SBTs for Nature技術ガイダンスv1.0を踏まえ企業が取るべき対応

SBTs for Nature技術ガイダンスv1.0を踏まえ企業が取るべき対応


科学的根拠に基づく自然に関する目標(Science Based Targets for Nature、以下「SBT for Nature」)について、2023年5月24日、Science Based Targets Network(SBTN)により、ガイダンスv1.0がリリースされました。

本稿では、SBT for Nature ガイダンスv1.0の概要について説明します。


要点

  • SBTs for Natureでは、2023年5月24日、目標設定方法の詳細を提供するため技術ガイダンスv1.0が発行された。
  • 技術ガイダンスv1.0では、共通ガイダンスとしてステップ1と2、分野ごとのガイダンスに分かれたステップ3(計測・設定・開示) が発行された。
  • SBTNの枠組みのうち、気候目標については、Science Based Targets initiative(以下、SBTi)を通じて設定することが期待されている。
  • 企業がTNFD開示提言を適用して目標を設定する場合、 SBTN が開発した手法を使用することが推奨されている。


1. SBTs for Natureとは

科学的根拠に基づく自然に関する目標(Science Based Targets for Nature、以下「SBT for Nature」)は、自然に関する科学に基づいた目標設定のためのフレームワークであり、Science Based Targets Network(以下「SBTN」)により開発が進められています。SBTNは、経済システムを変革し、われわれの大気、水、土地、生物多様性、海洋といったグローバル・コモンズを保護することを目的として、60以上の組織の専門家により形成されています。

2020年に企業向け初期ガイダンスが発行されたのち、目標設定方法の詳細を提供するため、公開協議や外部専門家の審査等を経て、23年5月に技術ガイダンスv1.0が発行されました。

SBTs for Natureの概要については、以下の記事も参照ください。

TNFDベータv0.3版発行:推奨される科学的根拠に基づく自然関連の目標(SBT for Nature)設定方法


2. SBTNの開発状況と技術ガイダンスv1.0のスコープ

2-1. 開発状況

今回のリリースは、あらゆる規模とセクターの企業に、淡水(Freshwater)、陸(Land)、生物多様性(Biodiversity)、海洋(Ocean)についての自然関連の包括的な科学的根拠に基づく目標を設定できるようにガイドする最初の重要なステップであり、今後も開発に沿って、ガイダンスでカバーできる範囲が拡大される予定です。


図1 開発のロードマップ

図1 開発のロードマップ

2-2. 技術ガイダンスv1.0のスコープ

技術ガイダンスv1.0では、共通ガイダンスとしてステップ1と2、分野ごとのガイダンスに分かれたステップ3(計測・設定・開示)が発行されました。

  • ステップ1(分析・評価):目標設定のために重点を置くべき主要な問題と場所を特定するための統合的な評価方法。

  • ステップ2(理解・優先順位付け):環境、社会、財務の考慮事項を組み合わせて、目標設定の優先順位付けを行う方法。

  • ステップ3(計測・設定・開示):5つの目標設定対象分野のうち、淡水(Freshwater)と土地(Land)の目標設定に関するガイダンスが発行。土地(Land)に関するガイダンスは現在ドラフトv0.3であり、2024年早期に正式版v1.0が発行予定。

技術ガイダンスに加え、ステップ1から3にわたって、生物多様性というSBTNの中核課題がどのように関連するかをハイレベルで説明する「生物多様性ショートペーパー」と、目標設定時に従うことが強く推奨される「ステークホルダー・エンゲージメント・ガイダンス」も同時発行されました。今後、企業の実装をガイドするための「コーポレートマニュアル」、メソッドに組み込まれた検証基準の要約文書、および検証済みの目標を正確に伝えるための「クレームガイダンス」が発行される予定です。

 

3. ステップ1と2の概要

共通ガイダンスが発行されたステップ1と2の概要は以下のとおりです。

3-1. ステップ1:分析・評価

SBTNを実施する最初のステップとして、自社操業とバリューチェーン全体にわたり、どの環境インパクトに対して、ビジネスのどの部分で、バリューチェーンのどこに目標を設定するかを決定するプロセスであり、ほぼすべての企業に適応することができます。ステップ1はさらに2つのステップに分けられます。

