EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 西日本Forensics 公認会計士 川中 雄貴
平時における不正リスク管理体制の構築・評価支援の他、企業の有事対応(不正調査等)だけでなく、不正発覚後に対応が必要となるさまざまな事項(再発防止策の策定・評価含む)に係る支援業務に従事。
EY新日本有限責任監査法人 Forensics事業部 公認会計士 福原 真
上場会社等の会計監査業務を経て、主に不正調査や企業の内部監査支援業務に従事。2019年から2022年まで証券取引等監視委員会事務局開示検査課に出向し、不正事案に係る検査業務に従事。
要点
近年、親会社の経営者や役員が関与する会計不正が相当数発生している一方、子会社の従業員が関与する不正がグループ全体に大きな影響を及ぼす事案も見受けられます。
不正が発覚した場合、レピュテーションの低下による企業価値の毀損(きそん)を招き、企業を取り巻く利害関係者にも多大な影響を与え、行政当局による処分、企業・役員等に対する刑事罰、上場廃止等の重い措置を受ける可能性もあります。
不正が発覚した企業にとって、ガバナンスの強化や役職員のコンプライアンス意識改革、不正リスクを考慮した管理体制の確立が、内部管理体制等を改善する上で重要です。他社の改善策をそのまま利用するだけではなく、自社のビジネス環境や現状の体制などの実態を踏まえ、内部管理体制等の改善の実効性をどのように確保するかを検討する必要があります。
本稿では、主に証券取引所から改善報告書の徴求や特別注意銘柄(2024年1月に「特設注意市場銘柄」から名称変更。いずれも以下、特注銘柄)の指定措置を受けた企業の最近の事例等を通じて、企業における課題や留意点を見ていきます。
なお、文中意見に係る部分は筆者らの私見である旨、あらかじめ申し添えます。
最近の会計不正の状況は<表1>の通りです。
(2020年1月~2024年6月の会計不正の発覚件数を適時開示情報に基づき独自に暦年ベースで集計。2024年については、本稿作成時点で調査結果が公表されている企業が多い6月までのデータ。なお、不正の手口は年度ごとで全体に占める割合の高かった主なものを表示している。また、手口別および拠点別・関与者別の表は、1社につき複数の該当項目がある場合が存在している)
(全体)
出典:適時開示情報 |
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(手口別)
出典:適時開示情報 |
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(拠点別・関与者別)
出典:適時開示情報 |
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2021年から2023年にかけて、手口としては実態のない売上計上や売上の前倒しといった売上に係る不正、預金口座からの不正送金や取引先への高額発注といった出金に係る不正、関与者としては親会社の経営者・役員の発覚件数が増加しています。
また、1月~6月の半年間分の情報であるものの、2024年は例年に比して実態のない売上計上や売上の前倒しが少ない一方、取引先への高額発注が多くなっており、また、親会社で起きた経営者・役員不正は少なく、従業員不正が多い点も特徴と言えます。
ここで、直近の3年(2022年1月以降)で会計不正が発覚した企業のうち、①特注銘柄に指定された企業、②特注銘柄指定が継続された企業、③証券取引所の措置として上場廃止に至った企業(内部管理体制等について改善の見込みがなくなったと取引所が認めたケース)に焦点を当て、これらの措置が取られた背景・原因を見ていきます(<表2>参照)。
(2022年1月~2024年6月に会計不正が発覚した主な企業で、証券取引所の措置として改善報告書の徴求や特注銘柄指定を受けた企業。「課徴金」は証券取引等監視委員会の開示検査の結果、勧告されたものを指す)
出典:適時開示情報、日本取引所グループウェブサイト、証券取引等監視委員会ウェブサイト |
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まず、①特注銘柄に指定された企業について、証券取引所による措置の主な背景・原因は以下の通りです。
これらの企業の不正実行者のほとんどが経営者であることからも、内部統制の無効化リスクに対して十分な対応を取れなかった企業が、主として措置を受ける傾向にあることが分かります。これは、内部統制報告制度の改訂により、従来「内部統制の限界」とされていた内部統制の無効化リスクについて、さまざまな体制や仕組みづくりにより、これを低減する対応が企業に求められるようになった流れとも整合します。
次に、②特注指定が継続された企業について、<表2>で該当する事例は、指定期間中に新たな不正が識別されたものでした。このようなケースにおいて指定が継続されるのは当然と言えますが、過去には、証券取引所の審査において、企業のガバナンス体制強化・コンプライアンス意識向上の取組みが行われていると一定程度評価されつつも、改訂した社内規程の整備または運用上の不備があり、指定が継続された事例もあります。
