企業に必要な気候変動対策。世界的に鈍化傾向にあるアクションを加速させるには

企業に必要な気候変動対策。世界的に鈍化傾向にあるアクションを加速させるには


関連トピック

EYが実施したサステナビリティに関する調査「EY Sustainable Value Study」によると、企業の前進のペースは鈍化しているものの、できる限りの対策を実行している企業は、引き続き投資により価値向上を実現しています。


要点

  • 2023年度のEY Sustainable Value Studyでは、主に「達成容易な成果」に焦点を当てた初期段階が終わりを迎える中、企業のサステナビリティに対する取り組みの進行が鈍化していることが明らかになった。
  • 最高サステナビリティ責任者(CSuO)が「変革を導くリーダー」の役割を担う場合、より効果的にサステナビリティを事業に根付かせることができる。
  • スコープ3の温室効果ガス(GHG)排出量を抑制し、政府の政策を巧みに活用する企業が、より多くの長期的価値を獲得する。


EY Japanの視点

今回の結果から、日本の進捗はグローバルから決して後れをとっておらず、着実に進んでいる様子が見えてきました。

これは気候変動関連の情報開示義務が企業の行動を後押しした結果と言えるでしょう。一方で気候変動に対して大胆な措置を講じている先進的企業と比べると対応が十分ではない項目も明らかになりました。

今後日本企業が気候変動対策をさらに推進していくためには、サプライチェーンの再構築についてもより積極的に対処することが重要になります。

これを実現するためには、CSuOにリソースおよび組織内の影響力や権限を与え、さまざまな規制をきっかけに行動をより加速させていくことが必要です。


EY Japanの窓口

瀧澤 徳也
EY Japan マネージング・パートナー/マーケッツ 兼 EY Japan チーフ・サステナビリティ・オフィサー

世界は重大な転換点に立っています。長年にわたる事業投資の結果、多くの企業がサステナビリティに関して進歩を遂げています。しかしEYの直近の調査では、成果の達成が容易な時期が終わりを迎えていることが示唆されています。  

CSuO(またはそれに準ずる役職者)520名を対象とした調査に加え、詳細なインタビューを実施した結果、パリ協定およびその後のCOPで掲げられた1.5度目標を達成するためには、気候変動対策を加速させる必要があるにもかかわらず、企業の取り組みの進行が鈍化していることが明らかになりました。

2022年度の調査において調査を実施した企業の一部と比較した結果、以下が明らかになりました。

  • GHG排出量削減の中央値が30%から20%に低下。
  • 気候目標達成の目標年次の中央値が2036年から2050年に後退。
  • 企業が自社の気候変動アジェンダの一環として完了した対策件数の平均値が(ベンチマークとして設定された32の対策のうちの)10件からわずか4件に減少。

また、気候変動対策をほとんど講じていない企業の割合が大幅に増加し(15%から45%)、大胆な対策を講じている企業と比較して、現時点までのサステナビリティ投資と排出削減における差が拡大しています。

これらの調査結果にもかかわらず、サステナビリティ担当役員の大半は2022年と同様に楽観的です。3分の2が依然として、自社は気候変動に有意義な影響を与えるために十分に取り組んでいると考えています。

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しかし、現状に満足している場合ではありません。世界では今年初めて、一時的ではあれ気温上昇を1.5度以内に抑制できないリスクが高まっており1、COP28の主要議題である、コミットメントの行動への転換を企業に求める圧力が弱まる兆しはありません。現段階の「十分な取り組み」が意味するものは現在の方針の維持ではなく、さらに積極的な行動です。達成容易な成果を実現する段階から先に進み、実装に関する複雑な問題やスコープ3排出量に対処しなければなりません。

幸いなことに、このアプローチを取る企業はさまざまなメリットを得られるでしょう。大胆な気候変動対策を講じている企業は、自社の事業、社会、そして地球に多大な価値をもたらしていると感じていることが明らかになっています。

ペースセッター(先行)企業ほど、より多くの財務的価値を得る
気候変動に対して大胆な措置を講じている企業(ペースセッター)は、気候変動対策をほとんど講じていない企業(オブザーバー)と比較して、気候変動への取り組みから期待を上回る財務的価値を得ていると感じる割合が1.8倍

