ケーススタディ

TNFDを通じた生物多様性に対するデンソーのアクション

株式会社デンソーはEYとの連携により、「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」に向けたリスク分析・情報開示に取り組んでいます。

The better the question

企業の環境活動が社会の要求を上回るには何が必要でしょうか?

長年にわたり環境活動を推進してきた株式会社デンソーは、TNFDの正式な公開に先駆けてアプローチを進めています。早期からの対応には、どのような狙いがあったのでしょうか。

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リスクマネジメントの先に、チャンスを探る

深刻化する地球規模での自然喪失。企業が果たす社会的責任が高まる中で、世界では生物多様性へのアプローチが注目されています。事業活動の自然に対する影響や依存度については、リスクマネジメントと情報開示が求められており、そのフレームワークとして「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の最終版が、2023年9月に公開される予定です。

株式会社デンソーは、生物多様性におけるグローバルな動向に早期から着目し、対応を進めてきました。安全衛生環境部 環境推進室長の廣中 与志雄氏は、「社会や投資家の要求を上回るアクションに取り組むべきだと考えた」と、これまでの経緯を振り返ります。

「デンソーでは公害対策を背景に、1993年に環境行動指針を策定しました。以来、地球温暖化防止や省資源・リサイクルなど環境活動を推進しており、現在は『デンソーエコビジョン』として引き継がれています。当社における従来の生物多様性の保全に資する活動は、事業所周辺の緑化活動のように、CSRとしての側面が強かったといえます。しかし近年における地球規模の動向を鑑みると、自然との共生は企業経営に直結する課題です。投資家や社会の要求に応えるだけでなく、それを上回るアクションを起こすべきだと、当社では取り組みを強化しています」

同社が重視したのは、グローバルな基準にのっとった情報開示です。気候変動問題に関しては、2019年に「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」への賛同を表明し、事業戦略への反映を推進。また「CDP(Carbon Disclosure Project)」においては「気候変動」および「水セキュリティ」においてAスコアを取得するなど、第三者機関の評価にも対応しています。気候変動対策にとどまらず、生物多様性にもアプローチしようと、今回のTNFD対応に至りました。

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デンソー「ECO VISION 2025」

(デンソー「ECO VISION 2025」より):denso.com/jp/ja/about-us/sustainability/environment/ecovision/(2023年5月25日アクセス)

「当社はエコビジョンで、2025年までに『エネルギー1/2』『クリーン2倍』『グリーン2倍』という目標を掲げています。このうちグリーンに該当する重点領域が生物多様性です。複雑な課題であることから、自社の観点にとどまらない国際的なフレームワークが必要だと感じ、2022年にTNFDに対応することを決めました。正式なガイドラインが策定される以前から動き出したのは、TCFDの時に国内の動向を様子見し、初動が遅れてしまった反省からです」

フレームワークが完全に確定してないTNFDへの対応にあたっては、相談先も必要だと考えた廣中氏。その相手に選んだのがEYでした。

「EYはタスクフォースの初期メンバーとしてTNFDに参加しており、策定中のフレームワークも熟知しています。セミナーや自社メディアでの情報発信では、着目すべきポイントが整理されており、強い味方になってくれると確信しました。当社はリスク対処であるTNFDを、チャンスを生み出す機会だとポジティブに捉えています。共に可能性を模索し、事業を改善するパートナーとしても、EYに期待しました」

生物多様性は複雑で、どんな影響・依存関係があるかを自分たちで分析しなければならない。TNFDにはしっかり取り組まなければいけない、ただよくわからないという課題認識からスタートしました

サプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)し、 潜在する影響・依存度を分析

The better the answer

サプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)し、 潜在する影響・依存度を分析

不明瞭な点の多い生物多様性の領域。 EYとデンソーは、サプライチェーン全体を俯瞰し、 注力すべき分析対象を絞り込むことで、効果的なアプローチを実現しました。

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LEAPアプローチで重要になる、“Locate(発見)”のプロセス

TNFDでは2022年3月よりフレームワークのベータ版が段階的に発表されています。デンソーとEYが取り組みをスタートした2022年10月は、ベータ版のv0.3が発表される以前の段階。不明瞭な点が多い中、どのようにアプローチを進めていったのでしょうか。

「まず、サプライチェーン全体の自然との関係を書き出すことから始めました。その後、商材を特定し、自然への影響と依存度を分析。さらに拠点単位での自然との接点を確認していくと、当社に欠けていた視点が見えてきました。原材料の供給元です」

広大なサプライチェーンを抱えるデンソーでは、原材料の存在は無視できません。産地における自然への影響や依存度を分析し、万一の事態にも供給網を止めない対応が求められます。

「自社の事業所においては、これまでも十分に情報を把握していましたが、サプライチェーンの上流には目が行き届いていませんでした。全体像を整理し、着眼すべきポイントを探るという、生物多様性におけるリスクの捉え方を学べたことは、大きな一歩となったと感じます」

