CEOが直面する喫緊の課題:価値創造の中心にリジェネレーションを据えるには

CEOが直面する喫緊の課題:価値創造の中心にリジェネレーションを据えるには


ステークホルダーは、よりサステナブルなビジネスへの取り組みをさらに先へ、より迅速に進めることを企業に求めています。


要点

  • 自然環境のサステナビリティと社会のサステナビリティという2つの課題が相互に結びつき、リジェネレーション(再生)の必要性が高まっている。
  • サステナビリティに対していまだに独善的な考えや偏った考えを持っている組織は多いが、リジェネレーションには包括的なアプローチが必要となる。
  • ポジティブなビジョン、イノベーションの規模拡大と共創、適切な指標、変革なしに、リジェネラティブな価値を実現することはできない。

EY Japanの視点

企業にとっての主要なステークホルダーである投資家の多くが、ESG関連課題への対応を迫っています。今やESGへの対応は企業にとって自社の存続と長期的価値(LTV)の創出に不可欠な要素です。

足元の状況を見ると、TCFD提言の公表を機に、気候変動への取り組みを財務的価値と関連付けて可視化する試みは大きく進展しています。自然資本(TNFD)や人的資本の分野でもTCFDの枠組みをベースとした非財務情報開示が急速に進むと考えられます。

しかしながら、投資家は例えばScope3を含むGHG排出削減に関して情報開示で可視化された目標や取り組みの実効性や実現性に注目しています。

リジェネレーションの概念を用いて、CEOやビジネスリーダーが実効性と実現性を伴う戦略や施策、さらにはその上位概念である長期的なありたい姿(ビジョン)を示すことで、投資家やサプライチェーン上のステークホルダーからの共感を得て、自社と社会へのポジティブなインパクトを共創していくことが求められています。


EY Japanの窓口

齋田 温子
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS(気候変動・サステナビリティ・サービス)事業部 エグゼクティブディレクター

現在私たちが直面しているのは、何十億人もの人の健康、安全、暮らしを脅かす自然資本の損失と気候変動の転換点であることを踏まえると、環境にこれ以上負荷をかけないようにするというニュートラル(中立)目標では意欲不足であると、ますますみなされるようになってきました。

顧客や従業員は、Z世代を中心に、企業のグリーンウォッシングや「グリーンウィッシング」にうんざりし、明白な効果を要求しているのです。環境正義と公正な移行を求める声が高まり、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の問題をもはや個別の独立した課題として扱うことはできないという現状が浮き彫りとなっています。

実際、自然環境面の課題と社会面の課題が相互に結びつき、これに対処するため、近年ではクライメート(気候)ポジティブ、ネイチャーポジティブ、ネットポジティブな事業など、ポジティブなアプローチが台頭してきました。同時に、気候変動を抑制する努力と、生物多様性の損失を食い止める努力は、より幅広い包括的なアプローチの一環として一緒に取り組まない限り成功しないという認識も高まっています。

リジェネレーションとは、課題に包括的に対処し、長期的価値を創造し、守るための新たな枠組みをCEOやビジネスリーダーに提供する概念です。それにより組織は新たなバリュードライバーに対応することができ、イノベーションが促され、企業とそのステークホルダーのレジリエンスが構築されます。

EY Global Deputy Vice Chair, SustainabilityのAmy Brachioと、Rheaply社創業者のGarry Cooper氏がEY Innovation Realizedサミットでリジェネレーションの重要性について述べています。以下の動画よりご覧ください。

リジェネレーションアプローチの目的は、中立からさらに取り組みを進め、システムを全面的に変え、世界的な課題の根本原因に対処することです。すべての生物が繁栄できる環境をつくり、自然と人間、そして経済に自立的でポジティブな良い結果をもたらすことを目指しています。リジェネレーションは、避けなければならない気候変動問題ではなく、実現しなければならない未来の大胆なビジョンを示します。

