企業のESGデータは長期的価値を引き出しているか

企業のESGデータは長期的価値を引き出しているか


長期的価値を生み出すには、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する優れた知見とデータ分析が重要です。


要点

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を機に世界の重要課題に注目が集まっていることから、投資家と企業の双方にとってESG原則がこれまで以上に重要になっている。
  • 気候変動リスクにさらされていることが大きく取り上げられる中、企業も投資家も確固たるアプローチで気候変動シナリオの分析に取り組む必要がある。
  • 投資家は財務上重要なESGデータの公開を企業に求めており、企業と投資家がデータ分析能力を向上させることが重要になると考えられる。

新型コロナウイルス感染症の拡大は、投資家と企業の双方にとってESGを重視したアプローチへの転換点になると同時に、投資家と企業が、投資判断や企業戦略にESGをさらに取り入れるよう促進する役割を果たしています。しかし事態が急速に進んでいるため、一部では状況が追いついていません。その中で、ESGを重視したアプローチがさらに影響力を発揮できるよう、投資家と企業はより多くのことを行う必要があります。

機関投資家を対象とした2021年のEY Global Institutional Investor Survey(PDF)では、全世界で買い手側の機関に属する320名以上の意思決定を行っている上級職の見解を調査し、3つの重要テーマを明らかにしました。

  1. コロナ禍がESGの強力な促進剤になっているとはいえ、ESGリスクを効果的に評価し、社会問題に対するステークホルダーの関心の高まりに応えるために、企業と投資家はより多くのことを行わなければなりません。
  2. ネットゼロ(実質ゼロ)経済への移行が注目を集め、気候変動を中心に投資判断が行われるようになっています。投資家も企業も、気候変動シナリオの分析に対するアプローチを改善し、コロナ後のグリーンリカバリーとエネルギー転換を促進する必要があります。
  3. 企業がESGパフォーマンスの可能性を広げるには、データ分析能力の向上とともに、より質の高い非財務情報の開示と規制状況の明確化が重要になるでしょう。
 太陽光パネルを設置した農村部のソーラーファーム
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第1章

コロナ禍がESGを強力に促進

企業と投資家はESGリスクの評価に注力し、社会問題に対するステークホルダーの関心の高まりに応える必要があります。

以前から多くの人々がESGに関心を寄せていましたが、コロナ禍を機に急速に注目を集めています。2021年の調査では、投資家が意思決定の中心にESGを据えていることが分かりました。

  • 調査対象の投資家の90%が、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、投資に関する戦略と意思決定において企業のESGパフォーマンスを重視するようになっています。
  • 調査対象の投資家の86%が、ESGに関して強力なプログラムとパフォーマンスを持つ企業が、現在のアナリストの投資推奨に直接的かつ大きな影響を与える可能性があると回答しています。

しかし同時に、ESG投資のアプローチを変えた投資家は半数弱(49%)にとどまっていることも調査で分かっています。

コロナ禍がESGを促進
調査対象の投資家のうち、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、投資に関する戦略と意思決定において企業のESGパフォーマンスを重視するようになった割合。

調査によれば、投資判断とポートフォリオの構築においてESGリスクが重要な位置を占めるようになっています。調査対象の投資家の4分の3近く(74%)が、コロナ禍がきっかけとなって、ESGパフォーマンスが振るわないことを理由に株式の売却を考えるようになったと回答しています。しかし、この18カ月間の出来事を通じて投資リスク管理の戦略およびプロセスを改めることになったと答えたのは、調査対象の投資家の半数未満(44%)です。

コロナ禍により社会的懸念が表面化したことで、消費者が社会問題に関心を寄せるようになり、投資家はESGの「S」のファクターを重視するようになっています。

社会的リスクの面で投資家は消費者に注目

社会問題に対する企業のパフォーマンスとリスクを評価するときに、最も重視する項目を2つ選ぶとすればどれでしょうか。

社会的リスクの上位5項目

1

消費者の満足度

35%

2

ダイバーシティーとインクルージョン(D&I)

32%

3

雇用創出など、地域社会への影響

28%

4

職場と公共の安全

27%

5

バリューチェーン全体の労働基準と人権

25%

注:回答者は最も重要な項目2つだけを選択しました。それぞれの割合は、その項目を上位2つの項目として選択した回答者の数を表しています。表には上位5つのリスク項目を挙げています。

