EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
アーンスト・アンド・ヤングLLP(米国) パートナー 野本 誠
ジャパン・ビジネス・サービス米州税務統括。1990年以来の米国での実務経験に基づき、M&A、内部再編、新規対米投資案件等に関する税務アドバイスを提供。他の大手会計事務所を経て、2016年アーンスト・アンド・ヤングLLPにパートナーとして参画。2018年よりEY税理士法人に出向し、国際法人税務アドバイザリー部門およびトランザクション・タックス・アドバイザリー部門リーダーを務める。2021年米国に帰任。米国公認会計士(ニューヨーク州)。
要点
日本の少子化・高齢化を背景に日系企業の海外進出・海外事業拡大の意欲は高く、特に米国における企業買収活動は円安にもかかわらず依然活発です。ただし、比較的小規模な案件が多いのも事実であり、特に事業会社の戦略系ディールにおいては、個人事業主やその家族、経営陣等が保有している非公開企業が買収対象となるケースが増えています。それらの中小企業は、税法上の優遇措置を得るために「Sコーポレーション」として運営されていることが多く、その買収においては固有のリスクや問題点が存在します。本稿では、米国税務の観点からSコーポレーション買収戦略を考察します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
米国税法上の「Sコーポレーション」制度とは、主に個人事業主などを中心とする非公開企業のうち、一定の要件を満たす法人をパススルー事業体として取り扱う優遇税制です。パススルー事業体であるSコーポレーションは、連邦法人税の納税主体とはならず構成員課税が適用されるため、その課税所得は株主が持分に応じて申告します。そのため、法人レベルで課税された所得が配当され、株主レベルで再び配当所得として課税される二重課税が回避可能となります。
ちなみに、「Sコーポレーション」の名称は、「スモール・ビジネス」の頭文字であると同時に、内国歳入法典のサブチャプターSにルールが規定されていることに由来しています。通常の法人に適用される法人税制はサブチャプターCにルールが規定されていることから、通常の法人のことを「Cコーポレーション」と呼んでいます。
Sコーポレーションは、法的には通常の法人と同様に州会社法に基づき「コーポレーション」として設立されますが、連邦税法上「Sコーポレーション」のステータスを選択することにより、パススルー事業体としての取扱いを受けることができます。また、州会社法上リミテッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)として設立された事業体を連邦法人税法上コーポレーションとして取り扱う選択を行い、さらにSコーポレーションとしての取扱いを選択する場合もありますので、社名がLLCになっていても税務上の取扱いはSコーポレーションとなっている可能性があります。
Sコーポレーションとしてのステータスを選択するための要件は、以下の通りです。
LLCの場合もパススルー事業体としての取扱いは可能ですが、LLCの個人出資者はLLCを通じて稼得する事業所得に対して社会保障税等の支払い義務が発生します。一方、Sコーポレーションの株主は、Sコーポレーションから配賦される事業所得に対しては社会保障税等の支払い義務がなく、Sコーポレーションから支払われる適正なレベルの給与所得についてのみ社会保障税等が課せられます。これを理由にLLCではなくSコーポレーションを選択しているケースもあります。
Sコーポレーション買収にあたり、税務デューデリジェンスを実施すると、個人事業ならではの管理の甘さが露呈することも多いのですが、例えば以下のようなSコーポレーション特有のリスクが発見されることもあります。
特定の瑕疵(かし)については救済措置を申し立てることもできますが、過去にさかのぼってSコーポレーションとしてのステータスが否認されると、これまで法人税の納税主体となっていなかったSコーポレーションがCコーポレーションとして法人税の納税主体となるため、買収対象法人において法人税の未納債務が発現することになります。
法人がSコーポレーションの株式を取得すると、その時点でSコーポレーションとしての適格性が失われるため、買収対象会社はCコーポレーションとなります。その場合には、以下のデメリットが発生します。
