Space Techシリーズ 第1回:宇宙ビジネス支援オフィス設立記念 宇宙ビジネスウェビナー開催報告(前編)

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Space Techシリーズ 第1回:宇宙ビジネス支援オフィス設立記念 宇宙ビジネスウェビナー開催報告(前編)


現在、人類の活動領域は、地球、地球低軌道を越え、月面、さらに深宇宙へと、本格的に宇宙空間に拡大しつつあり、宇宙産業の市場規模についても拡大が見込まれています。

本ウェビナーでは、このような潮流の中での当法人の取組みや展望について、元JAXA宇宙飛行士の山崎直子氏と当法人理事長の片倉正美との対談、EY Japan所属パラアスリートの富田宇宙の講演、産学官の有識者によるパネルディスカッションなどを通じてご紹介しました。その内容を前・後編の2回に分けてお届けします。

左より、片倉、山崎 氏

登壇者:

山崎 直子氏(やまざき なおこ)
内閣府宇宙政策委員会 部会委員/(社)Space Port Japan 代表理事

青木 英剛氏(あおき ひでたか)
宇宙エバンジェリスト®/(社)Space Port Japan 共同創業者&理事

竹上 直也氏(たけがみ なおや)
文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 宇宙科学技術推進企画官

永田 晴紀氏(ながた はるのり)
北海道大学大学院工学研究院 教授

EY所属登壇者:

富田 宇宙(とみた うちゅう)
EY Japan所属 パラ競泳選手

片倉 正美(かたくら まさみ)
EY新日本有限責任監査法人 理事長 公認会計士

宮川 朋弘(みやがわ ともひろ)
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 宇宙ビジネス支援オフィス オフィス長

モデレーター:

伏見 達(ふしみ とおる)
EY新日本有限責任監査法人 弁護士 公認会計士 宇宙ビジネス支援オフィス 



要点

  • 10年間で総額1兆円の宇宙戦略基金の創設など、官民の連携により宇宙ビジネスが立ち上がりつつある
  • 宇宙は人々を平等にするバリアフリーな空間であり、歴史をひもとくと多様性に満ちている
  • EY新日本は、宇宙ビジネス支援オフィスの設置により、宇宙の開発から利用まで一貫した支援を行うことで、Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)を実現していく


オープニング

EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉 正美

宇宙産業は民間産業化の直前まで来ています。政府は宇宙政策の基本方針を「宇宙基本計画」としてまとめ、令和5年6月に公表しました。宇宙基本計画では宇宙産業を日本における成長産業と位置付け、2020年段階で4兆円の市場規模を2030年初頭までに8兆円規模に倍増させることを目標にしています※1。これを達成するため、JAXAの役割・機能の強化と10年間で総額1兆円規模の支援を民間宇宙関連企業に行うための宇宙戦略基金の創設などが進められています※2。国から投入される異次元の資金は宇宙ビジネスにとっては恵みの雨には違いありませんが、その水を効果的・効率的に使っていくことで民間企業に浸透させ、いかに土壌を豊かに肥やしていくかが問われています。この点が、宇宙ビジネスが直面する最新の課題であり、解決すべき重要なポイントではないかと考えます。

私どもEY新日本は、これまで宇宙港などの宇宙開発における官民連携アドバイザリーサービスや宇宙スタートアップ企業のIPO支援サービスで実績を上げてまいりました。今後は来るべき宇宙利用時代に向けて、宇宙衛星データの信頼性確保のための第三者保証サービスにつなげていくことも検討しています。私どもはこのたび設立した宇宙ビジネス支援オフィスを通じ、宇宙ビジネスに関する知見や経験を有するEYのプロフェッショナルを1つのチームとして連携させ、宇宙ビジネスに携わる官民合わせた皆さまの成長と発展をサポートすることで宇宙産業に貢献してまいります。

※1 内閣府「宇宙基本計画(令和5年6月13日 閣議決定)」、www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy05/honbun_fy05.pdf(2024年2月26日アクセス)
※2 内閣府「デフレ完全脱却のための総合経済対策~日本経済の新たなステージにむけて~(令和5年11月2日)」、www5.cao.go.jp/keizai1/keizaitaisaku/2023/20231102_taisaku.pdf(2024年2月26日アクセス)