本稿では、企業が次の3つの主要分野で協働を推進することで、どのように気候変動の取り組みの加速とステークホルダーのための価値創出につなげられるのかを探ります。

  • 経営幹部間の協働により、CSuOに変革の担い手としての権限を与える。
  • 情報開示に関する規制、助成金、インセンティブなどの政府の方針を通じて、組織全体の行動を促す。
  • スコープ3排出量に重点的に取り組み、サプライチェーンでの協働体制を強化し、テクノロジーを導入する。
第1章  高い期待を阻む逆風
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第1章

高い期待を阻む逆風

外部からの圧力を受け、多くの企業ではサステナビリティに関する進展が鈍化の傾向にありますが、たゆまずに対策を講じている企業は価値を手にしています。

2021年のCOP26で達成された進展は漸進的なものでした。しかし、時間を要したものの、関与が高まったことで、気候変動対策に向けた資金の流れに大きな転換がもたらされ、民間セクターにとっては分水嶺(れい)となりました。Macquarie社のAsset Management部門でCSuOを務めるKristina Kloberdanz氏は、「COP26の終了後、公表されたコミットメントと資金を結び付ける役割を果たすにあたって、資産運用業界以上に適切な場所は考えられなかった」と説明しています。

それから2年が経過し、予算の制約への対応に苦慮する中で、多くの企業リーダーの心情は変化しています。EY DNA of the CFOの調査によると、最高財務責任者(CFO)は、サステナビリティの取り組みをもっとも重要な、優先すべき長期投資と位置付けているものの、短期的な収益目標を達成するために削減または中断される可能性がもっとも高い取り組みと捉えていることが分かりました。

現在の地政学的な混乱、および根強いインフレとサプライチェーンへの大きな圧力のすべてが相まって潜在的な要因となり、5社に1社が過去12カ月間での気候に関するコミットメントの見直しを実施したという調査結果につながりました。

組織レベルのサステナビリティに関する進展が再評価されているのでしょうか。
 

ペースセッターとオブザーバーとの間で広がる進捗(しんちょく)状況の差

この状況を把握するため、EY 2022 Sustainable Value Study 以降に見られた企業の進展について調査を実施しました。昨年と比較すると、企業の二極化が進んでおり、「ペースセッター(気候変動に対して大胆な措置を講じている企業)」と「オブザーバー(気候変動対策をほとんど講じていない企業)」の差が大きく広がっています。例えば、ペースセッターの95%は、気候に関するコミットメントを維持していますが、オブザーバーでは、この割合は94%から67%に低下しています。

また、ペースセッターはオブザーバーよりも25%高い削減目標を設定しており、これが長期にわたり影響する可能性があります。ペースセッターの76%が気候に関するコミットメントを果たすために資本投資を増やす予定であるのに対し、今年投資を増やしているオブザーバーは、昨年の50%からわずか7%に減少しています。

明らかに、オブザーバーは、パリ協定で設定された目標を達成するに足るだけの対策を講じていません。一方、2022年と比較してペースセッターの定義に該当する企業が大幅に減少しており、ペースセッターでさえも、進展が頭打ちになっている兆候がみられます(2022年の32%に対し、今年は7%)。


コミットメントを維持し、価値を手にする

大半の企業は、気候に関するコミットメントを公表済みであり(80%)、今やその実現に向けて懸命に努力しなければならないという重大な課題に直面しています。

Kloberdanz氏は、CSuOとしてMacquarie社に入社した当時、自身が成すべき、次の大きなコミットメントについて多くの従業員が期待を寄せていましたが、その当時の心境を次のように語っています。「おそらく皆さんを失望させることになるでしょうと私は従業員の方々にお伝えしました。その理由は、私たちが実行するのは新しいコミットメントを策定することではなく、既存のコミットメントを実行に移すことだったからです」

ペースセッターは、自社のサステナビリティ目標へのコミットメントを継続しており、その進展を通じて得られる価値を実証しています。10社中8社が、予測以上の財務的価値を実現しています(オブザーバーでは45%)。このような企業では財務面にプラスの影響を与える取り組みが増加すると予想しており、その結果、社内(経営幹部)と社外(投資家)の双方からの支持が得られることになります。


