Space Techシリーズ 第3回:宇宙領域における、地に足の着いた「官民連携」の重要性

情報センサー2024年5月 デジタル&イノベーション

Space Techシリーズ 第3回:宇宙領域における、地に足の着いた「官民連携」の重要性


これからの宇宙領域には「官民連携」が不可欠となります。宇宙ビジネスを取り巻く特有の課題(初期投資のリスク、開発リスク、需要リスク)に焦点を当てた適切な「官民連携」が導入できれば、日本は国際競争に負けない産業力や安全保障を手にすることができると考えます。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 宇宙ビジネス支援オフィス 弁護士・公認会計士 伏見 達

法律事務所を経て現職。直近では、日本で数少ない宇宙港やロケット射場を対象とする官民連携スキームの構築を手掛ける。その他、空港、上下水道、スタジアム等のさまざまな公共施設、国や地方自治体、独立行政法人等のあらゆる公共主体に関する法制度、補助制度等にも精通している。当法人 シニアマネージャー。


要点

  • 宇宙における「官民連携」は、国・JAXAが単独の主人公であった時代から、民間企業(宇宙スタートアップ)との相互補完関係で宇宙開発を進める時代へ移り変わろうとしている。
  • 宇宙領域の特有の課題として、「先立つもの」がないリスク、開発リスク、需要リスクがあり、「官民連携」はこれらを解決するために導入すべきである。
  • 宇宙戦略基金、日本型アンカーテナンシー、ロケット射場コンセッションは、そのような宇宙領域で推進すべき「官民連携」の一例となり得る。


Ⅰ はじめに ~宇宙領域における「官民連携」の現在地~

多くの人々にとって「宇宙開発」や「宇宙利用」は、国家プロジェクトと認識されるかもしれません。かつては、政府が巨額の予算を注ぎ込み、大規模なロケットや衛星をオーダーメードで開発するという時代がありました。宇宙開発は、宇宙を対象とした「研究」であるという側面が色濃く出ていた時代です。しかしそこから、財政難による政府予算の削減、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による宇宙技術の外部提供・連携、大学発の超小型衛星の製造、大学発スタートアップの台頭や他業種からの小型ロケット開発の参入等によって、宇宙は、政府が巨額の予算を注ぎ込む「公共事業」から、民間企業が効率的・効果的な開発利用を行う「ビジネス」の対象へと変わりつつあります。米国のスペースXはまさにその代表的な成功例であり、米国航空宇宙局(NASA)からの膨大な資金提供を受けて現在の確固たる地位を築いていることに注目しなければなりません。

すなわち過去の「公共→民間(公共機関が手足として製造を委託する相手である民間企業)」という一方的な関係は、現在では「公共⇔民間(公共機関がやるべきことと大学や民間企業に委ねるべきことの区分)」という相互補完関係になりつつあるということです。


Ⅱ 宇宙ビジネスの課題と「官民連携」の果たす役割

「官民連携」は、公共100%でもなく民間100%でもない、官民双方の役割分担・費用分担の仕組みです。「官民連携」はさまざまな領域で導入されており、一定の成果を挙げているように見えます。しかしそれぞれの領域における特性に応じた「官民連携」が行われているのであって、他の領域で成功した「官民連携」をそのまま別の領域に導入しても同様に成功するということはありません。

 

それでは宇宙領域における特性とは何でしょうか。特に宇宙をビジネスとして成立させようとする場合に立ち現れてくるものとして、3つの特徴的なリスクがあります。

 

1つはヒト・モノ・カネに関する初期投資の莫大な負担、1つは開発の不確実性(開発リスク)、1つは需要の不透明性(需要リスク)です(<図1>参照)。

 

空港の民営化を例にとると、空港整備や投資は国又は地方自治体の財源で行われ、その財源としては(潤沢な)空港整備勘定が使われるため、空港民営化にあたり民間企業に空港インフラに対する初期投資の負担はほとんどありませんでした。また、空港施設は世界的な規格が決まっており開発の不確実性も極めて低いです。そして、旅客機による旅客輸送や貨物輸送は確固たるビジネスとして成立しているため空港の需要は十分予測することができます。

 

しかし、これらは宇宙領域には当てはまりません。なぜなら、宇宙領域は「未知かつ極限の環境」を対象とする分野であり、ビジネスとしてのニーズもまだまだ不明瞭であって、将来に対する内的要素・外的環境がシビアだからです。将来性が厳しく判断されるが、現状から一歩踏み出すための外部資金調達を難しくしており、それゆえに「先立つもの」が確保できないといったスパイラルに陥っています。

