日の入り後のブルーアワーに長時間露光で撮影したJK橋

ライフサイエンス企業が税務・財務部門を変革するには


ライフサイエンス企業が属する業界は複雑であり、税務面を含め、今後ますます厳しい環境となることはまず間違いないとみられます。


要点

  • ライフサイエンス企業は新型コロナウイルス感染症との闘いで中心的な役割を果たしたが、社会が前へと進む今、数々の課題に直面している。
  • サプライチェーンの転換、特許切れ、法令の変更がさまざまな部門を圧迫しており、税務部門も財務部門も等しく影響を受けている。
  • 企業は将来を見据え、企業価値を高めてレジリエンスを構築するために税務モデルと財務モデルの見直しを進めている。


EY Japanの視点

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックへの対応やパテントクリフ(特許の崖)、ボルトオン買収などライフサイエンス業界を取り巻く事業環境の変化の中、税務においてはさまざまな新しい対応が求められています。うちBEPS 2.0 Pillar 2については、関連する税制改正が各国で時期をずらしながら行われており、日系企業では一般的に一元管理されていない税務・財務データを、誰が、何を、いつ、どのように収集して税務コンプライアンスや税務プランニングに対応するかが大きな課題となっています。

同業界では上記の環境において他の業界に比して、よりIPに関する税務プランニングや税務コンプライアンス、さらに移転価格への対応が求められるため、一層複雑になります。

昨今、税務部門には従来の税務リスク管理および税務コスト管理にとどまらず、税情報の開示を含むESGやサステナビリティに積極的に関与し、企業価値の向上に資することも期待されています。

上記の環境・課題に対してはデータテクノロジーを整理・活用し、テクノロジーの提供を含むコソーシングも活用しながら、サステナブルな税務部門の構築・運営を検討する必要があります。


EY Japanの窓口

EY税理士法人
EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・タックスリーダー 金成 龍秀
EY Japan タックス・アンド・ファイナンス・オペレートリーダー/テレコムセクター・タックスリーダー 福澤 保徳
※所属・役職は記事公開当時のものです

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、ヘルスケア・ライフサイエンスセクターは世界中の注目を浴びる存在となりました。今回の危機には迅速な対応が求められたことから、バイオ医薬品業界とバイオテック業界の企業は、パンデミックを克服するために、有効なワクチンと治療法の新たな開発にグローバルレベルで取り組んだのです。

ライフサイエンスセクターはパンデミックの前からすでに関心を集めており、M&A取引額は過去10年間の累計で1兆5,000億ドル、2019年だけでも2,610億ドルに上りました1。そして現在は、パンデミック後の社会におけるヘルスケアの在り方を形づくる数々の新機軸の開発を進めているところです。その1つに細胞・遺伝子治療があり、すでに2,000近くの製品が臨床開発のいずれかの段階にあります。一方、最近の新型コロナワクチンの開発でも使われたmRNA技術をベースとする200を超える製品についても、がん、呼吸器系疾患、心疾患など幅広い疾病を対象とした臨床試験が現在行われているところです。「他に、次世代型の抗体医薬品や、小分子を使って疾患を引き起こす標的たんぱく質を分解するたんぱく質分解技術などもあります」とEY Americas Industry Markets Leader, Health Sciences and WellnessのArda Ural, PhDは言います。

しかし注目が集まるその陰で、同セクターは、今後10年間の事業運営の在り方を間違いなく左右するであろう4つの大きな動きに直面しています。いずれの動きも今後、税務・財務部門に大きな影響を与えることになるでしょう。
 

1. バイオ医薬品のパテントクリフ(特許の崖)

ライフサイエンスセクターで成功の礎となるのは知的財産(IP)です。ところが、2024年から2026年前後に売り上げに大きな打撃を与える見通しのパテントクリフが、コストと収益を強く圧迫しています。ここではバイオ医薬品を例に取って考えてみましょう。バイオ医薬品は、天然資源から分離した強力な医薬品であり、自己免疫状態やがんなど、数多くの疾患の治療に使われます。新薬の特許の満了に伴い、メーカーは、その新薬と同等の効果や安全性を持ったバイオシミラー(バイオ後続品)との競争にさらされることになるのです。開発パイプラインを強化するため、医薬品企業は、研究開発や戦略的パートナーシップに充てる資金を確保すべく、確固たる対応策を進めています。
 