第2章  経営幹部全員に権限を与える
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第2章

経営幹部全員に権限を与える

CFOが企業の意思決定に財務上の影響との関係を考慮していることと同様に、CSuOは意思決定にサステナビリティの影響を確実に織り込むことができます。

CSuO(呼称は企業により異なる)は、企業のアジェンダの中でサステナビリティの優先順位を上げるため、大きな役割を果たしてきました。Forbes Global 500企業2 のデータをEYが分析した結果、CSuOを置く企業は、そうではない企業に比べてサステナビリティへのコミットメントが強く、より積極的な排出削減目標を掲げており(CSuOを置く企業では54%、CSuOを置かない企業では44%)、3年間で排出量を3.6%削減した(CSuOを置かない企業では5%の増加)ことが明らかになりました。
 

さらに大きな削減が求められており、そのためには企業とそのビジネスモデルがビジョンの定義の明確化、リスクと機会の特定、強固なガバナンス体制の構築などを通じて、抜本的に変化する必要があります。事業モデルを適応させ、ポートフォリオを修正し、サプライチェーンの積極的な関与を進めなければなりません。
 

これはCSuOが単独で実現できることではありません。経営幹部全員が、ビジネスに変革を起こし、価値を高め、成果を生み出す力を携える必要があります。
 

満足のいくCSuOを探す

CSuOの役割は、Robert Eccles氏とAlison Taylor氏が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に先ごろ掲載された記事3において「隠れたPR担当幹部」と言及したものとかつては同様だったかもしれません。しかし今は違います。この記事によると、「CSuOの役割はようやく戦略的なものになりつつあり」、焦点は「自己満足の企業の社会的責任」から「断固たるサステナブルな価値の創造」へと移っています。
 

CSuOは、どういったサステナビリティ問題が企業の財務業績とリスクプロファイルに大きな影響を持っているのかを特定する責務を負っています。しかし、極めて真剣にコミットしている企業でさえ、部門間の協働が不十分であるなど進捗が遅いことに苦慮しています。こうした問題に対するCSuOの懸念が満足度の低下につながっています。今回の調査では、CSuOもしくはそれに準ずる役職者のうち、自身の職務に「非常に満足している」と回答した割合はわずか17%でした。42%は現在の職務にとどまる意思はないと回答しています。このような状況はさらなる進歩を妨げ、サステナビリティの取り組みを戦略的に計画し将来にわたり継続していく上で重大なリスクになります。


CSuOが抱えるジレンマ

現在の経済情勢や地政学的状況が前進を阻んでいることに加え、CSuOが就任後に、経営幹部の一部が(依然として)短期的な行動と成果を要求していることに気付くことも少なくありません。サステナビリティの取り組みのパフォーマンスについて他の経営幹部に責務を課す権限を持つCSuOは、回答者の54%に過ぎません。そのため、CSuOは自社の気候変動対策の達成に責任を負っているにもかかわらず、自身の事業部門のリーダーに対して、気候変動対策のために必要な成果の達成について責任を問うことはできないという難しい立場に置かれています。

インタビューを受けた経営幹部の1人が指摘したように、多くのCSuOにとって、「強力な組織的権限がなくても、影響力を及ぼす能力を習得することが不可欠であり、自分が方向を定めるだけで全員が付いてくるはずはありません。自ら進んで交渉し、折衝し、耳を傾ける必要がある」のです。
 

変革的CSuO

CSuOの職務に求められるスキルセットは変わりつつあります。「ビジネスを完全に理解している人物をCSuOにする必要がある」とNovartis社のGlobal Health & Sustainability部門のPresidentであるLutz Hegemann博士は述べ、続けて「必要なのは、個別のサステナビリティ戦略や事業戦略ではなく、サステナブルな事業戦略です」と語ります。

必要なのは、個別のサステナビリティ戦略と事業戦略ではなく、サステナブルな事業戦略です。

本調査では、統計モデリングを使い、CEOからトランスフォーメーションリーダーの権限を与えられた「変革的CSuO」を調査対象者の中から特定しました。こうしたリーダーは他のCSuOと比較して、自由に使えるリソース(特定予算や専任チームなど)が多く、社内により大きな影響を及ぼします。また、変革的CSuOは満足度が高く、今後1年以内に退職を検討する可能性は低くなっています。しかし、このようなCSuOは標準ではなく例外であり、5社のうち1社にしか存在しません。


