Space Techシリーズ 第6回:地球デジタルツインのサステナビリティ領域への活用可能性

情報センサー2024年8月・9月 デジタル&イノベーション

Space Techシリーズ 第6回:地球デジタルツインのサステナビリティ領域への活用可能性


EY新日本は、EYオーストラリアのEY Space Techチームと連携しながらサステナビリティ領域や監査・保証での衛星地球観測データの活用やそのデータの信頼性確保に向けたサービス開発に取り組んでいます。本稿では、衛星地球観測データ等を活用した地球デジタルツインをサステナビリティ領域に活用する可能性について紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 宇宙ビジネス支援オフィス Space Tech Lab リーダー 加藤 信彦
テクノロジーストラテジスト 横山 真由子

宇宙ビジネス支援オフィス Space Tech Labにおいて、サステナビリティ領域や監査・保証での活用、衛星地球観測データ自体の信頼性確保に向けたサービス開発に取り組んでいる。



要点

  • 日本における地球デジタルツインの利用検討が始まっている。
  • サプライチェーンのレジリエンスや災害検知、自然資本価値化や生物多様性への影響可視化等の多様な領域での活用が期待されている。


Ⅰ はじめに

EY新日本は2023年12月に宇宙ビジネス支援オフィスを新設し、EYオーストラリアの Space Techチームと連携しながら、宇宙ビジネスの官民連携や宇宙スタートアップのIPO支援、監査・保証業務での活用や衛星地球観測データ自体の信頼性確保に向けたサービス開発に取り組んでいます。

本稿では、衛星地球観測データ等を活用した地球デジタルツインをサステナビリティ領域に活用する可能性や、インプットとなる地球観測データの信頼性をどのように担保するかについて執筆者の私見をご紹介します。

 

Ⅱ 日本における地球デジタルツインの取り組み

日本における地球デジタルツイン(<図1>参照)の利用検討が始まり、その可能性と今後の方向性について、注目が集まっています。

図1 地球デジタルツイン

図1 地球デジタルツイン
出典:CONSEO事務局「CONSEOにおける地球デジタルツインの検討について(2024年3月)」を基にEY新日本作成

デジタルツインとは、現実(フィジカル)空間で収集したデータをもとに仮想(サイバー)空間上に「双子」として再現し、サイバー空間上でのシミュレーションや最適化を行いフィジカル空間へのフィードバックを可能にするもので、世界のデジタルツインの市場規模は2025年には約4兆円に成長すると予想されています※1

これまでデジタルツインは、例えばIoTデバイスを活用した製造現場のデジタルツインや、地理情報システム(GIS)などの地理空間データを活用した東京都デジタルツイン3Dビューア(β版)※2、国土交通省が主導するPLATEAU※3といった3D都市モデルのデータ整備・活用の取り組みが進んできましたが、最近では人工衛星による地球観測データの拡充やリモートセンシング技術の発展などにより、地球規模でのデジタルツインの構築が現実的なものとなりつつあります。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、地球観測研究センター(EORC)が衛星地球観測データと気象モデルを融合し、再現予測実験ができるNEXRAシステムを「世界の気象リアルタイム※4」として公開したり、東京大学との共同開発で衛星地球観測データと全球地表面気象データを統合し陸面水文量をシミュレーションする「Today’s Earth※5」を提供したりしています。今後さらに研究開発が進むことで地球環境をほぼリアルタイムで監視し、さまざまな現象やそれらのリスクを認識できるようになることが期待されます。

このような取り組みは日本だけでなく、欧州宇宙機関(ESA)による「Destination Earth※6」イニシアチブやアメリカ航空宇宙局(NASA)による「Earth System Digital Twin※7」、オーストラリア政府による「Digital Earth Australia※8」など諸外国で取り組みが活発になっています。

衛星開発・実証およびデータ利用に関する産官学の共創や日本の宇宙産業の成長促進等を目的として設立された衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)では、衛星地球観測および現場観測等の各種観測データと大気・海洋・陸域モデルを融合した地球デジタルツインを実現し、地球環境モニタリングおよび蓄積データならびに将来予測から社会経済活動への意思決定、および気候変動適応のための方策検討を支援するオールソースのトータルアナリシスツールとして、SX(スペーストランスフォーメーション)による社会システムの1つとなることを目指しています※9

※1 総務省、「情報通信白書令和5年版」www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd247530.html(2024年7月30日アクセス)
※2 東京都、「デジタルツイン実現プロジェクト」info.tokyo-digitaltwin.metro.tokyo.lg.jp/(2024年7月30日アクセス)
※3 国土交通省、「PLATEAU」www.mlit.go.jp/plateau/(2024年7月30日アクセス)
※4 宇宙航空研究開発機構(JAXA)、「世界の気象リアルタイムNEXRA」www.eorc.jaxa.jp/theme/NEXRA/index_j.htm(2024年7月30日アクセス)
※5 宇宙航空研究開発機構(JAXA)、「Today’s Earth」www.eorc.jaxa.jp/water/index_j.html(2024年7月30日アクセス)
※6 European Space Agency(ESA)、「Destination Earth」www.esa.int/Applications/Observing_the_Earth/Destination_Earth(2024年7月30日アクセス)
※7 National Aeronautics and Space Administration(NASA)、「Earth System Digital Twin」esto.nasa.gov/earth-system-digital-twin/(2024年7月30日アクセス)
※8 Geoscience Australia、「Digital Earth Australia」www.ga.gov.au/scientific-topics/dea(2024年7月30日アクセス)
※9 衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)、「提言 衛星地球観測のデジタル分野及びグリーン分野における推進戦略に関する考え方(令和6年(2024年)3月18日)」earth.jaxa.jp/conseo/news/20240319-1/document01.pdf (2024年7月30日アクセス)


