山頂で友人に手を差し伸べる登山者

Geostrategic analysis:2023年3月版


EYの地政学戦略グループ(Geostrategic Business Group)がまとめた主な地政学的動向と、それがビジネスに与える影響の月次分析結果をご紹介します。

今後はコロナ禍後の中国の経済活動再開と長引く地政学的緊張が、製造業、テクノロジー、エネルギー、消費財の各セクターを中心に課題と機会を企業にもたらすことになると予想されます。欧州では各国政府が今後もウクライナ情勢に伴うエネルギーの供給リスクと価格リスクに直面する一方、再生可能エネルギーと鉱業への投資機会が拡大する可能性が高いと思われます。また先ごろ成立したEUと英国の合意、メキシコのニアショアリングに影響を与える政策、ペルーの政情不安、世界的なジェンダー平等の現状にも注目が集まっています。

EYの地政学戦略グループ(Geostrategic Business Group:GBG)が毎月発表するGeostrategic Analysisでは、主な地政学的動向についてのインサイトを提供しています。最近または今後の政治リスク事象と、それがグローバルビジネスにどのような意味を持つのかに関して、EYの見解を各版で紹介しています。

Geostrategic Analysis 最新版(英語)はこちらをご覧ください。


本版の内容

  1. 主な動向:中国のビジネス機会と課題
  2. 注目セクター:欧州のエネルギーに関する供給リスクと価格リスク
  3. EYが着目するその他の課題:EUと英国の合意、メキシコのニアショアリング、ペルーの政治危機
  4. 3月の地政学的指標:世界のジェンダーギャップ

Geostrategic Analysis:2023年3月版をダウンロードする

※本書はGeostrategic Analysis: March 2023 editionを翻訳したものです。英語版と本書の内容が異なる場合は、英語版が優先するものとします。


雪山を探索する登山者たち
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トピック1

主な動向

中国の地政学的・経済的な地位における拡張的変化が、ビジネス機会と課題の双方をもたらすことになりそうです。

現状

中国政府は2022年末に全国的にゼロコロナ政策を緩和したのに続き、欧米諸国との緊張関係を修復する意向を示唆しました。

中国との外交的緊張がここ数年続いていたオーストラリアは、2022年12月に大臣の訪中を実現しました。これは2019年以来、3年ぶりのことです。2月には、2020年10月以来約2年半ぶりにオーストラリア産石炭を積載した貨物船が中国に到着しており、通商関係が改善する可能性をうかがわせます。

とはいえ、地政学的緊張が根強く残っているのも事実です。2月初旬には中国の「スパイ気球」とされるものを米軍が撃墜し、2国間の緊張を緩和する取り組みが停止する事態を招きました。ミュンヘン安全保障会議における王毅中国国務委員兼外相とアントニー・ブリンケン米国国務長官の非難の応酬は、米中関係修復の道筋をつけることがいかに難しいかを浮き彫りにしました。

今後の課題

コロナ禍後に経済が回復しているとはいえ、中国の成長スピードは鈍化してきたように見受けられます。労働人口の減少が、こうした状況にさらに拍車をかける可能性が高いものとみられます1。中国の政策立案者は今後、経済成長政策の刷新を余儀なくされそうです。

 

3月に開催される全国人民代表大会(NPC)の年次立法会議と中国人民政治協商会議(CPPCC)の全国委員会の結果から、不動産市場の課題、成長低迷、共同富裕政策の道筋に関わる政府の政策の優先順位が明らかになるとみられます。

 

中国政府が気球問題に対して強硬な反応を示していることから、中国はオーストラリアとの通商を回復させる一方、太平洋での軍事演習を活発化させるなど、硬軟織り交ぜた外交政策を続けることになりそうです。

 

EUは一部分野で中国との関係を今後も維持すると思われますが、その中で争点となる可能性が高いのが中国政府とロシア政府との関係です。またより広い視点から、EUはサプライチェーンのリスク軽減を図ることになるでしょう。

 

一方、米国は対中投資に対して透明性要件と規制を課すことになりそうです。また、米国議会は中国に対する戦略的競争力を強化する新たな法案の検討に入ると思われます。

ビジネスへの影響

影響を受ける主なセクターは、製造業、テクノロジー、エネルギー、消費財などです。

中国の経済活動再開は、グローバルビジネスに影響を与えることになるでしょう。中国の個人消費の増加で高級品を取り扱う企業は恩恵を受けると予想されます。製造業や消費財をはじめとする各セクターの企業については、サプライチェーンの混乱が緩和する可能性が高いとはいえ、エネルギーなどの需要の高まりを受けて世界的なインフレが予想より長引く恐れがあり、経営幹部には、それに備えて計画を立てておくことが求められます。