講演


EY Japan所属パラアスリート(東京2020パラリンピックメダリスト) 富田 宇宙


僕は富田宇宙という、まさに宇宙を目指すべき名前を頂いて生まれました。生まれた時は障がいはありませんでしたが、高校2年生の時に目が見えなくなっていく網膜色素変性症という病気が判明し、10~20年かけて目がゆっくり見えなくなっていきました。現在はS11という重度視覚障害のクラスでパラリンピックの競泳選手として活動しています。記録としては100m自由形で日本記録、200m自由形でアジア記録、そして800m自由形では世界記録を保持しております。また、東京パラリンピックでは400m自由形と100mバタフライで銀メダル、200m個人メドレーで銅メダルという結果をいただくことができました。その他にもブラインドダンスやパラサーフィンなどさまざまな活動を通じて、多様性を認め合える共生社会の実現の必要性を自分の活動を通して伝えています。
 

2021年はパラリンピックが開催された年であり、宇宙旅行元年ともいわれています。多くの人が宇宙に旅したという事実を前にして、目が見えなくなる自分は宇宙飛行士にはなれないという思い込みが間違いだったと気が付きました。可能性を否定し、限界を決め付けていたのは単に自分自身の先入観だったと悟り、宇宙への夢を再び抱くようになりました。


宇宙開発の歴史を語る上で多様性は重要な要素です。宇宙開発が進歩してきた原動力であったと言っても過言ではありません。宇宙飛行士は社会問題解決の先駆けとなり、それを地球全体に波及させる役割を担ってきました。宇宙飛行士たちは、異なった国籍や文化の持ち主でありながら、一丸となって協力し、共に成長する経験を重ねていきます。


宇宙開発の歴史を見ると、多様性が重視され、多種多様な人々が宇宙へ行くチャンスが広がり続けていることがわかります。90歳を超えるウィリアム・シャトナー氏や、義肢を付けているヘイリー・アルセノー氏が宇宙旅行に参加したことはその良い例です。また、障がいがあるスティーブン・ホーキング博士も宇宙旅行に参加する計画を進めていました。


宇宙はバリアフリーな空間であり、人々をより公平にする空間であり、地球よりも自由な空間といえるでしょう。2022年に、ESAヨーロッパ宇宙機関が初の障がいのある宇宙飛行士として片足義足のジョン・マックフォール氏を選抜したことも、障がいを持つさまざまな人々の可能性が無限に広がっていることを示す一例です。今後は、これに続き他の国際機関でも多様性あふれる宇宙飛行士の採用が進むことが期待されています。


私からは「宇宙と多様性」をお話しさせていただきました。EYのパーパスである「Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)」。これまでのEYは地球上の社会の中で取り組んできましたが、これからは宇宙からも社会をより良くしていく活動に一層力をいれていくことになります。ぜひ皆さまと共に歩むことができれば幸いです。


対談

内閣府宇宙政策委員会部会委員 山崎 直子氏/EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉 正美

片倉:まずは宇宙ビジネスの現状と課題についてご説明いただけますか。

山崎氏:日本ではまだ宇宙産業は始まったばかりという面があり、アイデアを出してからサービスを実現していくまでに時間がかかるため、多くの企業が赤字の状態にあると伺っています。

片倉:新たなプレーヤーが参入したり、宇宙利用を増やしていくためには、そのビジネスに関わるリソースや売上をどう増やしていくかがポイントではないかと思いますが、そう考えていくと本質的にはそもそも収益性や継続性に課題があると思います。

山崎氏:その通りだと思います。例えば米国のNASAではCOTSプロジェクトやアンカーテナンシーという手法によって、NASAが資金を提供して自らが民間企業からサービスを調達・購入することで企業側の売上を確保してきた面があります。COTSプロジェクトは企業が初期開発および実証フェーズを実施するためにNASAが大規模な資金を拠出する手法です。米国の宇宙輸送サービス会社はCOTSの制度によって、一気に力をつけました。また、アンカーテナンシーは安定的に企業がサービスを提供できるようになった後に、そのサービスをNASAが一定期間にわたり調達する、それによって企業の売上を確保する手法です。日本でも宇宙基本計画が改訂され、JAXAの資金供給機能の強化も具体的に行われつつあります。

片倉:山崎さんは今の日本の宇宙事業を見ていてビジネス上の課題はどこにあるとお考えですか。

山崎氏:やはり人材育成にあると思っています。死の谷※3を克服しビジネスの継続を支える人材が欠かせません。これまでは理系人材が主流でしたが、これからはビジネスや商業化の中で監査法人のような財務、会計、ビジネスの専門性を持つ人材も必要です。

