EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
企業のカーボンニュートラルへの移行を目的として経済産業省および賛同企業により発足したグリーントランスフォーメーション(GX)リーグのもとで、排出量取引制度(GX-ETS)が2023年度から試行的に実施されており、2026年度からの本格運用が予定されています1。GX-ETSとは、参画企業が自主的に設定する温室効果ガス(GHG)排出削減目標の達成に向けて、一定の排出削減を実現した企業に対しては「超過削減枠」を付与し、目標を達成できなかった企業には、未達分について「超過削減枠」や「適格カーボンクレジット」の購入等を求める制度です2。
超過削減枠がGX-ETSの制度内で創出されるものであるのに対し、適格カーボンクレジットは、GX-ETS外で実施されるGHG排出削減・吸収等の取り組みによって創出され取引されます。適格カーボンクレジットとしてはJ-クレジットとJCMクレジットが挙げられており、その他の適格カーボンクレジットの要件も2024年に策定されたガイドラインで規定されました3。
本記事では、この適格カーボンクレジットのうち特にJCMクレジットに焦点を当て、その創出と活用の方法や、同制度をめぐる最近の動向について解説します。GX-ETSを含む各種制度においてJCMクレジットの活用を検討している企業や、JCMクレジットの創出を目指す企業の皆さまにとって参考となりましたら幸いです。
出典:EY作成
二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism、以下JCM)4は、日本と途上国等との二国間協力の枠組みであり、途上国等のパートナー国5において脱炭素技術等の導入を促進しGHG排出削減・吸収に貢献することを目的としています。排出削減・吸収により創出されたカーボンクレジットは両国政府および関係事業者で分け合い、排出削減目標の達成に活用できます。2021年に閣議決定した地球温暖化対策計画では、JCMを通じての「2030年度までの累積で1億t-CO2程度の国際的な排出削減・吸収量」6の確保を目標としており、日本政府として積極的にJCMを推進していることがうかがえます。
また、本制度はパリ協定第6条2項の「協力的アプローチ」の一種として位置付けられていますが7、制度そのものは、京都議定書により導入されたクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism、以下CDM)の仕組みを簡略化・効率化したもの8として2013年より開始されており、世界でも先導的な二国間協力の枠組みの1つと言えます。
出典:公表情報4を基にEY作成
カーボンクレジットにはさまざまな種類があり、政府主導の制度によるコンプライアンスクレジットと民間団体主導のボランタリークレジットに大別されます。コンプライアンスクレジットはさらに、国際制度、二国間制度、国内制度によるものに分けられ、国や企業の排出削減目標の達成等に活用されています。ボランタリークレジットは、さまざまな民間団体の独自基準により認定され、企業の自主的なカーボンオフセットのために活用されています。
出典:各制度のウェブサイト9を基にEY作成
JCMクレジットは途上国等の排出削減・吸収に貢献しつつ、日本の排出削減目標達成や公的な排出量報告制度にも活用できるのが強みです。他方、投資費用がネックになり得るという一般的なプロジェクト組成のハードルに加え、プロジェクト実施やクレジット発行の際にパートナー国政府の承認を得る必要があるなど、二国間制度特有のハードルもあります。そのハードルを下げるため、日本政府がさまざまな支援メニューを用意しています。
前述のとおり、日本政府は2030年度までにJCMを通じて累積で1億t-CO2程度の排出削減・吸収量の確保を目指しており、JCMクレジットの創出を促すために、実現可能性調査からクレジット発行までの各フェーズにおいてさまざまな支援メニューを展開しています。実現可能性調査や実証のフェーズでは、現地における事業環境や導入技術の検討に係る調査の資金支援、排出削減量を定量化する方法論の開発やプロジェクト導入に向けた現地政府との交渉等の技術支援を受けられます。また、プロジェクト導入フェーズでは、設備機器の導入費用を一部補助する等のメニューが用意されています。プロジェクト登録申請やクレジット発行申請を含むMRV(測定・報告・検証)の実施においては、関係省庁より委託されたコンサルタントから支援を受けることも可能です10。
※「技術協力」は方法論開発やプロジェクト導入に向けた現地政府との交渉に係る支援、「資金支援」はプロジェクト導入費用の一部補助、ローン等が含まれます。
出典:各種支援メニューのウェブサイト11を基にEY作成
2024年5月末現在、270件超のJCMプロジェクトが実施または検討されています12が、そのほとんどが日本政府の資金支援によるものです。しかし、こうした資金支援を活用してプロジェクトを実施する際には、補助金適正化法の規定や指定されたスケジュールを順守する必要がある、支援対象が特定分野(エネルギー起源CO2の排出削減等)に制限されるなど、一定の制約があります13。