2. 戦略的パートナーシップ

大型のM&Aは過去10年間で8件しかなく、大型M&Aの時代は過去のものとなりつつあります2。その一方で、ボルトオン買収やターゲットを絞ったM&Aは増え続けています。2022年度版 EY M&A Firepowerレポートによると、大手バイオ医薬品企業の2020年初め以降のファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定した指標)は、アライアンスがM&Aを約1.5倍上回っています。こうしたポートフォリオを絞り込む傾向を加速させている一因は、企業が検討を進めている、事業譲渡やスピンオフという形で非中核事業部門を売却して資金を得る動きです。業界全体のファイヤーパワーは現在、コロナ禍前の1兆2,000億ドルから1兆4,000億ドルへと上昇しました。
 

3. サプライチェーンのレジリエンス

地政学的な大変動に加え、勢力図の変化を受け、ライフサイエンス企業は現在、サプライチェーンの切り離し、業務の分散化、その地域に合ったケイパビリティの構築に力を入れています。伝統的に社内製造を重視してきた企業ですら、自社が必要とする新たな生産能力を、外部のテクノロジーや業者から得ようとしています。こうした動きは大きな転換あるいは世界的なデカップリングであり、その影響を受けるのは医薬品事業にとどまりません。この長期的な変革は、業界がリスクとコストを念頭にサプライチェーンをどのように見直すかにも重要な影響を与えることになるものとみられます。
 

4. 法令

ライフサイエンス企業はサプライチェーンや組織構造、IPの構成が複雑で、子会社の報告・情報開示や予測作業が特に複雑になり、税務係争に巻き込まれる可能性が高いことから、BEPS 2.0とPillar 2など法令の導入で、税務コンプライアンス業務と税務係争の件数が大幅に増えることが予想されます。また、税務業務を分散化させる傾向にあり、現地国の税務やそれに関わる報告・情報開示上の多様なニーズへの対応で、複数のサービスプロバイダーを利用することが少なくありません。複数のERP(企業資源計画)システムを持ち、データが一元管理されていないという現状が、こうした多様なアプローチを一段と複雑なものにしています。

それに加えライフサイエンス企業は、こうした業界の動向にうまく対応しながら主要な人材を集め、定着させ、再教育することに力を入れ、社会の急速な変化に合わせて早急に自社のテクノロジー・データに関するケイパビリティの変革に取り組み、会社全体のコスト削減を図る必要があるのです。例えば2022年には、米国と欧州に本社を置く一部大企業を含むバイオ医薬品企業119社が従業員を解雇しました3

要するにライフサイエンス企業は、こうした状況を受け、これまでよりはるかに少ないリソースで、これまでよりはるかに大きな成果を上げるべく取り組んでいるのです。

1

第1章

税務・財務部門への影響

M&Aから新たな税法、税務規制に至るまで、すべてがライフサイエンス企業に影響を及ぼしています。

こうした混乱の影響を非常に強く感じているのがライフサイエンス企業の税務・財務部門であり、この状況は悪化の一途をたどることが予想されます。資金が研究開発やM&Aに充てられていることから、多くの企業で事業の遂行に不可欠な業務を担う部門に回す資金が減少しているのです。一方、ボルトオン買収、ジョイントベンチャー、戦略的パートナーシップ、スピンオフに重点が置かれる傾向にあるため、取引件数とコンプライアンス要件の増加とともに、データソースの数とデータ操作の要件も増えてきました。

世界的に税務法令が絶えず新たに提案されることで国際的な税務コンプライアンス要件が根本的に変わる可能性があり、またサステナビリティに関わる責任の範囲が拡大してコンプライアンスや報告・情報開示関連の業務が増える可能性があることから、税務・財務チームが直面する課題は一段と深刻化しています。問題は、こうした変更・変化の増加や申告要件の強化だけではありません。コスト削減の圧力を受け、業務量に合わせて部門の人員や予算が増やされることが期待できず、組織のリスクが高まっているのです。