EYのCEO Imperativeシリーズでは、組織の未来を再構築するための重要な解決策とアクションを提起(または提案)することを目的としています。将来の戦略を模索し、その着想の元となり、またそれに疑問を呈することが、このシリーズの担う重要な役割の1つです。本稿では、リジェネレーションの喫緊の課題と、リジェネラティブな成果の達成に向けた4つの主なアプローチを掘り下げるとともに、それらを可能にし、実践している企業の事例を紹介します。

  1. 大胆でポジティブな未来のビジョンを描く
  2. リジェネラティブなイノベーションの規模拡大と共創を図る
  3. リジェネラティブな成果を達成するための異なる測定方法を構築する
  4. リジェネラティブなトランスフォーメーション・ジャーニーを始める

 

なぜリジェネレーションなのか、なぜ今なのか?

人間は、酸素や水、食物、暮らし、文化、炭素の調節など、必要不可欠なものを自然システムに依存して生きています。それにもかかわらず、私たちは地球のバイオキャパシティーを著しく超えて消費しているのです。その赤字が1970年代以降増え続けているため、自然システムは崩壊し始め、供給ができなくなってきました。

5億人の食を支える海洋バイオマスは減少し、海洋プラスチックごみがもたらす脅威がますます高まってきました。集約農法と農業の大規模化が気候変動の原因となり、また土壌の劣化と砂漠化の拡大を招いています。産業用水と飲料水の水争奪戦は激化する一方です。生物多様性の損失が、生態系の機能と天然炭素の吸収を低下させ、森林破壊がアマゾンを世界最大の二酸化炭素吸収源から、二酸化炭素排出源へと変えつつあります1。異常気象が増える一方、自然を活用したレジリエンスの源が消えようとしているのです。

先進国は2世紀近くにわたり、このような現状を招いた資源集約的な経済の恩恵を受けてきました。一方、気候変動による損失と損害をもっぱら受けるのは、途上国や貧しい地域です。Z世代の半数は、気候変動の影響を非常に受けやすいものの、それに対応する態勢がきちんと整備されていない国・地域に住んでいます。

国連総会では先日、清潔で健康的、かつ持続可能な環境を人権と認め、環境・社会・経済の各要素のつながりを強調しました2

このような生態的・社会的赤字の拡大を踏まえると、「中立」目標でも十分に意欲的とは言えません。今こそ、リジェネレーションにより、自然環境の容量と人間の能力を高めるべき時なのです。

リジェネラティブなリセット

サステナビリティは、グリーン(環境への負荷の削減)から始まり、中立(環境に害を与えないこと)、そして回復(損傷を修復すること)へとつながる旅のように捉えることができます。その先にあるのは再生であり、すべての生物が繁栄できる環境を体系的に整えることで、地球、人間、場所にとってまさにプラスとなるのです3

リジェネレーションへの取り組みは、経済、事業、社会が自然環境と離れたところにあるのではなく、その中にあることを認識することから始まります。

自然システムは本来、自立的かつ互恵的で、回復力があります。リジェネレーションとは、自然システムの原理を、人間が動かすシステムに適用して、同じ種類の成果を実現しようという考え方です4

この考え方では、部分的な把握や原因と結果の直線的な因果関係ではなく、システム全体と参加者間の複雑な相互関係全体の理解を優先します。

最も重要なのは、リジェネレーションでは根本原因を探るとともに、気候変動や生物多様性の損失のような世界的課題を解決するためには、このような現状を招いたシステムを根本的に変えなければならないという信念の実現に向け、挑戦することです。

ビジネスリーダーとそのチームが、リジェネレーションの実現に向けて組織を前進させるための唯一の処方箋というものはありません。逆に、「企業がリジェネレーションへの取り組みを始めるには、まず何より文化とアイデンティティーを変えなければなりません」とPositive社のChief Ecosystem Officer & Co-Founderで、「Positive Compass」の共同執筆者でもあるNiels de Fraguier氏は指摘します。「この旅は、組織のDNAを形成するために、従業員、顧客、サプライヤー、リーダーの誰もが参加できるようにする必要があります」

このように本腰を入れて取り組まなければ、リジェネレーションもまた単なるバズワードと化し、ありきたりなものになってしまいます。「これは完全なるリセット。新しいレンズを通して世界を見る必要があるのです」とde Fraguier氏は言います。