分析を通じて、変革的CSuOは進歩を推進するために下記のアプローチを取っていることが明らかになりました。

  • 気候変動へのコミットメントを行動に移す。変革的CSuOが在任していない企業と比較して、平均で1.4倍の対策を講じている(評価対象の32件中27件、その他の企業では19件)。
  • 気候変動の影響低減にコミットする。半数が来年は支出を増やす予定であり、71%は自社の短期的業績が低下しても、気候変動の取り組みを追求することに同意している(変革的CSuOが不在の企業では50%)。
  • より大幅な排出量削減を推進する。ベースライン比で平均21.2%のGHG削減を達成(変革的CSuOが不在の企業では18.8%)。
  • 財務、環境、社会、顧客、従業員に関して、予想を上回る価値を実現する。

変革的CSuOには、大規模な変革を主導してきた経験があります。一方で、企業は、ビジネス戦略の策定と実行を推進するために必要な事業上の経歴と影響力を備えたサステナビリティリーダーを求めています。Cargill社のSenior Vice President兼CSuOであるPilar Cruz氏は次のように述べています。「CSuOの役割はこれまでエンゲージメントに焦点が置かれていましたが、急速に変革を遂げています。今、CSuOは重要な役割を担っており、企業の戦略策定において株主、投資家、顧客などさまざまなステークホルダーと積極的に対話しています。このように極めて重要な変化が進行しているため、現在のCSuOには、営業、業務、財務、ビジネスの各領域の変革に関してさらに深い経験が求められます」

変革の担い手としてのCSuOの力を高めるために取るべき行動

CSuOの役割は進化し続けています。企業のサステナビリティアジェンダの主導者として誰が選ばれ、どのように招き入れられるかが、就任後に有意義な影響を生み出せるか否かを左右します。

  1. ビジネスモデルを深く理解しているCSuOを選抜(または育成)する。権限を与え、喫緊の課題がビジネスの価値の中核であるという認識を浸透させる。
  2. CSuOに戦略的な役割(CEOへの報告や取締役会への参加など)と、事業全体にわたりサステナビリティの取り組みに対する説明責任を強化する権能を与える。
  3. CSuOが議長を務める、事業レベルのサステナビリティ評議会の設置など、部門を越えたチーム体制による協働を促すガバナンス制度を整備することで、社内の協働を強化する。
  4. CSuOにサステナビリティ戦略と目標を設定する権限を与える。戦略の実行において事業部門と協働できるよう、サステナビリティ部門の能力を拡充する。
  5. CSuOが率先して、自社が行う事業の全領域において、組織全体で最新の政策変更や新たな報告義務を把握し、それに備え対応できるようにする。
第3章  政策を活用して前進を図る
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第3章

政策を活用して前進を図る

先進的な企業は、変化する規制要件を通じて、サステナビリティの取り組みを加速させ、透明性を高め、パフォーマンスを向上させています。

政府の政策や規制がサステナビリティの取り組みの妨げになるとみなされることもありますが、大きなプラスの影響を及ぼすこともあり得ます。米国のインフレ抑制法(巨額の補助金の提供が含まれる)などの政策が行動の契機となる可能性があります。EYの調査では、回答企業の52%が、政府の補助金や奨励策の利用可能性がサステナビリティの取り組みの促進要因になると考えています。

グローバル企業は、進行速度にばらつきがある状態で進化を続ける、極めて複雑な規制環境下で事業を展開しています。規制の変更に時間を要する地域に重点を置く、あるいは、報告作成にチェックボックス方式で対応したいという誘惑に駆られるかもしれません。しかし、情報開示フレームワークの趣旨をビジネスの根本的な変化の推進に生かしている企業は、その努力を通じて意義ある価値を実現しています。

規制の及ぶ範囲

EY Corporate Reporting and Institutional Investor Survey によると、投資家の99%がESG情報開示を意思決定プロセスに取り入れている一方で、76%は、企業が提供する情報の種類を取捨選択しています。

