TNFD追加的セクターガイダンスポイント解説①:電気事業・発電事業セクター

TNFD追加的セクターガイダンスポイント解説①:電気事業・発電事業セクター


TNFDの自然関連課題に対する最終提言と実施ガイダンスの補足として、2024年6月に電気事業・発電事業を含む9のセクターに対して、セクターごとの追加的ガイダンスが最終化されました。電気事業・発電事業セクター固有の特徴を鑑みた、LEAP分析や開示指標とメトリックのポイントを紹介します。


要点

  • 電気事業・発電事業セクターにおけるLEAPアプローチの適用、セクター固有のメトリックの開示を促進するために、追加的ガイダンスが公表された。
  • 電気事業・発電事業セクターのバリューチェーンがカバーされ、さまざまな発電源と発電技術の特徴も考慮されている。
  • 追加的ガイダンスはLEAPアプローチのScoping, Locate, Evaluate, Assess, Prepareの各フェーズにおける考え方や実施手法を補足している。
  • セクター固有の開示指標とメトリックに関するガイダンスも提供されている。

2023年9月、TNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)は、自然関連課題に関する財務情報開示のための最終提言と実施ガイダンスを公表しました。また、TNFDの開示にあたり、リスク・機会分析のためのLEAPアプローチの適用が推奨されていますが、企業が属するセクターによって大きな違いが存在するため、複数のセクターのための追加的ガイダンスを公表し、各セクターの企業におけるLEAPアプローチの円滑な適用を図っています。その中で、今回紹介する電気事業・発電事業セクターをはじめとする9つのセクターに特化した追加的ガイダンスが2024年6月に最終化されました。

本記事では、電気事業・発電事業セクター(Electric Utilities and Power Generators Sector)に特化した追加的ガイダンス(Additional sector guidance - Electric utilities and power generators)(以下、「本ガイダンス」)の概要、該当企業に求められる対応事項のポイントを解説します。


1. 適用範囲

本ガイダンスは、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が開発された持続可能な産業分類システム®(SICS®)内の電気事業・発電事業に分類される組織に適用され、その組織のバリューチェーンをカバーしています。詳細な事業分類は以下が含まれています:

  • 石炭、天然ガスおよびその他の化石燃料
  • 太陽光発電
  • 風力発電
  • 水力発電
  • その他の再生可能エネルギー源(地熱、バイオエネルギーなど)
  • 原子力発電

2. ガイダンス内容

2.1. LEAPアプローチに関する追加的ガイダンス

本ガイダンスはLEAPアプローチの以下の範囲を補足しています。

LEAPアプローチに関する追加的ガイダンス

表 LEAPアプローチの各ステップにおける追加的ガイダンス内容

LEAPアプローチ追加的ガイダンス内容

Scoping

 

組織は以下の内容を考慮すべきとされています:

  • 直接操業と上流~下流のバリューチェーンに含まれる発電源と技術の種類(例として、風力、太陽光、原子力、石炭、石油およびガス)
  • 送電線と配電線が通過する地理的な場所はどこか、可能な限りで電線の全長を考慮する

また、石油・ガス、金属・鉱業、インフラストラクチャー部門のセクターガイダンスにも参照し、さらにバリューチェーン内の他の関連するセクターについても参照すべきとされています。

Locate

L1:ビジネスモデルとバリューチェーンの範囲

組織は、直接操業、上流~下流のバリューチェーンを明確にし、使用される技術と必要な流入資源を含めるべきであり、具体的には以下の内容を含めることが求められます:

  • 石炭、石油、ガス、ウランなどの原材料の抽出と処理
  • 施設建設と保守、エネルギー生成と蓄電に必要な金属と鉱物の抽出と処理、鋼鉄、アルミニウム等が含有有無、リサイクル材の該当有無
  • 施設と拠点の建設
  • 下流のエネルギー利用者
  • 燃料と商品の輸送
  • エネルギー施設の保守と処分

 

L2:依存とインパクトのスクリーニング自然に対するインパクトと依存の特定にあたって、電気事業・発電事業セクターにおける組織活動に関する一般的な影響要因と生態系サービスの例が提供されています。

例として、風力発電の場合、生態系サービスの「Global climate regulation」への依存度は「Very High」となり (Table 2b)、自然への影響要因の「Land-use change」、「Ocean-use change」の影響度は「High」となります (Table 3b)。

 

