イノベーションボックス税制

情報センサー2024年10月 Tax update

イノベーションボックス税制


2025年4月からイノベーションボックス税制の適用が開始されます。日本の研究開発拠点としての立地競争力を強化し、無形資産投資を促進することを意図して、国内で自ら行う研究開発によって生じた特許権等の譲渡等により生ずる所得の30%相当を所得控除する制度です。ここでは現在法制化されている内容を中心に解説します。


本稿の執筆者

EY税理士法人 グローバル・コンプライアンス・アンド・レポーティング部 税理士・公認会計士 矢嶋 学

法人向けコンプライアンス業務の他、組織再編および事業承継コンサルティング、大規模法人を対象とした税務リスク・アドバイザリー業務に従事。EY税理士法人内の研究開発税制チームリーダー。従前は国税職員として相続税、法人税の調査経験を有する。



要点

  • 国内で自ら行う研究開発によって生じた特許権等の譲渡等により生ずる所得の30%相当を所得控除する制度。
  • 適用期間は2025年4月1日から2032年3月31日までの7年間。
  • 所得控除の対象となる金額の算出方法の詳細は今後定められる財務省令やガイドラインで明らかになる。


Ⅰ はじめに

2024年度の税制改正で「特許権等の譲渡等による所得の課税の特例」が創設されました。これは「イノベーションボックス税制」あるいは「イノベーション拠点税制」と呼ばれるもので、国内で自ら行う研究開発によって生じた特許権等の譲渡等により生ずる所得の一定割合を所得控除する制度です。日本の研究開発拠点としての立地競争力を強化し、無形資産投資を促進することを意図した新しい優遇税制となっています。

研究開発投資に対する税制面の支援措置として、この他に研究開発税制(試験研究を行った場合の法人税額の特別控除)が存在します。この両者の関係は、研究開発税制がビジネスの入り口(研究開発段階)を支援する制度である一方、イノベーションボックス税制はビジネスの出口(研究開発の成果を享受する段階)を支援する制度という位置付けになっています。

 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版(令和5年 6 月16日閣議決定)」においても、「利益の源泉たるイノベーションについても国際競争が進んでおり、民間による無形資産投資を後押しする観点から、海外と比べて遜色なく知的財産の創出に向けた研究開発投資を促すための税制面の検討や、通信やコンピューティング基盤など次世代の付加価値を創造する基盤設備への投資を含めた、イノベーション環境の整備を図る。」旨の記載があり、海外の制度も意識しながら制度設計が行われています。

 

本制度の施行は2025年4月1日以降開始事業年度となっており、関係法令の中には本稿の執筆時点で法制化されていないものも存在します。そこで本稿では、現在明らかになっている制度の内容と今後明らかになる項目に分けて解説することとします。

図1 イノベーションボックス税制のイメージ

図1 イノベーションボックス税制のイメージ

出典: 経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業省関係 税制改正について 令和5年12月」 6ページ www.meti.go.jp/main/zeisei/zeisei_fy2024/zeisei_k/pdf/zeiseikaisei.pdf (2024年9月2日アクセス)


Ⅱ 制度の内容

1. 適用対象法人

青色申告書を提出する法人が適用対象法人となります。


2. 適用事業年度

適用事業年度は2025年4月1日から2032年3月31日までの間に開始する各事業年度の7年間です。租税特別措置法の優遇税制は2~3年の期間で制度化されるものが多いところ、本制度は研究開発から特許権等の取得までに一定の期間を要することや、特許権が収入をもたらす期間は平均的に7年程度であることから、7年間という比較的長い期間の制度となっています。


3. 特許権譲渡等取引

本制度の対象となる特許権譲渡等取引とは、次のイ及びロの取引を言います。

イ 居住者又は内国法人に対する特定特許権等の譲渡(関連者に対する特定特許権等の譲渡を除く)

ロ 他の者に対する特定特許権等の貸付け(関連者に対するものを除く)

上記の特定特許権等とは、特許権 、人工知能関連技術を活用したプログラム著作物として一定のもの(適格特許権等)のうち、適用対象法人が2024年4月1日以後に取得又は製作をしたものを言います。


4. 適用対象となる所得金額

本制度の適用対象所得金額は、原則による所得金額と、2027年4月1日前に開始する事業年度に適用される経過措置による所得金額の2種類があります。

(1) 原則

適用対象所得金額の原則は、適用事業年度において行った特許権譲渡等取引ごとに、その特許権譲渡等取引に係る所得の金額に研究開発割合を乗じて計算した金額の合計額となります。

特許権譲渡等取引に係る所得の金額とは、特許権譲渡等取引に係る収益の額としてその適用対象事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入される金額から、その特許権譲渡等取引に係る譲渡原価の額、特許権等の出願、審査、登録又は維持に要する費用の額、その他一定の金額のうち、その適用対象事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される金額を減算した金額とされています。

特許権譲渡等取引に係る所得の金額がマイナスになった場合には、そのマイナスの金額を他の特許権譲渡等取引に係る所得の金額と合計して計算します。なお、合計した後の金額がゼロに満たないときはこれをゼロとします。

研究開発割合とは、次のイの金額のうちにロの金額の占める割合をいいます。なお、イの金額が ゼロである場合は、研究開発費割合はゼロとなります。

イ その適用対象事業年度及びその適用対象事業年度前の各事業年度(2025年4月1日以後に開始する事業年度に限ります)において生じた研究開発費の額のうち、その特許権譲渡等取引に係る特定特許権等に直接関連する研究開発に係る金額の合計額

