ESGデータマネジメント体制の構築:サステナビリティ情報開示義務化に向けて

サステナビリティ情報開示義務が拡大。ESG関連データの収集・管理の業務量激増が見込まれ、適切なデータマネジメント体制の構築が必須


2025年以降、SSBJ、CSRD等サステナビリティ情報開示義務が国内外で発効します。サステナビリティ情報の収集、集計、統合、開示に関する業務量は激増することが見込まれ、適切なデータマネジメント体制の構築が必須です。


要点

  • 今後数年間で日本・EUを含む各国で非財務情報の開示義務が発効。EUでは収集対象のデータポイントが1,000を超え、定量情報に加えて定性的な情報の開示も要求される。
  • 第三者保証の義務化も議論(EUでは義務化)。財務情報と同レベルの網羅性・適時性・正確性の担保や監査に耐え得るデータマネジメント体制や内部統制の構築も必要である。
  • Excelのデータ収集、集計、開示という従来の方法では対応が困難であり、ESGデジタルソリューションを導入することが必須である。

1. 拡大するサステナビリティ情報開示義務

サステナビリティ情報開示の重要性は世界的に高まっており、各国/地域で開示規制の開発が進んでいます。EUでは域内の大企業を皮切りに2026年(2025年のデータ)から適用が開始され、EU域内に子会社を持つ日本企業も、子会社の規模によっては影響が及ぶ可能性があります。さらに、EU域外企業であってもEU域内で一定以上のビジネスを展開している場合には2029年(2028年のデータ)に適用され、連結単位でのESG情報の開示が義務化されます。日本ではSSBJ基準が開発中であり、2025年3月に最終化される見込みです。現在想定されている基準では、2027年3月期から時価総額3兆円以上の企業を対象にSSBJ基準の義務化が開始され、翌2028年3月期には時価総額1兆円以上に、2029年3月期には時価総額5,000億円以上に拡大されるとともに、(一部例外を除き)有価証券報告書における財務関連情報と同時に非財務関連情報を開示することが要求される見込みです。

図表1
EY作成

開示基準が最終化されているEUのCSRDは、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の設計に基づいており、ESGそれぞれのトピックに対し、「ガバナンス」「戦略」「インパクト、リスクおよび機会の管理」「指標と目標」の4つの報告領域に対し、「セクターにかかわらず適用される基準」、「セクター特有の基準」、「企業特有の開示」の3層の開示要求がなされています。これは、企業が80項目を超える開示要件、1,000を超えるデータポイントに対応しなければならないことを意味し、また企業は従来集計していたGHG排出量や労働災害などの定量的な情報や目標だけではなく、関連した戦略や目標、財務的なインパクトやリスクと機会、ガバナンス等の定性的な情報と合わせて開示する必要があります。

図表2
出所:“ESRS implementation guidance documents”, EFRAG, www.efrag.org/en/projects/esrs-implementation-guidance-documents (2023/7/31開催、2024/12/13 アクセス)を参考にEY作成

2. 開示義務対応における3大チャレンジ

拡大するサステナビリティ情報開示義務に日本企業が対応するためには、主に3つの課題があると考えられます。

  1. 網羅性:情報開示の範囲は財務諸表と同様、グループ連結となります。日本本社単体だけではなく、海外現地法人をはじめとしたグループ企業の全てが情報収集・集計・開示の対象となります。
  2. 適時性:情報開示は財務諸表と同じ報告期間を対象とし、同じタイミングで報告することが求められます(一部例外を除く)。財務決算と同等のスピードでデータ収集、集計、開示原稿作成などを行う必要があります。
  3. 正確性:SSBJでは監査法人やその他保証業務提供者等による保証の義務化が議論されており、またCSRDではEU指令で第三者保証が義務化されています。保証に耐え得る内部統制やプロセス(情報収集体制や、算定基準の正確性、データの品質)が必要となります。

従来、サステナビリティ情報開示はあくまで任意であり、(CDP等グローバルサステナビリティイニシアチブでの加点要素ではあるものの)第三者保証の取得の範囲や時期などは企業の判断に委ねられていました。このため、自社で定めた項目(例:GHG排出量、労働災害発生件数等)のみを、自社で定めたバウンダリー(例:日本本社単体のみ、製造拠点のみ等)に基づき、自社で定めたタイミング(例:有価証券報告書とは別、期末から半年程度、等)で開示している例が多く見られます。SSBJやCSRDといった開示義務は、企業のサステナビリティ情報開示を、財務報告と同じレベルまで引き上げることを求める法定開示基準です。また、報告すべき項目や内容も拡大し、これまでの任意のサステナビリティ情報開示とは次元の異なる要求です。企業は、「網羅性」「適時性」「正確性」という3大チャレンジに対応する施策を推進し、第三者保証取得を見据えた連結データ収集プロセス、体制の構築を検討する必要があります。


3. ESGデジタルソリューションの優位性

拡大するサステナビリティ情報開示義務に対応するためには、従来多くの企業が採用しているマイクロソフトExcel等の表計算ソフトを用いたマニュアルでのデータの収集、集計、統合、開示には限界があります。3大チャレンジを克服し、第三者保証を取得するためには、ESG関連データの収集、集計、統合、開示に至るプロセスに最適なデジタルソリューションを導入することが最も効率的で信頼のおける手段です。ESGデジタルソリューションは、以下の点で3大チャレンジに優位性を発揮します。

