コーポレートレポーティングでESGの信頼格差を解消するには

コーポレートレポーティングでESGの信頼格差を解消するには


EY Global Corporate Reporting and Institutional Investor Surveyにより、ESG情報開示について投資家との間に大きな見解の相違があることが分かりました。


要点

  • 企業と投資家では、サステナビリティをコーポレートレポーティングに組み込む最良の方法と手段に関する見方が一致していない。
  • 相互理解を深めるには投資家レベルのESG情報開示が鍵を握る可能性があるが、透明性に対するステークホルダーの期待は満たされていない。
  • 長期投資家が期待しているのはサステナビリティの取り組みに関わるものであり、企業はそれを明確に把握しなければならない。


EY Japanの視点

長期的企業価値の重要な構成要素として、ESG(環境・社会・ガバナンス)が投資家の意思決定において果たす役割はますます大きくなっており、比例してESG情報開示に対する期待値も高まる一方です。日本においてもコーポレート・ガバナンス・コードの改訂などを契機に、多くの企業がESG情報開示により一層力を入れています。一方で、「投資家が求める開示ができているかわからない」「あるべきESG情報開示とは何か」といった悩みの声も多く耳にします。

EYが毎年行っている機関投資家に対するグローバル調査でも、投資家と企業の間にESG情報開示に関する見解にさまざまな相違があることが分かっています。本レポートは、その解消に向けた具体的課題と対応の方向性を提示しています。投資家だけではなく、全てのステークホルダーとの信頼あるコミュニケーション構築へのヒントとして、昨今の社会課題であるグリーンウォッシュの回避にも有用な内容です。


EY Japanの窓口

EY新日本有限責任監査法人
CCaSS事業部 シニアマネージャー
川原 千明
※所属・役職は記事公開当時のものです


企業はサステナビリティに対しより多くの時間と資源を投入し、リーダーシップを発揮する努力を続けています。しかし、コーポレートレポーティングとサステナビリティレポーティング—特に(既存の財務諸表と共に)企業とそのステークホルダーが戦略上のリスクと機会に対するパフォーマンスを多面的に伝え、実績を評価するのに役立つ、ESG情報開示に関しては、企業と投資家の期待や目標に依然として大きな隔たりがあるのが現状です。

こうした隔たりが、資本市場の円滑な機能、一致協力して気候変動などの脅威と戦う体制や、企業とその顧客、従業員、コミュニティなどステークホルダーとの間で維持する必要がある信頼関係を揺るがしかねません。EY Global Corporate Reporting and Institutional Investor Survey(PDF)では、情報を開示している企業の財務部門のリーダー1,040名と、その情報の利用者である機関投資家320名を対象に調査を実施し、こうした課題を探っています。その結果、コーポレートレポーティングの未来について、以下の3つの重要なテーマが浮き上がってきました。

  1. 企業と投資家との間の隔たり:長期的価値の創造と持続可能な成長を重視する姿勢の維持や、短期的思考の回避をめぐっては、企業と投資家との間に大きな隔たりがあります。
  2. 有効なコーポレートレポーティングの重要性:有効なコーポレートレポーティングは、連携と理解を深める上で鍵となる可能性があるものの、投資家からは、現在のESG情報開示では自分たちの要件と期待を満たすことができない、との声が聞かれます。
  3. 期待を把握する:今回の調査から、このギャップを解消するには、サステナビリティの取り組みに対する長期投資家の期待をより的確に把握し、財務部門がESG情報開示にどのように関与するかを明確化することでその信頼を獲得する必要があることが分かりました。

第1章  サステナビリティと長期的価値の隔たり
1

第1章

サステナビリティと長期的価値の隔たり

投資家と企業では、ESGレポーティングについての見解が一致していません。

企業と投資家いずれにとっても、長期的な視点には、サステナビリティへの配慮が不可欠です。ところが、短期的利益と長期的価値創造の間のトレードオフについては、投資家と財務部門のリーダーとの間に隔たりがあります。投資家は、短期的利益が減少したとしても、持続可能な長期的価値の創造につながる決定を好む傾向がずっと強いのに対して、財務部門のリーダーにはそうしたトレードオフを行わない傾向がはるかに強くみられます。今回の調査で、投資家の4分の3以上が、このトレードオフを企業が行うべきだと考えているものの、こうした長期的姿勢をとるつもりの財務部門のリーダーは半数程度にとどまることが分かりました。

