EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2021年、バイオ医薬品業界のM&Aファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定した指標)は、2014年以来初めて1.2兆米ドル近くまで到達しました。しかし前年に引き続き、そのファイヤーパワーが多額の取引額に結び付く結果とはなりませんでした。駆け込みの大型M&Aがなかったため、2021年のバイオ医薬品業界のM&A取引総額は過去最低レベルになる見込みで、昨年の取引額の最高は120億米ドルにとどまりました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは拡大と収縮を繰り返し、今なお人々の生活を脅かしています。この未曽有の危機に迅速に対処するため、一部の外資バイオ医薬品企業はmRNAという新しい創薬モダリティをワクチン開発に活用し、極めて短期間で実用化にこぎつけました。
一方、日本でも複数の製薬企業が国産ワクチンや治療薬の開発に取り組んでいますが、さまざまな理由からいまだ開発途上にあるため、依然として全てのワクチン、治療薬を海外製品に頼らざるを得ない状況が続いています。
ウイルスのみならず世界に数多く存在するアンメット・メディカル・ニーズに応えていくために、日本のバイオ医薬品企業は自社技術にこだわることなく、他企業とのアライアンスや戦略的パートナシップも積極的に活用して、外部イノベーションを創薬に取り入れていくことが求められています。
とはいえ、2021年がM&A低迷の年だったわけではありません。大手バイオ医薬品企業がトランスフォーマティブなM&Aディールではなく小規模なボルトオン買収を好んだことから、バイオ医薬品業界の取引件数は前年比で増加しています。全体では、バイオ医薬品業界の取引件数の88%がボルトオン買収でした。
一方、医療機器業界は引き続き買収によって、場所(家庭や個人医院や病院)に関係なく医療をシームレスに提供できる新しいビジネスモデルを加速させました。実際、2021年にライフサイエンス業界の取引に費やされた2,190億米ドルのうち、51%が医療機器関連の買収でした。
買収に関しては、バイオ医薬品企業には慎重にならざるを得ない理由がありました。2021年はほぼ売り手市場で、ターゲット企業の評価額が高い水準で推移し、資金調達も容易な状況にありました。そのため買収のターゲット企業は、成長のための資金調達をM&Aに頼る必要がありませんでした。では、バイオ医薬品企業のM&A担当者にとってはどうだったでしょうか。科学的に見てリスクがない資産の完全買収に関心を持つ買い手にとっては、高額な買収プレミアムを支払う以外の選択肢はほぼありませんでした。
一方で、主要バイオ医薬品企業にはM&A環境が落ち着くのを待っている余裕はありません。今や科学的ルネサンスの全盛期です。大手バイオ医薬品企業が競争力を維持するには、外部イノベーションを積極的に求めていく必要があります。簡単に言えば、ビジネスを変革したいのであれば取引せよ、ということです。
しかし2021年に明らかになったように、ここでいう取引は買収とは限りません。実際、 2022 EY M&A Firepowerレポート(PDF、英語版のみ) のデータを見ると、企業は引き続き、資本配分をM&Aからアライアンスや戦略的パートナーシップにシフトさせたことが分かります。
主要バイオ医薬品企業が2020年初頭からアライアンスに活用したファイヤーパワーはM&Aの1.5倍でした。2022年に持続可能な資本配分を行うには、新たな人材獲得やイノベーション推進のために幅広く戦略的なパートナーシップを組むなど、アライアンスの潜在的メリットを活用することがさらに重要となるでしょう。
もちろん、アライアンスはリスクを相殺するもう1つの手段であり、互いに価値を示し信頼を構築する機会を双方に与えるものでもあります。「成功の可能性を高めるためには、企業は必要な専門知識と強力なコラボレーション文化を持っていなければなりません」とドイツ・ダルムシュタットに本拠地を置くMerck KGaA社のChair of the Executive Board兼CEOであるBelén Garijo氏は説明します。「デューデリジェンスの一環として、提携先との文化的相性を厳しく見定めるのはそのためです」
成功の可能性を高めるためには、企業は必要な専門知識と強力なコラボレーション文化を持っていなければなりません。デューデリジェンスの一環として、提携先との文化的相性を厳しく見定めるのはそのためです。
EYの調査では、アライアンスはバイオ医薬品企業に大きな価値をもたらすことが示唆されています。過去の投資利益率(ROI)を見ると、アライアンスの方がM&Aよりも33%高くなっています。またついでながら言うと、競争ではなくアライアンスの力を語るのに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンの市場投入ほど良い例はないかもしれません。これまでワクチン市場は、深い専門知識とインフラを持つごく一部の企業が独占してきました。しかし、ワクチンのコア機能より先を見越して、パートナーシップを通じて、mRNA(メッセンジャーRNA)という新しい技術の可能性に賭けた企業が大きな成功を収めています。
もちろん効果的なパートナーシップの実現には課題もあります。前払い金額を少なくすることで、大企業はリスクヘッジに走り、次の変曲点(転換期)到達に必要なサポートを提携先に与えないという事態になるかもしれません。提供先企業はリソースを十分に確保し、単に大企業の言いなりになるのではなく、イノベーションの真のエンジンとして進歩を止めず経営していかねばなりません。
興味深いことに、EYの調査によれば、バイオ医薬品企業は2021年、前払い金額が比較的少ない小規模なアライアンスを優先していたことがいくつかの指標から分かります。前払い金額が1億米ドル超の案件が38件だった2020年とは対照的に、2021年は11月30日までの時点でわずか31件でした。前払い金額の平均は、前年からおよそ3,000万米ドル減少しています。
バイオ医薬品企業が今後を見据えるとき、今後生じる特許切れと科学の進歩の速さを考えると、M&Aとアライアンスの両方が今後も引き続き検討課題となるのは確実でしょう。主な投資分野として挙げられるのは細胞治療や遺伝子治療、抗体薬物複合体(ADC)、RNA・DNAベースの医薬品などの新たなモダリティです。業界をリードするバイオ医薬品企業は、そうした能力を社内調達するべく奮闘しているようですが、調査によると現在のパイプライン中でそれは少数派です。このことは特にがん治療において当てはまります。
高額な買収プレミアムは2022年も引き続き、買い手側の大手バイオ医薬品企業にとって障害となるでしょう。有力な臨床データが含まれた後期開発段階または市販段階の資産は、特にがんなどの競争の激しい治療分野では引き続き高額で取引されるでしょう。しかし大手企業の中にはM&Aに投入できる多額の現金資金を有する企業もあり、それを足固めに使う圧力が高まるかもしれません。そうした買収が行われれば、過去2年間減少傾向だったバイオ医薬品企業の取引額が上昇に転じることもあり得ます。
しかし大半の企業には、首位の座を買う資金や意向はないでしょう。そうであればアライアンスが第一の優先事項となります。
こうした理由から、2022年の戦略は2021年の戦略を継続することになるでしょう。企業が今後考慮すべき点は以下の通りです。
こうした環境の中、成長目標の達成を目指してより賢く早く、戦略的にパートナー選びを模索するバイオ医薬品企業が増えるにつれ、M&Aはそれを支える役割を帯びることになるかもしれません。
取引を行うファイヤーパワーに余⼒があることから、バイオ医薬品企業はボルトオン買収やパートナーシップに注力するとともに、成長目標達成のための資金調達としてダイベストメント(資産売却)を模索することになるでしょう。
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