EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
ライフサイエンスセクターはパンデミックの前からすでに関心を集めており、M&A取引額は過去10年間の累計で1兆5,000億ドル、2019年だけでも2,610億ドルに上りました1。そして現在は、パンデミック後の社会におけるヘルスケアの在り方を形づくる数々の新機軸の開発を進めているところです。その1つに細胞・遺伝子治療があり、すでに2,000近くの製品が臨床開発のいずれかの段階にあります。一方、最近の新型コロナワクチンの開発でも使われたmRNA技術をベースとする200を超える製品についても、がん、呼吸器系疾患、心疾患など幅広い疾病を対象とした臨床試験が現在行われているところです。「他に、次世代型の抗体医薬品や、小分子を使って疾患を引き起こす標的たんぱく質を分解するたんぱく質分解技術などもあります」とEY Americas Industry Markets Leader, Health Sciences and WellnessのArda Ural, PhDは言います。
しかし注目が集まるその陰で、同セクターは、今後10年間の事業運営の在り方を間違いなく左右するであろう4つの大きな動きに直面しています。いずれの動きも今後、税務・財務部門に大きな影響を与えることになるでしょう。
1. バイオ医薬品のパテントクリフ(特許の崖)
ライフサイエンスセクターで成功の礎となるのは知的財産(IP)です。ところが、2024年から2026年前後に売り上げに大きな打撃を与える見通しのパテントクリフが、コストと収益を強く圧迫しています。ここではバイオ医薬品を例に取って考えてみましょう。バイオ医薬品は、天然資源から分離した強力な医薬品であり、自己免疫状態やがんなど、数多くの疾患の治療に使われます。新薬の特許の満了に伴い、メーカーは、その新薬と同等の効果や安全性を持ったバイオシミラー(バイオ後続品)との競争にさらされることになるのです。開発パイプラインを強化するため、医薬品企業は、研究開発や戦略的パートナーシップに充てる資金を確保すべく、確固たる対応策を進めています。
2. 戦略的パートナーシップ
大型のM&Aは過去10年間で8件しかなく、大型M&Aの時代は過去のものとなりつつあります2。その一方で、ボルトオン買収やターゲットを絞ったM&Aは増え続けています。2022年度版 EY M&A Firepowerレポートによると、大手バイオ医薬品企業の2020年初め以降のファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定した指標)は、アライアンスがM&Aを約1.5倍上回っています。こうしたポートフォリオを絞り込む傾向を加速させている一因は、企業が検討を進めている、事業譲渡やスピンオフという形で非中核事業部門を売却して資金を得る動きです。業界全体のファイヤーパワーは現在、コロナ禍前の1兆2,000億ドルから1兆4,000億ドルへと上昇しました。
3. サプライチェーンのレジリエンス
地政学的な大変動に加え、勢力図の変化を受け、ライフサイエンス企業は現在、サプライチェーンの切り離し、業務の分散化、その地域に合ったケイパビリティの構築に力を入れています。伝統的に社内製造を重視してきた企業ですら、自社が必要とする新たな生産能力を、外部のテクノロジーや業者から得ようとしています。こうした動きは大きな転換あるいは世界的なデカップリングであり、その影響を受けるのは医薬品事業にとどまりません。この長期的な変革は、業界がリスクとコストを念頭にサプライチェーンをどのように見直すかにも重要な影響を与えることになるものとみられます。
4. 法令
ライフサイエンス企業はサプライチェーンや組織構造、IPの構成が複雑で、子会社の報告・情報開示や予測作業が特に複雑になり、税務係争に巻き込まれる可能性が高いことから、BEPS 2.0とPillar 2など法令の導入で、税務コンプライアンス業務と税務係争の件数が大幅に増えることが予想されます。また、税務業務を分散化させる傾向にあり、現地国の税務やそれに関わる報告・情報開示上の多様なニーズへの対応で、複数のサービスプロバイダーを利用することが少なくありません。複数のERP(企業資源計画)システムを持ち、データが一元管理されていないという現状が、こうした多様なアプローチを一段と複雑なものにしています。
それに加えライフサイエンス企業は、こうした業界の動向にうまく対応しながら主要な人材を集め、定着させ、再教育することに力を入れ、社会の急速な変化に合わせて早急に自社のテクノロジー・データに関するケイパビリティの変革に取り組み、会社全体のコスト削減を図る必要があるのです。例えば2022年には、米国と欧州に本社を置く一部大企業を含むバイオ医薬品企業119社が従業員を解雇しました3。
要するにライフサイエンス企業は、こうした状況を受け、これまでよりはるかに少ないリソースで、これまでよりはるかに大きな成果を上げるべく取り組んでいるのです。