グリーンウォッシングについて非難された企業は、あらゆるセクターにわたります。中には、GHG排出量とネットゼロ計画を詳細に公表したために、厳しい詮索を受けている企業もあります4 。このような状況のために、企業が報復を恐れて目標に関する公表や情報開示をためらい、グリーンハッシングが増加することが懸念されています。

いわゆる防護柵が効果的な打開策になると考えられます。以下のような新たな報告規則により、透明性、一貫性、比較可能性が向上し、投資家と消費者双方の信頼回復につながると期待されています。

  • 英国では、気候変動に関するネットゼロ移行計画(トランジション・プラン)を策定し、移行計画タスクフォースの枠組みに従って開示することが近々義務付けられる。
  • 米国では、証券取引委員会(SEC)が気候関連情報の開示に関する新たな連邦規則を提案。さらに、カリフォルニア州では同州で事業を行う大規模な上場・非上場の企業に対して、広範な気候情報開示を義務付ける3つの規則が制定された。
  • インドでは、最大手の上場企業は、ESG指標について「合理的な保証」の提供が義務付けられている。
  • 2021年にIFRS財団によって設立された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、最初の2つの基準を公表。これらの基準は、投資家と公共政策の双方のサステナビリティ開示に関するニーズに合致したグローバルな基準になる可能性がある。

これらの規則に対する批判がないわけではありません。一部の投資家は、SECの提案はイノベーションを妨げ、積極性に歯止めをかけることになると主張しています。一方で、規則を支持する側は、「公平な競争の場」と統合された報告を支持理由に挙げています。

Unilever社のSustainability Advocacy & Strategy部門のGlobal HeadであるJonathan Gill氏は次のように指摘しています。「サステナブルなビジネスへの移行とは、リスクに対処し、新たな機会を創出することです。情報開示の義務化と標準化が進めば、企業データの比較可能性が高まり、業績と潜在的な価値について理解を深めることができます」
 

さまざまな速度で導入される規制は思い切ったビジネスに有利に働く

複雑で変化の速度もさまざまな現在の規制環境から、企業は大きな圧力を受けています。しかし、規制がサステナビリティの取り組みの障壁だと考えている企業は、調査回答者の22%に過ぎません。規制要件のために将来を見据えた戦略の実行が難しくなっていると感じているのは、10社中3社未満です。EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に適応している企業から見て取れるように、報告要件(任意であっても義務であっても)はコンプライアンスの状況を明らかにするだけではなく、企業の計画と行動を後押しするのです。

規制は行動を妨げないと回答した割合
規制がサステナビリティの取り組みの障壁であると考えているCSuOは、5人に1人に過ぎない

事実、CSuOとのインタビューから、先進的な企業の一部は、競争優位性を得るために規制を活用していることが明らかになりました。事業計画、予算編成、データ、測定、取締役会との関係に関する諸問題が、情報開示のプロセスを通じて統合されるのです。また、報告要件の拡大に伴い、企業のデータ、およびパフォーマンス向上や重点分野において行動を加速させるためのデータ活用方法に対する理解が深まります。

複数の地域で事業を展開している企業は、最も規制の厳しい地域で事業を進める速度を事業全体に適用することで、有利な立場を得ることができます。

競争と協働

サステナビリティは、すべての人々に関わる問題です。今回の調査では、最高経営責任者(CEO)と最高財務責任者(CFO)の両者とCSuOの協働が極めて有効であることがわかりました(どちらか一方との協働関係について改善が必要だと答えたCSuOは4分の1未満)。しかし、他の経営幹部との連携をより緊密にする必要があります。協働関係の改善が最も必要とされているのは、最高人事責任者(ある程度または大幅な改善が必要だと感じている回答者は45%)で、最高リスク責任者(38%)、最高技術・情報責任者(36%)と続きます。

変革的CSuOに関しては、協働関係の改善が必要な度合いは非常に低くなっています。また、これらのCSuOは社内外の専門人材に目を向け、コンプライアンス業務の一部を委ねているため、コンプライアンスに費やす時間は他のCSuOよりもはるかに少なくなっています。

