カリフォルニア州における気候変動関連開示法令の概要と企業対応

情報センサー2024年3月 JBS

カリフォルニア州における気候変動関連開示法令の概要と企業対応


カリフォルニア州内で事業を展開し、年間売上高が一定の基準を満たす企業等には、スコープ3を含む温室効果ガス排出量や気候変動関連の財務リスク等の気候関連情報等の開示が義務付けられるようになります。本法令は適用までの準備期間が短いため、該当する企業は早急に準備を始める必要があります。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 公認会計士 大石 晃一郎

サステナビリティレポートや統合報告書等の非財務情報開示保証をサポートするサステナビリティ開示推進室に所属し、法人構成員向けの研修開発や、外部セミナー、Youtube 等の外部情報発信を担当。公認会計士。サステナビリティ情報審査人。

EYアメリカ  サンフランシスコ事務所 公認会計士 福井 周平

東証上場の会計監査、新規株式公開(IPO)準備企業への会計監査および会計指導業務に幅広く従事。現在、EYサンフランシスコ事務所へ赴任し、東証上場の日本企業の在米子会社に対する会計監査業務等に従事。



要点

  • Ⅰでは、カリフォルニア州における気候変動関連開示法令(SB-253、SB‐261、およびAB-1305)の開示内容や適用時期等の概要について、表形式により分かりやすくまとめている。
  • Ⅱ、Ⅲでは、法令適用に向けた課題について整理するとともに、企業のとるべき対応について、プロジェクト体制の構築、グループ戦略、内部統制、第三者保証といった観点から解説している。


Ⅰ カリフォルニア州における気候変動関連開示法令の概要

2023年9月に2つの気候変動に関連する開示法令(SB-253およびSB‐261)がカリフォルニア州議会により可決され、2023年10月にカリフォルニア州知事によって署名されました。これらの法令は、一定規模以上の、カリフォルニア州で「事業を営んでいる」公開企業と非公開企業の双方に適用され、2026年には2025年の情報に基づく開示が義務付けられています。

また、2023年10月に3つ目となる気候変動に関連する開示法令(AB-1305)がカリフォルニア州知事によって署名されました。

各法令の内容については、<表1>の通りです。

表1

SB-253

SB-261

AB-1305

対象企業

前事業年度の売上高が10億米ドル超であり、カリフォルニア州で事業を営んでいる企業*1*2*3

前事業年度の売上高が5億米ドル超であり、カリフォルニア州で事業を営んでいる企業*1*2*3

カリフォルニア州で事業を営んでおり、以下のいずれかの達成を目標として宣言している企業

① ネットゼロ・エミッション
② カーボン・ニュートラル
③ GHG排出削減

開示内容

温室効果ガス(Greenhouse Gas: GHG) のScope1(直接排出量)、Scope2 (間接排出量)およびScope3 (その他の排出量)

  • 気候変動関連の財務リスク
  • 当該リスクを低減しそれに順応するために企業が採用している指標
  • 上記3つの達成目標・達成状況がいかに正確に設定されているか、また目標に対する進捗の測定方法
  • 独立した第三者によるデータの検証がなされているか否か
  • カリフォルニア州において購入および使用したカーボン・オフセットに関する情報
  • カリフォルニア州において、カーボン・オフセットを販売している企業については、オフセットプロジェクトに関連する情報および発行したカーボンオフセットの算出に関するデータと計算方法

フレームワーク

GHGプロトコル*4

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)

規定なし

適用開始時期*5

  • Scope1およびScope2の開示は2026年(2025年度のデータ)、Scope3の開示は2027年(2026年度のデータ)が適用初年度
  • Scope1およびScope2の報告期日は今後CARB(カリフォルニア州大気資源局)により決定予定
  • Scope3の報告期日はScope1およびScope2の報告期日の180日後

2026年1月1日までに報告書をウェブサイトに掲載することが必要であり、それ以降は隔年での報告

2024年1月1日より適用開始であり、その後年度での更新が必要

免除規定

規定なし

保険会社(すでにTCFDの下での報告が義務付けられているため)