L3:自然との接点バリューチェーンにて送電線やその他の線形インフラを持つ組織は、ポイント座標ではなく、インフラが横断するすべての生物群系を考慮すべきとされています。

 

L4:インパクトを受けやすい地域との接点拠点が生物多様性への重要性を検討する際、その拠点が生物移動の遷移ルートを妨げているかどうかも考慮すべきとされています。

また、電気事業・発電事業セクターにおけるLocateフェーズに使用できる、複数のツールが提供されています。

Evaluate

E1:環境資産、生態系サービスとインパクトドライバーの特定

 

 

 

 

 


 

 

 

 

E2:依存とインパクトの特定

 

依存とインパクトを評価する際、組織はそれぞれの技術、バリューチェーンのセグメント、商品を個別に考慮すべきです。複数の拠点を持つ企業(例として、複数の風力発電所や原子力発電所)の場合、自然に対する累積的な影響を考慮する必要があります。
 

<依存>
電気事業・発電事業セクターにおける組織活動に関する一般的な生態系サービスと考慮事項の例が提供されています。

例として、水力発電所の場合、安定な水供給は極めて重要であり、ダム貯水池の初期貯水、および発電所の継続的運営にとって欠かせない要素です (Table 5)。
 

<インパクト>
電気事業・発電事業セクターにおける組織活動に関する一般的なインパクト要因とインパクトの例が提供されています。
 

例として、陸上太陽光発電所の場合、発電所の建設や運営が陸上生息地の断片化や劣化等の改変につながります。典型的な太陽光発電所のフットプリントは22.5-25.9m2/GWhと推定されます。インパクトを評価する際に、パネル間のスペース、パネル自体のフットプリント、および周囲の生息地の状態を考慮すべきです。また、建物上へのパネル設置は、未開発の自然な土地への設置よりもはるかに影響が少ないと考えられます (Table 5)。

 


 

E3:依存とインパクトの測定セクター特有の追加内容なし

 

E4:重要性のインパクト評価セクター特有の追加内容なし

Assess

A1:リスクと機会の特定電力公益事業および発電セクターの組織は、既存のリスク評価およびリスク緩和プロセスと基準を活用すべきとされています。

また、電気事業・発電事業セクターにおける自然由来のリスクとリスク評価、および自然由来の機会の例が提供されています。

例として、送電・配電には、生態系の調整サービスの変化による物理的リスクが存在します。具体的には、台風や洪水等の気象災害、および斜面の植生の喪失が起因する地滑りによる設備の損害等が考えられます  (Table 7)。その一方で、自然と社会に利益をもたらす行動を起こし、地域の経済能力を向上させることで、レピュテーション向上の機会が存在します。具体例として、企業および保全機構の協力イニシアチブ「Rights-of-Way as Habitat Working Group」は、花粉媒介者や他の野生生物をサポートし、より健康的な生態系を創出し、安全で信頼性の高い交通およびエネルギーシステムを強化することを目指しています。このイニシアチブに協力する企業に対して、レピュテーションの向上が期待できます (Table 9)。

 

A2:既存リスクの軽減とリスクと機会の管理の調整セクター特有の追加内容なし

 

A3:リスクと機会の測定と優先順位付けセクター特有の追加内容なし

 

A4:リスクと機会の重要性の評価セクター特有の追加内容なし

Prepare

P1:戦略とリソース配分計画特定された依存性、インパクト、リスク、および機会に対応する際に、既存の戦略およびリソース割り当て計画を参照すべきとされています。

セクターのすべての技術にわたって組織が検討できるシステム全体およびサイトレベルの行動の例を提供しています。

例として、システム全体について、分散型発電システムの計画実施や、自然へのインパクトを回避・軽減する技術開発の推進が考えられます。また、サイトレベルについては、作業エリアへの人流を制御し、生物多様性へ影響を管理することや、インフラに自然再生可能なデザインを使用することも考えられます (Table 10)。

 

P2:ターゲット設定およびパフォーマンス管理Science Based Targets Networkによって開発された目標設定方法や、自然に対する科学的根拠のある目標を設定するためのSBTNの方法に関するガイダンスを参照することが望ましいとされています。

 

P3:報告セクター特有の追加内容なし

 