ロ イの金額に含まれる適格研究開発費の額の合計額

適格研究開発費の額とは、研究開発費の額のうち、次の金額以外の金額をいいます。

イ 他の者からの適格特許権等の譲受け又は借受けによって生じた研究開発費の額

ロ 国外関連者に委託する研究開発及び非国外関連者に委託する研究開発のうち国外関連者に再委託されることがあらかじめ定まっている場合などの一定の研究開発

ハ 適用対象法人の国外事業所等を通じて行う事業に係る研究開発費の額

(2) 経過措置

2027年4月1日前に開始する事業年度は、その適用対象事業年度において行った特許権譲渡等取引に係る特定特許権等のいずれについても、その特定特許権等に直接関連する研究開発に係る研究開発費の額がその適用対象法人の2025年4月1日前に開始した事業年度において生じていない場合など一定の場合を除き経過措置が適用され、本制度の対象となる所得の金額を算出する際に、経過措置研究開発費割合を用いることになります。経過措置研究開発費割合とは、次のイの金額のうちにロの金額の占める割合をいいます。なお、イの金額がゼロである場合は、研究開発費割合はゼロとなります。

イ その適用対象事業年度及びその適用対象事業年度前2年以内に開始した各事業年度において生じた研究開発費の額の合計額

ロ イの金額に含まれる適格研究開発費の額の合計額

原則による研究開発費割合は、研究開発費の額のうち、その特定特許権等に直接関連する研究開発に係る金額を算出した上で計算することとされますが、経過措置研究開発費割合は特定特許権等に直接関連する研究開発に係る金額を算出せず、研究開発費の全体の金額を用いて計算します。

なお、特許権譲渡等取引、研究開発費の額及び適格研究開発費の額は原則と同様です。


5. 所得控除の金額

本制度の適用により損金の額に算入される金額は、 適用対象所得金額と、その適用対象事業年度の所得の金額(所得基準額)のうちいずれか少ない金額の30%相当額とされています。

この所得基準額とは、本制度を適用しないで計算した場合の所得の金額から、繰越欠損金を控除した金額とされますが、欠損金の繰越控除額が欠損金控除前の所得金額の50%相当額となる場合であっても、前期から繰り越された欠損金の全額を控除したものと仮定した場合の所得の金額となります。

また、グループ通算制度を適用している法人については、通算グループ内の損益通算後の所得の金額の合計額から、通算グループ内の繰越欠損金額の合計額を控除した金額を通算グループ全体の所得基準額として、これを各通算法人の通算前所得金額の比で按分した金額を各通算法人の所得基準額とすることとされています。

図2 所得控除額

図2 所得控除額

出典:経済産業省「令和6年度(2024年度)経済産業省関係 税制改正について 令和5年12月」 7ページ  www.meti.go.jp/main/zeisei/zeisei_fy2024/zeisei_k/pdf/zeiseikaisei.pdf(2024年9月2日アクセス)

6. 申告要件

この制度の適用を受けるためには、確定申告書等に損金の額に算入される金額の記載を行うと共に、損金の額に算入される金額の計算に関する明細書 、その他一定の事項を記載した書類を添付する必要があります。



Ⅲ 今後明らかとなる項目

前述のとおり、イノベーションボックス税制は今後定められる財務省令や、策定を予定しているガイドラインによって明確化されるものがあります。ここでは経済産業省の「我が国の民間企業によるイノベーション投資の促進に関する研究会」の資料を参考にして、主なものを取り上げます。


1. 適格特許権等の定義

この制度の対象となる適格特許権等とは、特許権、人工知能関連技術を活用したプログラムの著作物のうち、我が国の国際競争力の強化に資するものとして財務省令で定めるものをいうこととされています。経済産業省から公表されている資料によると、特許権に海外で登録された特許権を含むこと、人工知能関連技術を活用したプログラムの定義は次の3類型を対象として規定することが検討されています。

① AIモデルによる機械学習をサポート(効率化・性能向上)するプログラム(例:学習に必要なデータのタグ付けツール、RAG<検索拡張生成>等)

② AIモデルによる機械学習アルゴリズムそのもののプログラム(例:基盤モデルや、個別の環境に特化したモデル等)

③ 機械学習アルゴリズムの実現に必要なプログラム(例:クラウド上でGPU等のハードウェアを稼働させるために必要な制御ソフト等)


2. ガイドラインの策定

前述の経済産業省「我が国の民間企業によるイノベーション投資の促進に関する研究会」において、「イノベーション拠点税制ガイドライン」の策定に向けた具体的な議論が行われています。ガイドラインでは、対象となる知的財産権とその留意点、知的財産権由来の所得の具体例、自己創出比率計算の具体例、経済産業省による証明書の交付手続き、その他参考様式などが盛り込まれる予定です。


3. 経済産業省による対象知的財産権の確認独立企業間価格を算定するための書類

産業競争力強化法の省令において、特許権譲渡等取引に関する確認制度が設けられる予定です。その確認に係る書類等は財務省令で定める書類として今後定められ、確定申告書等に添付することになります。


Ⅳ おわりに

本制度の適用にあたっては、どの知的財産権が対象となるのか、また、適用対象所得金額の算出にどこまでの金額を含めるのか等、判断に迷う部分が少なからず生じます。その点は今後策定されるガイドラインで明らかになると考えられますので、その公表に期待したいと思います。

また、制度の適用開始まで少し時間がありますので、自社内の研究開発から生じる知的財産権の内容とその成果の活用状況を改めて確認するとともに、今後法制化される内容にも注目していただきたいと思います。



サマリー 

2025年4月からイノベーションボックス税制の適用が開始されます。日本の研究開発拠点としての立地競争力を強化し、無形資産投資を促進することを意図して、国内で自ら行う研究開発によって生じた特許権等の譲渡等により生ずる所得の30%相当を所得控除する制度です。ここでは現在法制化されている内容を中心に解説します。


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