消費者が購入に伴う行動を従来よりも多くオンラインでできることを期待しているとすれば、消費者の求める体験の品質と性質も変化しています。ディーラーとOEMは共に、ARやVRで強化されたブランド体験を提供しています。AR技術やVR技術を使って購入体験の強化に取り組むEVメーカーもあり、たいていはテクノロジー対応型のエクスペリエンスセンターを通じて行っています。エクスペリエンスセンターでは、AR技術・VR技術を介した車載テクノロジーや新モデルの展示や、バーチャルでの試乗や工場ツアーの体験が可能です。しかも、これらはすべて、現場で実際の在庫を保持する必要がないため、コストやスペースを削減できます。
メタバースでブームを起こす
2022年における最新の、そして恐らくは究極の没入型体験がメタバースです。高度テクノロジー上で提供されるもう1つの世界であるメタバースは、業界の試算によると、芸術やメディアから製造業、不動産に至るさまざまなセクターで、2024年までに8,000億米ドルのビジネスチャンスを生み出すとも言われています。2
見方によっては、メタバースは、すでに多くの場で提供され始めているAR・VRによるブランド体験の最新版へのアップグレードにすぎません。しかし、メタバースの真の商業的可能性は、限界費用がほぼゼロながら利益拡大に向けて非常に多くの収益源を生み出せるチャンス、そしてZ世代の自動車購入予備軍に対する訴求力にあります。彼らは親世代がウェブサイトを求めたように、OEMがメタバースに存在することを当たり前のように求める可能性が高いでしょう。
私たちの分析によると、EVメーカーは、メタバースによる収益期待の実現性はまだ低いとしても、「作れば、そのうち客はやって来る」というアプローチを採用しており、この新しいテクノロジーの活用に余念がありません。自動車メーカーの数社はメタバースを使った顧客体験の強化に乗り出しています。全体的なブランドプロモーションを優先するメーカーもあれば、製品発表への活用を始めたメーカーも少数ながらあります。
流通のジレンマ
EVは本質的にICE車よりも維持の手間がかかりません。このことは、(一部の従来型OEMをも含めた)EVの直販化を促進するとともに、業界全体にわたって消費者・ディーラー・OEM間の関係に変化をもたらし、代理店モデルへの転換を加速する要因となっています。
代理店モデルでは、従来はディーラーが保有していた販売前の車両在庫の所有権がOEMまたは販売会社にとどまることとなります。これはOEMにとって利点となります。第一に、ディーラーとOEMのシステム間で繰り返されるやり取りがはるかに減り、摩擦が生じにくくなるため、統合されたシームレスなカスタマージャーニーの提供が容易になります。また、価格設定がより適切に制御できるようになり、アップセルやクロスセルの機会が途中で何度か得られるようになります。そして、代理店モデルはOEMに顧客とのより直接的なつながりをもたらします。
変化をもたらす代理店
ディーラーにとって、代理店モデルは損得相半ばする方式です。ディーラーは、車両1台当たりの固定手数料を得る(さらに、店舗の運営が簡素化され床面積も小さくて済むためコストの削減が見込める)見返りに、OEMを通じて注文と支払いが済んだ車両の「ラストワンマイル」の流通と納品の役割を担います。
EVのアフターサービス要件がICE車よりも低いことを考えると、ディーラーがいかに長期顧客との既存の関係を活用して代替の収益源を新たに生み出すことができるかは、こうした変化が続くにつれて、重要な考慮事項になるでしょう。
流通のジレンマに対する「万能」の解決策は今のところ存在しません。OEMは、直接販売・ディーラー販売・代理店モデルの適切なバランスを見つけようと試行錯誤しています。直接販売のみから始めたEV専業メーカーの中には、独自のディーラーネットワークの構築を検討している企業もあれば、直接販売を優先して実店舗のレベルを下げている会社もあります。対照的に従来型のOEMでは、EVについては直接販売に限定している企業がある一方で、より統合された体験の提供と収益機会の最大化に向けて、ディーラー店舗の床面積の適正化と再構成を進めている企業もあります。こうした傾向を考えると、実店舗による小売ネットワークは将来的により密度の低いものとなり、カスタマージャーニーのデジタル化が一段と進むにつれて、OEMとディーラーはオムニチャネルモデルを活用していくでしょう。
シームレスな明日に向けて
最高の製品、最も優秀な営業担当者、そして最も競争力のある取引が販売の獲得を意味するとは言えなくなった世界に、ディーラーとOEMはすでになじんでいます。次は、オンラインやバーチャルで最高の体験を提供してどれだけ感動させるかを競い合う段階から、生涯にわたって最高の顧客体験を提供できる企業へと進化する必要があります。
顧客体験の目標は、オンライン、オフライン、バーチャルの各要素をデジタルでシームレスに融合することです。OEMやディーラーはこれまでに、こうした体験に関する個々の要素の多くをテストし、開発してきました。現在の課題は、それらを統合し一体化する最善策を見付けることです。OEMであれディーラーであれ、明日のリーダーとなるのは、消費者が期待するシームレスな購入体験を提供する企業です。消費者が引き続き必要とする現実の接点は維持され、消費者が選択するあらゆる媒体が使われることになるでしょう。
最後に、旧来の製品中心の世界観と流通モデルから離れ、シームレスで統合された未来モデルへと移行していく中で、OEMやその他のステークホルダーが考察すべき重要な3つの事項を示します。
- ディーラーへの継続提供:代替流通モデルに移行するには、役割、収益機会、およびディーラーからの期待を変える必要があります。ディーラーを味方に付けておくことは、OEMが最終顧客との距離を縮めようとする際に非常に重要です。
- デジタルスキルの向上:新しい時代にはスキルセットの強化が必要です。エクスペリエンスセンターでの業務は、従来のショールームと同じではありません。OEMがオンラインとオフラインの両方をうまく統合したいと考えるのであれば、デジタル研修と技術研修を継続して提供する必要があります。
- 必要な投資の評価:新しいデジタルインフラやエクスペリエンスセンター(および前述のスキル)には、OEMからのより大規模な投資が必要になります。