社内では、Eccles氏とTaylor氏が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の記事で指摘しているように、各企業には、サステナビリティが成功する上で不可欠である種々の事業部門や業務部門のメンバー全員の協力が必要です。例えば、非財務報告の領域では財務チームの重要性が増しており、CFOやグループコントローラーとの緊密な連携が不可欠です。環境、社会、経済の各分野の専門知識は、生物多様性や地政学、人権から炭素会計に至るまで、あらゆる領域で一段と必要性が高まっています。複雑化が進む一方であるサステナビリティのアジェンダにCSuOが対処するには、このような専門知識を、担当部門の中だけでなく自社の他の部門からも引き出す必要があるでしょう。 


企業は、社内の協働の必要性を認識しているだけではありません。例えば、スコープ3データの収集と報告、サステナブルな包装の開発、再生型農業などの領域において、重複の回避やイノベーションの加速に向けて協力することの利点をいち早く理解しています5。

競争関係にある企業でさえも協力するべきです。Linklaters法律事務所の調査によると、英国、米国、フランス、ドイツ、オランダの企業の93%が、サステナビリティ目標の追求において同業他社との緊密な協働を望んでいますが、競争法違反となることを危惧しています6。規制当局は、純粋なサステナビリティの取り組み、特に気候変動対策に関する企業間の協働を支援するため、ガイダンスの公表を開始しています。
 

新たな規制がさまざまな速度で導入される世界に適応するために取るべき行動

新たな報告要件や基準が、すべての企業にとって難しい課題であることが証明されるかもしれません。しかし、そのために行動を遅らせてはなりません。この機会を手にする企業(特にGHG排出量の削減が困難なセクターの企業)が、進歩を加速し、環境と社会に目に見える影響をもたらし、自社の将来を守ることになるでしょう。

  1. 社内で権限を人に委ねて協働する。サステナビリティ情報開示を、CSuOのみが担うべきではない。CSuOは、専門的知見や厳格に規制要件に合致するデータを提供できる経理部門など、他の部門と緊密に連携しなければならない。
  2. 外部と連携する。将来の発展の方向性を定め、投資を加速させるため、政策立案者、規制当局、業界、多セクターにわたる利害関係者グループと連携する機会について検討する。
  3. 報告の取りまとめ・作成業務について、アウトソーシングやマネージドサービスの利用を検討する。これにより、サステナビリティ担当チームが報告作成の実質面(データ、戦略、リスク、組織内の連携など)に集中することが可能になる。
  4. 自社の最速で進んでいる部署と同じ速さで進む。 規制変更のペースが遅い、または停滞している地域で、「様子見」の姿勢をとるべきではない。
  5. サステナビリティに関する情報開示のためのデータ収集・取得に必要な投資を活用する。このデータを社内で活用できるようにし、経営陣の意思決定、シナリオプランニング、戦略開発のための情報として容易に利用できるようにする。
第4章  スコープ3のGHG排出量に焦点を定める
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第4章

スコープ3のGHG排出量に焦点を定める

2099年までに気温上昇を1.5度以内に抑えるためには、2034年までに世界のCO2排出量を実質ゼロにする⁷必要があるため、スコープ3への取り組みの切迫性が増しています。

企業は、バリューチェーン全体の排出量概要の把握を始めています。英国の非政府組織であるCDP(Carbon Disclosure Project)によると、一部の企業は、スコープ3排出量の詳細な内訳を公表しています。スコープ3排出量は、全企業の平均では、総排出量の75%を占める可能性があり8、食品、鉱業、建設の各セクターでは、90%以上を占める可能性があります。

スコープ3排出量は自社からの排出量ではないため、削減が最も困難です。しかしながらこの点こそが、企業がこの課題への対処方法を見いだそうと努める中、私たちの目前で起こっているコミットメントの見直しにつながっているのかもしれません。スコープ3排出量削減を目指す戦略の策定には、サプライヤーの変革、ネットワークの構造、下流のエネルギー使用、製品設計、消費者行動など、多岐にわたる要因が関わります。
 

サプライチェーンの反応

企業は、スコープ3排出規制へのコンプライアンスにどこから着手すべきか苦慮していますが、関心の多くは外部に向けられています。例えば、43%が排出量の少ない、または排出のないサプライヤーへの切り替えを完了しているか、切り替えの最終段階にあるのに対し、サプライヤーに排出量の削減を要求している、または要求の最終段階にある企業は3分の1(33%)に過ぎません。この目標の達成に努めるサプライヤーを支援している企業はさらに少数です(27%)。

