ヘルスケア改革は単なる機会であるにとどまらず、緊急かつ不可欠なニーズでもあります。既存のヘルスケアモデルは、長期的に見て持続可能ではありません。治療費が高額となる慢性疾患の発症が世界的に急増し、医療費は増え続けています。また、2030年には世界全体で医療従事者が1,800万人も人手不足となると予想されており、デジタル技術導入の必要性が高まっています。
こうした傾向が広く認識され、医療機関やステークホルダーは変革につながるツールがあることを理解する必要があるでしょう。そうしたツールは有効な治療や個別化医療を促進するだけでなく、同様に重要な、アクセス性の改善と効率性向上をもたらします。
科学技術がエンジンなら、データは燃料である
新たなテクノロジーは健康を進化させます。今日、ヘルスケアイノベーターはクラウドコンピューティング、センサー、仮想現実および拡張現実システム、5Gブロードバンドを医療提供モデルに取り入れようとしています。また近い将来、量子コンピューティングやイマーシブなメタバースなどのさらなる先進技術も具体化するでしょう。一つの技術だけがこうしたヘルスケアの未来の鍵となるわけではありません。むしろ、これらの技術がヘルスケア分野で進化と収束を続けることで、医療IoT(IoMT)の拡大が可能になっています。
今後、このIoMTはあらゆる場所に広がっていくでしょう。家庭や職場には、スマートインフラとつながった接続機器、仮想アシスタント、モーションセンサー、遠隔監視ツールが設置されます。私たちの表皮や体内にも、バイオ電子インプラント、スマート衣料品、摂取型センサー、さらにはナノロボットやスマートダストでマッピングされるようになるのです。
IoMTの拡大から得られる実質的な効果として、利用可能なヘルスケアデータの量と質がかつてないほど増大します。すでに、医療システムの内外で数十億ギガバイトの患者情報が生成され、ヘルスケアデータは毎年急激に増加しています。以下の点にも留意が必要です。
- 世界のネットワーク化が進み、膨大なデータ量が常に受動的に取得されています。2020年の世界のセンサー台数はおよそ1兆台とされ、その10年前は約2,000万台だったことから、10年間の成長率(CAGR)は195%でした1。
- データ取得ツールの数が増えるにつれ、個人に関するデータの量も増えています。テクノロジーの分布に差があるものの、地球上のすべての人は、年間平均50テラバイトを超えるデータを生成しています。医療に直接関わるデータはこのうちほんの一部とはいえ、今ではヘルスアウトカムの最大80%が非臨床データで形作られています。
今後3年間のヘルスデータの増加については、CAGRが36%と予測されますが、これは製造業(6.3%)や金融サービス業(6%)のデータ生成の増加率を上回っています。
データは、特に日常生活で生成される場合、ばらばらで構造的でないことが多く、また大抵はヘルスアウトカムに関わっていますが、新たな分析ツールで、生の情報を実用的な知見に変換する必要があります。こうした分析能力はすでに利用できる状態であり、以前は使用されていなかったデータソースを分析して、新たな知識マップを作成できるようになっています。
知見を個別化できるインテリジェント・エコシステムの構築
ヘルスケア分野へのAI導入の拡大は、2021年に承認された130件以上の新アルゴリズムに表れています。これらのアルゴリズムはすでに、デジタルトリアージ実施のためのツール、ケアパスの最適化、行動コーチングおよびリアルタイム疾病管理の提供、ゲノムや大量のデータセットなどの詳細分析につながっています。
しかし、AIの可能性はこれらの用途にとどまりません。
ヘルスケアデータの世界が拡大し続ける中で、AIはこうしたデータをこれまでとは異なる方法で結び付け、組み合わせ、精査し、実用的な知見を引き出すための手段を提供します。AIは、私たちの感知、知覚、学習、理解、推察、計画、行動を助ける能力を急速に進歩させています。すなわち、人間と機械の能力を組み合わせることにより、現在と比べると想像できないほどのレベルで、人間だけが持つ知能を増強する道が開かれるということです。
医療提供へのAI導入は、継続的な学習プロセスであり、その中でヘルスケア・アルゴリズムはインテリジェンスと価値を向上し続けます。人間とコンピューターの処理能力を組み合わせることで、どちらか一方の場合より大きな価値や能力を提供できるようになります。AIの力があれば、大量の生成データと広範な技術ツールを、包括的な統合スマートヘルスシステムと連携させることができるのです。
このシステムはデータの統合と分析を行うレイヤーの上に構築され、データバックボーンによってプラットフォームが相互に接続されます。患者個人を取り巻く個別化されたデータクラウドはデータレイヤーに取り込まれ、そこで、個人用に設定された基準および比較可能な患者集団に関するリアルワールドデータと、その患者のデータとが比較されます。これにより、システムは十分な情報に基づき治療を計画でき、またこうした治療から学習して、それぞれの患者に適した治療方針を継続的に調整されます。
このデータ主導のスマートシステムによって、医療におけるサイロを取り払い、ペイシェントジャーニーを通して最適な意思決定を行えるようになります。最も重要なのは、真に人を中心にした医療の提供につながるという点です。