Ⅲ 地球デジタルツインの活用可能性

地球デジタルツインの用途は多岐にわたりますが、特にサプライチェーン、将来予測・気候変動評価、社会経済評価等の領域での活用が期待されており、CONSEOでも活用用途の検討が進められています。ここでは、今後地球デジタルツイン、そして衛星地球観測データの活用可能性について、いくつかご紹介します。


1. サプライチェーンのレジリエンスと透明性の向上

サプライチェーンのレジリエンスと透明性は、企業の持続可能性と競争力にとって不可欠な要素です。衛星地球観測データ活用は、物流ルートの最適化、リスク管理、異常気象や政情不安による影響の未然防止などに貢献できる可能性があります。例えば、全球水資源分布のモニタリングや確率予測により、洪水や干ばつなどの自然災害によるサプライチェーンへの影響を事前に識別し、適切な対策を講じることができたり、海洋熱波や海流のリアルタイムモニタリングにより、海上輸送の安全性を高め、持続可能な海洋資源を管理したり、といった使い方です。

衛星データや気象データ、地政学リスク情報などからサプライチェーンに影響する危機をリアルタイムで可視化し、生産や納期への影響等を把握できるようなソリューションも登場し始めています。


2. 気象予測と災害検知による意思決定支援

多様なセンシング技術を用いて地球の状態をより詳細に、かつ広範囲にわたって観測できるようになることで、より正確な気象予測や気候変動の評価が可能になります。例えば、台風の進路予測や強度の変化、局地的な洪水や干ばつのリスク評価などが挙げられます。地球システムの物理的な挙動がより正確に再現できれば、気候変動の長期的な影響評価や、将来の気象パターンの変化を予測することが可能になります。

農業における農地管理や生育管理、行政における災害発生時の救援救助計画のシミュレーション等、高精度な予測に基づくきめ細かな計画立案や被害軽減が期待されます。


3. 社会経済評価

自然資本の価値を可視化し、気候危機等の対策において、自然・社会経済などの将来を見通すことで、サステナブルな社会を目指して行動変容を促すことも地球デジタルツインの活用用途として期待されます。

従来把握が難しかった環境変化や経済活動の影響が、地球デジタルツイン上で可視化されることで、例えば、気候変動による農業生産性の変動、都市開発に伴う熱島効果、自然災害リスクなど、社会経済に直結する要因の分析が可能になります。

気候変動は生物多様性とも強く結び付いており、鉱業、林業、農業などのセクターに限らず多くの企業は自然資本に依存しているため、生物多様性の損失はサプライチェーンの混乱や規制遵守コストの増加、ソーシャルライセンス(社会からの承諾)の失墜等につながる可能性があります※10。生物多様性のリスクやその測定は複雑かつ多岐にわたるため可視化や客観的な証跡を示すことが容易ではないところがありましたが、地球デジタルツインを活用することで生物多様性への悪影響を可視化し、適切な対応をすることが期待されます。

昨今の企業経営においては、短期的な経済成長だけでなく持続可能な社会への貢献も求められ、環境、社会、ガバナンス(ESG)に関する非財務情報の重要性も高まっており、衛星地球観測データの活用はESG経営とその客観的な評価を行う上でも、鍵となり得るでしょう。例えば、温室効果ガスの排出量の監視、森林破壊の追跡、自然資本の価値評価、カーボンクレジットの活用など、衛星地球観測データを活用することで、企業は自らのサステナビリティへの取り組みをより透明かつ具体的に示すことができます。

※10 生物多様性が想像以上にビジネスにとって重要である理由


Ⅳ EYにおけるサステナビリティ領域への衛星地球観測および現場観測データの活用事例

EYオーストラリアでは、森林再生活動の変化の検出(<図2>参照)に衛星画像とデータ分析を活用するPoCが行われました。欧州宇宙機関が地球観測ミッションのため打ち上げたSentinel-2衛星から取得した衛星地球観測データと植生指数※11 を用いることで、森林再生活動をリモートで効率的に監視しつつ、精度と速度を向上させることが可能となりました。なお、森林再生の取り組みを行っている企業の中には、植生の変化や改善の経過を追跡することに関心がある一方、従来は静止画像をもとに改善の経過を手作業で確認していたため、大まかな計算しかできなかった点が課題でしたが、衛星地球観測データを活用することで、正確なエリアマッピング等が可能となり、より複雑な分析ができるようになりました。