このことから、有効な再発防止策の実行を徹底しなければ指定解除につながらないことが分かります。そのため、再発防止策実行のモニタリングも重要であると言えるでしょう。
最後に、③証券取引所の措置として上場廃止に至った企業(内部管理体制等について改善の見込みがなくなったと取引所が認めたケース)について、その主な理由は、以下の通りです(企業自らが改善計画書の策定を断念した1社を除く)。
これらは内部管理体制等の改善を行うための計画の相当部分に重大な不備が存在し、また、仮に指定を継続しても実効的かつ合理的な改善計画の作成が見込めないケースです。証券取引所は、主に内部統制の無効化による経営者不正が起きる企業のガバナンス体制を問題視しており、経営者による無効化が会計不正の原因となった企業においては、そのガバナンス体制改善に向けて、より誠実かつ真摯(しんし)な対応が求められます。
ここでは<表2>の中から経営者・役員による実態のない売上計上を公表したサービス業を営む1社を取り上げ、不正が発覚した企業における課題を見ていきます。
本件では、上場当時から在籍する取締役兼CFOが関与した会社資金の横領等の疑義に対し第三者委員会による調査が入った結果、決算訂正が行われました。また、これを受けて証券取引所から同社は改善報告書を徴求されました。
しかし、その約半年後に外部の公的機関より前回調査で発覚しなかった実態のない売上計上等が指摘されたことから、前回調査における委員会とは異なる委員で2度目の第三者委員会による調査が実施され、結果的に、複数年度にわたる決算のさらなる訂正が行われました。
そして、1回目の調査において役職員による電子データの削除が認められた点や、その時の調査が全容解明に至らないまま終了し、決算訂正が不正確かつ不十分であった点等が重視され、証券取引所により特注銘柄への指定措置が取られました。さらに、同社は、証券取引等監視委員会による開示検査に基づく課徴金納付命令を受けました。
本事例から読み取れる会計不正が発覚した後の事後対応の各フェーズ、すなわち、初動対応・実態調査・再発防止策の実行における課題は以下の通りです。
第Ⅲ章で挙げた課題について、企業として検討すべき留意点を見ていきます。
① 証拠保全:不正の重要な証拠の廃棄・削除は、実態解明や根本原因の分析の妨げとなるため、不正関与者に証拠を隠蔽(いんぺい)する機会を与えないことがポイントです。
② 内部管理体制の構築:監査役等が不正に関する情報を把握した場合、その事実確認が適時に行われるよう行動することがポイントです。
① 内部統制の無効化への対応:不正実行者は、経営トップと同様の地位を背景に内部統制を容易に無効化し得る立場にあったため、あらゆる財務諸表不正が可能な状況であった点がポイントです。
① 取締役会の監督機能の強化:経営者・役員が関与する不正の場合、経営体制の刷新を検討しなければ、有効な再発防止策の策定・実行が期待できません。その体制づくりにおいて留意すべきポイントは以下の通りです。
② 三様監査の連携強化:内部監査担当者と執行部門から独立した監査役が企業のリスク情報に関する積極的な情報収集や相互共有、会計監査人への共有をいかに行うかがポイントです。
③ 内部通報制度の整備:不正の疑義に係る情報を把握するための方法として、内部通報は有用ですが、役職員が利用しやすい設計になっていることが重要です。
企業による再発防止策の整備・運用が不十分だと、利害関係者から調査の十分性や類似不正の存在、または不正の隠蔽が疑われるケースも有り得ます。その意味で、経営者自らが調査結果を説明できるほど十全に議論が尽くされているかが非常に重要なポイントです。
会計不正が発覚した場合、企業のレピュテーションの低下による企業価値の毀損を最小限に抑えることが重要です。事例で見た通り、特に役員が不正実行者である際の内部管理体制の強化は企業の大きな課題であり(無効化リスク対応)、自社のみでは対応が難しい場合は、専門家を利用して当該課題に取り組むことも考えられます。
企業の内部管理体制等を改善するためには、調査に基づく徹底した原因分析や、企業の実情に即した再発防止策の策定・実行および実行状況のモニタリングが欠かせません。会計不正が発覚した企業はこれら全てに誠実かつ真摯に向き合う必要があります。今は問題が起きていない企業においても他社の事例を参考に、平時から十分検討をしておくことが、事後対応の成否を分けるでしょう。
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続きを読む最近の会計不正の動向のほか、主な不正事例から、企業における課題と影響を紹介するとともに、それらの不正事例を踏まえ事後対応における留意点について考察します。
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