プライベートエクイティファンドの投資先企業の価値創造を推進するテクノロジーの3本柱とは

プライベートエクイティファンドの投資先企業の価値創造を推進するテクノロジーの3本柱とは


テクノロジーを活⽤してポートフォリオ企業(投資先企業)の価値創造に踏み出すことで、売上向上、コスト最適化、資本効率の最適化につなげることができます。


3つの問い

  • 投資ライフサイクルを通じて、プライベートエクイティファンド(以下、「PEファンド」)とその最⾼情報責任者(CIO)、およびポートフォリオ企業の技術運営担当 (PortCo Technology Operator:以下、PTO)が⼼得ておくべき、価値創造で考慮すべきポイントは何か。
  • ポートフォリオ企業がファンド保有期間中に推進すべき、テクノロジーを活⽤した価値創造の柱は何か。
  • テクノロジーを活⽤した価値創造をポートフォリオ企業で実現するにあたり、考慮すべきリスクとよくある落とし⽳は何か。


EY Japanの視点

日本においても、プライベートエクイティ・ファンドは、投資ライフサイクルを通じ、テクノロジーを活用してポートフォリオ企業の価値を継続的に高めています。

特に近年では、テクノロジーを活用した「売上拡大」に積極的に取り組むことが増えてきていますが、実現にあたっては、土台となる技術アーキテクチャの陳腐化や、IT組織のスキル・要員数不足など、ポートフォリオ企業が固有に抱える多様な課題を横断した多層的な対応が必要となるケースが多く発生します。

EY JapanのSSG(ソフトウェア・ストラテジー・グループ)でも、ポートフォリオ企業の価値創造の成果を得ることに焦点を合わせ、戦略、ソフトウェアエンジニアリングの両観点で、実効性のあるプロジェクト設計、実行を支援しています。

  • 事業戦略・成長戦略・製品戦略のアラインメント
  • 技術投資戦略・ロードマップ
  • ソフトウェア開発効率・品質向上・R&Dコスト削減
  • 次世代プラットフォーム・SaaSトランスフォーメーション

EY Japanの窓口

末永 宣之
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション ソフトウェア・ストラテジー・グループ Japanリーダー EYパルテノン パートナー

PEファンドとそのポートフォリオ企業は、単にテクノロジーを導入し、コスト削減や効率化を図るだけにとどまるべきではありません。PEファンドとPTOは、既存のオペレーティングモデルを刷新し、⾰新的なデジタル志向のマインドセットと⽂化を醸成する必要があります。

ポートフォリオ企業の価値創造にあたり、テクノロジーが果たす役割の重要性が極めて⾼まってきたことは、誰の⽬にも明らかです。テクノロジーは、これまではオペレーション効率を向上させる微細な⻭⾞でしかなかったものから、収益の拡⼤をもたらす強⼒なエンジンへと進化を遂げました。さらに、テクノロジーがこのような変化を遂げるその環境⾃体も劇的なシフトの最中にあります。私たちがビジネスを⾏うマクロ経済環境は現在、差し迫った地政学的リスクや経済的リスクに満ち、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックの影響が⻑引く中にあります。こうした要因はいずれもビジネスに⻑く暗い影を落とし、経済は不安定さを増しています。

この激動のシナリオでは、PEファンドにとってテクノロジーの活⽤とイノベーションはもはや単なる選択肢ではなく、差し迫った優先課題になっています。変化の渦中にあってPEファンドがポートフォリオ企業の価値を向上させる上でテクノロジーの活⽤は⽋かせません。この価値を引き出す鍵を握っている極めて重要な柱は、テクノロジーを活⽤しての「売上向上の促進」「コスト最適化」および「資本効率最適化」の3つです。3つの柱のそれぞれが個別に、また⼀体としてPEファンドの基盤を強化し、イグジット・マルチプルを増加させ、収益を⾼める道を切りひらく役割を果たします。

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第1章

投資ライフサイクルを通して考慮すべき主なポイント

ディールチームのデューデリジェンスからイグジットまで、整合した戦略を策定することで価値創造につなげます。

デューデリジェンス実施中における初期投資テーマの確⽴から、ファンド保有期間中の変⾰、そして最終的な出⼝戦略を最適化するまでの投資ライフサイクル全般にわたって、PEファンドとPTOは3つの柱を組み込む必要があります。
 

1. デューデリジェンスと戦略の整合

PEファンドは、新たな企業買収を⾏う際に買収する企業をスタンドアロンにしておくのか、あるいは別の企業買収や新たな市場進出の⾜がかりとして利⽤するのかなどの投資テーマを明確に定める必要があります。採⽤するテクノロジー戦略は、PEファンドレベルでその投資テーマとポートフォリオ企業の事業⽬的を厳密に合致させることが⽋かせません。

