日本政府が公表した人権リスク対応のガイドラインは日本企業にどう影響するか

日本政府が公表した人権リスク対応のガイドラインは日本企業にどう影響するか


2022年9月、日本政府は、人権リスク対応に関する企業向けのガイドラインを公表しました。また、人権リスクへの対応をさらに後押しするため政府調達の仕組み(インセンティブ付与など)の検討を進めることも表明しています。


要点

  • 日本政府が策定した人権リスク対応に関する企業向けガイドラインは、企業の供給網上の強制労働や児童労働といった人権課題への対応について日本政府が示した初めての指針である。
  • 欧米では人権リスク対応を義務化する法整備が進んでおり、日本政府も、企業による人権リスクへの対応状況を公共調達の判断材料にする仕組みの検討を進めることを表明している。
  • 資本市場からの排除リスクを低減し、また競争優位性を維持するためにも、企業は人権リスクへの対応を進めていくことが必要である。


日本政府が策定・公表した人権リスク対応のガイドライン

日本政府は、2022年9月13日、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、本ガイドライン)を公開しました1。本ガイドラインは、昨今グローバルな供給網上での強制労働といった人権リスクがクローズアップされ、欧米を中心に人権リスクに関する法規制の導入が進み、企業として取り組みの強化が求められていることを受けて、日本企業の人権リスク対応の後押しを目的として策定されたものです。また、人権リスクへの対応をさらに後押しするため、政府調達の仕組み(インセンティブ付与など)の検討を進めることも表明しています。

 

日本政府は、本ガイドライン公表にあたり、同年3月に、経済産業省が主導する形で専門家からなる検討会を立ち上げ、ガイドラインの策定を進めてきました2(本記事の筆者も本検討会の委員を務めている)。本ガイドラインは、現在、人権に関する企業行動についての国際合意となっている、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、国連指導原則)がベースとなっています。

 

国連指導原則は企業に対して、自社が直接引き起こしている人権侵害にとどまらず、自社の製品やサービスと直接関連しているグローバルなバリューチェーン上で起きている人権侵害のリスクにも対応することを求めています。人権リスクに対応するための一連のプロセスは「人権デューデリジェンス」と呼ばれ、本ガイドラインはこれを企業実務として遂行をする上で参考にできる基本的な考え方や具体例などを整理したものとなっています。

 

本ガイドラインは、企業のグローバルな供給網上の強制労働や児童労働といった人権課題への対応に関し日本政府が示した初めての指針として、重要な意義があります。


企業に求められる対応

企業が、人権対応を進めていく際に、特に重要となるのが、自社のバリューチェーン全体の中で無数に洗い出され得る人権リスクに対し、どのように対応の優先度の決めて取り組んでいくかについての決定方法や判断基準です。

事業活動がグローバルかつ多岐にわたる企業グループの場合は、全ての事業活動におけるバリューチェーン全体で人権リスクの低減活動を一律に実行していくことは、リソースの制約上現実的ではないと考えられます。まず、バリューチェーンの中で人権リスクが高い領域を絞り込んだ上で、その絞り込み先の人権リスクを具体的に確認し、低減活動を実施していくことが必要となります。

対応の優先度を決定する際、本ガイドラインは、人権に対する負の影響の深刻度を主な考慮要素として、また、状況によっては負の影響が発生する蓋然(がいぜん)性を付随的考慮要素として、深刻度の高いものから対応することを求めています。そして、その深刻度は、国連指導原則の考え方にのっとり、人権を侵害される側が受ける影響の重大性に基づいて判断されるべきものです。

企業の人権対応の具体的な在り方は、業種、操業地域、事業規模、内部外部の環境変化など、諸般の状況によって異なり得るものです。そのため企業は、自社が優先すべき取り組み領域の決定方法や、採用するリスク管理手法が、こうした人権に関する国際合意、ルール、ガイドラインなどとどのように整合しているかを説明できることが、決定的に重要となります(これに加えて、人権デューデリジェンスが義務化されていることや法的要求事項に適合していることも当然に必要となる)。


EYにできる対応

EYは、日本において2015年から人権リスク対応支援サービスの提供を始め、多様な業界での支援実績があります。また、EYのグローバルネットワークを生かした人権リスク対応支援の実績もあります。人権に関するデューデリジェンスの豊富な経験を基に、事業者の皆さまのデューデリジェンス体制の構築支援をすることが可能です。

表:「人権」対応に位置付けられる取り組みの具体的な例

表:「人権」対応に位置付けられる取り組みの具体的な例

出所:法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」(2021年3月、www.moj.go.jp/content/001376897.pdf)を基に、一部加筆・修正の上でEYが作成
注:人権デューデリジェンスに加えて、特定された人権侵害などに対する「救済」の提供や、その促進手段としての苦情処理メカニズムの整備も重要となります。


参考資料:

1 ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf(2022年9月28日アクセス)

2 経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」、www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html(2022年9月28日アクセス)


サマリー

日本政府が初めて公表した人権リスク対応に関する企業向けのガイドラインは、対応の優先度を決める判断基準や管理手法例などを提示しています。欧米各国で進む人権デューデリジェンスの法制化への対応も見据えて、日本企業は人権リスク対応を進める必要があります。


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