EY US-East Operating Model Effectiveness Transfer Pricing Leader for Life SciencesのAna Maria Romeroは、収益力が高く、IPが重要な役割を果たすライフサイエンスセクターでは、企業の税務部門が担う税務プランニングと税務コンプライアンスにおいて、移転価格業務がすでに重要な要素となっていると指摘します。BEPS 2.0などの世界的な税務改革は今後、移転価格、そして納税引当金から税務プランニングや税務コンプライアンス、最終的には税務係争に至るまで、税務ライフサイクルのあらゆる段階に大きな影響を及ぼすことになるものと思われます。

Romeroは「税務部門はおそらく、BEPS 2.0の導入に伴うコンプライアンス要件の拡大に苦戦することになるでしょう」と述べ、続けて「同時に何百件もの移転価格の監査を管理する必要に迫られる恐れもあります」と加えました。またRomeroによると、ほとんどの企業には、こうした追加の業務量をこなすためのリソースや予算が十分にありません。

こうした状況を受け、ライフサイエンス企業の多くが、日常業務に対する昨今のコスト圧力に合わせて税務とテクノロジーのケイパビリティを再構築するために、税務・財務部門の見直しに着手するようになってきました。2022年度版 EY Tax and Finance Operations Survey(TFOサーベイ)の結果から、ライフサイエンスセクターでは企業の84%が見直しを計画しており、95%が自社は今後2年間で税務コンプライアンスなどの日常業務から、法務プランニングや法的係争を含めた戦略的業務へと予算をシフトすると回答していることが分かりました。

ライフサイエンス企業が税務部門を変革
のライフサイエンス企業が税務・財務部門の見直しを進めていると回答しています。

一方で、このTFOサーベイの結果からは、ライフサイエンス企業の税務・財務部門が自らのパーパス(存在意義)とビジョンの実現を阻む、いくつかの大きな障壁に直面していることも明らかになりました。回答者の37%はデータとテクノロジーに関する持続可能な計画がないとし、32%は法令と規制の変更を把握・評価・対応することができない、そして24%は必要な人材を雇用し定着させることができない、と答えています。

2

第2章

法律および規制の変化

収益力の高いライフサイエンスセクターは今後、税制改革の大きな影響を受けることになるとみられます。

規制環境の急速な変化に伴い、報告・情報開示要件は拡大の一途をたどることになるでしょう。先に述べたように、ライフサイエンスは極めて収益力の高いセクターです。そのため、コロナ禍からの復興など混乱の最中にあって政府が税収回復を目指していることから、税法の変更による影響をまともに受けたり、税務係争に巻き込まれる可能性が高まったりします。

一方、報告・情報開示のデジタル化も重要な問題となるものと思われます。ライフサイエンス企業の税務・財務部門では、普及が進む電子納税申告の要件を順守するために、業務量、コスト、リスクプロファイルがさらに増えることになるでしょう。

EYのTFOサーベイによると、企業はこれに対応するため、今後5年間に推計で平均1,060万ドルを税務テクノロジーに費やす見通しです。また、業務を外部に委託している企業も多く、サービスプロバイダーとの協働による、複数の国の税務コンプライアンスと法定報告・情報開示業務のコソーシングから得られるメリットとして最も多く挙げられたのは、リスク軽減(46%)、2番目がコスト削減(31%)でした。

テクノロジー面の課題

税務当局によるデータのデジタル化(一部はリアルタイムでのデジタル化)の要請に加え、相次ぐ新たな規制の導入により、データ量が増え、膨大な計算が必要となるため、ライフサイエンスセクターの企業はシステムに大きな負担がかかることも覚悟しておく必要があります。