  • ステップ1a(マテリアリティ評価):セクターレベルの情報でどの環境への圧力が重要で、目標設定が必要とされるかを明らかにします。また、SBTN検証要件への準拠に関して必要となる作業レベルに対する企業の期待値の設定に役に立ちます。
    ステップ1aでは、「組織境界の概念を用いて決定された、事業全体にわたる重大な圧力をスクリーニングする」等の要求事項が設定されています。

  • ステップ1b(バリューチェーン評価):企業のバリューチェーンで生み出される自然への圧力を推定し、これらの圧力が自然状態(SoN)に特に影響を与える地理的な場所を特定します。
    ステップ1bでは、「ステップ1aで重要とされたすべての圧力に対する活動の寄与を評価する」等の要求事項が設定されています。

3-2. ステップ2:理解・優先順位付け

ステップ1の結果に基づき、自然への最も重大な悪影響を効果的に軽減し、プラスの影響の可能性を高めるために、どの目標を設定するか、どの場所と経済活動をターゲットの境界に含めるか、どこで最初に行動するかを決定するプロセスです。ステップ2はさらに4つのステップに分けられます。

  • ステップ2a(ターゲット境界の決定):利用可能なデータの精度に基づき、最終的に目標の設定、実施と監視の取り組みを実施する場所を決定します。SBTNはターゲット境界を、目標で管理できる企業の圧力フットプリントの空間的な範囲と定義しています。
    ステップ2aでは、「企業はステップ1で特定した重要な各圧力に対して、ターゲット境界を設定する必要がある」等の要求事項が設定されています。

  • ステップ2b(理解・順位付け):自然と生物多様性に対する行動の緊急性を評価するために、各ターゲット境界内の場所の圧力データ(各圧力タイプ×圧力にリンクする自然状態(SoNP))および生物多様性の自然状態(SoNB)を標準化した手法で順位付けします。
    ステップ2bでは、「境界内の理解とランク付けには、圧力と状態の両方の情報を使用する必要がある」等の要求事項が設定されています。

  • ステップ2c(優先順位付け):緊急度に基づいてターゲット境界と順位付けを決めた後に、企業は、ターゲット設定の最初のフェーズ(つまりカットオフ))を決定するための追加の優先順位付けをすることが推奨されています。
    ステップ2cでは、「優先順位付けの前にランク付けをする必要がある」等の要求事項が設定されています。

  • ステップ2d(実現可能性と戦略的重要性の評価):ステップの最終のプロセスで、企業は社会的および人権に関する追加の考慮事項を組み込み、科学的根拠に基づく目標の実現可能性と、以前の分析で重要と判断された場所のビジネスにとっての戦略的重要性を確認します。
    ステップ2dでは「ステップ2bの影響ベースの優先順位付けに従って上位にランクされた場所が、目標設定の第1段階で企業によって対処できない理由を説明するために、追加情報を検証者に提出しなければならない」等の要求事項が設定されています。


4. 他のフレームワーク、基準との関係

4-1. Science Based Targets initiative(SBTi)との関係

SBTiは、気候に焦点を当てた企業向けの科学に基づく目標であるのに対し、SBTNは、安全な未来を保証するためにはさらに多くのことが必要であると認識し、企業にとって、そして究極的には都市にとっても、気候に関連するものだけでなく、環境のあらゆる側面に対して目標を設定する方法を開発しています。

気候はSBTNの枠組みの陸、淡水、海洋、生物多様性に続く5番目の柱であり、温室効果ガスに寄与しているすべての企業は、科学に基づく自然の目標の一部として、SBTiを通じて気候目標を設定することが期待されています。


表1 SBTiとSBT for Natureの比較

SBTi

SBT for Nature

開始時期

2015年

2023年

運営母体

SBTi
(CDPや世界自然保護基金〈WWF〉、国連グローバル・コンパクト〈UNGC〉、世界資源研究所〈WRI〉が共同運営)

SBTN
(60以上のNGOなどの組織のパートナーによるネットワーク組織)

目標設定対象

気候変動(温室効果ガス排出量など)

