EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2023年5月16日に、欧州連合(EU)排出量取引制度(EU ETS)改革と新たなEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)に関する法的規則がEU官報で公布されたことで、重要なマイルストーンを通過しました。
当初2021年7月に発表されたCBAMとEU ETS改革が含まれているEUの「Fit for 55」パッケージは、欧州が2030年までに排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための重要な実現手段と考えられています。この目標は欧州気候法(European Climate Law)に規定されており、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロとする気候中立(クライメイト・ニュートラル)を達成するための、より広範な欧州グリーンディール戦略の一環でもあります。
CBAMの移行期間は2023年10月1日から開始し、2025年12月31日に終了する予定となっていますが、移行期間中には四半期ごとに排出量の報告義務が課せられます。対象企業は、今年後半から適用される新たなコンプライアンスや報告の義務への適合準備を進めることや、中長期的なプロセスやコストへの影響を評価し始めることが必要です。
EU CBAMは、EU ETSの下で炭素排出コストが賦課されるEU域外からの輸入品とEU域内の生産品に対して同等のカーボンプライシングを実現することにより、カーボンリーケージ(EU域内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、域内生産が減少すること)のリスクに対処することを目的とした気候対策です。EU ETSはEU域内に拠点を置く施設および特定の生産プロセスや生産活動に適用されますが(以下で詳説するように、適用範囲は拡大される予定)、CBAMはEU域内に輸入される特定の製品に適用されます。
CBAMは以下の製品カテゴリーに適用されます。
今回の製品リストは、本規則案の初版における製品リストに比べて対象が大幅に増加しており、原材料や半製品だけでなく、川下製品も含まれています。このため、より多くの企業にリストの内容が適用されることになります。
政治的議論では、EU ETSの対象となる製品がEU域内で生産されている場合には、EU ETS対象の製品カテゴリーをすべてカバーするために、2030年までにCBAMの適用をさらに拡大することが支持されているように思われます。その場合、適用対象にポリマー、さまざまな化学物質、鉱物油製品、紙・パルプ、およびその他のカテゴリーが含まれることになるでしょう。
2023年10月1日から2025年12月31日までの移行期間には、以下の移行規定が適用されます。四半期ごとに排出量の報告義務が課せられますが、CBAM証書の購入は任意となります。輸入者(関税申告者、関税代理人)は、暦年四半期に輸入された製品の内包排出量を四半期ごとに報告することが義務付けられることになり、その場合、直接排出量と間接排出量、さらに第三国で実質的に支払われた炭素価格(カーボンプライス)について詳細に報告することが求められます。
注目すべき点は、2024年12月31日以降に適用対象製品の輸入資格を有するためには、輸入者は「認定CBAM輸入者(authorized CBAM declarant)」の地位を持っていなければならないということです。
新しいCBAM規則の下では、輸入者は、特定の暦年に輸入された製品に内包される検証済みの温室効果ガス(GHG)総排出量を報告することが求められます。2025年末に終了する移行期間以降、2034年までCBAM課徴金の負担が段階的に増加していくなど、CBAMの財務的影響は徐々に拡大していきます。原産地で支払われた炭素排出コストは、当該コストの支払いを証明する証拠を提供できる場合に限り、CBAM課徴金の支払いから控除することができます。
CBAM課徴金の支払いは、EU ETS排出枠オークションの終値の週平均値に基づいて価格が設定されるCBAM証書の購入と償却を通じて進められます。
輸入者のCBAM登録簿(レジストリ)の管理口座に記録されるCBAM証書数は、暦年各四半期末において年初からの輸入製品の内包排出量の少なくとも80%以上に相当していなければなりません。輸入者は、年1回CBAM申告書を提出することに加え、暦年に輸入された製品の内包排出量に正確に対応するCBAM証書数を償却しなければなりません。
CBAM課徴金は指定された製品カテゴリーの内包排出量に相当しており、申告すべき内包排出量の定義は間接排出量にまで拡張されています。排出量の申告は、実際の排出量に基づいて行うことができ、EU規制当局が提供するスキーマに基づいて算定する必要がありますが、その詳細はまだ確定していません。とはいえ、2023年夏には、さらなる詳細を含む施行法が公表される見込みです。
