EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2023年10月1日、EUにおいて炭素国境調整メカニズム(CBAM)に関する世界初の法規制が施行されました。これは、カーボンプライシングの展開にとって重要な出来事であり、EUに拠点を置く企業だけが影響を受けるものではありません。EU CBAMは、世界の多くの企業にも影響を与えます。また、自国のCBAMの法整備を始めているオーストラリアや英国を含め、他の国・地域で検討されているカーボンプライシング制度への取り組み方にも影響を与える可能性があります。
輸入者がEU域内に輸入する製品の量、および輸入する製品の炭素排出量によって、CBAM課徴金は大きなコストとなる可能性があり、企業にとって紛れもない、戦略上または競争上のメリットやデメリットを生じる可能性があります。
低炭素技術やカーボンニュートラル技術での製造に投資を行っている企業は、その投資から競争優位性を手に入れることになります。
なぜなら、投資を行っていない競合他社と比べ、投資を行っている企業のカーボンプライシングはより低くなるからです。(EUで製造された製品にはEU排出量取引制度〈EU ETS〉による課徴金が適用される一方、EU域外で製造されてEU域内に輸入された製品にはCBAMが適用されます)
多くのセクターの企業が、CBAMの影響を受ける可能性があります。現行のCBAMは以下の製品カテゴリーに適用されます。
CBAMは、上記製品の「大量輸入者」だけでなく、さらに広範囲の企業に適用されます。つまり、こうした製品を少量しか輸入しない企業であっても、CBAM規則の対象となる可能性があります。これは、CBAMの適用除外とされるのが、150ユーロまでの低価格貨物など、極わずかなケースだけであるためです。したがって、CBAM対象製品のビジネス間(B2B)の輸入貨物の大半が影響を受けることになるでしょう。
特に、CBAMが原材料や中間製品だけでなく、スクリューやボルト、ナットなどの基本的な金属部品や接合器具などの一部の川下の製品も対象としていることを考慮することが重要です。つまり、こうした一般的な製品(機械や電子機器のスペアパーツや部品など)をEU域外から調達する企業もCBAM規則の対象となり得るということです。したがって、各企業は、(CBAMの対象範囲がとても広いため)CBAMの対象外であるかどうかを積極的に検証することが重要です。
CBAM規則の対象が、今後数年でさらに広範囲となる可能性があります。サステナビリティの重要性を考えると、製品がEU域内で製造された場合、EUのカーボンプライシングの対象となるすべての輸入製品をCBAMの適用範囲に含める政策が導入される可能性が高いと考えられます。その際には、広範な金属製品、ポリマー(プラスチック)、鉱油製品、多種多様な化学製品、紙やパルプ、セラミック、その他のさまざまな製品が、CBAM規則の対象となる可能性があります。したがって、CBAMの戦略的な影響は今後数年でさらに増大する可能性があり、より多くの企業がその影響を受けることになると予想されます。
大半の企業にとって、CBAMへの対応は、誰がCBAM対応の責任者なのか?という基本的な問いかけで始まります。しかし、簡単に答えを出すことはできません。
CBAMは純粋な関税や内国税ではありません1。そのため、税務と貿易のプロフェッショナルのなかには、組織内の他の誰かがCBAM対応の責任を担うべきだと主張する人もいるでしょう。実際には、サステナビリティやサプライチェーン、あるいは調達などの部門がCBAM対応の責任を担うことがよくあります。しかし、これが必ずしもベストな答えとは限りません2。
CBAMは、貿易と製品の国境を越えた移動に密接に関連した仕組みです。つまり、CBAMは、税関の輸入データ(正確なCBAMの報告に必要)だけでなく、関税と大きく関係しています。CBAM規則には、関税規則から採用された法的条項や、それらに言及する条項が非常に多くあります。したがって、CBAM規則を効果的に順守するためには、関税の原則に関する深い知識が必要となります。これが、CBAMへの対応において、組織内の貿易部門が大きな役割を果たすべき理由となります。
責任を担うその他の部門としては、税務、貿易、財務の部門が考えられます。これらの部門がCBAM対応の責任を担う可能性を有する理由の1つは、税務や貿易のプロフェッショナルが、CBAMのような法規制への対応およびその規定の順守に求められる経験と知識を備えているからです。さらに、これらの部門には、長年にわたって規制当局への報告を行ってきた豊富な経験があります。これも、これらの部門がCBAMへの対応を担うべきだという理由の1つとして挙げられています。もしCBAMの責任を担う部門が他に存在しない場合、これらの部門が自動的に担当部門となる可能性があります。
このような決定のどれも、正しいものでも間違ったものでもありません。誰がガバナンスの責任を担うにしても、それぞれの決定にはメリットとデメリットがあります。もちろん、責任者を決定する際には、リソース、経験、組織構造なども重要な要素として考慮しなければなりません。現実的には、組織全体から複数のステークホルダーを関与させることが、最善の解決策である可能性が高いでしょう。重要なのは、最終的な責任者を決定すること、そしてそれを自動的にではなく、意識的に決定するべきであるということです。今やCBAM は現実問題です。