図1 宇宙ビジネスにおける特徴

図1 宇宙ビジネスにおける特徴

(EYにて作成)

そこで本稿では、いくつかの課題を取り上げ、官民連携をどのように機能させるのかについての分析及び試案を示してみたいと思います。

 

Ⅲ 宇宙戦略基金による研究開発支援

宇宙戦略基金は、内閣府・文部科学省・経済産業省・総務省の四省が共同で基金をJAXAに設置し、輸送・衛星等・探査等の支援分野に係る個別のテーマごとにJAXAが当該基金の拠出先となる民間企業等を選定して、研究開発を委託又は補助するという枠組みです。基金規模としては10年間で1兆円とされており、これまでの宇宙領域における民間企業等向けの資金提供としては未曽有の規模になっています。この基金事業は、宇宙の産業化を目的としており、民間企業による産業振興を重視した施策と言われています。

この基金事業に採択されれば、民間企業は開発に必要となる資金を獲得することができます。成功しなければ資金がまったく得られないという「成功請負型の契約」とならなければ、開発リスクや資金不足(資金調達の困難性)の解消が期待できます。

 

Ⅳ アンカーテナンシー(長期のサービス購入契約)の実現

宇宙戦略基金は研究開発段階に投下される資金であり、実用化段階(商業化段階)には今のところ対応していないように見受けられます。そのため、需要リスクに対応するためには、まず公的機関が優良顧客となることが考えられます。公的機関が公益のために民間企業のサービスを購入する建付けが可能であり、当該サービスが施設にひもづく場合には、いわゆる従来型のPFI契約(サービス購入型)が検討可能です。それ以外にも、需要の不確実性に伴う価格低下部分を公的機関が補填(ほてん)する目的で補助を民間企業等に入れる形も考えられます。他インフラの例ではありますが、航空路線を空港に誘致するためにエアラインが支払う空港ビルテナント料を空港所在自治体が補助金で負担することによって、エアラインがその空港を選択しやすくなるという例が挙げられます。

このような、市場が未成熟の場面において公的機関が率先してそのサービスを購入する方法は、米国では「アンカーテナンシー」という名称で実施され効果を上げています。日本においても、既存の制度の枠組みで同様の効果を発揮させることについて「官民連携」の1つとして検討する価値があります。

 

Ⅴ ロケット射場の整備・運営におけるコンセッション方式

世界的に衛星の打ち上げ需要が急速に高まっており、民間企業が製造する小型ロケットの開発が急がれています。ロケットの打ち上げのためには射場(ロケット射場)が必要となりますが、国内にある射場は主にJAXAの基幹ロケットのための射場となっており、民間企業が気軽に使用できるインフラではありません。また、ロケット射場の整備には、それが小型ロケットの発射場であったとしても数十億円規模の費用が必要となり、民間企業だけの資金調達で整備できるものではありません。一方でロケット射場が日本に複数あることは、宇宙へのアクセスを自国で完結させる意味で国益にもかないます。そこで、国益にも寄与する点をとらえて整備費用の一定部分を国や公的機関が負担しつつ、整備・運営は一体的に民間企業に委ねるというPFI手法(BT(Build and Transfer)+コンセッション方式)が考えられます。これにより、国や公的機関は射場の所有権を持ちつつも、具体的な経営は全て民間事業者に委ねることによって、最大効率的な射場運営が可能となります。

なお、このようなロケット射場におけるコンセッション方式の導入に関しては、すでに北海道大樹町が導入可能性調査をしており(令和5年度)、その実現性がまさに検討されているところです。

 

Ⅵ おわりに

「官民連携」は魔法の言葉です。さまざまな課題を鮮やかに解決してくれるような響きがあります。それが宇宙を対象とするので、なおさら、混沌(こんとん)とした国際情勢や経済状況を、あたかも劇的に調和させてくれるような期待を匂わせてくれます。しかし本稿で明らかにしたように、「官民連携」は決して魔法ではなく、種も仕掛けもあり、それを作るのは当事者なのです。日本の宇宙戦略は正念場を迎えています。「官民連携」を縋(すが)る藁ではなく、将来に向けた礎にしていくことができるかどうかが問われています。


サマリー 

これからの宇宙領域には「官民連携」が不可欠となります。宇宙ビジネスを取り巻く特有の課題(初期投資のリスク、開発リスク、需要リスク)に焦点を当てた適切な「官民連携」が導入できれば、日本は、国際競争に負けない産業力や安全保障を手にすることができると考えます。


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