欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点

欧州サステナビリティ・デューデリジェンス指令の発効 本指令のポイントと日本企業への留意点


2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令が発効しました。本指令は欧州域内の企業だけではなく、日本企業にも影響があるため、本指令で規定されている義務履行のための取り組みを進める必要があります。


要点

  • 2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令が発効した。
  • 適用対象となる日本企業を含む企業およびそのバリューチェーン上の企業は、本指令への対応を組み進める必要がある。
  • 適用対象の企業の事業規模に応じて、指令発効の3年後(2027年7月)から順次適用が開始される。


欧州コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令の成立

2024年7月25日、EUにおいて、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive/CSDDD/CS3D)(以下「本DD指令」という)が発効しました。

本DD指令は、適用対象の企業の規模に応じて、3年後から順次適用が開始されることとなっているため、最も早い企業の場合、2027年7月26日に適用開始となります。本DD指令は欧州域内の企業だけではなく、日本企業にも影響があるため、対応を進める必要があります。


適用対象企業と日本企業への影響

本DD指令は、従業員数や売上高などについて一定規模以上の企業に、人権および環境への悪影響に対するデューデリジェンス(Due Diligence/DD)の実施を義務付けるものです。企業のデューデリジェンス義務の対象となる人権と環境への悪影響は、企業およびその子会社の操業が発生させているものにとどまらず、企業の供給網などを含むバリューチェーン(Chain of Activities、以下「バリューチェーン」という) 上で発生する悪影響を含みます。また、本DD指令は、EU企業にとどまらず、EU域外の第三国に本社を置き、EU域内に子会社を置くなどして事業を展開する一定の第三国企業に対しても適用されることになっています(表1参照)。欧州委員会は、対象企業は、EU企業は約6,000社、非EU企業は約900社と推計しています。本DD指令上の義務に関し、EU企業・非EU企業の対象企業間で差異はありません。

 

例えば、連結ベースで、EU域内での年間純売上高4億5,000万ユーロ超となる企業グループの最終親会社に適用されるとされているため、当該要件を充足する企業グループの日本の最終親会社は、本DD指令上のDD義務を履行することが求められることになります。適用対象になる日本企業は、本DD指令の順守体制を構築することが必要ですが、本DD指令が直接適用されない場合でも、適用対象企業のバリューチェーンに含まれる日本企業は、自社の事業活動と関連する人権と環境への悪影響の適正管理を適用対象企業から求められる可能性があります。このように、本DD指令は、日本企業に大きな影響を与えることが見込まれます。

表 1:適用対象企業

下記のいずれかの要件を2年連続で満たす企業は適用対象となる※1

EU企業 

EU域外企業(第三国企業)

①   

従業員数平均1,000 人超、かつ、直近事業年度におけるグローバルでの年間純売上高4億5,000 万ユーロ超

EU域内での年間純売上高4億5,000 万ユーロ超

② 

連結財務諸表を採用した、または、採用すべきであった直近事業年度に、連結ベースで①の閾値 (いきち)を満たす企業グループの最終親会社

直近事業年度の前の事業年度において、連結ベースで①の閾値を満たす企業グループの最終親会社

※1 これら以外に、EU域内のフランチャイズまたはライセンス契約を締結している企業またはグループの最終親会社で、EU域内でのロイヤリティが、年間2,250万ユーロ超、かつ、当該企業またはグループの直近事業年度におけるグローバルでの年間純売上高8,000万ユーロ超の場合のEU企業および第三国企業にも適用される。


表 2:適用開始時時期

EU企業 

EU域外企業(第三国企業)

発効から3年後
(2027年7月26日)

従業員数 5,000 人超、グローバル年間純売上高 15億ユーロ超

EU域内での年間純売上高 15 億ユーロ超

発効から4年後
(2028年7月26日)

従業員数 3,000 人超、グローバル年間純売上高 9億ユーロ超

EU域内での年間純売上高 9 億ユーロ超

発効から5年後

(2029年7月26日)