投資業界の今後の課題は、社会的影響を財務実績に関連付けるためのデータをどのように取得して分析するかという点になるでしょう。データが不足している場合、ポートフォリオの決定に当たって社会的要因を包括的に取り入れるのは難しくなります。

オフィスで打ち合わせをするチーム
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第2章

気候変動を中心に投資を判断

投資家と企業は気候変動リスクへのアプローチを変え、気候変動シナリオに関する確固たる分析能力を向上させる必要があります。

投資家は保有しているポートフォリオが気候変動リスクにさらされているかどうかをますます重視するようになっています。そのリスクとは、物理的な気候変動リスクと、ネットゼロの世界経済への移行がもはや避けられないことによるリスクの両方です。

  • 調査対象の投資家の77%が、今後2年間で、資産の割り当てや選択を行う際には多くの時間を割くと同時に十分な注意を払って物理的なリスクの影響を評価すると答えており、2020年の調査の73%から増加しています。
  • 調査対象の投資家の79%が、今後2年間で、資産の割り当てや選択を行う際には多くの時間を割くと同時に十分な注意を払って移行リスクの影響を評価すると答えており、2020年の調査の71%から増加しています。

しかし調査によれば、調査対象の投資家のうち、気候変動リスクの観点からパフォーマンスを評価する上で、十分に成熟したアプローチを持つのは半数未満(44%)でした。

気候変動リスクの評価は簡単ではありません。気候変動リスクはビジネス全体に波及する性質を持つことから、不確実な点が多く、定量化が難しい場合もあり、リスクヘッジも困難です。また、気候変動リスクについては企業側で対応すべき点が依然として多く、問題は複雑です。EYグローバル気候変動リスクバロメーター2021では、さまざまなセクターの1,100社以上の企業を調査した結果、すべての企業が気候変動シナリオ分析を実施しているわけではなく、実施している企業もそのアプローチに一貫性がないことが分かりました。リスクの発生規模や時期を検証して最悪の事態に備えるためにシナリオ分析を行っているかどうかを開示しているのは、評価対象の組織の41%にとどまっています。

 

また、調査では企業の脱炭素化が投資家の投資判断の中心となっていることを示しており、回答者の86%が、積極的な炭素削減戦略を進める企業への投資が投資家にとって戦略の重要な部分を占めていると答えています。ネットゼロや脱炭素化に向けて前進するには、企業は確固たるアプローチでシナリオプランニングに臨み、投資家はさまざまな組織と密接に関わりながら戦略を決定する必要があります。

 

企業は、さまざまな気候変動がもたらし得る影響を理解するために、しっかりとシナリオプランニングを行い、自社のビジネスにおける現在のリスク管理と戦略プロセスのストレステストを実施する必要があります。

投資家は、脱炭素化とESGファクターを取り入れて組織戦略を再構築する必要性について、企業に働きかけるべきです。また、脱炭素化戦略の将来像を把握する必要があります。

ネットゼロ炭素経済への移行は重要課題を伴いますが、移行を奨励する各国政府の取り組みは、投資家にとって好機でもあります。調査対象の投資家の92%が、過去12カ月間にグリーンリカバリーの恩恵を見越して投資したと回答しています。

 

しかしこの好機には、成功の代償があるともいえます。評価機関から高いサステナビリティスコアを得られる適切なグリーン投資対象が限られる可能性があり、市場がバブル化するリスクがあります。調査対象の投資家の76%は、「適切なグリーン投資対象が不足しており、一部の投資家がグリーン資産に過剰な投資を行うことで、市場がバブル化するリスクがある」と答えています。グリーンリカバリーの資金調達における投資家の役割についての記事で紹介したように、市場のバブル化への懸念を和らげる要因もあります。具体的には、再生可能エネルギーの目標達成に必要となる多額の資金と、排出量が多いセクターの組織に投じる必要がある多額の株式資本です。