「大手多国籍企業はすでに、これまでとは違い、大量のデータにアクセスし、変換し、知見を集める必要に迫られています」とEY Global Health Sciences & Wellness Tax LeaderのRick Fonteは言います。「現行のシステムでは、そうしたデータに効率的にアクセスすることすらできないのではないでしょうか。できたとしても、データを変換し、整理して、納税引当金、税務プランニング・コンプライアンス業務の全過程で利用できる形にすること、つまり、担当者がそのデータの内容を理解し、意味を読み取ることができるようにすることは果たしてできるのでしょうか」

企業はすでに平均で業務時間の40~70%を、データ収集と、それを使えるデータに変換するための時間に費やしています。これは、現在利用可能な自動化のケイパビリティを考えると矛盾するように思えるデータに関する課題です。「BEPS 2.0やESGも考慮に入れると、データを巡る課題はさらに複雑で、やっかいなものになります」とFonteは付け加えています。

こうした問題に対処する上では、自動化が鍵を握る手段の1つとなりますが、ライフサイエンス企業は全般的に最新のテクノロジーの導入で後れを取っているのが現状です。例えば、クラウドベースのプラットフォームを広く利用している企業は27%、また自動化が進んでいる企業も20%に過ぎません。ITシステムやプロセスの多くは財務部門の事業の進め方に合わせて構築されており、税務に必要なデータや報告・情報開示の精度を考慮に入れていないのです。

また多くの企業が近い将来、ERPシステムのアップグレードを図ることになるものと思われます。そのため、ライフサイエンス企業の税務部門は、どのようなデータとテクノロジーが必要であるかを確実に伝え、それが初期計画段階でERPプロジェクトに確実に反映されるようにする必要があります。「これは税務部門だけの問題ではありません。会社全体の問題なのです」とEY Global Head of Transfer Pricing Strategy and InnovationのRonald van den Brekelは言います。「データソースとなるのは財務部門、人事部門、法務部門です。それに合わせてシステムを構築する必要があります」

税務チームはこうしたアップグレードを行うことで、細部に至るまで現状に合った税務体制を構築する機会を得ることができます。その一例が移転価格全体を含めた、最小在庫管理単位(SKU)レベルの価格設定を基にしたERPの策定です。これは、財務計画や財務分析を含め各部門が収益性の予測精度を高める一助となり、より幅広い事業のためにもなります。

そこで出てくるのがコソーシングという選択肢です。EYのTFOサーベイによると、サービスプロバイダーとの協働による、社内税務部門の総合的なデータ・テクノロジートランスフォーメーションの戦略とソリューションの策定から得られるメリットとして最も多く挙げられたのは、税務リスクプロファイルの減少(48%)で、2番目が価値の向上(29%)でした。

「これを独力でできる企業はありません。あるいは、どの企業であっても独力でやるべきではない、と言っておきましょう」とFonteは言います。Fonteによると、資金力があってITインフラやテクノロジーインフラが依然として充実している大企業の中には、新たなソリューションを独自に構築しようとしているところがあるかもしれません。しかし、そうした企業であっても、BEPS 2.0のPillar 2の要件などを踏まえ、外部アドバイザーやサードパーティーのツールへの依存をはるかに強めています。「課税ルールはあまりに複雑な上に、すぐに変更されてしまいます。そのため、カスタムメイドのソリューションを社内で構築し、維持するにはコストがかさみ、リスクが高過ぎることが多いのです」

3

第3章

人材の確保

ライフサイエンス企業にとって、税務と財務の専門家を獲得し、定着させることが課題となっています。

ライフサイエンス企業が直面するもう1つの課題は、業務量が一段と増える中にあって、税務と財務のスペシャリストをいかに獲得し、定着させるかです。ライフスタイルを変えるために、あるいは大きな目的意識や達成感を求めて退職者が相次ぐ「大退職時代」がこうした状況を深刻化させることは間違いありません。

法令、データ、コンプライアンスなどの要件の強化、ボルトオン買収など戦略的提携の増加、サプライチェーンのレジリエンスと新たなビジネスモデルの重視はいずれも税務に影響を与えており、それに伴い業務量が増えています。それでも人員を増やしていない企業が多く、しかもスタッフの多くが、今日の環境で求められている、これまでとは異なるデジタルスキルに欠けるのが現状です。どの企業も、これまでより少ない予算で、より多くの成果を上げる方法を探しています。