自宅の窓から外を眺める若い女性
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第1章

大胆でポジティブな未来のビジョンを描く

リジェネレーションで、ポジティブなビジョンについてのナラティブを再構築します。

気候変動をはじめとするサステナビリティに関わるコミュニケーションやメッセージを見ると、差し迫る災害に焦点を当て、地球温暖化の度合いに基づく科学的シナリオを取り上げ、数年先のマイルストーンに目を向けています。つまり、人間の心理にほぼ完ぺきに逆行するように設計された内容です。

⼈間の⾏動は楽観バイアスの影響を受けます。好ましい事象に遭遇する確率を⾼く⾒積もり、好ましくない事象に遭遇する確率を低く⾒積もる傾向にあるのです。私たちは、将来⼤きな恩恵を受けられることより、コストが少なく、現在⼩さいながら恩恵を受けられることを明らかに重視します。容易かつ明確にイメージできないことは信じられないため、気候変動が近い将来私たちの⽣活に影響を与えると想像することが難しいのです。

私たちは良くない出来事に直面するとフリーズしがちですが、恩恵があるならば行動する傾向が強いのです。最終的にポジティブな結果が得られることを強調すれば、人々が貢献してくれる可能性は高くなります。

それどころか、気候変動について考えることを完全に避けています。「ネガティブな感情を生むため、私たちはネガティブなことから目を背けたくなる傾向がある」とDirector of the Affective Brain Lab at the University College of LondonのTali Sharot博士は指摘します。「私たちは良くない出来事に直面するとフリーズしがちですが、恩恵があるならば行動する傾向が強いのです。最終的にポジティブな結果が得られることを強調すれば、人々が貢献してくれる可能性は高くなります」

リジェネレーションで、ポジティブなビジョンを中心に物語を再構築します。「自分たちや地球を軽んじるのではなく、最初からより良いものを作ることを目指しているのだというはるかに大胆なビジョンは、真に力強いナラティブです」と説明するのは、かつてReckitt社でHead of Corporate Affairs and Chief Sustainability Officerを務めていたMiguel Veiga-Pestana氏です。「このビジョンを背景に人と企業を動かすことができれば、その行動を変えられるでしょう」

鍵を握るのは啓発です。リジェネレーションという考え方にすでに共感している人たちをつなぎ、組織化することも重要となります。「彼らを地域規模、地球規模でつなぐことで、活動を動かす上で必要な力が生まれ、大きなうねりとなるはずです」と、Digital AgeのExecutive Director of Sustainabilityであり、Canada for Future EarthのGlobal Hub DirectorでもあるÉliane Ubalijoro氏は言います。

畑で農作業をしながらタブレット端末を操作するアジアの農業従事者
2

第2章

リジェネラティブなイノベーションの規模拡大と共創を図る

自然環境とテクノロジーを活用したソリューションはいくらでもあります。鍵を握るのは、相互協力関係の構築です。

リジェネラティブな未来を形作る特徴が、世界のさまざまな場所や方法で見られるようになってきました。インパクトアントレプレナー、B Corp、スタートアップなどのイノベーターは、リジェネラティブな成果を可能にするイノベーションの宝庫です。自然環境を活用したアプローチか、新たなテクノロジーか、あるいは新形態の連携かを問わず、大企業はこのようなイノベーションを活用し、その規模を拡大することで、サステナビリティへの取り組みをさらに先へと、より迅速に進めやすくなります。これから、リジェネラティブなイノベーションに取り組む主な機会の一部を紹介します。
 

まずは自然環境から

農業は、人間による自然生態系への最大の侵入であり、私たちの食料システムの基盤でもあり、リジェネレーションを実現する主たる機会の1つです。パタゴニア社は最近、リジェネラティブ農業を通してネットポジティブな貢献をする機会が広がったことを受けて、アパレルから食品へのビジネスモデルのシフトを開始しました。

