。そして、コーポレートガバナンス、サプライチェーンの説明責任、その他基準を設定する規制に関するコンプライアンス戦略について、十分な検討を進めなければなりません。