投資家が考えていること
今回の調査の対象となった投資家の4分の3以上が、短期的に利益が減少したとしても、企業は自社の事業に関わるESGの課題に対処する投資をすべきだと考えています。
企業が考えていること
投資家とは対照的に、調査の対象となった財務部門のリーダーのうち、財務業績や収益性の短期的な低下を招いたとしても、事業に関わるESGの課題に自社が対処すべきだと考えている人は55%にとどまりました。

長期的価値とのトレードオフについて、投資家と財務部門のリーダーの見解が一致していないことで、サステナビリティのパフォーマンスやコーポレートレポーティングで今後問題が生じる可能性があります。それは例えば以下のようなものです。

  • 財務部門のリーダーが、長期的なサステナブル投資を好む投資家とは異なる姿勢をとる場合であっても、企業の情報開示は、投資家が戦略的優先事項とみなす課題を反映したものになるのか。それとも、開示された情報には、成長戦略や持続可能な長期的価値を保護する戦略に関する明確な説明がないと投資家からみなされることになるのか。開示された情報が明確さに欠けるとみなされた場合、持続可能な長期的取り組みをこれまでしてきたが、その努力が「報われて」いない、と企業が感じていることの説明になるのではないか。
  • 同じように、こうした難しいトレードオフを行うことに消極的な企業だとみなされた場合、ESGへの取り組みに関する約束を実行するのに必要な投資コミットメントをリーダーがしないのではないか、と投資家は懸念するようになるかもしれない。

実際のところ、今回の調査の結果から、サステナビリティのパフォーマンスやコーポレートレポーティングについては、企業とステークホルダーとの間に根本的なギャップがあることが分かりました。企業が依然として特定の投資家からの短期的な圧力とみなすものに焦点を当てているのに対して、投資家は長期的な成長に向けた企業の戦略について、確かなインサイトを得ていないと述べています。

企業が考えていること
調査の対象となった大企業(年商100億米ドル超の企業)の半数以上が、「短期的収益を求める圧力を投資家から受けており、それがサステナビリティへの長期的な投資を阻んでいる」と回答しています。
投資家が考えていること
一方、対象となった投資家の5分の4が「サステナビリティに長期的に投資をする根拠を適切に説明していない企業があまりにも多く、それが投資の評価を難しくする場合がある」と述べています。

短期的収益性と長期的な持続可能性のトレードオフという認識の隔たりを考えると、財務部門のリーダーはどのようにしてステークホルダーの信頼を取り戻し、投資家と企業が同じ長期的価値への認識を持てるように変革していけばいいのでしょうか。

第2章  信頼を構築する上での鍵
2

第2章

信頼を構築する上での鍵

コーポレートレポーティングの透明性を高めることで、株主やステークホルダーとの信頼関係を構築することができます。

企業のサステナビリティ情報開示は、その企業の業績、リスク、長期的な成長見通しの各面にサステナビリティの課題が与える影響を把握する際に、投資家が参考とする重要なインサイトの1つです。現在、調査の対象となった投資家の99%が開示されたESG情報を投資の判断材料の1つとして活用しており、そのうち74%が強固かつ構造的なアプローチをとっています。ちなみに、2018年度のEY Global Institutional Investor Surveyでは、調査の対象となった投資家のうち、強固なアプローチをとっていたのはわずか32%でした。

ところが、現在のコーポレートレポーティングにおけるサステナビリティ情報開示については、投資家と企業の間の隔たりが顕著です。投資家は、投資の判断材料として、また企業の成長とリスクプロファイルの評価方法を決める際の参考として、必要な開示情報やデータに基づくインサイトを得られていないと強く感じています。今回の調査では、対象となった投資家の73%が「企業はおおむね、情報開示体制の一段の強化を図っておらず、投資判断に欠かせない財務情報開示とESG情報開示の両方には対応できていない」と答えています。

このような結果は、例えば、気候情報開示の充実に対する投資家の意欲を反映していると言えるかもしれません。2022年度のEYグローバル気候変動リスクバロメーターで、47カ国にわたる1,500社超の企業が行った情報開示を包括的に分析した結果、気候変動リスクを開示する企業は増加しているものの、企業が直面する課題について意味のある開示はなされていないことが分かりました。例えば、調査対象企業の半数強(51%)は、シナリオ分析を実施していないか、分析結果を開示していません。

サステナビリティ情報開示のこうした課題が解決されないままでは、信頼の欠如を招きかねません。一部の企業は、行うよう要請されることのあるトレードオフの複雑さが常に認識されているわけではないと感じていますし、投資家は企業の意図に懐疑的であるという調査結果も出ています。