図2 森林再生活動の変化の検出

図2 森林再生活動の変化の検出

※11 植物による光の反射の特長を生かし、衛星データを使って簡易な計算式で植生の状況を把握することを目的として考案された指標で、植物の量や活力を表す。

また、鉱山地帯の水域・植生の改善や劣化の監視(<図3>参照)、衛星地球観測データを用いてリモートで植生の改善や劣化を検出するパイロット研究が行われました。植生の伐採と改善のエリアを半自動的に検出し、衛星地球観測データと画像処理技術を活用、そして水域の空間的範囲の変化を検出し、マッピングした結果、地理的景観の異なる地帯への植生分析の拡張性が確認されました。

図3 鉱山地帯の水域・植生の改善や劣化の監視

図3 鉱山地帯の水域・植生の改善や劣化の監視

その他、EYオーストラリアでは、指標種(カエル)による生物多様性ホットスポットの検出(<図4>参照)に衛星地球観測データを活用しました※12。カエルなどの指標種の健全性は、特定の生態系における環境上の健全性全体に関する洞察をもたらします。カエルの個体数を手作業で検出、モニタリング、測定すると、時間と労力がかかります。そこでEY Better Working Worldデータチャレンジ※13では、衛星地球観測データ、地上検証測定、データサイエンス、AIを用いてこのプロセスを最適化するため、世界中の学生、若手専門家、EYのメンバーに協力を求めました。参加者は、音を使って地上にいる9種類のカエルを識別する計算モデルとモバイルアプリを開発しました。また、衛星画像とカエルの識別用地上検証測定データを使って、カエルの発生を予測するように訓練したAIモデルも開発し、以下のような成果を得ることができました。

これまでの成果

  • 衛星の地球観測データとAI機能を用いて、環境の健全性に関する実用的な洞察を迅速かつ大規模に、最適な精度で提供できる可能性が証明されました。
  • 2,000人以上から世界最高の機械学習モデルをクラウドソーシングし、指標種を通じて生物多様性のホットスポットを検出して予測しました。
  • 世界規模で生物多様性のモニタリングの進展に役立つ卓越した計算モデルを開発しました。
  • パートナー組織と協力して、有望なモデルの実用化を推進しました。
  • SDGs達成を支援するため、世界中で生物多様性の保全活動を検証・支援しました。

※12 宇宙からの視点が戦略的優位性にどのような影響をもたらすか
※13 EY、大学生と若手データサイエンティスト向けコンテストを実施 生物多様性喪失の解決策を探求する「2022年Better Working Worldデータチャレンジ」開催


図4 指標種(カエル)による生物多様性ホットスポット検出

図4 指標種(カエル)による生物多様性ホットスポット検出
出典:EY Open Science Data Challenge PlatformIndustries, challenge.ey.com/past-challenges(2024年4月11日アクセス)

このようなサステナビリティ領域の取り組みは<図1>に記載した地球デジタルツインの社会実装のイメージでいう地球環境のリアルタイムモニタリングとなりますが、今後は世界中の企業のサステナビリティ開示情報をデジタルツイン上でAIに学習させた上で、地球環境の変化をシミュレーションすることでグリーンウォッシング※14などサステナビリティ開示不正を予測したり、カーボンニュートラル実現に向けて必要なカーボンクレジットの創出※15を予測したりすることが可能になるのではないかと筆者は予想しています。

またそのような経済活動での活用が進む場合は、地球デジタルツインに投入される衛星地球観測や現場観測等のデータの正確性、信頼性の第三者評価やAIガバナンス態勢の構築の必要性など制度的な担保も求められることになるでしょう。

※14 「グリーンウォッシング」を生じさせないために企業が取るべき優れたガバナンスとは
※15 二国間クレジット制度(JCM)によるカーボンクレジットの創出および活用に関する最新動向


Ⅴ おわりに

地球デジタルツインは、日本政府が掲げる2050年カーボンニュートラル宣言やSociety 5.0「経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」実現に必要な情報を提供し、「見通せる」社会の実現に貢献します。都市デジタルツインとの連携を通じて、社会経済活動や意思決定を支えるアプリケーションの開発やシステムの連接性を拡張し、社会課題への対応を強化していくことが期待されています。衛星地球観測データの活用は、地球デジタルツインの構想において重要な役割を果たし、AI解析技術やコンピューティングパワーが今後の発展を左右する鍵となるでしょう。

また社会経済活動への貢献だけでなく、シミュレーションゲームなどを通じたサステナビリティ教育にも地球デジタルツインは役立つと考えられます。幼少期から人間の活動が地球環境に与える影響をシミュレーションして可視化することができれば、地球環境の維持・向上に貢献できるのではないでしょうか。

私たちEYは、組織のパーパスである「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」の実現のため、地球デジタルツインのサステナビリティ領域における活用可能性の検討に取り組んでまいります。


サマリー 

EY新日本は、EYオーストラリアのEY Space Techチームと連携しながらサステナビリティ領域や監査・保証での衛星地球観測データの活用やそのデータの信頼性確保に向けたサービス開発に取り組んでいます。本稿では、衛星地球観測データ等を活用した地球デジタルツインをサステナビリティ領域に活用する可能性について紹介します。


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