EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿ではそのうち先住民族、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントに関するガイダンス(Guidance on Engagement with Indigenous Peoples, Local Communities and affected stakeholders)について概説します。
要点
2023年9月18日に最終提言v1.0版が発行されました。 v1.0でも追加的なガイダンス等の付属書類が多々発行されていますが、本稿では以下のガイダンスを構成する各セクションに関し概要を説明します。
注:ステークホルダーエンゲージメントの定義として本ガイダンスは国連指導原則の以下の定義を引用しています(原文p13 Who to engageに記載)
本ガイダンスは自然に関する依存関係、影響、リスク、機会の評価、管理、開示のために、企業や金融機関が先住民族、地域コミュニティ、影響を受ける人々、その他のステークホルダーと有意義な関わりを持つことを支援することを目的に作成されたガイダンスです。またこのガイダンスによりTNFD開示推奨事項の「ガバナンスC」に対応することになります。
人々は自然の一部であると同時に、自然が提供する利益に依存し、ポジティブにもネガティブにもインパクトを与えることができます。土地、領土、資源、水に生活や生計が直接的に重度に依存している先住民族や地域コミュニティにとって、自然は特に重要です。世界的な自然喪失の課題に対処するためには、先住民族や地域コミュニティの伝統的な知識がとても有益です。
社会と経済の展望は基本的に、生態系の機能と自然が提供するサービス(淡水、食物、木材の供給、野生の花粉媒介者による作物の受粉、土壌の品質、水流、気候の調整、自然災害の緩和等)に依存しています。ビジネスモデルにおいて重要な生態系の機能とサービスは、ビジネスの直接操業地域やグローバルサプライチェーンに関連する別の場所で提供される可能性があります。
人々は生態系の機能を維持し、自然の能力を保護・回復する権利者であり、利害関係者でもあります。ビジネス活動によって人権が危険にさらされる可能性がある利害関係者を特定し、「権利者」として認識することが重要です。権利者には、個人やグループが含まれ、水や食物、適切な生活水準、清潔で健康的で持続可能な環境への権利があります。先住民族や地域コミュニティは特に重要な権利者です。
ステークホルダーには、金融機関、政府機関、政策立案者、科学者、消費者、土地所有者、市民社会組織、他の企業などが含まれます。これらの権利者との生産的な関係は、自然に関連する依存、影響、リスク、機会の評価と管理において重要です。特に、組織が先住民族や地域コミュニティの土地や資源に影響を与える場合、エンゲージメントと協力を通じて相互に利益をもたらし、自然に基づく解決策を開発できる可能性があります。逆に、これらの関係が不足している場合、組織は権利の侵害や法的責任、評判リスクなどの増加するリスクにさらされる可能性があります。このセクションではLEAPアプローチの各ステップに対して、上記の重要なステークホルダーエンゲージメントのための質問例が記載されています。
組織の利害関係者は、その組織の活動や価値連鎖を通じて、直接的または間接的に影響を受ける可能性がある人々やグループと定義されます。利害関係者には、組織の活動に興味を持っているか、またはその活動に影響を与える可能性のある人々も含まれます。このTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)のガイダンスは、組織の自然関連の活動や価値連鎖が時折、先住民族や地域コミュニティの人々の人権や広範な利害に影響を与える可能性があることを認識しています。また、彼らは組織が自然関連の戦略や解決策の設計や実施において重要なパートナーである可能性がある知識や利害を持っていることも認識しています。このセクションでは先住民族、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダー、少数民族が挙げられ、それぞれの特徴について解説されています。
国際的な環境および人権に関するデューデリジェンスの標準は、組織がデューデリジェンスプロセス全体を通じて影響を受けるステークホルダーとエンゲージメントすることを期待しています。これは、組織の自然関連の影響とその対応に関連し、これらが先住民族、地域コミュニティ、およびステークホルダーの人権に影響を与える可能性がある場合に適用されます。同時に、組織の活動およびビジネス関係の他の側面にも関係します。
国連人権ガイドライン(UNGP)では、組織は「有効なエンゲージメントに対する言語およびその他の潜在的な障壁を考慮に入れ、関連ステークホルダーの懸念を直接協議することを試みるべき」とされています。このセクションではエンゲージメントは、人権や環境デューデリジェンスの一環として、先住民や地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーの権利に対する統合的なアプローチの下地となることが記載されています。
