2023国連ビジネスと人権フォーラムハイライト:企業が知っておくべき脆弱なライツホルダーの人権状況、気候変動と人権(脱炭素社会への公正な移行)の課題とは

2023国連ビジネスと人権フォーラムハイライト:企業が知っておくべき脆弱なライツホルダーの人権状況、気候変動と人権(脱炭素社会への公正な移行)の課題とは


2023年11月、「第12回ビジネスと人権に関する年次フォーラム」がスイス・ジュネーブの国連本部にて開催され、企業活動による人権侵害を防止するために政府や企業に求められる役割について3日間議論されました。


要点

  • 政府、企業、市民社会、アカデミアなどの関係者が、ビジネスと人権を巡る国際的または国・地域の規制・ルール、企業による人権尊重責任の具体的な実践内容、適切な救済の在り方や救済へのアクセスについて議論を交わした。
  • 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の成立から12年がたち、脆弱(ぜいじゃく)なライツホルダーの人権状況が依然として課題である一方、気候変動と人権(脱炭素社会への公正な移行)への注目が高まっている。
  • 今後、企業は、各国の規制に対し個別的・断片的に対応するのではなく、指導原則に基づき包括的な人権デューデリジェンスを実施し、実質の伴った人権尊重体制の基盤を構築することが必要になると考えられる。

2023年11月27日から29日にかけて、12回目となる「ビジネスと人権に関する年次フォーラム(12th United Nations Forum on Business and Human Rights)」がスイス・ジュネーブの国連欧州本部で、対面とオンラインのハイブリッド形式で開催されました※1。本フォーラムは、2011年に国連で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」の普及と実践を目的として開催されている、ビジネスと人権に関する世界最大の年次総会であり、人権に関する個別のテーマを冠した多数のセッションで構成され、世界各国から企業、市民社会、国際機関、大学・研究機関などの関係者が参加します。

「人権保護の義務・人権尊重の責任・救済の実践における効果的な変革に向けて(Towards effective change in implementing obligations, responsibilities and remedies)」をテーマに掲げた本年のフォーラムでは、過去12年間にわたる指導原則の実践を通じて、政府の規制や施策、企業の人権尊重責任の取り組み、そして救済の提供において、どのような変革が生じてきたのか、また、今後求められる効果的な変革とは何かについて、討議が行われました。

議論となった主要な点には、進展する人権リスク対応規制の効果と課題、脆弱なライツホルダー(以下、「脆弱なライツホルダー」)の保護や救済の必要性などが含まれ、今回、脱炭素社会への移行に伴う人権リスクへの対処の必要性が論点となっていたことは注目に値します。今後、企業は、こうした観点も考慮しつつ、自社として人権尊重の取り組みについての説明責任を果たしていくことが重要になると考えられます。


脆弱な立場にあるライツホルダーへの配慮

各セッションには、先住民族や女性、子ども、障がい者、移住労働者など、脆弱な立場にあるライツホルダーやその代弁者が多く登壇し、彼らが依然として企業活動によって負の影響を受けやすい状況にあることが共有されました。

 

指導原則は、障がいを持つ人々を脆弱なライツホルダーとして位置づけていますが※2、障がい者の権利を主題としたセッションは、本フォーラムの歴史の中で今回初めて開催されました。また、子どもの権利に関するセッションでは、発展の権利に関する国連特別報告者のスルヤ・ディーバ氏が、子どもの人権の課題は、単に児童労働だけでなく、その親に対する生活賃金の支払いや労働時間への配慮も含まれると説明しました。

 

アジア太平洋地域における移住労働者の救済に関するセッションでは、日本から労働組合の立場で登壇した甄凱(けん・かい)氏が、外国人技能実習生が依然として劣悪な労働環境に置かれ、職業選択の自由が制限されている状況を訴えました。また、別のセッションでは、北欧諸国でベリー摘みの季節労働に従事するタイ人の移住労働者が、人身取引や低賃金での搾取的な労働の危険にさらされている現状が、NGOによる詳細な調査結果と共に共有されました。

 

企業が自社の人権リスクを特定・評価する際に、上記のような脆弱なライツホルダーの存在を、自社とは無関係と早期に結論付けることは推奨されません。自社のバリューチェーンを俯瞰(ふかん)し、子会社、取引先、顧客との関係を通じて、自社の製品やサービスが影響を与える人々の中でも特に脆弱性が高い人々の存在を確認することが望まれます。


気候変動と人権(脱炭素社会への公正な移行)

本年のフォーラムでは、開会式と閉会式を含む合計39のセッションが開催されましたが、そのうち7つは環境や気候変動と人権の関係性を中心に扱いました。

2023年9月にはTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行され※3、各国政府や企業が脱炭素社会への移行を進める一方、それらが決して公正な形で行われていないことが強調されました。