投資テーマとテクノロジー戦略のすり合わせが可能かどうかの判断にあたっては、特に初期段階でテクノロジー・デューデリジェンスを徹底して実施することが重要かつ不可欠です。また、対象会社のテクノロジー環境で⾒込まれる潜在的なリスクと機会、シナジーを把握する上でも役⽴ちます。この際にPEファンドのディールチームとPTOが考慮すべきポイントとしては、ITインフラやデータセキュリティとサイバー評価、AI活用戦略、サプライヤー活用状況、バックオフィス業務の標準化、クラウド環境への順応度評価、対象会社のテクノロジーにおける成熟度などが挙げられます。
 

2.ファンド保有期間中の変革

ファンド保有期間中の変⾰期には、タイミングが極めて重要になります。投資期間が通常3年から7年に及び、また中間時点で評価が⾏われること(PEファンドがEBITDAの改善機会を評価し、イグジットするか保有を継続するかを判断すること)を考えると、保有期間中は価値創造の機会を追求するために変⾰を⾏う好機です。イグジットが近づく頃には新たな投資回収の道はほぼ無くなり、そのような機会が⽣じることも稀になります。

迅速な診断をすることで、短期的に効果の発現が期待できる改善機会を特定し、さらにEBITDAの改善につながる機会を絞り込む必要があります。そのためには販売、マーケティング、業務、財務の各⾯でトップライン、ボトムライン、資本効率に焦点を合わせることが不可⽋です。また、PTOはPEファンドと投資ライフサイクルを通して連携し、継続的改善の考え⽅を取り⼊れて、定期的な改善機会の⾒直しを⾏い、テクノロジー環境を絶えず評価してさらなる最適化とイノベーションの機会を⾒いだす必要があります。
 

3. 出口戦略の最適化

PEファンドは(遅くとも)デューデリジェンスの段階から出⼝戦略の策定を開始しますが、その戦略はテクノロジー戦略全体を規定するものである必要があります。PTOは、戦略的バイヤーに売却するか、別のPEファンドに売却するか、あるいは株式を上場させるか、最終的な⽬標を常に頭に置いておかなければなりません。例えば戦略的バイヤーの場合、中核的なテクノロジー基盤やサービスを買収後に自社のプラットフォームに統合する可能性が高く、例えばERP(基幹業務システム)への新たな投資は、さしたる付加価値を⽣み出せない可能性があります。

別のPEファンドに売却する場合は、潜在的な価値創造の機会を残しておきその買収をより魅⼒的なものにすることが良い選択肢と考えられます。株式上場であれば、情報開⽰とプライバシー、セキュリティについてより厳密な精査が必要であり、こうした問題に対処するためのケイパビリティを構築しなければなりません。アドオン取引の場合では、CIOとPTOは⾻太の統合計画を策定し、システムとプロセスのシームレスな移⾏を確実にする必要があります。その統合計画は、データ移⾏、システムの互換性、従業員への研修といった主要な課題に対応したものである必要があります。

いずれの形を取るにせよ、PTOには企業に競争優位性をもたらし、イグジット・マルチプルを⼤幅に向上させるテクノロジー投資(例えば、独⾃のケイパビリティ構築のための投資)の⾒極めが求められます。

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第2章

テクノロジーの活用によるポートフォリオ企業の価値創造の柱

価値創造の鍵を握る3つの柱により、イグジット・マルチプルを向上します。

売上拡⼤の推進、コスト効率化への注⼒(テクノロジー関連の費⽤回収と投資を含む)、資本効率を最適化する包括的なアプローチの確⽴の3つがテクノロジーの活⽤によるポートフォリオ企業の価値創造を⽀える柱です。
 

1. 売上拡大は最大の目標

PEファンドは、テクノロジーを活⽤したシームレスなカスタマーエクスペリエンスの創出、バーチャルサービスの提供、データ品質管理の最適化、⼈⼯知能(AI)の導⼊拡⼤など、売上拡⼤を加速させる⾰新的な⽅策を常に模索しています。

テクノロジーを活⽤したeコマース戦略やマーケティング戦略を通じて、企業はそれぞれのデジタルチャネルとターゲットを絞ったマーケティングを利⽤して新たな顧客セグメントへの浸透を図り、それを顧客エンゲージメントの強化につなげています。