水耕栽培のチンゲン菜
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第3章

ESGパフォーマンスの透明性確保と分析能力の向上

ESGの可能性を広げるには、より多くの情報開示、規制状況の明確化、データ分析能力の向上が必要です。

投資家がESGパフォーマンスを意思決定の中心に据える一方で、その可能性を最大限に引き出すために優先すべき事項が2つあります。

まず、投資家はESGに関してより質の高い開示情報とデータを企業から入手する必要があります。また、基準策定機関や規制機関は、こうした情報開示についての規制状況をさらに明確にする必要があります。業界にとってESGパフォーマンス報告が重要である一方で、提供されるESG開示情報の透明性と質、特にマテリアリティ(重要課題)については懸念があります。

この懸念は実際に高まっています。調査対象の投資家の50%が、重要課題が不明であることを問題視しており、これは2020年の37%から増加しています。投資家は、企業のESG報告の質と透明性を向上させるには世界的に一貫した基準が重要だと考えており、調査対象の投資家の89%が、世界共通の基準に照らしたESGパフォーマンス指標の報告が義務化されることを望んでいます。これは、過去のEYの記事(英語版のみ)で取り上げたように、ESGパフォーマンスに関する透明性の高い指標と質の高い情報開示に対して、世界的に統一された基準を設けることの重要性を反映していると考えられます。こうしたことが、ひいては優れた企業経営を支え、ステークホルダーの信頼の獲得と維持につながるのです。

ESG報告基準の方向性の明確化
調査対象の投資家のうち、一貫性のあるESGパフォーマンス指標の報告が義務化されることを望む割合。

次に、信頼できるESGパフォーマンスレポートを企業が作成し、その情報を投資家が投資判断に取り入れるには、データ分析能力の向上が重要になります。

投資家がデータの強みを生かして質を向上するには、柔軟性、コスト効率、有効性、そしてセキュリティと復元力を確保しながら、関連性が深く質の高いデータを処理して投資プロセスに結びつけられるようなデータ管理アプローチが必要とされるでしょう。しかし、多様なアプリケーションからリアルタイムで同時にデータにアクセスできる一元的なESGデータリポジトリを用意し、データ管理に高度なアプローチを十分に導入している投資家は調査対象の半数未満(46%)にとどまっています。

テクノロジーとデータの革新は、ESGパフォーマンスデータを発信する企業にとっても、その情報を利用する投資家にとっても重要です。

  • より信頼できる詳細なESGパフォーマンスデータと知見へのニーズが高まる中、企業はデータを収集して集約し、責任を持って管理する方法を改善する必要があります。
  • 投資家が投資分析にESGデータを取り入れる上で、クラウドコンピューティングからAIに至るまでのイノベーションが役立ちます。例えば、企業が公式に開示しているESG情報以外にも重要なデータがある場合、AIを使って見つけることができます。
屋上の菜園
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第4章

今後の課題

コロナ後の経済の回復と再生にESGファクターが重要な役割を果たすための重要なアクション

ESGファクターがコロナ後の経済の回復と再生に重要な役割を果たせるよう、ESG報告を行う企業とその情報を活用する投資家の双方が取るべき重要なアクションがいくつかあります。

  • 企業は、ESGレポートに記載する気候変動リスクの開示項目をよく理解し、サステナビリティ部門を戦略的に活用してESGのマテリアリティを決めるプロセスを厳格に進める必要があります。また財務部門と連携して、財務と価値への影響を検討し、調整することが必要です。さらに、新たなESG開示要求を理解するなど投資家との連携を強め、競合他社との差別化につなげる必要があります。
  • 投資家は、ESG投資のための新たな投資方針と枠組みを導入するとともに、ESGを重視した文化を構築する必要があります。気候変動リスクへのアプローチを変え、気候変動リスクが短期、中期、長期にわたって投資対象の企業やセクターに及ぼす潜在的影響のシナリオ分析を解釈して理解することも重要です。将来を見据え、思い切ったデータ分析戦略の導入も検討すべきです。

サマリー

コロナ禍を機に、投資家と企業の双方にとってESGを重視したアプローチの重要性が高まりました。しかし調査によれば、ESGを重視したアプローチがさらに影響力を発揮できるよう、投資家と企業はより多くのことを行う必要があります。将来を見据えた企業はESGデータの価値を引き出し、コロナ後の持続可能で豊かな未来を築く上で重要な役割を果たすことができるでしょう。


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