多くの農家にとって、土壌の健康を回復し、炭素隔離を増やすリジェネラティブ農法は、より伝統的な農法への歓迎すべき回帰です。土壌炭素隔離の向上状況に応じたカーボンクレジットの創出など、農家の代わりに環境メリットを収益化する方法を案出し、リジェネラティブ農業への移行を加速する企業が次々と出てきました。

農業にとっての最大の課題について、EY Agribusiness LeaderのRob DongoskiがInnovation Realized 2022で話をしています。

リジェネラティブ農業は、バイオマテリアルやバイオケミカルなど有機農業資材を使用するバイオエコノミーの実践のフロントエンドにもなりつつあります。この農法により、炭素の便益が充実し、サステナビリティの効果を農村に広くもたらすことができるからです。
 

実現のためにテクノロジーを活用する

リジェネラティブエコノミーを実現する鍵となる、新たなテクノロジー分野がいくつか浮上してきました。こうしたテクノロジーは、化石燃料に代わる生産資材の開発、二酸化炭素排出量の削減、循環性の向上、自然環境を活用したソリューションの開発に役立ちます。とはいえ、テクノロジーは本来、リジェネラティブなものではありません。テクノロジーもまた幅広いシステムの変革の一部とする必要があります。万能の解決策などありません。

しかし、重要な触媒の役割を果たすものはあります。「非常に優れた創業者や優秀な人材がわれわれの領域に進出してきています」と、Regeneration.VC社のGeneral PartnerであるDan Fishman氏は述べています。同社は、サーキュラーエコノミーやリジェネラティブエコノミーの原則を適用して、消費者市場に革新をもたらす企業のポートフォリオを組むベンチャーキャピタルです。「彼らは大手テクノロジー企業を辞めて、地球の環境問題を解決する方法を模索しています。その根底にあるのは、マーケティングではなく、自らの倫理観です。企業による取り組み、拡大生産者責任を認識する企業の姿勢、規制強化の機運の世界的な高まりを受けて、こうした人たちが事業を拡大する余地が生まれました」
 

合成生物学とマイクロバイオームを活用する

バクテリア、菌類、藻類などの微生物は、生物系で不可欠な役割を果たしています。肉眼で見える生命体はすべて、ある物質を別の物質に変える、顕微鏡でしか分からない生化学的能力に依存しているのです。合成生物学を活用してこの能力を超高速化することで、リジェネレーションを実現する鍵となる可能性があります。

  • 工業製品と消費財に、石油や動物由来原料の代わりに農産物由来原料を使用すること
  • プラスチックのバイオリサイクルと、産業排出物からの炭素の除去を可能にすること
  • 土壌炭素の改善、作物の回復力の向上および肥料投入量の削減
     

炭素を除去する

炭素を除去するための、自然環境を活用したアプローチと工学的なアプローチは、森林プロジェクトや大規模な直接空気回収施設から、モジュラー型回収装置、炭素隔離材料や消費財まで広く普及してきました。脱炭素化の主な方策である再生可能エネルギー、効率化、電化を完全に実現した今、大気の長期的リジェネレーションに向けた下地をつくっているのが炭素除去です。これはまた、以下のような機会も生み出しています。

  • 農家や里山集落の新たな収入機会と、生物多様性へのメリット
  • 廃棄物に含まれる炭素の循環資源への転換
  • 建材や消費財などカーボンネガティブな製品を拡充させることで、脱炭素化を推進
     

地球画像とリモートセンシングを採用する

増え続ける人工衛星による地球画像と物理的特性のリモートセンシングのかつてないほど高い能力により、地球に関する深いインサイトが得られるようになってきました。これは今後、リジェネラティブな成果の達成に不可欠となるでしょう。人工衛星は、システムとパーツ、森林と樹木の両方を理解する、他に類を見ない能力を私たちに与えてくれています。この傾向はますます強まっています。一例として、現在、ベンチャーキャピタルのポートフォリオで衛星画像とリモートセンシングを重視するプライベートカンパニーは300社近くに上り、調達したベンチャー資金は現時点で40億米ドルに達しています6。こうしたベンチャーキャピタルの支援を受ける企業は、以下のようなさまざまな用途を模索しています。