「皆、心身ともに消耗しつつある一方、勤務先や働く場所の選択肢は随分増えたので、職場環境が健康に悪い、あるいは割に合わないと思った人は辞めてしまいます」とFonteは言います。「多くの企業が高い離職率と人材争奪戦の激化に直面しているのはそのためです。こうした人の入れ替わりの激しさもまた、税務部門にとって負担となっています」

同時に、ライフサイエンス企業が求める人材も変わってきました。付加価値を生むために現在必要とされているのは、データとテクノロジーに詳しい税務のプロフェッショナルです。TFOサーベイの回答者の92%が、税務・財務担当者は今後3年間で税務の専門的スキルと共に、データ、プロセス、テクノロジー関連のスキルも、中程度から高度へとステップアップさせる必要があると答えました。

税務のスキルアップ
の調査回答者が、税務・財務担当者は専門スキルを磨く必要があると答えています。

人材配分に関しては、日常業務から戦略的業務へ重点を移したいとの声も聞かれます。データ作業に費やす時間が適正ではないと76%が回答しており、67%が税務コンプライアンスについても同様だと答えました。これは、簡単にコソーシングできることであり、それによってステークホルダーとのコミュニケーション、税務プランニング、リスク管理など、より重要な業務に費やす時間を増やすことができます。

4

第4章

ESGを取り巻く状況の変化

ライフサイエンス企業は優遇措置の適用要件の充足に注力しなければなりません。

ライフサイエンス企業のリーダーは、ESGアジェンダについて、現在および将来の従業員、投資家、顧客、エコシステムパートナーの嗜好を反映しているとの認識から、より積極的に対応するようになってきました。そのため税務・財務部門がガバナンスや主要ステークホルダーへの報告・情報開示に費やす時間は著しく増えることになるでしょう。

ライフサイエンス企業は今後、自社が利用できる可能性がある、サステナビリティへの取り組みを対象とした優遇措置や資金支援制度を把握し、数値化すると同時にサステナビリティ関連の税制度案や税制度の実施による影響を見極めることにも注力する必要があるものと考えられます。

このモデル化に当たっては、税制の変更が製品の開発やサプライチェーンに及ぼす直接・間接の影響を考慮に入れることも必要となるでしょう。さらに今後は、ESGの「G」(ガバナンス)が重視され、より多くのデータを、より多くの関係者が利用・閲覧できるようにするという前述の傾向が強まることが予想されます。

ライフサイエンス企業の税務・財務部門には今後、自社の報告・情報開示戦略の策定に積極的に参加し、サステナビリティに関する公的報告・情報開示に伴い生じる可能性のある税務リスクも考慮に入れることが求められます。税務・財務部門は、自社の直接または間接的な社会貢献と税務貢献の実態を総合的かつ適切に伝えることができるようになるのです。最後に、税務部門に今後求められるのは影響の評価だけではありません。自社が事業を展開するすべての国・地域の新しいサステナビリティ対策の順守に必要な税務申告を把握するには、何が必要かの判断も重要となるでしょう。

株主の期待に応えられるかどうかを今後大きく左右するのは、どれだけのデータを入手できるかです。ところが税務・財務部門は通常、データの動向の注視や解析の担当ではありませんでした。フレキシビリティモデルの導入や、必要なサステナビリティ情報の公的機関や株主への開示を行うには、事業の遂行に不可欠な業務を担う部門が自らのデータギャップを評価し、データ戦略において協働する必要があるものと思われます。サステナビリティの推進を求める内外の圧力を受けて進める変革のスピードを税務・財務部門が管理するに当たっては、データへのアクセスの一元管理と主要な解析方法の適切な確立、この2つの組み合わせがゴールドスタンダードとなるでしょう。

新たなテクノロジーを活用したデータ解析と報告・情報開示システムを利用することで、データを生かして自社が実際にどのような貢献をしているかを発信する機会が生まれ、それが自社の見せたいイメージを打ち出す一助となるでしょう。