実際の排出量を申告する場合には、独立した検証機関による認定を受ける必要があります。実際の排出量が入手できない場合は、特定の国または地域で製造された特定の製品の平均排出量を反映した標準「デフォルト」値を使用します。こうした標準値を決定するための信頼できるデータが入手できない場合、EU委員会は、EU域内の最も性能の低い施設のデータに基づいてデフォルト値を決定します。施行法に関する追加のガイダンスは2023年夏に公表される見込みです。
スイス、リヒテンシュタイン、アイスランドおよびノルウェーでは、CBAMは非特恵原産地の製品には適用されません。最大150ユーロまでの低価格貨物や特定の軍事品輸入など、適用除外とされるものはごくわずかです。
回避行為として、現在は下記のような行為が公に例示されていますが、これらに限定されるものではありません。
現行制度の大きな変更点の一つに、無償割当枠の段階的廃止があります。実質的に、2026年から2034年にかけて、EUの製造業者に対する無償割当枠は逓減し、その結果、従前と変わらないプロセスで製造する場合、企業の製造コストは増加することとなります。
以下の割合で無償割当枠は段階的に廃止されます。
年度 |
2026 |
2027 |
2028 |
2029 |
2030 |
2031 |
2032 |
2033 |
2034 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
割合 |
2.5% |
5% |
10% |
22.5% |
48.5% |
61% |
73.5% |
86% |
100% |
さらに、EU ETS改正による変更点には以下のものが含まれます。
輸出リベートや炭素支払いの払い戻しはない点に留意することが重要です。炭素市場からの収益はすべて気候・エネルギー関連プロジェクトに使用されます。
さらに、新しいEU社会気候基金(Social Climate Fund)が2026年に創設される予定となっています。
CBAMとEU ETS改革は、EU域内の企業のみならず世界中の企業に対して、オペレーション面や戦略的意思決定の面で影響を及ぼします。その影響は直接的にも間接的にも起こりうるものです。バリューチェーン(価値連鎖)とサプライチェーン(供給網)にまたがる包括的なアプローチが求められます。
EU ETSの対象となるEUを拠点とする事業者は、従来型燃料の使用を継続するのであれば、炭素排出コストの増加への対策を講じる必要があります。このように、GHG排出量の多い企業にとっては、炭素排出コストの増加がEU域内のみならず世界中の市場での競争に影響を及ぼす可能性があります。EU ETS IIが新たに施行されることに伴い、従来型燃料の価格がさらに上昇し、EU ETS IIの対象セクターでは変革の必要性が促されることになるでしょう。EUとEU加盟国各国が移行期において企業を支援するために大規模な各種の助成金やインセンティブのプログラムを提供していることは注目に値します。また、炭素市場から得られる追加的収入がEUイノベーション基金を通じて、特に革新的な低炭素技術に投資する企業に対して、さらなる資金調達の機会をもたらすことになるでしょう。
CBAMの移行期間は2023年10月1日に開始される予定であり、新たな四半期ごとの報告義務に備えるための迅速な対応が必要です。注目すべきことは、EU加盟国の事業者だけでなく、EU非加盟国の製造業者や貿易業者も同様にCBAMの要求事項を検討する必要があることです。
とるべき対策は次のとおりです。
さらに、戦略的な観点から、企業は現在のサプライチェーンに基づいてCBAMとEU ETSの潜在的な財務的影響を評価し、可能な限り、適切な緩和措置を講じるべきです。また、エネルギー税や電気税の分野において見込まれるその他の変更(エネルギー課税指令の改正等)も検討する必要があります。
輸入製品の内包排出量削減に向けた技術的な改善を達成するために、サプライチェーン構造、調達戦略、企業の合併・買収(M&A)活動、生産計画、投資計画などを見直すこともこれらの対策に含まれます。
岡田 力 パートナー
上田 理恵子 パートナー
古市 泰之 シニアマネージャー
Joris van Huijstee シニアマネージャー
EYの関連サービス
世界各国において持続可能な経済成長を志向する中で、主要な国や地域では脱炭素化に向けた新たな租税制度を採用しています。 CBAMとは、欧州連合(EU)および英国で導入・検討される炭素国境調整メカニズムで、域外からの特定の輸入産品に対してその製品が含有する炭素排出量の報告とそれに応じた価格調整のための課徴金を課す制度のことです。 EYは、企業が直面するCBAM上の課題に対して、環境・税務の専門家集団によるアドバイザリーやコンプライアンス支援を提供することで、サプライチェーンにおける効率的な管理をサポートします。
続きを読むEYのサステナビリティ税務のプロフェッショナルが、企業のサステナビリティ戦略の実現を支援します。詳しい内容を知る
続きを読むEYの間接税および国際貿易チームは、税務上の義務を戦略的に果たし、税務係争を解決するサポートを行います。詳細を表示
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