片倉:宇宙ビジネスの今後の展開について山崎さんはどのように見ていらっしゃいますか。

山崎氏:官から民へ、そして開発から利用へというフレーズはさまざまな政府の文書でも用いられています。これまでJAXAを中心とした官製産業、そして研究開発メインの宇宙分野でしたが、民間産業化、そして実用・利用の方にフェーズが動いていくのが目標だと思っています。

片倉:私どもEYでは官民連携アドバイザリーの多くの提供経験がありますが、官から民へ、すなわち官民連携はあくまで手法でしかなく、その手法で何を目指すかが重要ではないでしょうか。

山崎氏:例えばスペースポート、あるいは人工衛星のようなハードを持つ場合もあれば、人工衛星のデータを利用して分析するソフトの場合など、さまざまな面があると思います。

片倉:ハードもソフトもある多義的な宇宙ビジネスにおいて、官民連携も同じく多義的になります。どのような機能を民間に委ね、どこを政府として握っておくのか。リスクに関しても、民間の持つリスクと国が担うリスクとの境目をどこにするのかを、それぞれの宇宙ビジネスに当てはめて考えていくことが必要です。

山崎氏:確かに官民連携という言葉は使い勝手が良い分、それを安易に用いることによって目標がわかりづらくなったり、目指すところが見えづらくなってしまう危険性がありますね。もう1つの開発から利用への方向性に関してはどうお考えですか?

片倉:開発から利用への流れは宇宙が産業・ビジネスとして継続していく上で大事な考え方です。ただ、そもそも宇宙利用の前提条件、前提環境は大丈夫なのでしょうか?

山崎氏:鋭いご指摘です。衛星データを利用するには人工衛星を打ち上げるスペースポート、射場が必要です。今後は、宇宙旅行などの新たな需要を取り込んでいくインセンティブもあるかもしれません。私は現在、一般社団法人スペースポートジャパンの代表理事でもありますが、日本がそうした宇宙輸送、宇宙旅行のアジアのハブとなるためには、日本の宇宙港の強化が必要だと課題認識を持っています。最後に、なぜEY新日本が宇宙ビジネスを手掛けるのかをご説明いただけますか?

片倉:これまでもEY新日本では宇宙に関するさまざまなビジネスを提供しておりましたが、今回監査法人として宇宙ビジネスに貢献していくための一貫したストーリーが見えてきたので、宇宙ビジネス支援オフィスを設立しました。もともと監査法人では企業が発行する財務諸表に対して監査手続きを実施し、第三者の立場から財務諸表は適切なのでご安心ください、と保証するものです。宇宙が研究や開発ではなくビジネスの視点で語られるにともなって、ビジネスが持続的に発展するための枠組みとして私たち監査法人が必要とされる場面が出てくるのはとても自然な成り行きでした。もちろん従来行っていた官民連携アドバイザリーは官主導の産業から民間ビジネスへ変わっていく仕組みづくりや資金調達の面で重要です。同じく宇宙関連スタートアップの株式公開支援もしてきましたが、資本市場から資金を調達するためには私どものサービスも必要になります。そういう意味ではロケットでいうと打ち上げの1段目と2段目になると思います。この打ち上げが成功し軌道に乗ったら、次は宇宙衛星データの監査への利用や、宇宙衛星データの適正性や保証も行っていきたいと考えています。

山崎氏:開発から利用への流れをEYが自ら体験しているのですね。こうしてEYが本格的に宇宙ビジネスに参画されるのは志を同じくする企業にとっても、とても心強いと思います。宇宙産業が日本でもっと発展していくことを祈念しています。

※3 事業を進める上で障壁になる事柄
 

情報センサー2024年4月 デジタル&イノベーション
Space Techシリーズ 第2回:宇宙ビジネス支援オフィス設立記念 宇宙ビジネスウェビナー開催報告(後編)


サマリー

宇宙ビジネス支援オフィスの設立を記念した本ウェビナーでは、元JAXA宇宙飛行士の山崎直子氏をはじめとしてさまざまなお立場の登壇者を迎え、対談やパネルディスカッションを通じて、EY新日本が宇宙ビジネスにどのように取り組んでいるのか、また、どのような展望を持っているのかを紹介しました。


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