売り手側は売却益全額が優遇税率の対象となるキャピタルゲインとして取り扱われることから、株式の単純譲渡を志向するかもしれませんが、買い手にとっては上述の通りデメリット尽くしです。仮にSコーポレーションの持分を100%買収する場合には、買い手としては受け皿会社を作ってSコーポレーションから事業資産を買収するアセット・ディールとするのがベストです。これにより、事業資産の税務簿価はステップアップし、適格資産についてはボーナス減価償却が可能となり、さらに過去の法人税債務等のリスクも原則的に遮断できます。
ただし、買収対象会社から移管できない契約や許認可がある場合や、資産・負債の移管に多大な事務的コストが発生する場合には、アセット・ディールは選択肢から外れる可能性があります。また、売り手が部分売却を希望している場合や、買収後の事業継続の観点から既存株主の一部を残す必要性があり、100%買収が難しいケースもあります。そのような場合には、次善の策として内国歳入法第338条(h)(10)に基づく「みなしアセット・ディール」制度を利用することが考えられます。この場合、取引の法形式は株式譲渡になりますが、連邦法人税法上はSコーポレーションが事業資産を新会社に譲渡して清算したものとして取り扱われます。
この結果、事業資産の税務簿価のステップアップやボーナス減価償却が可能となります。ただし、株式の80%以上が譲渡される必要があり、買収対象会社の過去の法人税債務を遮断することは原則的にできません。また、過去にさかのぼってSコーポレーションとしての適格性が否認されると、みなしアセット・ディールは成立しなくなります。
一方、売り手の観点からは、事業資産のみなし譲渡益の100%について課税され、株式を継続保有する既存株主はパススルー課税のメリットを失うことになります。また、売り手にとって単純株式譲渡の譲渡益は優遇税率の対象となるキャピタルゲインとなりますが、みなしアセット・ディールの場合は譲渡益の一部が一般税率で課税される通常所得となる可能性があり、買収対象会社が事業活動を行っている各州で譲渡益の申告が必要となります。
Sコーポレーションの持分の取得割合が100%未満となる場合のもう1つの買収手法として、「F型組織再編」と呼ばれるものがあります。この手法は、取得割合にかかわらず利用することができます。
米国の法人組織再編税制においては、非課税組織再編となる定型取引形態として、A型(法的合併)、B型(株式交換)、C型(株式と資産の交換)、D型(共通支配下での合併もしくは会社分割)、E型(資本再構成)、F型(法人格の変更)、G型(会社更生法の適用)が規定されています。このうち、F型組織再編は、例えばカリフォルニア州で設立された法人の設立登記州をデラウェア州に変更する場合等、見方によっては新会社を設立して事業を譲渡したように解釈することもできますが、法人格は変わる一方で会社としての経済実態には何ら変更がないため、非課税組織再編として取り扱う規定です。英語では「Mere Change of Corporate Identity」と呼びます。
この規定を利用して、Sコーポレーションの買収前に組織再編を実施することにより、多くの税務上のメリットを実現することが可能となります。具体的な再編ステップは以下の通りとなります。
Sコーポレーションの買収にあたりF型組織再編を実施する主な税務上のメリットは以下の通りとなります。
一方、F型組織再編のデメリットとしては、売り手の譲渡益の一部が低税率の対象となるキャピタルゲインではなく通常所得となる可能性がある点が挙げられます。この点については、買い手が得られる税務簿価のステップアップやボーナス減価償却の税務上のメリットの現在価値と、売り手が要求する追加タックス・コストの補償額をてんびんに掛けて交渉することになります。
以上で説明したSコーポレーション買収の手法のメリット・デメリットの比較一覧表は<図6>の通りとなります。
日系企業による米国の「Sコーポレーション」買収案件が増加していますが、通常の法人をターゲットとしたM&Aとは異なる固有のリスクや課題が存在します。これらの解決テクニックを含め、Sコーポレーション買収戦略を米国税法の観点から考察します。
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