グリーンテックは、銀の弾丸(特効薬)がなくても目標達成できるのか?

グリーンテックは、銀の弾丸(特効薬)がなくても目標達成できるのか?


グリーンテック(環境に配慮した技術)が注目されています。最大限に普及可能性のあるテクノロジーを選択することで、気候変動に関する野心と行動のギャップを埋めることができるでしょう。

本記事は、公正なグリーン移行の加速に向けて、
政府が担うべき役割について考察する三部構成の記事の一部です。



要点

  • 政府の現在の政策による公約は、ネットゼロ実現に十分ではない。
  • テクノロジーによりギャップを狭めることが可能だが、それには適切な水準を満たす政府の支援が必要である。
  • 政策と拡張可能なテクノロジーへの投資を適切に組み合わせることが成功の鍵となるだろう。

確かにテクノロジーは脱炭素化を推進できるでしょうが、ネットゼロの公約を実現するには、そのテクノロジーの導入を拡大していく必要があります。しかし、政府はそのための適切な政策や投資戦略を策定していない可能性があります。IEAの直近の報告書によると、2050年までにネットゼロを達成するという目標に対し、その軌道にのっているのは、電気自動車や照明に加え、太陽光発電(PV)のみです。1

現在の政策路線、世界的な投資レベル、既存の技術では、2050年までにネットゼロを達成することはできないでしょう。これは機会を見逃していることを意味します。なぜなら、ネットゼロ実現に向けた軌道からは、2030年の気候目標を現在ある技術で達成できることが見て取れるからです。一方、2050年までに実施しなければならない排出削減の半分は、炭素吸収、水素燃料エンジン、クリーンバッテリーなどの、まだ実証段階または試作段階にある技術による実現が求められます。政府が、真に公正な移行を実現しようとするのであれば、既存および新規のテクノロジーを開発・展開するための積極的なアプローチが必要です。

ネットゼロ達成に向けて今後数十年間に政府や産業界が直面するであろう課題に対する理解を深めるため、EYでは、ミラノ工科大学の協力のもと、利用可能な低炭素技術を分析し、どれが最も可能性があるかを評価しました。

これを実施するにあたり、ベースラインシナリオに加えて2つのシナリオモデル化しました。

  1. 第1のシナリオは、低炭素経済(LCE)というものです。このシナリオは、COP27における誓約を含め、NDC(国が決定する貢献)の政策発表に基づいてGDPをモデル化したものです。 
  2. 第2のシナリオは低炭素経済プラス(LCE+)で、各国政府の誓約の範囲を超えて炭素排出量を最小限に抑制するための実行可能な道筋を示すものです。このシナリオでは、排出量削減のため、主要な産業部門と利用可能な技術の中で、排出量が最小となる最適経路を選択するという想定に基づいています。
  3. 第3のベースラインシナリオは、2050年まで経済成長によってのみエネルギー需要がけん引され、政策の実施も技術革新も行われないという想定に基づきます。


第1章  政府が支援を提供できるテクノロジーのゲームチェンジャー
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第1章

政府が支援を提供できるテクノロジーのゲームチェンジャー

ネットゼロ目標に向かって前進するには、技術革新と新技術の市場での画期的成功の実現を支援する必要があります。

2050年までにネットゼロを達成するには、さらなる画期的な技術が必要です。しかし、そのコストは膨大なものになる可能性があります。「民間セクターは、エネルギー移行を進める上で、極めて重要な役割を担っています。民間セクターは、最終的に市場と持続可能な経済成長をもたらし、私たち全員がその恩恵を受けることができるのです」と、EY Global Vice Chair – SustainabilityのAmy Brachioは述べています。「そのためには、政府は、影響がすべての人に公平に及ぶようにするため、政策を通じて投資の規制と奨励のバランスを取り、投資家の間に長期的な信頼感を醸成し、ソリューションの導入拡大を可能にする必要があります。」

民間セクターは、エネルギー移行を進める上で、極めて重要な役割を担っています。結局のところ、私たち全員の利益となる市場と持続可能な経済成長をもたらすのは民間セクターです。

2050年においても、主要排出源は電力・燃料セクター(61%)であり、製造(15%)、運輸(10%)、建設(10%)がそれに続くと予測されています。これらのセクターでは、テクノロジーの力で脱炭素化を推進することが可能です。 



電力・燃料

将来の発電における真のゲームチェンジャーとなるのは、政府が適切な電力供給と国民の生活の向上を継続する一方で、迅速かつ大規模な低炭素エネルギーへの移行を促していく方法です。

