タイの民商法典の改正と今後の経済動向

情報センサー2024年4月 JBS

タイの民商法典の改正と今後の経済動向


タイにおける今後の組織再編の可能性及び動向を把握するための参考となるよう、昨今の民商法典の改正を説明するとともに、今回の主な改正点として、新しい合併法である吸収合併について紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 タイ駐在員 公認会計士 藤本 健司

電気機器・消費財の製造業、小売業、インターネット・メディア業の上場会社、上場準備会社を中心とした会計監査業務に従事し、IFRS導入支援、内部統制構築支援、執筆活動等の業務にも従事。2020年9月よりEYタイ事務所ヘ赴任し、会計監査、税務、アドバイザリーなど幅広いサービスで現地日系企業を支援。



要点

  • 2023年2月よりタイの改正民商法典が施行されている。
  • 主な改正点として、新しい合併法である吸収合併が規定されている。


Ⅰ はじめに

タイはASEAN(東南アジア諸国連合)の中でも、特に多くの日系企業が進出している国です。主要産業は、従来、製造業、観光業及び農業とされてきましたが、現在「タイランド4.0」という長期的な経済政策により、高度技術産業へのシフトを進めています。

また、2023年9月にはセター・タウィーシン政権が発足し、選挙による政権交代は約12年ぶりとなっています。主要な政策として、16歳以上の全国民へのデジタルウォレットを通じた現金給付、大卒初任給の引き上げ、1日当たり最低賃金の引き上げ等を掲げています。特に、賃金に関する政策は、日系企業の業績への影響も注意する必要があると考えます。

こうした中、タイの民商法典(Civil and Commercial Code:C&CC)が改正されています。本稿では、当該民商法典の改正の内容、中でも新しい合併法である吸収合併及びその効果について解説します。なお、文中の意見に関する部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。


Ⅱ 民商法典の改正

2023年2月にタイの改正民商法典が施行されています。当該改正の目的は、今まで以上に業務の効率性を図り、かつ柔軟性を持たせることにあります。そのため、主な改正点としては、以下が挙げられます。

  • 非公開会社では設立時の発起人数が3名から2名へ、また、最低株主数も3名から2名へと見直されています。
  • 従来、株主総会への株主の出席や、原則対面での取締役会の開催が求められていましたが、委任状による株主総会決議、オンラインによる仮想取締役会の開催が認められています。
  • 従来、企業結合の方法は新設合併のみでしたが、新しい方法として吸収合併が認められています。これは日本で一般的に用いられる吸収合併と同じものとなります。

以上をまとめたものが、<表1>となります。次章にて、改正点の中でも新しい合併法である吸収合併について解説します。

表1 民商法典の改正前後の比較

トピック

旧法

新法

1.設立

3名の発起人で株式会社を設立することができる

2名の発起人で株式会社を設立することができる

2.定時株主総会(AGM)

合計で発行済株式数の25%以上に達する株主の出席が必要

合計で発行済株式数の25%以上に達する株主2名 以上の出席又は委任状2通以上が必要

3.取締役会(BODM)

仮想取締役会について特別の規定無し

取締役会は、取締役が対面で出席しなくても、仮想会議にて開催することができる

4.解散

裁判所は、株主が3人未満となった場合、又は会社が事業を継続できない状況にある場合、会社の解散を命じることが可能

裁判所は、株主が1人しか残っていない場合、又は会社が事業を継続できない特定の状況(まだ規定 無し)にある場合、会社の解散を命じることが可能

5.企業結合

1つのみの企業結合の方法が規定

  1. 新設合併:全く新しい会社が設立され、被合併会社はすべて消滅

2つの企業結合の方法が規定

  1. 新設合併:全く新しい会社が設立され、被合併会社はすべて消滅
  2. 吸収合併:1つの会社を存続させ、他の被合併会社は消滅

出典:EYタイ年次日系企業セミナー/ウェビナー(2023年9月12日開催)資料


Ⅲ 新しい合併法

従来、2社を1社に結合する方法としては、新設合併または事業譲渡の方法のみが認められていました。新設合併では、新規に会社が設立され、全ての被合併会社は法律によって自動的に消滅することになります。また、全部事業譲渡では、会社が営む事業の全部が他の会社に譲渡され、事業を譲渡した会社は譲渡と同じ会計期間内に解散手続を開始する必要があるとされています。

ここで、新設合併ではライセンスの移管に際して2社分の手続、従業員の移管に際して2社分の従業員からの転籍の合意を取る必要があります。また、全部事業譲渡ではライセンスの移管は原則できず、従業員の移管は1社の従業員からの転籍の合意を取るのみですが、譲渡した会社では解散手続が必要となります。このように、従来の方法は手続に時間を要するものと考えられていました。

しかし、新しい合併法である吸収合併では、合併する会社の1社が存続し、他の会社は法律によって自動的に消滅します。これにより、今まで以上に効率的かつ柔軟な方法で、会社を存続させながら他の会社を合併することが可能となっています。具体的には、合併会社の1社を存続会社として、消滅会社の資産、負債、権利義務及び責任を自動的に承継することが可能となります。また、ライセンスや従業員の移管も消滅会社1社分の手続のみで可能となります。さらに、いずれの会社を存続会社とするかを選ぶことができるため、税務上の繰越欠損金を有する会社を存続会社とするという選択も可能となります。

以上の企業再編の方法における税務上の取扱いをまとめたものが、<表2>となります。ただし、新しい合併法に関連する税務上の考慮すべき事項については、関連する管轄当局によって発行される詳細な規制及びガイダンスにより決定されます。そのため、事前に税務専門家による綿密なフィージビリティ・スタディを実施することが強く推奨されます。

表2 税務上の取扱いの比較

表2 税務上の取扱いの比較

出典:EYタイ年次日系企業セミナー/ウェビナー(2023年9月12日開催)資料


Ⅳ 今後の経済動向

前述の通りタイでは、2015年に「タイランド4.0」という長期的な経済政策を掲げ、2036年までに高所得国入りすることを目標としています。そして、これを担う産業として約10産業を挙げ、それぞれの育成計画を打ち出しています。こうしたタイにおける経済動向の反面、2015年以降の日系企業におけるM&A等の件数は、2018年をピークとして減少している状況です。

今回の民商法典の改正は、タイにおける今後のM&Aに1つの選択肢をもたらし、さらなる進展に寄与するものと考えられます。また同時に、タイ国内での賃金が上昇傾向にある中、複数あるタイ子会社の統合といった組織再編や、グループ内でのタイ子会社の位置付けを見直す機会にもなるものと考えられます。ただし、新たな合併法に関する詳細な規制及びガイダンスについてはまだ不明確な部分もあり、今後の動向を注視していく必要があります。


サマリー

タイにおける昨今の政治及び経済情勢、ならびに、民商法典の改正について説明しています。主な改正点として、新しい合併法である吸収合併及びその効果を説明し、今後のタイにおける組織再編の可能性及び動向について考察しています。


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