中国国内に目を転じると、今後大幅な成長機会に恵まれる可能性が高いのは、国から資金支援や規制上の優遇措置を受けるハイエンド製品メーカーと(デジタル消費者向けプラットフォームを除く)革新的なテクノロジー企業とみられます。

デジタルテクノロジー企業、特に半導体バリューチェーンに属する企業は、米国の輸出規制により、国境を越えた事業活動について引き続き制限を課されそうです。中国で事業を展開している先進半導体への依存度が高い企業は、短中期的に供給が不安定化するかもしれません。

中国が引き続きオーストラリア産石炭の輸入を再開していくのであれば、インドネシアやカナダをはじめとする国々の鉱業企業は石炭製品の需要がシフトする可能性があります。経営幹部は生産目標と成長目標を修正する必要があるかもしれません。

詳しくはCourtney Rickert McCaffreyとDouglas Bellにお問い合わせください。


氷を持った手のクローズアップ
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トピック2

注目セクター:エネルギー

欧州は、地政学的動向を受けて今後もエネルギーの供給リスクと価格リスクに直面することになりそうです。

現状

1年前にウクライナ情勢が悪化して以降、欧州ではロシア産ガスの輸入が減り、米国、カタール、ナイジェリア(25%)からの液化天然ガス(LNG)と、ノルウェー(25%)やアルジェリア(12%)からのガスの輸入が増えています2

ガスの備蓄が記録的な高水準にあること、代替の供給源の確保、暖冬、企業と家庭による消費削減のおかげで、欧州のガス価格は最近下がり、ウクライナ情勢悪化前の水準に戻りました3。そのため、今冬と2023~24年の冬はガス不足を回避できるとの安心感が広がっています。

今後の課題

ウクライナ情勢は今後も続くことが予想され、中国の経済活動再開でエネルギー需要が高まり、欧州諸国ではさらなる国内支援の財政余地が限られることから、今年1年間は供給リスクと価格リスクが市場の見通しの鍵を握ることになるでしょう。

エネルギーの安全保障、手頃な価格水準、持続可能性の3つを同時に確保することが不可欠であるため、EU加盟国は再生可能エネルギーの普及、電気市場の改革、エネルギーの効率化を加速させる必要に迫られるでしょう4

ビジネスへの影響

欧州では短期的に光熱費が下がる企業が出てくるかもしれませんが、将来的に需要が拡大するのは確実であり、それが価格上昇圧力を生むと考えられます。財政的に余裕のない国のエネルギー集約型産業を中心に、事業が混乱するリスクは今後も残るでしょう。

欧州では各国政府が欧州内の再生可能エネルギーの普及と関連産業を対象とした奨励策を打ち出しており、電力・ガス会社、再生可能エネルギー企業、鉱業企業をはじめとするエネルギーセクターの企業は成長機会と投資機会に恵まれそうです。

詳しくはFamke KrumbmüllerとAndrew Horsteadにお問い合わせください。


霧に包まれた丘陵と牧草地の鳥瞰写真
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トピック3

EYが着目するその他の課題

EUと英国の合意、メキシコのニアショアリング、ペルーの政治危機

北アイルランドの新たな通商ルール合意により、EUと英国の協力体制が深化

EUと英国は2月下旬、グレートブリテンと北アイルランド間の通商を対象に、通関検査の大部分を廃止することで合意しました。これにより、北アイルランドは英国の付加価値税(VAT)と国家援助のルールの適用を受けられるようになります。「ウィンザー枠組み」と名付けられた今回の合意は、強硬派が反対しているものの、英国議会の承認を得られる見通しです5。この合意は、例えば移住、金融規制、共同研究資金調達など、EUと英国の協力深化に向けた道を拓くことが期待されます。

北アイルランドと取引のある英国企業は、国境審査の削減、英国との規制統一、特定の物品(食肉、植物、医薬品など)に対する現行規制の廃止で恩恵を受けることになります。ウィンザー枠組みの合意により、EUと英国は、ブレグジット後の金融規制に関する協議と、英国の組織によるEU研究基金へのアクセス権を認める協議に焦点を移すことができるようになりました。アクセス権が認められれば、EUに拠点を置く機関と共同で研究開発を進める機会が開けるでしょう。