確立されたテクノロジーは、この移行を円滑に進める上で重要な役割を果たすでしょう。一例を挙げると、天然ガスは完全な再生可能エネルギーへの移行の経路だと考えることができます。移行過程では、IoTの活用により、天然ガス精製プロセスにおけるメタン漏えいリスクを軽減するのに役立ちます。メタンは、CO2よりもはるかに高い温室効果を有します。

最終目標の達成には、風力、太陽光、地熱による発電の供給量を急速に増加させる必要があります。これについては、迅速な進展がみられます。今後5年間の世界の再生可能エネルギー供給の増加量は、過去20年間の増加量に匹敵する見込みです。しかし、真のゲームチェンジャーは、必要に応じて再生可能エネルギーを貯蔵・配電できる技術です。

テクノロジーの力により、消費者が主導するエネルギー生産分散化が進む可能性もあります。しかし、一元管理された電力網に消費者が依存しない未来の実現を支援するにあたり、政府は課題に直面しています。

集光装置、風力利用、蓄電池などの小規模な需要主導型の技術は、分散型エネルギー資源、スマートグリッドと同様に一翼を担うでしょう。他にも、V2G(EVからのエネルギー供給)方式の車両用バッテリーを利用すれば、余剰の再生可能エネルギーを貯蔵し、送電網の柔軟性を高めることができます。

しかし、テクノロジー以上のものが必要です。EYのRenewable Energy Country Attractiveness Index(再生可能エネルギー国別魅力指数:RECAI)では、送電網の柔軟性と将来の価格決定の予測可能性を向上させるには、補助金や税の控除による規制面での支援強化が必要であることが示唆されています。
 

製造業

このセクターの企業がサステナビリティの目標を達成するには、バリューチェーン全体にわたる革新的アプローチが求められるでしょう。利用可能なグリーンテクノロジーがいくつかありますが、経済的に実行可能性を高めるために、特定のインセンティブが必要になるとみられます。

メーカーが環境汚染を軽減させるには、廃棄物の選別・識別が不可欠です。大手企業は、製品ライフサイクル全体にわたる環境への影響について説明責任を果たし、循環型製造エコシステムを確立する必要があります。古い機器の新しい部品・プロセスへの再利用が機器の廃棄とコストの削減につながります。また、引き取りサービスを提供することで、製品のライフサイクルを延ばし、顧客ロイヤルティを築くことができます。マテリアルパスポートは製品や建築に使用されている全材料を文書化したもので、循環型社会を実現するために活用することもできます。

化学企業はカーボンニュートラルの目標を設定しており、その達成に向けて、材料の効率的な使用による脱炭素化を優先的に進めています。また、代替エネルギー源(水素、再生可能エネルギーなど)の利用を拡大し、炭素を回収するH2ACEなどのバイオ精製技術に投資しています。

化学産業では、企業が主に再生可能な材料を活用してサステナブルな調達を実施することで、間接的な排出量を削減することができます。長期的な環境保護、コスト、サステナビリティにとって、高分子材料、生体材料、複合材料、ナノ材料などの先端材料・化学物質の重要性がさらに高まっています。企業は、現在使用している投入材料を、生産における耐用年数が長い生体由来の原材料などの、毒性が低く再生可能な材料に置き換えることが可能です。プラスチックをサステナブルにする方法には、生分解性のプラスチックの製造や、生物由来の材料の利用があります。後者の例としては、砂糖製造時の発酵の残りかすから飲料の容器を製造するバイオPETがあります。

新しいグリーン経済の形成を進めるにあたり、データをどのように活用するかが大きな役割を果たすでしょう。それには、製品・サービスの向上のために、データをより効果的に活用することが含まれます。

デジタル・マニュファクチャリングは、サステナビリティの取り組みに対し、最も迅速に大きな影響を与えることのできる手段です。産業用IoT、アディティブ・マニュファクチャリング、人工知能などのテクノロジーを活用することで、メーカーは生産プロセスを最適化し、材料の廃棄を削減し、製品のサステナビリティを向上させることができます。EY Global Advanced Manufacturing & Mobility, Strategy & Operations and Sustainability LeaderのCraig Coulterは、次のように述べています。「新しいグリーン経済の形成を進めるにあたり、データをどのように活用するかが大きな役割を果たすでしょう。それには、製品・サービスの向上のために、データをより効果的に活用することが含まれます」

これに加えて、デジタルツインモデリングにより、設計から使用済み製品の管理に至るまで、製品ライフサイクル全体のサステナビリティを向上させることができます。
 

運輸

世界各国の政府が、交通システムを早急に脱炭素化するという課題に取り組んでいます。パリなどの一部の都市では、都心中心部への車両乗り入れの全面禁止を計画しています。他にも、内燃機関車に対する包括的な規制を計画するとともに、新たな大量輸送インフラに投資している都市もあるます。