投資家は透明性重視
今回の調査の対象となった投資家の4分の3が「投資家にどの情報を提供するかの選択に企業は非常に慎重になっており、それがグリーンウォッシングの懸念をもたらしている」と回答しています。
投資家は透明性重視
投資家の4分の3以上が「規制要件に定められていなければ、ほとんどの企業は、判断に有益なESG開示情報を限定的にしか提供してくれない」と述べています。

第3章  今後の展望
3

第3章

今後の展望

2つの優先課題に重点的に取り組むことは、コーポレートレポーティングの未来を変え、ステークホルダーとの隔たりを解消する一助となります。

企業が最優先すべき課題は、コーポレートレポーティングにおけるESG情報開示で、投資家やステークホルダーと足並みを揃えることです。投資家が何を期待しているかについては、焦点化、説明責任、透明性の強化が、不可欠な主たる要素として今回の調査から浮かび上がってきました。

  • 焦点化:企業は、移行リスク、物理的気候リスク、気候シナリオ分析を含む重要な機会と、リスクに関する確かな洞察を提供することで、ポートフォリオをネットゼロ目標に合わせる投資家に対応すべきです。
  • 説明責任:企業は、サステナビリティに関わる強固なガバナンスと取締役会の監督機能を求める投資家の声に応えなければなりません。これは、ESGへの取り組みに関する約束を実行に移し、成果を出している企業にとって重要であると思われます。投資家が重視しているのはESGスチュワードシップと、サステナビリティ目標やその進捗状況について企業のリーダーと継続的にやり取りをすることです。それに対応する上でも、ガバナンスは大きな役割を果たすかもしれません。
  • 透明性:より一貫性があり、比較可能で、信頼できるサステナビリティ情報開示を投資家が求めており、企業はこれに応えなければなりません。また、新しい国際的な報告基準に先手を打って対応し、ESGデータの質を向上させる必要もあります。それが、サステナビリティ情報開示の国際的な報告基準や保証的な精査を強く好む投資家の需要を満たす一助となるはずです。

次に優先すべき課題は、財務部門のリーダーによる関与の在り方を明確にし、コーポレートレポーティングとESG情報開示に対する信頼を高めることです。今回のレポートから、こうした信頼が投資家と企業、双方ともに欠如していることが分かりました。投資家は、ESGの課題に関する情報開示の特定部分について懐疑的です。企業側にしても、すべての企業が現在の情報開示に完全な信任を与えることができると思っているわけではありません。

財務部門のリーダーとそのチームの関与が決まった場合、財務部門の準備は整っていなければなりません。ところが、今回の調査によると、対象となった財務部門のリーダーのうち、自らがサステナビリティ情報開示に必要な能力を十分に備えていると感じている人は少数派です。こうした状況に対処するために、ESGアジェンダと現在進められている幅広い取り組みをもっと密接に結びつけることが財務部門のリーダーには求められます。それが、財務部門の変革にも役立つはずです。

未来の財務部門がチームとして機能する上で、重要となると思われる資質は、スマート、コネクテッド、人材主導型の3つです。

  • スマート:企業は、データ関連の課題と重要なユースケースを明確に把握した上で、データ戦略を策定しなければなりません。また、社内外の関連データソースへのアクセスを提供し、人工知能(AI)などのツールを活用した分析的洞察を提供できるデータ解析能力を構築する必要もあります。
  • コネクテッド:企業は、次世代の財務オペレーティングモデルを構築する必要があります。これは、財務担当者が組織の垣根を超えて連携し、会社の幅広い目標に取り組むのをサポートできるモデルでなければなりません。社外にまで広がるアジャイル型オペレーティングモデルを採用することで、業務をよりダイナミックに完了させ、また、ボラティリティや混乱により柔軟かつ迅速に対応できるようになります。
  • 人材主導型:企業は、財務部門の従来のスキル構成をディスラプトし、需要の変化への対応に必要な能力を見いだすと同時に、従来の行動や姿勢もディスラプトし、より革新的で価値重視の文化を構築しなければなりません。

サマリー

投資家は重要なステークホルダーであり、コーポレートレポーティングの一環として、ESG情報開示の標準化、比較可能性と一貫性を期待しています。さまざまな対策を講じる必要はもちろんありますが、同時に考え方の転換も欠かせません。株主やステークホルダーの信頼を獲得しやすいのは、予定通りに進んでいないことを隠さずにオープンにするなど透明化を図る企業です。