企業は、直接的にはリモート応対により、間接的にはチャットボットを通じて顧客をサポートすることで顧客サポート機能を拡⼤することができます。これらのテクノロジー活用によってサービスのキャパシティを拡大し、間接費と⼈件費を⼤幅にカットし、顧客満⾜度を向上することができます。また、売上転換を加速するための拡張性の⾼いプラットフォームを提供できます。さらに、プラットフォームで収集したデータを活かして顧客インサイトを充実させることで、さらに収益創出⼒を強化することができます。

データの有効活⽤・分析により、企業は潜在顧客向けおよび既存顧客向けの新製品・サービスを開発することが可能です。また、最も需要がある製品やサービスを顧客に効率的に提供することが可能になります。クライアントのデータ分析活動の主たる⽬的は利益率の向上です。データ分析により、サプライチェーン、研究開発、資産管理、⼈材管理などの分野におけるビジネス慣⾏のより⼤規模かつ抜本的な変⾰を促進することができます。

AIの活⽤により、企業は専有データからより多くの価値を引き出すことができるようになります。例えば、消費者向けのパッケージ製品を扱う企業の場合、売上⾼を10%から45%程度成長させられる可能性があります。調査会社PitchBookによると、CIOの60%が2025年までに部⾨を問わずAIの広範な使⽤を進める⽅針です。⽣成AIへの投資ブームに沸く今、企業は⽣成AIが⾃らの属するセクターにどのような影響を及ぼすのか、あるいは混乱を招くリスクがあるのかの⾒極めを迫られています。
 

2. ITコストの削減とテクノロジーの活⽤による業務効率化が喫緊の課題

アプリケーションの合理化とインフラの最適化、IT組織の再編、テクノロジーを活⽤した業務改善により、企業は⼤幅な利益率の改善を実現することができます。こうした取り組みには、技術⾰新を取り⼊れる戦略的なアプローチと積極的な姿勢が求められます。

ポートフォリオ企業がITコストを最も効果的に削減する⽅法の1つは、⼈材、システム、そしてインフラの観点から規模の適正化を図ることです。適正化により費用が高く必須ではないアイテムへの⽀出を削減することを⽬指します。冗長もしくは使⽤されていないアプリケーションを廃⽌すれば⼤幅にコストを削減できます。

また、クラウド移⾏戦略やクラウドネイティブな⽀出管理ツールへの投資でインフラの最新化を図ることも、ポートフォリオ企業の間接費や⽀出の削減に役⽴ち、「規模の適正化」の好事例となります。それにより現行対比で最大60%のコスト削減効果を期待できます。

例えば、従業員の健康管理システムをクラウド化することは、ポートフォリオ企業のインフラとアプリケーションのポートフォリオを合理化し、コストの削減、業績とアジリティの向上、ならびにセキュリティと事業継続性を向上させる機会となり得ます。

可能な限りアウトソーシングやオフショアリソースを活用してIT組織の規模を適正化することも効果的な戦略です。この検討はIT組織の内製・外部委託の分析、オフショアリングを検討した場合のコスト評価、最適なベンダー選定などの洗い出しから始まります。IT組織の適正化はコスト最適化の鍵を握るだけではなく、自社のテクノロジーチームが⾃らの中核的ケイパビリティにリソースを集中できることにもつながります。

例えば、ポートフォリオ企業のうちIT組織が⾼コストな⽴地に集中している場合では、IT組織が果たす機能の中で戦略的ではない機能や経営トップとの物理的な距離の近さを必要としない機能にオフショアリソースを適⽤することで⼤幅なコスト削減を実現できるかもしれません。潜在的な落とし⽳を回避するには、ポートフォリオ企業が適正な自社業務体制を構築し、主要な指標をモニタリングする必要があります。また、委託先の業務遂⾏状況を管理しながら都度必要な調整を⾏うことも必須です。

テクノロジーを活⽤した業務改善では⼈材およびプロセスに関連した間接費の削減を図ることも可能です。あるポートフォリオ企業(消費財メーカー)を例にとると、⾃律型サプライチェーン計画機能を導⼊し、デジタル技術を活⽤して在庫⽔準を下げ、輸送コストを削減しサービス⽔準を向上させました。これにより計画精度の向上と不良在庫の20%削減を実現しています。
 

3. 資本効率は極めて重要

レバレッジを活⽤した資⾦調達をするビジネスの構造上、PEファンドにとって資本効率化は最優先課題です。テクノロジーに投じる資本の最適化により資産運⽤効率を⾼め、「アセットライト(資産保有を圧縮し財務⾯を軽減する)」戦略を浸透させる機会を⽣み出すことができます。