さらに、複数の国では、政府が大企業や商用車両の所有者を対象とするインセンティブ政策を通じて、電気自動車への移行を促しています。また、ロジスティクスや大型貨物輸送のプレーヤーは野心的な脱炭素化目標を発表しています。フェデックスは、2040年までにカーボンニュートラルな事業を実現すると公約しています。4 また、マースクは2030年までにCO2排出原単位を50%削減し、2040年までにネットゼロを達成するという目標に沿って、海上輸送の脱炭素化を目指しています。5

EV、充電インフラ、シェアードモビリティ、自動運転などにより、移動手段は変化しています。欧州と中国ではEVは急速に普及するとみられますが、その他の地域では徐々に進むでしょう。成功への鍵である充電インフラとクリーンなバッテリーの開発を、政府はあらゆる分野で奨励する必要があります。

EY Americas eMobility Energy LeaderのMarc Cotelliは、次のように述べています。「今、ニワトリが先か、卵が先かという問題が生じています。充電インフラがないために、人々はEVを購入しないのでしょうか。それとも、EVが十分普及していないために、インフラが整備されないのでしょうか」

今、ニワトリが先か、卵が先かという問題が生じています。充電インフラがないために、人々はEVを購入しないのでしょうか。それとも、EVが十分普及していないために、インフラが整備されないのでしょうか

他にも、持続可能燃料、自律走行車やシェアードモビリティを対象とするコネクテッド技術、バッテリー駆動のコンテナ船、トラック用ゼロエミッションパワートレインシステム、アーバンエアモビリティなど、近い将来に実現が見込まれる技術を商業化し、大規模に導入を進める必要があります。例えば、ボーイングは100%持続可能な航空燃料による民間航空機の航行を2030年までに実現する計画です。
 

政府が運輸セクターの脱炭素化を進めるには、国、地域、都市レベルでの協調的な政策アプローチが必要です。このアプローチには、旅行需要の管理、実現を可能にするインフラの整備、低炭素燃料の入手可能性の向上、バッテリーのリサイクルなどの輸送技術に関する研究開発への奨励が含まれます。


建設

鉄鋼・コンクリートの生産時に排出される多量の温室効果ガス(GHG)に対処するため、建設セクターは迅速なグリーン移行のため、多数のソリューションを開発しています。中でも、重要な役割を担えるのが、グリーン水素と二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)です。


IEAの予測によると、2060年までに、世界の粗鋼生産能力の21%にCCUSを導入する必要があります。6  2022年10月、アルセロール・ミッタルは、ベルギーと北米の製鉄所でCO2回収技術の実証試験を行うため、BHP、三菱重工エンジニアリング、三菱デベロップメントと協業契約を締結しました。複数のセメント工場でも、燃焼後炭素回収プロジェクトが進行中です。


建設セクターでは、セメントや鉄鋼よりも排出量の少ない、モジュール方式のマスティンバーなどの代替素材活用を通じた革新も進んでいます。ニューヨーク市では先般、高さ85フィート(約26メートル)までの建築物について、直交集成板の利用が承認されました。8

第2章  野心的目標と現状とのギャップを埋めるために政府は何ができるか
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第2章

野心的目標と現状とのギャップを埋めるために政府は何ができるか

各国政府は、既存の画期的な技術の普及拡大のため、政策と投資戦略の双方に力を注ぐ必要があります。

ネットゼロを可能にするグリーン移行の達成に向けて、なすべきことは膨大です。これを踏まえると、すべての人にとって有意義な長期的価値をもたらす、脱炭素かつ持続可能な経済を実現するために、各国政府は、技術革新の支援・助成、 民間金融の奨励、官民協力の促進において主導的役割を果たすべきです。「気候変動への取り組みに必要なすべての資金を、一国の政府が提供することは不可能です」と、EY Global Government & Public Sector LeaderのGeorge Atallaは述べています。「各国政府は、グリーンエネルギーやグリーンテクノロジーのプロジェクトへの民間資本の流入促進を図る必要があります」

支援の適切な水準と種類は、各テクノロジーの成長の道筋、市場浸透度、エネルギーへの影響に応じて異なります。各国政府は、再生可能エネルギーや低燃費車など、確立された技術や間もなく導入される技術に対する規制を通じて、これらのテクノロジーの普及を支援することができます。このような規制が風力発電と太陽光発電の成功につながり、エネルギーおよび自動車セクターではICEVの性能を向上させてきました。