上記以外の企業

上記以外の企業


本DD指令の主な内容

本DD指令は、DD義務の履行として、6つのステップで人権および環境への悪影響(表3参照)に対応することを求めており、また、各ステップで求められる実施事項を具体的に規定しています(表4参照)※2。企業は、リスクベースのアプローチを取るべきことが規定されており、必要な場合には、自社のバリューチェーンにおける深刻度の高い影響に優先的に対応していくことが求められます。対応の優先度の決定にあたっては、人権や環境に対する悪影響の深刻度や蓋然(がいぜん)性を考慮することが必要です。そして、この深刻度は、人権や環境に与える影響の重大性に基づいて判断されるべきものとなります。

バリューチェーン上の人権と環境影響への対応の具体的な在り方は、業種、操業地域、事業規模、内部外部の環境変化など、諸般の状況によって異なり得るものです。そのため企業は、自社が優先すべき取り組み領域の決定方法や、採用するリスク管理手法が、本DD指令が規定するリスクベースアプローチに基づくDD義務の内容をどのように充足するのかについて、証跡と共に説明責任を果たせることが重要となります。そして、本DD指令の各条に規定される取り組みの内容や手続きに関する法的要求事項に適合させていくことが必要です※3

なお、DD義務とは別個の義務として、パリ協定の1.5℃目標と整合的な、気候変動緩和のための移行計画(a transition plan for climate change mitigation)の策定と実行義務が含まれている点にも留意が必要です。

※2 本DD指令において規定されているDD義務は、バリューチェーン上の人権や環境への悪影響についての企業に対する国際的な行為規範といえる、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)や、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(2018年)で規定されている継続的な悪影響(リスク)の管理活動としての「デューデリジェンス」の中で示されている考え方や原則が基調となっている。

※3 本DD指令によれば、欧州委員会は、CS3D発効から30カ月以内にモデル契約条項に関するガイダンス、発効から36カ月以内に、DD義務の履行についての実践的かつ一般的なガイドライン、およびセクター別または特定の悪影響に特化したガイドラインを整備することとなっている。


表 3:DDの対象とするべき悪影響(一部要約して抜粋)

人権への悪影響

環境への悪影響

  • 国際人権条約/国際労働法で規定されている一定の人権・労働基準からの逸脱や禁止事項(例:強制労働・児童労働・差別・非人道的な扱いの禁止、適切な労働環境への権利、生命・身体の安全)への違反
  • 測定可能な環境破壊(例:土壌・水質・大気汚染、森林破壊)
  • 生計手段が依存する土地や自然資源の不法な奪取 
  • 一定の環境関連(例:生物多様性、水銀や化学物質の取り扱い、オゾン層破壊防止、廃棄物の移動等)の条約上の義務や禁止事項への違反
表 4:本DD指令の主な内容

トピック

概要

DD義務の内容

  1. デューデリジェンスに関する方針とリスク管理体制の構築
  2. 人権及び環境に関する潜在的または実際の悪影響の特定と評価、深刻性と発生可能性に基づく優先順位付け
  3. 潜在的な悪影響の防止・軽減、実際の悪影響の停止・最小化及び是正・救済
  4. 苦情処理メカニズムの構築・運用
  5. DDの方針および各措置の有効性についてのモニタリング
  6. DDの取り組みについての公的な報告

ステークホルダーとの協議

  • DDのプロセス※4におけるステークホルダーとの一定の協議が必要
    ※「ステークホルダー」とは、悪影響を実際に受けている、あるいは、そのおそれがある個人・集団を指す

DDの対象課題

人権および環境への悪影響(表3参照)

DDの対象範囲

  • 自社の事業活動、自社の子会社の事業活動、及び、自社の「活動の連鎖(chain of activities)」上のビジネスパートナーの事業活動(表5参照)
    ※金融サービス等を提供する対象企業については、DD対象は、自社、子会社及び「活動の連鎖」の上流(調達等)のみとされ、クライアントに提供する金融サービスはDD対象から除外されている。