企業がサプライヤーに対する期待水準を高めているのは理解できますが、協力により大きな重点を置くアプローチが必要かもしれません。「問題を放り出すだけでは解決できない」とNovartis社のHegemann氏は説明しています。「私たちはサードパーティとの契約に環境へのコミットメントを含めていますが、要求するだけでなく、積極的なサポートプログラムを実施し、サプライヤーがスコープ1と2の排出量を削減できるよう協力しています」

変革的CSuOの半数は、サプライヤーの排出量削減のため、技術的または財務的支援をサプライヤーに提供済みであるか、または、その最終段階にあると回答しています(他のCSuOでは20%)。同様に、変革的CSuOは、スコープ3排出量を左右するとみられる多様な活動をより積極的に推進しています。


多くのセクターにおいて、先進的な企業が協力して協調的なアプローチの開発を進め、サプライヤーが実現できる削減量をさらに拡大しようと努めています。例えば、Unilever社は、サプライチェーンのサステナビリティ向上の取り組みを、Consumer Goods Forumを通じて同業他社と協力して進めています9 。同様に、Novartis社と他の医薬品企業の間では、サプライチェーンのパートナー企業との協力や支援のアプローチが検討されています。Novartis社のHegemann氏が指摘するように、「これらの排出源がよりサステナブルになるために協力できるのであれば、それは良い投資である」といえるでしょう。

また、変革的CSuOが在任する企業では、変化を実現するために必要な社内の協働関係が効果的に形成される可能性が高くなっています。このようなCSuOは、サプライチェーンの最適化を組織全体で統一的に進める必要性を認識している傾向が高く(58%。その他のCSuOでは42%)、サプライチェーンを主要投資領域として重視しています。また、最高業務責任者や最高サプライチェーン責任者との連携もより効果的で、協働の改善が必要だと回答したのはわずか14%でした(その他のCSuOでは40%)。
 

データとテクノロジー

スコープ3の重要な課題について、Citi銀行のSustainability & Corporate Transitions部門のVice ChairmanとGlobal Co-Headを兼務するKeith Tuffley氏は次のように指摘しました。「課題の1つは、信頼性の高いデータを利用することです。大規模な多層構造のサプライチェーンでは、この課題はさらに難しくなります。グローバル企業では、世界の多様な地域にわたり、さまざまなレベルに数千のサプライヤーが存在することも少なくありません」

データに関する課題は、生物多様性やトレーサビリティなど、関連するサプライチェーンのサステナビリティ目標に波及します。例えば、Unilever社では、森林を破壊しないサプライチェーンの実現に優先的に取り組んでおり、デジタル地図、衛星、閉回路テレビなどの技術を利用して調達状況をより明確に把握し、森林破壊地域を出所とする原材料を使用するリスクを低減しています10。

従来と同様、テクノロジーには多大な期待がかけられています。西半球の大手企業のサプライチェーン担当上級管理職を対象にEYが2022年に実施した調査 では、企業がサプライチェーン全体のデジタルな結び付きを強めることで、サプライヤー間の協働が容易になることが明らかになりました。  特筆すべき点として、調査対象企業の63%がサステナビリティの追跡・測定を目的とする先進テクノロジーの利用を加速させていました。そのようなテクノロジーとして挙げられた上位3つは、クラウドベースのプラットフォーム(80%)、モノのインターネット(IoT)機器・センサー(63%)、機械学習と人工知能(62%)でした。

今回の調査では、約3分の2の企業(63%)が、AIの進歩はサプライチェーンの排出量の最適化と削減、ならびにリスク特定の支援について大きな可能性を秘めていると回答しました。変革的CSuOは、データとテクノロジーをより積極的に活用しています。75%がデータとテクノロジーを自社のサステナビリティアジェンダの促進要因と捉えています(これに対し、他のCSuOは54%)。
 

スコープ3に関し今すぐ取り組むべき行動

スコープ3排出量に関する今後の見通しを考えると圧倒されるかもしれません。しかし、最初は小さな一歩だとしても、各企業が今すぐ以下に沿って、その第一歩を踏み出す 必要があります。