  • 自然環境を活用した炭素除去の性能の向上と検証
  • 温室効果ガスの排出量、森林破壊および密漁のリアルタイムのモニタリングと予測
  • 気候変動、生物多様性、土地利用、水・天然資源の採取に関する新たなインサイトの獲得
     

Web 3.0とメタバースに今すぐに対応する

ソーシャルイノベーターは、運営面とパーパス面の両方で、リジェネラティブな組織づくりを目的に、ブロックチェーン、トークン化、コインなど、Web 3.0のツールを活用しています。インパクトDAOを立ち上げ、既存のシステムに頼らずに、公共財を創出し、ポジティブな外部要因を生み出すようになってきました。DAO(分散型自律組織)とは、コミュニティーが所有し、民主的に運営する組織です。ブロックチェーンを活用したスマートコントラクトで意思決定などを行います。

インパクトDAOは、連携、共創、誰もが参加できる仕組みのリジェネラティブな価値を体現するよう設計されています。その多くが力を入れているのは、地元地域社会にポジティブな影響をもたらしながら、自然環境を活用した炭素除去の資金調達を促進することです。

AI、AR/VR、IoTと、人工衛星のデータをメタバースで融合させれば、デジタルツインにより、新たなスコープと詳細さで地球システムをモデル化し、リジェネレーションの実現が可能になるはずです。欧州宇宙機関(European Space Agency)は、地球全体のデジタルツインの作成に向けて取り組んでいます。デジタルとフィジカルをこのように融合させることで、人間の活動が自然システムに与える影響を可視化、予測する可能性と、環境シナリオをシミュレーションして政策決定時の参考とする可能性を開くことができるでしょう。
 

組み合わせることで、エンド・ツー・エンドのインパクトを生む

リジェネラティブなアプローチと、実現のためのテクノロジーを組み合わせることで、エンド・ツー・エンドのインパクトを生むことができます。ネットゼロ(最終的にはカーボンネットネガティブ)のサステナブルな航空燃料の開発に取り組むGevo社を例に説明しましょう。同社は、サプライチェーン全体と全製品にわたる炭素パフォーマンスの向上に組織的に取り組んでいます。

Gevo社はリジェネラティブ農法で原料を栽培し、土壌炭素隔離を向上させ、化成肥料など農場での排出源の使用を最小限に抑えています。ほかに、マイクロバイオームを活用して土壌改善を図り、土壌炭素貯留を一段と向上させる取り組みも試行しているところです。

再生可能エネルギー由来の電力でバイオ燃料を生産しており、同社が生み出した合成生物学の新機軸は、農産物原料をより効率的にイソブタノールとエタノールに変換する酵母を作り出しました。

自社のサプライチェーンと燃料の気候変動パフォーマンスを測定、検証するため、同社はBlocksize Capital社と共同でVerity Trackingの開発を進めています。これはブロックチェーンを活用した測定・報告・検証システムです。農場から、ジェットエンジン、さらには航空機のシートに至る、炭素のライフサイクルにおいて製品を追跡し、製品の差別化を図ります。

「リジェネラティブなアプローチと組織的な脱炭素化のエンド・ツー・エンドのインパクトを実証することは、顧客などのステークホルダーにこうした投資を認識してもらい、適切に評価していただく上で不可欠です」とVerity TrackingでChief Product Officerを務めるJason Libersky氏は言います。


新たなエコシステム関係を構築して共創する

企業が単独でリジェネラティブな成果を達成することはおそらく不可能でしょう。リジェネレーションの実現にはシステム全体を動かす必要があり、そのためには、システム内で相互協力関係を構築しなければなりません。「リジェネレーションという概念では、いつもより大きな視点で考えることが不可欠です。それには、何かを得るために何かを与える覚悟が必要となります」とEY Global Innovation and Experience Design LeaderのLisa Lindströmは述べています。

「ビジネスの視点で言うと、すべてに2つの側面があり、ギブアンドテイクが必要なのです」とFarming Carbon社の創業者であるStephanie McEvoy氏は指摘します。「互恵の精神です。サプライチェーン、調達、消費者、地域社会との関係では、搾取的な考え方から脱却しなければなりません」