自然資本。対象分野に以下の5分野が定義されています

  • 生物多様性(Biodiversity)
  • 淡水(Freshwater)
  • 土地(Land)
  • 海洋(Ocean)
  • 気候変動(Climate Change、SBTiと統合)

目標水準

2℃を十分に下回る水準(Well Below 2℃)または1.5℃目標

  • 2050年:ネットゼロ

(パリ協定に基づく)

ネイチャーポジティブ(Nature Positive)

  • 2020年:ノーネットロス(No net loss)
  • 2030年:ネットポジティブ(Net Positive)
  • 2050年:完全回復(Full Recovery)

(SBTNにより定義)

基準・ガイドライン

SBTiにより以下が発行されている

  • SBTiコーポレートマニュアル
  • 基準(SBTi Criteria)
  • ネットゼロ基準(Net Zero Standard)
  • セクター別ガイダンス

など

SBTNにより以下が発行されている

  • 初期ガイダンス
  • ステップ1, 2 技術ガイダンス
  • ステップ3 淡水 技術ガイダンス、FAQs
  • ステップ3  陸  技術ガイダンス(ベータ版)・補足・FAQs

など

認証

SBTiによる認証スキーム

パイロットプロジェクトで検証中(結果は2024年公開予定)


4-2. TNFDとの関係性

TNFDは、企業がTNFD開示提言を適用して目標を設定する場合、SBTNが開発した手法を使用することを推奨しています。また、設定した目標に向け行動し、進捗と実績を測定することを推奨しています。

TNFDの”Guidance for corporates on science-based targets for nature”は、TNFDとSBTNの共著となっており、SBTs for Nature設定のための5つのステップについて、概説および各ステップで必要となるデータ要件等について説明しています。SBTs for Natureのステップ3またはステップ5まで完了することで、TNFDの開示推奨事項「測定指標とターゲットC」に使用できるとしており、またLEAPの各段階のステップは、SBTNの目標設定に役立つとされています。


表2 TNFDの開示提言およびLEAPアプローチにおける目標設定

TNFD開示提言

戦略B

自然関連の依存、インパクト、リスク、機会が、組織のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与えた影響、および移行計画や分析について説明する。

測定指標とターゲットC

組織が自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を管理するために使用しているターゲットと目標、それらと照合した組織のパフォーマンスを記載する。

TNFD LEAPアプローチ

Prepareフェーズ, P2:ターゲット設定およびパフォーマンス管理

どのようにターゲットを設定し進捗度を定義・測定するのか。

また、TNFD LEAPアプローチとSBT for Natureの手法には、8つの共通アウトプットがあります。いずれかのアプローチを用いる組織が、これら8つの共通アウトプットを作成することができます。


図2 目標設定におけるTNFDとSBTNの連携

図2 目標設定におけるTNFDとSBTNの連携 出典:SBT for Nature初期ガイダンス(2020年9月公表:SBTN)よりEY作成


【共同執筆者】

ゴウ シウエイ(Shiwei Gou)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント

中国出身。京都大学地球環境学博士。景観生態学のバックグラウンドを持ち、世界遺産の文化的景観の保全と評価に関する研究を実施。博士号取得後、民間企業で経営企画部の勤務を経て、2022年にEY新日本有限責任監査法人へ入社し、EHS、環境デューデリジェンス、自然関連情報開示などの幅広く環境・サステナビリティ分野の業務に従事。


古川 真理子
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント

筑波大学生命環境科学研究科環境科学専攻博士前期課程修了後、国際協力機構(JICA)にて、東南アジアやアフリカ諸国における気候変動対策、廃棄物管理、水環境のプロジェクト等に従事。2023年にEY新日本有限責任監査法人へ入社し、環境デューデリジェンス、LEAPアプローチを含むTNFD開示支援、大規模イベントにおける資源循環分野における業務支援など、幅広く環境・サステナビリティ分野の業務に従事。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

SBTs for Nature v1.0では共通ガイダンスとしてステップ1と2、分野ごとのガイダンスに分かれたステップ3が発行され、今後もガイダンスのカバー範囲は拡大される予定です。気候目標についてはSBTiの手法を活用することが推奨され、SBTs for Natureの手法はTNFDとも共通のアウトプットがあります。


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    この記事について

    EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

    EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

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