そのため、影響を受ける企業は、CBAMの責任者を決め、CBAM報告とCBAMコストの影響に自社が対応できるように準備を進める必要があります。
責任者を決定した後、企業がCBAMへの対応として取るべき最初のステップは、一般的に以下のようになります。
企業や組織の新しい法規制への対応を支援してきた私たちの経験によれば、こうしたプロジェクト全体は、当初の予想よりもはるかに複雑になる可能性があります。問題となる可能性のある課題には、以下のものが含まれます。
大多数の企業はまた、2026年以降のCBAMによるコストへの影響についても関心を持っています。こうしたシナリオシミュレーションは、さまざまな側面をカバーすることができます。企業は自社の輸入によってCBAMから直接的にどのような影響を受けるのか理解したいと考えるでしょう。また、もし調達の川上にいる取引先が製品を輸入し、CBAM証書を購入した結果、それがEU域内での販売価格に転嫁される可能性がある場合、間接的なCBAMの影響も理解したいと考えています。
調達した製品のポートフォリオや数量の変更を考慮する場合もあるかもしれません。その他にも、モデリングでは、排出量の改善、原産国で支払われた炭素価格、EUでの炭素価格(CBAM証書の価格)が考慮される可能性があります。
通常、社内の他のステークホルダーに対して、CBAMがビジネスにとって重要になり得ることを説得するためには、初期の指標的なモデリングの結果が必要となります。これは、包括的なCBAMへの準備を推進する支援とリソースを受けるための必要なステップとなるでしょう。
ほとんどの輸入者にとって、CBAM報告書の作成は困難なデータ集計作業になると考えられます。CBAM報告書には、合計で200以上のデータ項目が含まれています(ただし、最初からすべてが義務付けられているわけではありません)。報告書は、税関申告から収集すべきデータ、統合基幹業務(ERP)システムからのデータ、排出量データで構成されています。主な準備段階としては、適切なデータソースの特定(すなわち、関連するシステムとデータ保有者の特定)、システムからのデータ抽出方法の確定、および入手可能なデータの可用性や品質の判断があります。
データが利用可能で品質が良好な場合、それぞれのデータソースと保有者からデータを取得した後、指定された中央管理部門にこれらを転送し、CBAM報告書を作成し、それを規制当局(EU委員会)に提出する役割を担うガバナンス組織とプロセスが必要となります。
報告の方法としてさまざまな選択肢が考えられます。例えば、報告書作成は、組織内の各グループのために報告書を取りまとめる内部のシェアードサービスセンターを通して、または外部のサービス提供者を統合することで、個々の組織が各国で行うことが可能です。これらの作業をアウトソーシングまたはコソーシングすることも選択肢の一つとして考えられます。サービス提供者(EYを含む)は、CBAM報告書をマネージドサービスとして提供することや、データプロバイダーと効率的に連携し、CBAM報告書のワークフローを効率化する専用のITソリューションを提供することができます。
企業にとってもう1つの具体的なデータの課題は、排出量データの報告です。法律では排出量決定方法として以下の3つが定義されています。
EU委員会は、排出量情報を文書化し、共有するためのテンプレートを提供しています。
これは、CBAMにおける排出量決定の基準を詳述した包括的なガイドラインです。しかし、そこに記された規則は複雑で、多くの製造業者にとって過度な負担となる可能性があります。また、考えられるシナリオとしては、商業上の理由から、サプライヤーが製造業者や製品の内包排出量の詳細を提供する準備が整っていない場合があります。こうなると、輸入者は必要なデータを入手できないという困難に直面する可能性があります。
EU市場で販売している非EU製造業者は、CBAMの製品内包排出量算定のためのEU規則に精通し、この情報を提供する方法を模索しなければなりません。EUの輸入者が第三者サプライヤーから調達している場合、輸入者は、どのようにして自らが必要とするデータをそのサプライヤーが提出できるようにするのかを検討する必要がある一方で、サプライチェーン全体を通じての協働が不可欠となります。
CBAM規則を正確に順守するよう努めることも、コンプライアンス違反や虚偽の報告による罰則リスクを回避するために重要です。CBAM規則では移行期間における罰則として、未報告の排出量1トン当たり10~50ユーロの罰金が科されると規定されています。規制当局が罰金額を決定する際には、未報告の情報の範囲、未報告の輸入製品の数、およびそれら製品に関連する未報告の排出量を考慮する可能性があります。CBAM申告者の改善措置を講じる覚悟や、過去の行動もまた考慮されます。不完全または不正確な報告書が2回以上連続して提出された場合や、報告書が6カ月以上未提出の場合は、さらに高額の罰金が科される可能性があります。また、一部のEU加盟国では、独自の罰則制度を追加で設けており、場合によっては、はるかに厳しい制裁が含まれていることがあります。
巻末注
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