先住民族、地域コミュニティ、および関係者とのエンゲージメントを開始する前に、組織が自然関連の問題を評価し対応する際には、適切な方針、プロセス、システム、戦略が整備されていることが極めて重要です。
このセクションでは、組織の準備が重要であることを強調し、先住民族、地域コミュニティ、および関係者との効果的なエンゲージメントをいつ、どのように行うかに関して記載されています。
一度先住民族、地域コミュニティ、および関係者とその代表者が特定されると、エンゲージメントプロセスの設計に彼らを巻き込む機会が生まれます。これは、組織がLEAPアプローチを適用してその自然への依存関係や影響を評価し、自然関連のリスクや機会を評価し、対応を準備する際に特に関連しています。LEAPアプローチは、組織とエンゲージメントする相手とのプロセスの目的、段階、および結果についての整合性が確保されるのに役立つことがあります。LEAPアプローチへのエンゲージメントは、採用されるアプローチが文化的に適切であり、参加をサポートすることも確認できます。
期待値が組織と先住民族、地域コミュニティ、および関係者とで不一致の場合、意図された利益が危険にさらされる可能性があります。このセクションではエンゲージメントの設計と実施の際、LEAP アプローチがどのように関わってくるかが記載されています。
エンゲージメントプロセスは、結果を生み出して初めて、全ての関係者にとって成功し価値をもたらすことになります。これがない場合、プロセスはステークホルダーから不誠実に見られ、関係は改善どころか悪化する可能性があり、それによって組織にリスクが増加し、本来実現されるかもしれなかった機会が損なわれるおそれがあります。
そのため、組織が自然関連の問題に対応する準備をする際には、以下の点も重要と考えられます:
ステークホルダーに、彼らのエンゲージメントプロセスでの意見が組織の意思決定や行動にどのように影響したか、またはなぜ特定のフィードバックが反映されなかったかについてフィードバックを提供することは、ポジティブな関係を維持し、将来のエンゲージメントの基盤を築くために重要と考えられています。このようなフィードバックがないと、不満が蓄積し、組織の動機や実践についての疑念が生まれる可能性があります。
エンゲージメントのモードが協力または合意に達成し実施するプロセスの場合、全ての関係者からの継続的な進展報告は成功を確保するために不可欠と考えられています。
エンゲージメントプロセスのガバナンスの一環として、組織は定式化された責任のある内部プロセスとメカニズムを持ち、定期的に実施された承諾や合意に関する報告を追跡し、提供すべきと考えられています。このセクションでは組織は、エンゲージメントプロセスのガバナンスの一環として、公式で説明責任のある内部プロセスや、コミットメントや合意事項を定期的に追跡・報告する仕組みが必要なことが記載されています。
本ガイダンスでは、企業にとって効果的なステークホルダーエンゲージメントを実施するためLEAPアプローチに基づいたプロセスを提示し、各プロセスでの具体的な考慮点および実施する上での成功要因をいくつか示しています。それらを参考にしながら企業は自然関連の依存関係、影響、リスクおよび機会の評価と対応において影響を受けるステークホルダーにどのようにエンゲージメントしているかを開示することが期待されます。
われわれEYでは、これまでのTCFDに係る取り組み、開示支援の豊富な実績、生物多様性/自然資本に係る知見を持つ人材により、TNFDについても有用な支援サービスを提供させていただきます。
関連資料
Guidance on engagement with Indigenous Peoples, Local Communities and affected stakeholders, TNFD website, tnfd.global/publication/guidance-on-engagement-with-indigenous-peoples-local-communities-and-affected-stakeholders/#publication-content(2023年12月27日アクセス)
【共同執筆者】
渡部 公一
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント
複数の業界で10年以上EHS全般に関与しさまざまなセクターナレッジ・関連資格を有する。現在はシニアコンサルタントとして顧客のサステナビリティパフォーマンスの向上に貢献している。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
本ガイダンスではLEAPアプローチに基づくステークホルダーエンゲージメントを実施するために考慮すべき点(ステークホルダーの範囲、種類、推進体制、アプローチ方法等)が具体的に開示されました。これにより組織はステークホルダーエンゲージメントをより上手に実施できる情報を得られると考えられます。
TNFD最終提言v1.0版発行:自然関連財務情報開示のためのフレームワークが決定し、企業にとって把握し、開示すべきものが明確になりました
2023年9月18日にTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行されました。今回のv1.0版で示されたTNFDの全体構成、主な要素、およびベータ版v0.4からの重要な変更点について解説します。