規定なし

開示内容の第三者による保証の要求

あり*6

要求なし

要求なし

*1 適用の判定に用いられる売上高は米国外での売上高を含む全ての売上高の合計であり、カリフォルニア州における売上高のみではない。

*2 本法令ではカリフォルニア州で「事業を営んでいる」という用語について定義がされておらず、カリフォルニア州の税法における定義を参照しており、次のいずれかを満たす場合、企業は「事業を営んでいる」とみなされる。
1) カリフォルニア州において金銭的利得を目的とする取引に関与している。
2) カリフォルニア州において組織されている、または商業的な所在を有している。
3) カリフォルニア州において一定の金額 (年次ごとに見直される)を超える売上高、不動産または給与を有している。

*3 基準を満たす米国外の企業の米国子会社についても適用範囲に含まれる。

*4 カリフォルニア州大気資源局(CARB)は2025年1月1日までに、SB-253要求事項適用のための法規則採用を求められている。

*5 2024年および2025年における法令整備の進捗状況に応じて、適用開始時期が変更となる可能性がある。

*6 Scopeごとに第三者による保証が以下のように要求されている。

Scope1およびScope2

Scope3

限定的保証

2026年に提出される2025年度のデータ以降

2030年に提出される2029年度のデータ以降(CARBにより今後変更される可能性あり)

合理的保証

2030年に提出される2029年度のデータ以降

要求なし


Ⅱ 対応スケジュールと課題

図1 カリフォルニア州の各法令とその他のグローバルのサステナビリティ開示基準のタイムライン

図1 カリフォルニア州の各法令とその他のグローバルのサステナビリティ開示基準のタイムライン

*原稿執筆時点。なお、2024年3月6日にSECにより最終規則が採択されている。

出所:金融審議会「我が国におけるサステナビリティ開示のロードマップ」(www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20221227.html <2024年2月1日アクセス>)、IAASB「Understanding International Standard on Sustainability Assurance 5000 | IAASB」(www.iaasb.org/focus-areas/understanding-international-standard-sustainability-assurance-5000 <2024年2月1日アクセス>)および、2024年2月1日時点の各基準に関する開示情報を基にEY作成

<図1>がカリフォルニア州の各法令とその他のグローバルのサステナビリティ開示基準のタイムラインです。最初に期限が到来するのはAB-1305です。本原稿執筆時点ではすでに適用対象期である2024年に入っているため、未対応の企業については早急に、連結グループに該当する子会社があるかどうか、また、開示対象となる項目について確認を進める必要があるといえます。

SB-253、SB-261についても、それぞれ2025年度のデータに基づいたScope1および2のGHG排出量、また、TCFDに準拠した報告書を順次開示していくことから、理想的には2025年度が始まる前の2024年度中に、Scope1および2のGHG排出量に関する集計体制を整えるとともに、TCFDに基づいた開示の準備体制が整うように準備を進めておく必要があります。

SB-253、SB-261の適用タイミングは異なりますが、TCFDで推奨される開示内容には、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つの柱に基づいた、より広範な気候関連のリスクと機会に係る開示が含まれ、その中の指標と目標の一部としてのScope 1および2のGHG排出量に関する開示も含まれることから、両者は別個にプロジェクトを進めるのではなく、TCFDによる全体的な気候関連の開示検討を進めながら、その一部としてGHG排出量の集計・開示に向けた対応を進めることが理想的といえます。

なお、SB-253、SB-261では、企業の作業重複を避けるために、法律の要件を全て満たしている場合に限り、他の報告要件である CSRD(企業サステナビリティ報告指令)、IFRSサステナビリティ基準、SEC規則などに準拠した開示により、SB-253、SB-261に基づく報告要件を満たすことができるとされています。日本においても、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)がIFRSサステナビリティ基準に基づく日本版S1/S2号の開発を進めています。この日本版の開示基準は2025年4月以降の事業年度から早期適用が可能となる予定ですが、グローバル展開している企業においては、将来の動向を踏まえて、グループレベルでの開示基準間の整合性を確認した上で適用することを検討する必要があるといえます。

加えて、法令ではデータの信頼性確保のためにScope1および2のGHG排出量について第三者保証が必要とされています(具体的な保証要件については2025年1月1日までに規制が確立される予定です)。この保証は当面の間、限定的保証によりますが、保証に耐え得る内部統制の構築が必要となり、さらに将来的には、保証レベルを財務諸表監査と同等の合理的保証に引き上げることも検討され、その場合にはより強固な内部統制の構築が求められることになります。