P4:公表セクター特有の追加内容なし

2.2. セクター固有の開示指標と関連するガイダンス

電気事業・発電事業のセクターレベルの定量的な分析を促進するために、本ガイダンスには以下の内容が含まれています。

  • 電気事業・発電事業セクターにおけるコアグローバル開示指標とメトリクスの適用に関するガイダンス
  • コアおよび追加的なセクター開示指標とメトリクス

電気事業・発電事業セクターの組織は、大本となっているTNFDの最終提言の付録1(Annex 1, TNFD Recommendations)を参照し、全セクター共通のコアグローバル開示メトリックに関する詳細情報を得ることが推奨されています。

例として、陸/淡水/海洋の利用変化の範囲(C1.1-陸/淡水/海洋利用の変化)では、以下のメトリックの測定・開示が推奨されています。

  • 下記で分類した際の陸/淡水/海洋生態系の利用変化の範囲(km2)
    • 生態系の種類
    • 事業活動の種類
  • 下記で分類した際の陸/淡水/海洋生態系の保全または復元の範囲(km2)
    • 自主的
    • 法令または規則により義務付けられている
  • 下記で分類した際の持続的に管理されている陸/淡水/海洋生態系の範囲(km2)
    • 生態系の種類
    • 事業活動の種類

2.2.1 コアグローバル開示メトリックのセクターへの適用について

電気事業・発電事業セクターにおいてどのようにTNFDのコアグローバル開示メトリックを適用したらよいかを解説するガイダンス(Table 12)が提供されています。

例として、陸/淡水/海洋の利用変化の範囲(C1.1-陸/淡水/海洋利用の変化)では、全セクター共通のコアグローバル開示メトリックに加えて、以下の追加的ガイダンスが示されています。

  • 陸/淡水/海洋生態系の利用変化の範囲(km2)
    • IUCNグローバル生態系分類(GET)に加えて、地域や地方の分類など、参照する生態系の種類を定義するための追加情報を開示することができます
  • 陸/淡水/海洋生態系の保全または復元の範囲(km2)
    • データが入手可能な場合、保全された地域と復元された地域を別々に報告することが必要
  • 持続的に管理されている陸/淡水/海洋生態系の範囲(km2)
    • セクター特有の追加的ガイダンスはなし

コアグローバル開示メトリックは、電気事業・発電事業セクターのガイダンスに従って、Comply or Explainの原則で報告されるべきです。ただし、侵略的外来種と自然の状態に関するプレースホルダー指標はComply or Explainでの報告は求められていません。

2.2.2 コアセクター開示指標およびメトリック

電気事業・発電事業セクターのTNFDコアセクター開示メトリック(Table 13)が提供されています。セクター内のすべての報告書作成者が、コアグローバル開示指標に加え、これらのセクター特有のメトリックをComply or Explainの原則で開示することが推奨されています。

例として、水力発電の場合、以下のインディケーターとメトリクスの開示が推奨されます:

  • EP.C1.1 環境流量/総流量:気候変動を考慮した環境流量/生態流量と総流量の割合 (%)
  • EP.C1.2 堆積物の除去:除去された堆積物の量(トン)

2.2.3 追加的セクター開示指標およびメトリック

電気事業・発電事業セクターに対する追加的セクター開示指標およびメトリックはありません。


まとめ

電気事業・発電事業セクターのTNFD適用企業に対して、各社の固有状況に基づいた分析・開示が求められています。

われわれEYの気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)ユニットは、タスクフォースの初期メンバーとしてTNFD へ直接関与しており、IPBESの主執筆者を含む数の多く生態学・自然環境の専門家が知見と洞察を提供できます。また、TNFD関連の豊富な支援実績を有しますので、ご不明点やお困りのことがございましたら、お気軽にご相談くださいませ。


【共同執筆者】

方 毓(Eugene Fang)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス) シニア

中国出身。東北大学環境科学博士。EY入社前は外資系サステナビリティコンサルティングファームにてM&AにおけるEDD/ESGDDを中心に経験。その後、外資系総合コンサルティングファームの戦略コンサルティング部門にて新規事業戦略策定やデジタルプラットフォーム立ち上げ支援を中心に経験。2024年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、EDD/人権DD /ESGDD、生物多様性関連業務、サステナビリティ関連法令対応など幅広くサステナビリティ分野業務に従事。

※所属・役職は記事公開当時のものです。



サマリー 

2024年6月に電気事業・発電事業セクターの追加的ガイダンスが最終化されました。電気事業・発電事業セクターのTNFD適用企業に対して、各社の固有状況に基づいた分析・開示が求められています。


EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

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