ニアショアリングが広がる中、メキシコの貿易に関する対外開放政策がビジネス機会を創出

米国によるニアショアリングやフレンドショアリングの推進などを受け、サプライチェーンの再構築が世界的に進んでおり、それに伴いメキシコの産業拠点への投資が増えています6。先ごろ開かれた米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の締約国首脳会議では、メキシコのエネルギー政策など一部分野で貿易の緊張が残るものの、通商政策がメキシコ市場に有利なものであることが浮き彫りとなりました。天然ガスの流通に対する変革案が先日先送りされたことも、ビジネス環境にとっては追い風です。

米国市場の近くに現地のバリューチェーンとネットワークを構築することを目指す企業にとって、メキシコは有利な条件を備えています。また、ニアショアリングが広がり、物流、運輸、製造業に追加投資が行われる可能性は高いとみられます。その一方で、需要の高まりに伴い、倉庫・在庫の不足、電力・ガス料金の上昇など、引き続き課題も生まれることが懸念されます7。また、メキシコ経済の一部領域を対象とした同国政府の対策には懸念が残るかもしれません。

銅の生産を脅かすペルーの政治危機

ペルーでは憲法改正を巡る対立が続き、政治が行き詰まり、暴力を伴う抗議活動に発展しました。罷免されたペドロ・カスティジョ前大統領の一部支持者は、本年中の総選挙の実施に加え、憲法を改正するための憲法会議の招集を求めています。現政権は総選挙の早期実施を検討しているようですが、憲法改革に議会が反対しているほか、警察の対応に怒りを覚える市民もおり、ペルーでは今後数週間にわたり、不安定な状況が続く見通しです8

 

不安定な状況が長引いたり、深刻化したりすれば、ペルー国内の事業運営に支障を来しかねません。世界に目を転じても、ペルーが世界第2位の銅生産国であることから、このような混乱は銅の生産量に影響を与える最たるものと考えられます9。ペルー経済を支える重要な柱である農業と観光業にも、すでに影響が出ています。政治の停滞と社会的緊張の高まりを踏まえ、企業は課題の長期化に備える必要がありそうです。


方位磁石を持つ手のトリミング画像
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トピック4

3月の地政学的指標

ジェンダー平等については、国・地域によって相変わらず大きな差があります。


指標

世界経済フォーラムの2022年度グローバル・ジェンダーギャップ指数は、各国のジェンダー平等の達成・進展状況を4分野から評価し、順位をつけたものです10。ジェンダーギャップの解消では、民間企業の対応に加え、政府の政策も極めて重要な役割を果たします。例えば、現在では一部の国が人的資本に関するデータの一般開示を企業に義務付けており、それにより雇用、賃金、あるいは年功によるジェンダー格差が縮小する可能性があります。

ビジネスへの影響

経済的な権利や機会におけるジェンダー平等は、人的資源の確保すること、またその質やコストに影響を及ぼします。また、女性の就業率が高い国・地域ほど消費者の購買力が高く、経済も長期的に高成長を遂げることから11、成長や収益の見通しにも影響してきます。さらに、女性管理職が多い企業は生産性の向上幅が大きいことも分かっています12。グローバル企業にとって、ジェンダー平等の達成度が低い国・地域での事業展開はレピュテーションリスクを招きかねません。

前述に加えて、Alessandro Faini、Ari B. Saks Gonzales、Jay Youngが本稿を執筆しています。

  1. World Population Prospects, United Nations Population Division
  2. Where does the EU’s gas come from?,Consilium (europa.eu)
  3. Subscribe to read, Financial Times (ft.com)
  4. Energy Efficiency: Energy system overview, International Energy Agency (IEA)
  5. The Windsor Framework: a new way forward, UK government
  6. Mexico’s Industrial Hubs Grow as Part of Trade Shift Toward Nearshoring, WSJ
  7. Border-Town Warehouses Are Booming as More Manufacturing Moves to Mexico, WSJ
  8. Peru’s Democracy Is Now Teetering on the Edge, WPR (worldpoliticsreview.com)
  9. Peru Protests Hit Mining Sector and Impede Exports, WSJ
  10. Source:World Economic Forum, Global Gender Gap Report 2022.
  11. How Empowering Women Supports Economic Growth, (imf.org)
  12. The Bottom Line Connecting Corporate Performance and Gender Diversity, (catalyst.org)



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    サマリー

    EYの地政学戦略グループ(Geostrategic Business Group:GBG)が、主な地政学的動向と、政治リスクが国際的なビジネスに与える影響に関する見解をまとめました。月刊で発表しているGeostrategic Analysisの各月版では、最新または今後の政治リスク事象と、それがセクターや地域を問わず企業にとってどのような意味を持つのかについて、分析結果を紹介しています。


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