政府は、さまざまなアプローチを通じて、技術の進歩を促すことができます。EVの普及、家庭のエネルギー使用の効率化、リサイクルの奨励に向けた政府の取り組みなどの、税制上の優遇措置や利用者に対する補助金は、確立された技術の導入を商業的に実施可能にするために効果的です。研究開発に資金を提供し、実業界と学界を結び付けることで、CCUS、潮汐・海洋エネルギー、グリーン水素など、有望ではあるものの開発の途上にある技術の進歩を後押しすることができます。

次世代の原子力発電や大規模水力発電など、まだ商業的に実施可能な水準ではなく、政府の監督を要する機密性の高い、または危険な事業の場合と同様、一部の技術については、公的機関による直接所有、監視、管理が必要です。

基本的に、グリーンテクノロジーは、世界のGHG排出量を劇的に削減できるかを左右するでしょう。しかし、それがどの程度実現するかは、支援や資金の提供方法と普及の進め方にかかっています。

化石燃料に依存しない世界への公正な移行に向けて、グリーンテクノロジーの開発と促進において政府が担う役割は極めて重要です。

政府は今、次の5つの措置を通じて、野心的目標と現状とのギャップを埋める取り組みの一翼を担うことができるとEYは考えています。

  1. グリーンテクノロジーの革新のための資金提供を拡大し、リスク低減を図りつつ民間投資を促す政策を策定する。これは、グリーン税や、テクノロジー関連の研究開発クラスターやスタートアップ企業への支援など、インセンティブと罰則の組み合わせを通じて達成することが可能であり、移行のペースを決定付けるでしょう。

  2. 包括的な脱炭素化の実現に向け、全産業分野にわたる官民連携を促進する総合的な政策を策定する。変革が必要なのは電力セクターだけではありません。既存の技術では改善の選択肢が限られている産業もあるということを認識した上で、経済の全セクターを対象にする必要があります。

  3. 移行への寄与に関する各テクノロジーの固有の能力とコストに基づき、テクノロジーを中立的に捉える視点を持つ。このアプローチは、異なる技術的ニーズを組み合わせる際にも有効です。

  4. 科学に基づく政策立案を取り入れる。技術革新を促進し、データを活用するには、各国政府が科学外交の枠組みを拡大し、エビデンスに基づく政策立案のアプローチとツール(協議、多国間対話、政策説明)を活用するべきです。

  5. 個人、集団、社会の各レベルにおける行動変容の推進。各国政府の啓発活動、奨励策、革新的なソリューションが直接的に行動変容を促し、その結果、行動変容のインパクトにより脱炭素化が大きく進展する可能性があります。
気候変動への取り組みに必要なすべての資金を、一国の政府が提供することは不可能です。各国政府は、グリーンエネルギーやグリーンテクノロジーのプロジェクトへの民間資本の流入促進を図る必要があります。

協働を中核としてグリーン移行を進める

各国政府は最前線に立ってグリーン移行に取り組んでいます。しかし、既存の行動計画や政策は、気温上昇を抑制できる確かな道筋を示していません。

化石燃料からの脱却に踏み出し、NDCの公約達成の取り組みを強化するには、グリーンテクノロジーが不可欠です。しかし、その大半を2050年ネットゼロに向けた軌道に乗せる必要があります。官民協力の推進とイノベーションのエコシステム醸成を通じた経済の脱炭素化に向けて、各国政府は、研究開発投資の優先・促進について積極的に役割を果たすべきです。

本記事の執筆にあたり、EYのTony Canavan、Marco Cavalli、Marc Coltelli、Craig Coulter、Erin Robertsから寄せられたインサイトに深く感謝します。

  1. Tracking Clean Energy Progress
  2. 2010年から2022年までのリチウムイオン電池パックの年間平均価格」 
  3. 再生可能エネルギー
  4. 「フェデックス、2040年までにカーボンニュートラルな事業運営を公約」、フェデックス、2021年3月3日
  5. 海上輸送の脱炭素化
  6. 「Carbon Neutral Energy Intensive Industries」レポート、UNECE(国際連合欧州経済委員会)、2022年
  7. 「鉄鋼業における炭素回収」、アルセロール・ミッタル、2022年10月27日
  8. 「What's Old is New Again: Mass Timber Construction in New York City(古いものが再登場:ニューヨーク市のマスティンバー建設)」、City Reality、2022年7月22日

※所属・役職は2023年10月当時のものです。


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サマリー

気候変動に対処する必要が切迫していることを踏まえると、各国政府は、市場投入までに数十年の研究開発を要する新しい画期的なソリューションに期待をかけるよりも、炭素排出量削減の実績のある既存のテクノロジーの可能性に目を向けるべきです。このような既存のテクノロジーは、政策立案や政府投資による支援を得られれば、グリーン経済への移行におけるゲームチェンジャーとなる可能性があります。


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