例えば、低炭素技術に使用される鉱物資源の採掘地域では、地域住民の生活が環境汚染で脅かされ、再生可能エネルギー発電施設やネイチャー・ベースド・ソリューション(NbS)のプロジェクトの実施に伴い、先住民や地域住民の土地が収奪されるなど、人権を犠牲にする形で気候変動対策が推進されている複数の事例が登壇者より報告されました。また、プラスチックによる環境汚染とその人体への影響に関するパネルでは、製品ライフサイクルにおいて環境負荷を評価する際には、人権への負の影響についても評価する必要性が訴えられました。国連開発計画(UNDP)と国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の国連ビジネスと人権作業部会は、環境と人権両方の観点からデューデリジェンス(以下、「DD」)を行うための企業向けの手引書のドラフト※4を2023年11月に公表しています。


ESG金融と人権

環境・気候変動と人権以外にも、生成AIの開発・利用、責任ある広告、企業のロビー活動、ESG投資など、最近注目を集めているテーマと人権の関係についても討議されました。

金融セクターにおける人権侵害の救済に焦点を当てたセッションでは、投融資判断にESG要素を組み込むESG金融が主流化しつつある一方、金融機関による投融資先への影響力の行使と是正・救済への協力が課題として議論されました。金融機関による人権尊重の取り組みを調査するNGO・BankTrackのジュリア・バルボス氏は、金融機関による救済のグッドプラクティスとして、オーストラリアの大手銀行ANZ Bankによる救済の取り組み※5を紹介しました。このようなケースは現状まれであり、金融機関は、取引を通じて投融資先企業が引き起こした人権侵害を助長している場合、直ちに影響力を行使して負の影響を停止し、是正・救済へ協力する必要があることを強調しました。

ESG投資と人権に関しては、国連ビジネスと人権作業部会が、指導原則に沿ったESG投資の在り方についての調査報告書※6を2024年6月に公表する予定です。


日本企業への示唆

本フォーラム全体を通じて、各国地域で人権DDの義務化が進んでいることに対する肯定的な意見が多く寄せられました。一定の条件下で日本企業も適用対象となり得る、欧州のコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive/CS3D)が2023年12月に政治的合意に至った※7ことも、記憶に新しいでしょう。

今後、企業は、各国の規制に対し個別的・断片的に対応するのではなく、指導原則に基づき包括的な人権DDを実施し、平時から実質の伴った人権尊重体制の基盤を構築することが必要となるでしょう。具体的には、バリューチェーン上の人権リスクを特定・評価し、顕在化した人権リスクには是正措置や救済策を施し、この一連のプロセスにおいて関連するステークホルダーと対話・協議を行うことが重要です。また、このプロセスは一過性ではなく継続的に行われるべきであり、特に深刻度の高い人権リスクに優先的に対応することが求められます。


EYにできる対応

EYは、企業のバリューチェーン上の人権・環境影響に対する企業のDD責任に関する国連や国際機関でのルール形成に関し、日本政府代表としてのルール交渉や日本政府のガイドライン策定の検討委員を経験しているメンバーを擁しています。

日本においては、2015年から人権リスク対応支援や、サプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供してきました。グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対応するため、関係国を拠点にするEYの海外メンバーと連携するグローバルな支援経験も豊富です。

EYは、専門的知識と豊富な支援経験に基づく実践的な助言、各国の人権DD関連規制の最新動向の把握、そして、グローバル連携などを強みとして、実務に即して、事業者の皆さまにおける人権・環境DD体制の構築支援が可能です。


※1 “12th United Nations Forum on Business and Human Rights” OHCHR(2024年1月10日アクセス)
※2  国連人権理事会「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護、尊重及び救済』枠組実施のために」(2011年3月)、www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/(2024年1月10日アクセス)
※3 EY新日本有限責任監査法人「TNFD最終提言v1.0版発行:自然関連財務情報開示のためのフレームワークが決定し、企業にとって把握し、開示すべきものが明確になりました」(2023年10月)ey.com/ja_jp/climate-change-sustainability-services/tnfd-final-recommendation-v1_0-publishment-framework-for-nature-related-financial-disclosure-has-been-finalized (2024年1月10日アクセス)
※4 “HUMAN RIGHTS DUE DILIGENCE AND THE ENVIRONMENT (HRDD+E): A GUIDE FOR BUSINESS”, UNDP,(2024年1月10日アクセス)
※5 “ANZ agrees to landmark settlement with Cambodian farmers displaced by sugar company it financed”, BankTrack, www.banktrack.org/article/anz_agrees_to_landmark_settlement_with_cambodian_farmers_displaced_by_sugar_company_it_financed (2024年1月10日アクセス)
※6 “Investors, ESG and Human Rights", OHCHR, (2024年1月10日アクセス)
※7 “Corporate sustainability due diligence: Council and Parliament strike deal to protect environment and human rights”, Council of the European Union, “Corporate due diligence rules agreed to safeguard human rights and environment”, European Parliament, (2024年1月10日アクセス)


【共同執筆者】

EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
平井 采花、吉田 朱里、三浦 舞子、村元 貴子、関口 裕美、石川 瑳咲

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

2023年11月に開催された国連主催の「ビジネスと人権に関する年次フォーラム」では、人権リスク規制についての進展がみられる一方で、脆弱なステークホルダーの保護や救済および脱炭素社会への移行に伴う人権リスクへの対処の必要性などが強調されました。今後、企業は、こうした観点も考慮しつつ、自社として人権尊重の取り組みについての説明責任を果たしていくことが重要になると考えられます。


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