  1. 網羅性:対象となる子会社/拠点(以下ファシリティと呼称)およびファシリティごとのデータ収集アイテムはシステムの内部で設定可能で、ファシリティの追加・削除に容易に対応することが可能です。また未入力データの一覧表示機能やダッシュボード機能、督促通知の自動発信機能などを通じ、必要なデータの網羅性を担保できます。
  2. 適時性:スケジューラー機能やリマインダー機能を使用することで、ファシリティのデータ入力担当者やファシリティ/リージョンマネージャー等、任意の管理層にデータ入力依頼が自動的に発信されることで、データ収集スケジュール管理が容易になります。また、マニュアルでのデータ収集の場合、エンドポイントで入力したデータをメールで集計者に送信し、集計者が受信した全てのデータを統合する必要がありますが、デジタルソリューションを導入すれば各ユースポイントで入力されたデータを自動的に変換(計算)、統合、出力することで、プロセスの効率化が図れます。
  3. 正確性:データ入力時のアラート機能(過去データと一定以上のギャップ等、異常値や論理的不整合があった場合にアラートを出力)により、誤入力が未然に防止できます。換算係数の自動更新機能やデータマッピング、システム内部での自動計算と出力が可能(出力範囲は任意に設定可能)であり、データの入力から変換、統合、出力に至る全てのプロセスにおけるヒューマンエラーを回避できます。

第三者保証を取得するためには、監査人からリクエストがある全てのプロセスやデータ、エビデンス等を収集し、データの正確性を説明する必要があり、一般的に膨大な時間とリソースが必要となります。ESG関連データの収集・集計・開示プロセスをデジタル化することにより、監査時のデータトレーシングが正確・効率的に実施可能になり、内部統制の構築にも優位となります。

また、近年多くの企業がGHG排出量削減などESG関連目標を設定しています。これらの目標はKPIとして企業の経営に組み込まれており、時に経営判断やリソース配分に大きな影響を与えます。このため、ESGデータや関連するKPIの進捗(しんちょく)状況は投資家をはじめとするステークホルダーからも高い注目を集めており、企業は説明責任を負います。例えばGHG排出量の目標に対して説明責任を果たすためには、全てのファシリティから定期的にエネルギー消費量やフロンに関するデータを収集し、それに適切な係数を乗じることで所望のデータ(例:全社のスコープ1、2のGHG排出量)を取得し、それを中長期目標と比較することで進捗を確認し、ギャップがある場合にはその原因を明確にした上で対策を検討する、という一連の作業を毎年行う必要があります。このため、担当者が集計作業に追われてしまい、全社戦略の立案・推進といった本来業務に手が回らない場合があります。また、これらの作業は属人化してしまう傾向があり、担当者以外にデータの集計やトレーシングなどもできなくなるというリスクがあります。これに対し、データの可視化やトレンド分析、KPI管理などの機能を有するデジタルソリューションを導入することは、一連の作業効率と正確性が大幅に改善されるだけでなく、ESGデータのより高度な分析が可能となり、コンプライアンス対応での優位性に加え、経営判断に資するツールとして活用することもできます。


4. 企業ニーズに即したソリューションの選定

現在非常に多くの種類のESGデジタルソリューションが流通していますが、ベンダーによって注力しているポイント、売りにしているポイントが異なり、ソリューションごとに得意/不得意とする領域や機能があります。企業が自社に最適なソリューション導入を実現するためには、ベンダーやソリューションごとの特徴を見極めることに加え、自社の現状とニーズを把握することも重要です。つまり、収集するデータの種類はもちろん、現状の社内のシステム構成やプロセス、ソリューションを導入する規模(国数・拠点数・ユーザー数など)、最も困っている点、実現したい点、導入までの時間やコスト、導入後の拡張性やフレキシビリティ等、考慮すべきたくさんの軸に対し、自社のマテリアリティやESG戦略を鑑みて優先順位をつけ、評価を行う必要があります。


5. まとめ

サステナビリティ情報開示義務は世界的に拡大しており、非常に広い範囲の情報を収集し、短期間で開示する必要があります。また、サステナビリティ関連の取り組みや情報は投資家をはじめとしたステークホルダーの注目度も高く、企業には網羅的で正確なデータに基づいた説明を適切なタイミングで行う責任があります。これらの社会的要請に対応するためには、企業のニーズや優先順位等の観点から適切なESGデジタルソリューションを導入し、適切なデータマネジメント体制を構築することが必須です。

EYでは、ESGデジタルソリューション導入に向けた7つのステップ(①戦略定義、②要件定義、③ギャップ分析、④ロードマップ作成、⑤ベンダー選定、⑥実装・トレーニング、⑦維持)を「EYサステナビリティ・デジタルジャーニー」と呼称し、クライアントの皆さまに最適なソリューションの選定、導入を支援するだけでなく、必要な社内コミュニケーションやトレーニングを実施することで、システムが社内で「使える」状態になるまで、伴走型のサポートを提供しています。

EY Sustainability Digital Journey

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EY作成


サマリー 

サステナビリティ情報開示の義務化に対応するには、次元の異なるレベルの網羅性、正確性、適時性でのデータ管理が必要です。これらの克服、また内部統制の構築やデータトレーシング等の面からもESGデジタルソリューションは優位性があります。企業ニーズに即したソリューションを導入することが重要です。


EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

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