その最も根本にあるのは、システム(例えば、食品、水、エネルギー)、そのシステムが固有に出現する場所、そして提供できる能力と資源を把握することです。エコシステムパートナーが別のセクターの企業や、場合によっては競合他社であったとしても、リジェネラティブな成果を実現するには、大企業の多くがこれまで経験したよりも幅広い現地のステークホルダーと、共創においてより深く連携する必要があるでしょう。

大企業の場合、利益を得るのは誰か、誰を取り込むか、影響力があるのは誰かを慎重に検討しながら、エコシステムに誰でも確実に参加できるようにすることが今後は不可欠となるはずです。そのためには、おそらく新たなスキルセットの構築が必要となります。

リジェネレーションという概念では、いつもより大きな視点で考えることが不可欠です。それには、何かを得るために何かを与える覚悟が必要となります。

とはいえ、大企業が必ずしも主導権を握っているとは限りません。活気と情熱にあふれた小規模事業者が、規模の大きい企業を動かし、リジェネラティブな手法の拡大に寄与する場合もあります。ビール醸造会社のToast Ale社は、20数社の他のビール製造会社やグローバルブランドが参加するリジェネラティブ農業での協業を主導しました。同社のような革新的な企業は、新たなアプローチの可能性を実証し、業界を巻き込んでいます。

最近調査が行われたEY Sustainable Value Studyの結果から、気候変動対策で先を行く企業は、より包括的かつ 協働的なアプローチをとっていることが分かりました。そのような取り組みにより、これまでにより多くの財務的価値を獲得し、より多くの排出量を削減しているのです。

2022年度のEY Sustainable Value Study
気候変動に対処するためのパートナーシップを構築したか、構築を進めている、気候変動対策で先を行く企業の割合
2022年度のEY Sustainable Value Study
すでに直接的な競合他社とパートナーシップを組んでいる、気候変動対策で先を行く企業の割合

リジェネラティブなイノベーターは、行動志向的で、システムに変革を起こすという自らの考え方に共感する企業を探しているのです。「こう問いかける企業のビジネスリーダーがいます。今、自分たちに何ができるのか。どうすればイノベーションとこの考え方をセクター全体、また業界の壁を越えて浸透させ、変革を起こすような最大級のプロジェクトを立ち上げることができるのか。それはまさに、私が追い求めていることでもあるのです」とGlobal Forest Generation社CEOのFlorent Kaiser氏は話します。

エコシステムをまとめ上げて、サーキュラーエコノミーへの扉を開く

廃棄物、温室効果ガスの排出、資源の過剰利用といった問題を解決し、ひいてはリジェネレーションの実現に向けた機会を生み出すには、資源の循環を図ることが欠かせません。その一方で、循環はビジネス独自の課題ももたらしています。「循環を生むには周りを引き込む力が必要です」とGlobal Managing Partner — EY Alliance EcosystemのGreg Sarafinは指摘します。「必要なエコシステムのメンバーを取り込むことができる大企業は、リジェネラティブな取引の流れの基盤づくりができます」

最も積極的に行動する必要性と周りを引き込む力を備えているのは、資源集約型バリューチェーンの中心に位置する消費財企業とエネルギー企業です。消費者行動、包装、製品の再利用、エネルギー消費、脱炭素化に影響を与えようとしており、「こうした企業は、直線的にバリューチェーンへ参加することから転換を図り、再生可能な生態系を積極的に取りまとめる必要性を認識するようになってきました。新たな事業部門を立ち上げ、この取り組みをスタートさせた大企業もあります」とSarafinは続けます。

今後課題となるのは、商業的な敏しょう性を高め、エコシステムのダイナミックな文脈に合わせて事業を運営することです。これにはおそらく、人間の介入による摩擦の排除が必要となるでしょう。「今後は、ある程度の柔軟性があり、はるかに動的で、ゼロトラストに徐々に効果を及ぼしていくコマーシャルモデルが必要となるはずです。いかに迅速に組織構造を解体し、新たなモデルで作り直すことができるかが、成否を決めることになるでしょう」とSarafinは付け加えます。