DDのアプローチ

  • 深刻性や発生可能性に基づくリスクベース

苦情処理メカニズム

  • 適用対象企業のバリューチェーン上の人権および 環境に対する悪影響に関する情報や懸念について、適用対象企業に対して通知・申し立てをできる仕組みや手続きの整備

民事責任

  • 故意または過失によりDD義務に違反した結果、各国で法的に保護された利益に対する損害が発生した場合、当該損害に対する民事責任が発生する。ただし、その損害が、バリューチェーン上のビジネスパートナーのみによって引き起こされた場合は、損害賠償責任を負わない。

気候変動対策

気候変動に関するパリ協定(1.5℃目標)と整合的な脱炭素移行計画の策定と実行

罰則

適用対象企業のグローバルの売上高に応じた罰金(グローバルの年間純売上高の5%が上限)

報告

CS3Dでカバーされる事項について自社のウェブサイトや年次ステートメントを通じた開示。ただし、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)上で報告義務がある企業は、CS3D上の報告義務は免除される。

※4  (a) 悪影響の特定・評価の実施、(b)  悪影響の防止・是正計画の策定、(c) 取引関係の停止、(d) 悪影響の是正のための適切な措置の採用、(e) モニタリング実施のための定性・定量指標の開発(適切な場合)

表 5:DDの対象となるバリューチェーン(活動の連鎖)上にあるビジネスパートナーの事業活動の範囲

上流側

  • 自社が製造する物品及び提供するサービスに関連するビジネスパートナーの活動 (以下と関連する活動を含む)
    • 原材料/製品または製品の一部の設計/抽出/調達/製造/輸送/保管/供給
    • 製品またはサービスの開発

【DD対象となり得る事業者の例】
(対象企業が自動車メーカーの場合)自動車用のタイヤを供給する取引先(direct supplier)や、そのタイヤに使用されているゴムの製造事業者(indirect supplier)

下流側

  • 自社製品の流通、輸送、保管に関連するビジネスパートナーの活動のうち、自社のためあるいは自社に代わって実施される活動(ただし一定の輸出規制の対象となる場合は除外)※5 ※6

【DD対象となり得る事業者の例】
(対象企業がアパレルメーカーの場合)自社が製造する最終製品(衣料品)を消費者に対して販売する小売店

※5  Dual Use itemに関する輸出規制(Regulation (EU) 2021/821)の対象になっている製品や、武器・軍需物資・戦争資材関連輸出規制の対象になっている製品の販売、輸送及び保管は除外される(それら製品の輸出が当局に許可された場合)。また、本DD指令の最終合意に至るまでの議論の結果、製品の「廃棄」(リサイクルや解体等のプロセス)は、DD実施義務の対象外となった。
※6  欧州委員会が公表しているCSDDについての「FAQs」において、製品やサービスの「使用」を通じた悪影響については、対象企業は、自社の事業活動と関連する悪影響を特定し、事業計画、製品・サービスの設計並びに購買及び流通慣行を含む事業戦略やオペレーションに対して、必要な修正を加えることが求められるとしている(“5.3. Which business activities are covered by the due diligence duty?”)

本DD指令(CS3D)とCSRDとの関係

欧州委員会は、本DD指令を、企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下CSRD)に基づいて報告する必要がある内容を補完し、明確にするものと位置付けています。このことは、本DD指令が、CSRD上の報告義務がある企業については、本DD指令上の報告義務を免除する旨規定していることからも分かります。CSRDおよび本DD指令の双方が適用される企業は、両指令における法的要求事項の性質の差異に留意しつつ、同時に、両者の相互関連性を正確に理解した上で、本DD指令に基づく取り組み内容とその結果を、CSRDへの対応の一環として開示をしていくことが求められます。

図 1:CSRDとCS3Dとの相関図

図 1:CSRDとCS3Dとの相関図
  • インパクト(悪影響)に関連する情報を収集し、重要(重大)なインパクト(影響)の特定が必要。
  • CS3Dは悪影響の軽減の取り組み義務を課し、他方で、CSRDは、透明性と情報開示義務を課す。
  • 悪影響の管理措置と対応結果の報告は、CS3DのDD義務を構成する6ステップのうちの最終ステップでもある。
  • EU Green Dealを構成するEUの施策として、域外適用をされる。