5

第5章

アウトソーシングかコソーシングか、それともハイブリッドアプローチか

ライフサイエンス企業は効果的な事業運営に何が必要かを把握しなければなりません。

ライフサイエンス企業には、かつてないほど課題が一気に押し寄せてきており、さらにこのセクター特有のコスト圧力も生じています。そのため、可能な限り資金をバックオフィス部門ではなく、企業買収や製品開発に投入しているのです。税務・財務部門を変革する意向を表明する一方で、87%の企業が平均で5.4%の予算削減を計画しています。また、82%が今後24カ月間で一部の税務業務や財務業務をコソーシングする可能性が高いと回答しています。

財政面の制約
のライフサイエンス企業が平均で5.4%の予算削減を計画しています。

Fonteによると、国際的に幅広く事業展開しているライフサイエンス企業の場合、VATやGSTの国際的な間接税コンプライアンス業務について、月間、四半期、年次など数多くの申告、取引関連の高度な作業、データ量の多い作業が膨大にあることから、コソーシングをしたり、テクノロジーソリューションを求めたりする企業が多くなりそうです。「おそらくはその企業にとって最大の市場の一部を除くすべての国・地域の法人所得税申告もコソーシングしやすく、また大抵は間接税との絡みで最初に検討される業務の1つであることが少なくありません」

「米国市場については、米国内に本社を置く企業も、米国外に本社を置く企業も、売り上げ・使用税申告、財産税、事業免許関連の業務をコソーシングする傾向が続いています。こうした業務は作業量とデータ量が非常に多い上に、大抵、当局から頻繁に問い合わせがありますが、税務テクノロジーを活用したツールやプラットフォームを利用すれば作業を大幅に容易にすることができます」

ここで留意すべきは、コソーシングが画一的な提案ではないということです。むしろ企業独自のニーズと課題への対応策と言えます。企業のコソーシング戦略の内容は、その企業が拠点を置く国や地域、業務などの複雑さ、離職率、従業員数と定着してほしい従業員の人数、従業員のスキルセットと経験、(運用するERPシステムの数を含めた)テクノロジーとシステムの現状、信頼できるデータにアクセスする能力、これまでの投資先など、その企業特有のさまざまな要素によって決まります。

つまり、コソーシングに対するアプローチは、ライフサイエンス企業により異なる可能性があるのです。「企業によっては、すべて一括し、大規模な変革の取り組みの一環、大抵はより広範な財務変革の一環として展開するところもあるでしょう」とFonteは言います。「とはいえ、テクノロジーと税務オペレーティングモデルを用いた包括的なアプローチをじっくりと構築していき、その導入を数年間かけて計画通りに進める企業が増えてきました。それは、このアプローチにより、自社への影響、コスト、混乱を管理できるからです」

Fonteによると、さまざまな税務業務を担う現地の財務・税務チームが業務を委託している事業者が数多くあるため、コソーシングをすでに行っていると考える企業が多いと考えられます。「ちなみに、それは私たちが考えるコソーシングではありません。いわば秩序だったカオスです。コストとプロセスを効率化し、一元管理されたデータと解析結果にアクセスして活用し、世界規模の可視化とリスク管理の実現を可能にするガバナンスモデルを導入することがまったくできないのは、一元的アプローチがないからです」

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    サマリー

    ライフサイエンスセクターは、社会が新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対処し、乗り越える中心的役割を果たしました。しかし今、ライフサイエンス企業はさまざまなコスト圧力や資源圧力に直面しており、今後は企業全体でオペレーティングモデルの変革に取り組む必要があるでしょう。この変革の中で、税務・財務部門は今後、サプライチェーンの混乱、コスト削減圧力、業界の動向の変化、世界的な税務法令の新たな導入がもたらす税務面と報告・情報開示面の影響に対処する必要があります。これが困難を伴うものとなることは間違いありませんが、それにより税務・財務部門は、組織に真の付加価値をもたらし、進むべき方向へと導く機会を得ることができます。


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