LEAPアプローチで重要になる、“Locate(発見)”のプロセス

“Updates to the TNFD beta framework in v0.4,” The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Final Draft – Beta v0.4, 2023, TNFD, framework.tnfd.global/wp-content/uploads/2023/03/23-23882-TNFD_v0.4_Integrated_Framework_v6-1.pdf(2023年5月25日アクセス)を基にEY作成

TNFDでは、自然関連のリスクと機会の統合評価プロセスとして「LEAPアプローチ」が推奨されています。LEAPとは、「Locate(自然との接点を発見する)」「Evaluate(依存関係と影響を診断する)」「Assess(リスクと機会を評価する)」「Prepare(リスクと機会に対応し、開示を準備する)」の4つのステップ。TNFD対応の事前準備として、EYではLEAPアプローチのトライアル支援を行っており、デンソーは「Locate」「Evaluate」「Assess」を試みた形です。

「トライアルの一つとして、海外にある金属の採掘場の分析を行いました。自社の情報だけでは『原材料をどこから調達しているか』を把握できても、『供給元がどのように自然に影響・依存しているか』までは把握しきれません。EYの調査は徹底されており、現地に何度も足を運んだかのような結果を出していただきました。今回はサンプルとして特定の製品にアプローチしましたが、分析における重要な観点がわかったことで、他の製品や工程に応用できると思っています」

社内リソースのみで対応したTCFDと比べ、EYと共に取り組んだTNFDは、プラスの効果も大きかったと、廣中氏は続けます。

「気候変動の場合、例えば気温が何度上昇することで海面や作物にどのような影響が及ぶかをシミュレーションできるように、グローバルなシナリオが存在します。しかし、生物多様性において、一つの事象の影響範囲をイメージすることは困難で、自社のノウハウだけでは抜け漏れが生じる可能性が高い。その点でEYは、LEAPアプローチの中でも『Locate』が重要と強調しています。上位概念から事業を俯瞰し、分析対象をサプライチェーン全域に広げ、ポイントを特定してから徹底的に掘り下げるというアプローチは、EYだからこそできる手法だと実感しました。次のステップにあたるLEAPアプローチの『Prepare』は、本年度中に取り組むことを目標にしています。分析事例を蓄積することで、事業にも反映していきたいと考えています」

表面上の分析だけではない掘り下げ方は、自社の力だけではできないものでした

製造業が目指すべきは、 共創型のサステナビリティ

The better the world works

製造業が目指すべきは、 共創型のサステナビリティ

デンソーは現在、新たな環境行動計画を策定中です。ターゲットの一つは生物多様性であり、TNFDへの対応が、事業や経営に反映される未来が近づいています。

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未来社会の構成員として、ステークホルダーとの関係性を強化する

10年ごとに策定される現在の「デンソーエコビジョン2025」は、2025年に向けた環境行動計画です。この計画はおおむね達成できる見込みであり、現在は、次の環境行動計画の策定が進められています。

「気候変動、サーキュラーエコノミー、生物多様性は、次の環境行動計画(2026年度~)の3本柱になるでしょう。TNFDにおける分析結果は、計画策定の道標になってくれるはずです。ただし最も大切なのは、経営方針や事業内容を絶えずアップデートしていくこと。TNFDのフレームワークも今後さらに明確になり、2030年、2050年という未来を見据えた世界観も具現化していくでしょう。そこに真摯(しんし)に対応していくことが、当社に求められる姿勢だと考えています」

未来社会を創る上では、早期からTNFDに取り組んだこともプラスになったようです。

「TNFDタスクフォースの一員であるEYは、当社のような賛同企業の情報をTNFDサイドにフィードバックし、フレームワークなどに反映させることができます。デンソーがグローバルな共創パートナーの一部になれることは、ベータ版の段階から参画したメリットの一つだと考えています」

「リスクだけでなく、機会にも目を向けたい」と語る廣中氏は、デンソーがどのような社会的価値を創出することを期待しているのでしょうか。

「デンソーは自動車メーカーに対するサプライヤーであるため、生活者と直接的な関係があるわけではありません。しかしB to Bビジネスに従事しているからこそ、技術開発にとどまらず、サステナブルな社会創りに参画することで、企業価値を高めていくべきです。長年取り組んできたCSRも、TNFDという明確な目標が共有されることで、より大きな意味を持つようになるでしょう。現代の製造業は、単に高機能・高品質な消費財を提供するだけでなく、社会からの共感が重要になります。積極的な活動はもちろん、それがどのように社会に還元されるかを発信していくことも大切です。ステークホルダーと密接に関わりながら、共創で未来に向かっていくことが、これからのサステナビリティ担当者の責務だと考えています」


ステークホルダーと密接に関わりながら、共創で未来に向かっていくことが、これからのサステナビリティ担当者の責務だと考えています


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