日本企業に求められる対応

本DD指令はEU域外の企業にも適用されるため、日本企業にも大きな影響を与える可能性があります。DDの体制を整えるには時間がかかるため、早めの取り組みが不可欠です。欧州にバリューチェーンを有する企業は、本DD指令についての最新動向をフォローアップしていただくことを前提に、以下の対応を実施することを推奨します。

  • 自社が本DD指令において適用企業となる可能性があるか確認する。
  • 自社が取るべきDDのアプローチに関し、関連する国際ガイダンス(国連やOECDの関連ガイダンス)や、欧州委員会によって今後公表予定の前述の各種ガイダンスなどについての理解を深める。
  • 適用企業となる可能性がある場合には、自社の現在の運用と本DD指令の要求事項のギャップ分析を行い、対応計画を策定する。
  • 自社の事業活動およびバリューチェーンにおける CS3D 準拠のデューデリジェンスについての自社方針を策定し、自社グループ内において、 CS3D 要件への準拠に関する管理監督体制を構築する。
  • 必要に応じて、外部団体やデータベースなどからサポートや指導を得ることを検討する。
  • 本DD指令の適用対象企業のうち、CSRDも適用される企業は、本DD指令に基づく取り組み内容とその結果を、CSRDへの対応の一環としてどのように開示をしていくべきかについても検討し、CSRD報告に組み込む準備を進める。

EYにできる対応

EYの日本のチームは、デューデリジェンスの国際的なルール形成の場でも日本代表を務めるなど政策・実務の両面で本分野をリードする第一線のプロフェッショナルや、クロスボーダーを含む人権・環境デューデリジェンスの豊富な経験を有する実務家を擁し、日本においては、2015年から、日本企業の国内外の事業活動、グローバルなサプライチェーン上の人権・環境リスクに対するDD体制の構築・運用に関する支援を提供しています。

日本およびグローバルで、人権、労働安全衛生、環境関連規制の専門的知識を有するプロフェッショナルによる、マクロなレベルでのリスク分析に加え、事業所・サイトレベルの、アセスメントや是正について、多様な業界における豊富な支援実績を有しています。関係国を拠点にするEYの海外メンバーとの連携も日常的に行われています。

私たちは、専門知識と豊富な実務経験に基づく実践的な助言、各国のDD関連規制やCSRDを含むサステナビリティ情報の開示規制などに関する最新動向の把握、そして、グローバル連携などを強みとして、実務に即して、本DD指令(CS3D)の要求事項を順守するために必要となる、人権・環境デューデリジェンス体制の構築支援が可能です。

出典(これらの記事内容を基に作成):

Directive on Corporate Sustainability Due Diligence Frequently asked questions
commission.europa.eu/document/download/7a3e9980-5fda-4760-8f25-bc5571806033_en?filename=240719_CSDD_FAQ_final.pdf(2024年9月26日アクセス)

Due diligence: MEPs adopt rules for firms on human rights and environment, European Parliament
europarl.europa.eu/news/en/press-room/20240419IPR20585/due-diligence-meps-adopt-rules-for-firms-on-human-rights-and-environment(2024年4月25日アクセス)

First green light to new bill on firms’ impact on human rights and environment, European Parliament
europarl.europa.eu/news/en/press-room/20240318IPR19415/first-green-light-to-new-bill-on-firms-impact-on-human-rights-and-environment(2024年4月25日アクセス)

Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937, Council of the European Union
data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-6145-2024-INIT/en/pdf(2024年4月25日アクセス)


サマリー 

上記EUの指令はEU域外の企業にも適用され、指令で規定されるDD義務に違反した場合の罰金も高額となる可能性があります。EU域内に製品・サービスを提供している企業は、本指令への適用該当性を確認し、早急に順守に向けた準備を進めることが推奨されます。


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