これを受け、環境省をはじめとした関係省庁は、民間企業を中心としたJCM(民間JCM)プロジェクトの組成を推進しようとしています。そのハードルを低減するため、JCMのルールや手続きを見直し、「民間資金を中心とするJCMプロジェクトの組成ガイダンス」13を策定するなど、JCMクレジット創出の促進に努めています。
JCMクレジットの創出に向けては、上述の取り組みに加え、「2025年を目途にパートナー国を30か国程度とする」政府方針14が掲げられました。これを受けてパートナー国は2022年以降大きく増加し、2024年5月末現在で29か国に達しています6。また、本記事の冒頭でも触れたようにGX-ETSでJCMクレジットが活用可能とされたほか、その取引の東京証券取引所における実施が検討されている15など、JCMクレジットの用途拡大や流動性・価格の予見可能性の向上も図られつつあります。
一方、他国の状況に目を転じると、スイスやシンガポール等もパリ協定に基づく二国間制度を創設しカーボンクレジットの創出を目指しています。このため、一部のJCMパートナー国においてはこれらの他国との間で、カーボンクレジットを創出可能な案件をめぐる競合関係が生じることも考えられます。パリ協定下でのルール策定をリードしてきた日本は、2022年に立ち上げた「パリ協定6条実施パートナーシップ」16等の場で他国との協調を図っていますが、他国制度との関係については今後の動向が注目されます。
また、このようなJCMに直接関わる変化とは別に、カーボンクレジット全般に関する動向の変化もJCMに影響を及ぼす可能性があります。JCMプロジェクトはこれまで、主として環境省の設備補助事業を通じて組成されてきたという経緯から、再生可能エネルギーの導入をはじめ、同事業の補助対象であるエネルギー起源CO2排出削減プロジェクトが大半を占めてきました12。しかし、カーボンクレジットに関する近年の世界的な動向として、企業が排出削減を進めてもなお残る排出量のオフセットには、排出の削減ではなく、吸収・除去プロジェクトにより創出されたカーボンクレジットのみを活用可能とすべきであるとの声が高まっています。ただし、一部の国際イニシアチブでは逆に、企業のスコープ3排出量の削減に関してカーボンクレジットの活用範囲を拡大しようとする動きも見られます17。
出典:経済産業省の資料18を基にEY作成
こうした状況も背景に、プロジェクトの分野に制限が課されない民間JCMプロジェクトの組成方法が2023年に正式に定められたほか、GX-ETSにおけるJ-クレジット・JCMクレジット以外の適格カーボンクレジットの要件として、炭素吸収・除去に関する4つの分野のいずれかに該当すべきことが2024年に定められました3。こうしたことから、今後はエネルギー起源CO2排出削減以外の、特に炭素吸収・除去分野でのJCMクレジットの創出に向けた取り組みが増加すると見込まれます。カーボンクレジット市場全体の動向を踏まえた上で、創出・活用するJCMクレジットの種類を見極めることが重要となってきています。
JCMクレジットは、企業による法制度対応の手段として、温対法やGX-ETSにおける排出量報告で活用することが可能となっています。さらに、左記のように活用することで、自社のみならず国レベルでの排出削減目標達成にも貢献できる仕組みとなっています。
他方で、JCMは、クレジットを創出する際にも副次的な便益を多く得られる制度であると言えます。JCMプロジェクトの実施目的をクレジット創出・取得にとどめず、自社技術・サービスの海外展開の一環として位置付けるならば、JCMの枠組みや政府支援を活用することで効率的な事業展開が可能となるほか、現地政府関係者等との関係を構築する機会ともなります。さらには、現地のGHG排出削減・吸収の取り組みに貢献していることを自社のブランディングに生かすこともできます。とりわけ、炭素吸収・除去に係るカーボンクレジットについては今後の需要増加が見込まれる中、JCMにおいても事例の少ない当該分野でのクレジット創出のポテンシャルを有する日本企業にとっては、JCMは有望な事業機会の1つであると言えます。また、特に2022年以降に新たに加わったパートナー国(中央アジア、東欧諸国等)では既存プロジェクトが少なく、プロジェクト組成の余地が大きいと考えられるため、これらの国々で活動する企業にとってもJCMは新たな事業機会として一考に値します。
EYは、JCMをはじめとして、各種カーボンクレジットの創出・活用を多岐にわたる側面から支援いたします。プロジェクトの組成からカーボンクレジットの創出、取得、活用といった一連のプロセスについて、EYは多数の支援実績を有していますので、お気軽にご相談ください。
参考文献
【共同執筆者】
※所属・役職は記事公開当時のものです。
日本のGHG排出削減目標達成に向けて、JCMクレジットの創出・活用促進策が日本政府によって進められています。カーボンクレジット需要の世界動向も踏まえながら、自社に適した方法でJCMクレジットを創出・活用することで、事業の海外展開および排出削減を効果的に進めることができます。