資本効率化を図る上で最も効果的な⽅法の1つに、トランスフォーメーション施策におけるテクノロジー関連の⽀出管理が挙げられます。コストを抑え、スケジュールを厳守し、ビジネスケースの投資利益率(ROI)を定め、適正なガバナンスを確保し、サイバーセキュリティリスクに対処することのどれもが不可⽋です。⼤規模なテクノロジー・トランスフォーメーションは重⼤な技術的不備への対処や今後の事業戦略の後押しとなりうる⼀⽅、出⼝戦略によっては必ずしも最適なアプローチにはならない可能性があります。

インフラにおいてもテクノロジーは資本効率化の⼤きな⼒となり得ます。クラウド型のホスティングはオンプレミス型に⽐べ初期費⽤の低さ、拡張性、柔軟性など優れた点が数多くあります。PEファンドではまた、プリンターやエンドユーザー・コンピューティングなどのITハードウエアについて、リースか購⼊かの選択肢も検討すべきです。

テクノロジーは資本効率化の助けとなる⼀⽅で、リスクもはらんでいます。テクノロジーへの投資を投資戦略全体に沿ったものにするには、⻑期的な成⻑や技術開発とPEファンドのニーズとのバランスをとることが⽋かせません。例えば、多額の資⾦を要する⼤規模なテクノロジー・トランスフォーメーション・プロジェクトでも、PEファンドの投資戦略にかなうものでないならばリスクがあり、また⽬標ROIの達成を困難にしかねません。

3

第3章

テクノロジーを活⽤した価値創造におけるリスクと落とし⽳

テクノロジーの導⼊と価値創造に影響を与え得る典型的な課題が5つ存在します。

テクノロジーを活⽤して価値創造の促進を⽬指すPEファンドは、これら5つの重⼤なリスクと落とし⽳を回避するよう、⼼がけなければなりません。
 

  1. 不⼗分なデューデリジェンス︓テクノロジー・デューデリジェンスが不⼗分な場合、システム互換性の問題、レガシー技術、サイバーセキュリティの脆弱性など、統合段階で予期せぬ試練に直⾯する可能性がある。
  2. 反発と動揺︓従業員やステークホルダーからの反発は、テクノロジー活⽤による⼀連の取り組みの成功を阻みかねない。また、PEファンドが性急に結果を求めることは、組織内にカルチャーショックを⽣み、中堅・若⼿従業員が受けるプレッシャーを高める恐れがある。
  3. ⾮現実的な期待を抱く︓テクノロジー投資のメリットを過⼤評価したり、導⼊に必要な時間とリソースを過⼩評価したりすると、結果的に失望を招き、価値創造に費やした尽力を損ねることになりかねない。
  4. ガバナンス体制とモニタリング体制が不⼗分︓テクノロジー活⽤の取り組みの監督が不⼗分な場合、優先課題をめぐる認識にずれが⽣じる、リソースを効率的に利⽤できない、進捗状況を適切に把握できないといった問題を招く恐れがある。また、イグジット時のバリュエーションを高めるためには、規制・業界コンプライアンスへの準拠が極めて重要な要素になる。
  5. サイバーセキュリティの軽視︓サイバーセキュリティ対策への投資が不⼗分だと、データ漏えい、経済的損失、レピュテーション毀損など、ポートフォリオ企業は重⼤なリスクにさらされかねない。

 
 

テクノロジーを活用した価値創造へのまたとない好状況

PEファンドが価値創造にテクノロジーを活⽤するのに今ほど適した状況はありません。⾼インフレ、⾦利の上昇、市場のボラティリティ、低調なM&Aといった現在の環境でPEファンドに求められるのは、既存のポートフォリオの価値創造機会を最適化し、成果を得ることへの集中です。
 

テクノロジーを取り⼊れることでPEファンドは売上を伸ばし、コスト削減戦略を策定・実施し、テクノロジーを活⽤した業務改善を本格化させ、資本効率を最適化することができます。市場環境が変化する中、PEファンドはイノベーションとテクノロジー・トランスフォーメーションに投資することで競争⼒を維持し、投資家に⻑期的価値をもたらす必要があります。テクノロジーを活⽤した価値創造機会について検討し、⾃社の投資テーマに沿ってポートフォリオ企業戦略を策定し、⾃社が進める取り組みを優先させなければなりません。
 

本記事の執筆協力者:Nilesh Patel、Raghav Rao、Shashi Shrimali、Kingsley Ifechukwude、Joydeep Bhattacharya、Andrew Miller


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    サマリー

    価値創造の原動⼒となるテクノロジーは、投資ライフサイクルを通じて売上を伸ばし、コスト改善に注⼒し、資本効率を最適化する上で極めて重要なドライバーです。


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