 

Ⅲ 企業の対応

1. プロジェクトマネジメント体制の構築と運営

今回の法令の適用により、これまでGHG排出量の集計を含む気候変動関連の開示対象外とされていた子会社が開示対象となる場合も考えられます。初めてデータ収集を行う拠点については、現地子会社に制度を理解してもらうところからスタートする場合も想定されます。親会社のサステナビリティ開示方針を基礎として現地子会社に展開することも考えられますが、全て親会社の管轄のもとリモートで完了できるものではないため、現地子会社と連携しながら進める必要があります。現地子会社に任せきりにすることなく、今回の法令適用をグループ全体の取組みとして捉え、親会社が開示プロジェクトをハンドルすることが理想的です。

将来のScope3への集計範囲の拡大、また、TCFD対応としてグループ全体の気候変動リスクと機会への対応などグループのサステナビリティ戦略との整合性等を考えると、親会社が主となって対応していくべき課題といえます。このため、プロジェクトマネジメント体制をしっかりと構築してプロジェクトが途中で頓挫しないように進めることが重要です。この点、それぞれの領域について誰が対応し、取りまとめていくのか、本社、事業部、子会社等で担当者や役割分担を決めて、プロジェクトを進行させることが考えられます。プロジェクトのマイルストーンや親会社を含めた進捗確認フローについても計画段階でしっかりと決めておくことが、スムーズなプロジェクト進行のために重要であると考えます。


2. グループサステナビリティ戦略等との整合性

また、グループレベルでの開示基準対応等も考慮すると、プロジェクトの初期段階から親会社も含めた開示項目の検討が必要になると考えられます。米国子会社と親会社で開示対応項目や目標KPIについてすり合わせて方針を定めておくことで、将来連結ベースでのサステナビリティ開示領域が拡大していく場合においても、スムーズに対応することができます。

そのため、米国子会社の開示対応だけの問題と捉えることなく、全社的な対応という観点から、グループ事業戦略やサステナビリティ戦略との統合、マテリアリティ分析を含む開示対応項目の検討、目標・KPIの設定、それに対する取組みや施策といった対応方針の検討について、グループ視点を加味して進める必要があります。また、グループレベルではその他の開示要求事項(ISSB、SSBJ、ESRS等)との整合性を考慮しなければならない状況も想定されます。これらの点について、同時並行的に整理をしながらプロジェクトを進めていく必要があります。


3. 内部統制の構築と第三者保証への対応

今回のカリフォルニア州の法令については、売上高の基準額に基づいて対象会社が決まってくるため、これまで内部統制について最低限の対応であった拠点も対象になる可能性があります。そのため、内部監査といったグループガバナンス体制における位置付けの整理を含め、内部統制体制の構築に取り組む必要があります。これには、GHG排出量の集計を中心とする情報収集プロセスの構築、および、効率的・効果的な内部統制構築のためのITシステムの導入検討も含まれます。また、年次での開示対応だけでなく、得られたデータをサステナビリティ経営に生かしていくためにも、情報収集の早期化を進めることが必要となります。

また、第三者保証の観点からは、当面は限定的保証に耐え得るレベルの内部統制水準でも許容されますが、将来的には合理的保証に引き上げることが想定されていることから、より強固な内部統制体制の構築が必要になります。この準備は短期的な対応が難しく、複数年にわたる長期プロジェクトとして進めていく必要があります。この点、財務諸表監査を通じて会社に対する深い知見を有し、内部統制の専門家でもある財務諸表監査人に第三者保証にも一体として関与してもらうことで、財務情報と非財務情報のコネクティビティを意識した有用な示唆が得られると考えられます。さらに、グループの監査法人が統一されていれば、親会社監査人チームと米国子会社の監査チームの連携により、適宜グループ監査人との情報共有やサポートを受けつつ、スムーズにプロジェクトを進めることができるでしょう。

※2024年3月6日にSECにより気候関連開示規則の最終規則が採択されました。本稿と併せ、今後の動向にご留意ください。


サマリー

カリフォルニア州における気候変動関連開示法令の概要およびスケジュールについて確認するとともに、その対応に関する留意事項について考察します。



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