  1. スコープ3の大量排出領域を特定する。バリューチェーン全体を観察し、排出量が最多の領域を見定める。
  2. 上流と下流での活動に潜むリスクを特定し、そのリスクを監視・軽減するメカニズムを開発する。
  3. 排出量についてサプライヤーや顧客と対話し、関連データを収集し、パートナー企業に改善を働きかける。期待を明確に伝え、義務を設定し、進捗状況に目を配る。
  4. デジタルツール、データ分析、情報共有に投資し、指標の捕捉、パフォーマンスの評価、KPIベンチマークの設定、バリューチェーン全体のガバナンス確立を実行するための能力を向上させる。
  5. ネットワークの構造を検証し、サプライチェーンの位置、ルート、管理などの要因の変更から、スコープ3や他のサステナビリティに関する成果の改善機会を特定する。

結論

EY 2023 Sustainable Value Studyの調査結果からは、サステナビリティの進行状況が、グローバル目標の達成に必要な水準に達していないことが明らかになりました。混乱は企業にとって新たな日常かもしれません。しかし、温室効果ガスの排出に表面的に対応しても、企業としてのレジリエンスを向上させることはできないでしょう。しかも、今ほどレジリエンスが必要なときはないのです。

しかし、本調査では、変化の加速と、価値に基づく、全社的なサステナビリティアジェンダの採用のために活用できる重要な手法も次のように明らかになりました。

  1. 価値の創出に焦点を定める。外部要因のために、短期目標の達成を長期的な優先事項よりも優先するよう求める圧力が生じる可能性がある。サステナビリティ投資がもたらす、単なる財務的価値を上回る多様な価値(従業員、顧客、社会、地球に対する価値など)に重点を置くことで、企業は激動の時代を切り抜けることができる。

  2. 変革的CSuOを育成、任命し、権限を与える。 リーダーシップ、組織変革、ステークホルダーエンゲージメントに関して高度なスキルセットを備えたCSuOを探し出し(または育成し)、経営トップと協議できる職位に任命する。サステナビリティアジェンダについて有意義な権限を付与するとともに、このアジェンダの実行を担当する経営幹部や事業部門の担当者と緊密に協働できる体制を整備する。適切な技術スキルとビジネス感覚を備えたサステナビリティチームにより、CSuOを補助する。

  3. 規制要件と報告要件を改善のツールとして活用する。新たな報告義務を、社内の見直しと変革の契機にする。サステナビリティに関するデータや開示に、財務情報開示と同等の厳格さを求める。これにより、義務の履行に加え、意思決定と戦略策定の強化を図ることができる。

  4. 協働にコミットする。バリューチェーンのパートナー企業、同業他社、他のセクターの企業とも、建設的な関係を築く。スコープ3のような多大な困難が伴うサステナビリティの課題は、単一の企業や単一のセクターが独自に取り組むだけでは解決できない。

  5. データとテクノロジーを活用して、進歩を加速させる。 テクノロジーの導入により、バリューチェーンの効率性、可視性、トレーサビリティを向上させ、コーポレートレポーティングへの信頼を高める。収集したデータを、サステナビリティに関する情報開示の拡充、経営陣の意思決定と戦略策定のための情報提供、イノベーション支援のために活用する。

克服すべき課題が多いことに疑問の余地はありません。しかし、地球が「素晴らしい場所」であることに変わりはないと、Macquarie社Asset Management部門のKristina Kloberdanz氏は語り、次のように述べています。「私たちは、信じられないほど大きな規模で影響力やインパクトを及ぼすことができるのです」

 

本稿の執筆に関し、EY Research Instituteのメンバーである、以下の方々の貢献に深く感謝します:John de Yonge、Patrick Dawson、AnnMarie Pino、Mike Wheelock、Bhavnik Mittal、Sampada Mittal、Swathi Sivaraman


サマリー

世界的にパリ協定で定められた目標を達成するには、企業がサステナビリティの取り組みをたゆまず前進させる必要があります。変革的CSuOがサステナビリティの取り組みを主導し、政策要件の変化を巧みに活用し、スコープ3排出量に正面から立ち向かう企業が、自らが注いだ努力を通じて最大の進歩を遂げ、最大の価値を引き出しています。


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