カーペットに座り、レゴブロックで遊ぶ女性
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第3章

これまでとは異なる尺度で、リジェネラティブな成果を達成する

長期的価値の新たな包括的尺度が早急に必要です。

EYメガトレンドレポート2020で、人間、社会、環境のウェルビーイングを評価する新たな指標の必要性が浮き彫りとなりました。気候危機や、世界的なパンデミックを受けての社会的、経済的な混乱で、進捗状況とウェルビーイングの評価には現在の尺度では不十分であることが明確になり、この策定はますます急務となっています。

リジェネレーションを実現するには、財務面だけでなく、自然環境面、社会面、文化面など価値と富の複数の側面を取り込んだ包括的かつ長期的な尺度が必要です。重要な側面としては、以下などが挙げられます。

  • GDPの次の指標を策定する:GDPでは、生産の環境コストと社会コストや、格差の拡大を招く所得と富の配分などといった市場の外部要因が加味されていません。短期的成長の単純化された尺度であり、長期的な発展やウェルビーイングの指標ではないのです。ニュージーランドのLiving Standards Frameworkや、Genuine Progress Indicatorなどのフレームワークは、人間の発展に焦点を当てた、より包括的な測定のモデルを提示しています
  • 自然資本資産と生態系サービスを加味する:自然資本資産と、生態系サービスの人間への提供におけるその価値を加味するかどうかが、自然的価値と社会的価値の創造について把握できるかどうかを大きく左右します。2021年に承認された国連の環境経済統合勘定-実験的生態系勘定(SEEA-EEA)は、生態系資産、その状態、提供されるサービス、社会的便益、その経済全体の受益者を定義する国家レベルのアプローチを提供するフレームワークです7。

  • 自然的、社会的基準に照らして評価する:プラネタリーバウンダリーの尊重と社会基盤の確立がますます急務となっていますが、システムのキャパシティーと健全性を広げ、高めているのか、縮小、低下させているのかを知るためには、こうした基準に根差した指標の策定も同様に急務です。天然資源の消費について進捗状況を評価する尺度は、資源全体の利用可能性とシステムのサステナビリティを踏まえて設定しなければなりません。社会的指標も同様に、現地の生活賃金など基準を選定し、それと連動させる必要があります。

  • ESGのダブルマテリアリティについて報告する:シングルマテリアリティでは、外部のサステナビリティ課題が株主にもたらす価値に与える影響、すなわちその会社が受ける影響しか考慮に入れません。一方、ダブルマテリアリティでは、経済、環境、そして政府、消費者、従業員、地域社会など、幅広いステークホルダーに会社が与える影響も加味します。このプロセスは、リジェネラティブな取り組みへの注力に役立つはずです。欧州連合の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)は、ダブルマテリアリティ・アプローチに重点を置いた内容であり、全世界に大きな影響を及ぼすと予想されています。

また、企業が創造した長期的価値を測定する、比較可能な共通の指標も必要です。EYのCEOを含む世界各国のグローバルカンパニーのCEO 120名で構成されるWEF-IBC(世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会)は、この目標の実現に向けて重要な一歩を踏み出しました。21の中核指標と34の拡大指標を提案したことにより、業種や国・地域を問わず、比較可能で一貫性のあるESG情報開示が可能になります。これらの指標を支えるガバナンス、人、地球、繁栄という4つの柱は相互に関連しており、また、国連の持続可能な開発目標に沿ったものです。WEF-IBCの指標は、パーパス実現のための目標に向けた達成状況を示し、より幅広い価値を明確かつ比較可能な方法で報告する一助となります。

ドロミテの自然保護区を歩くハイカーたちを上空から見た画像
4

第4章

リジェネラティブなトランスフォーメーション・ジャーニーを始める

リジェネラティブな変革ではまず、組織のパーパスを踏まえた、大胆でポジティブなビジョンから始まります。

気候変動と生態系の損失によって、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会が受ける社会的影響が拡大し続けるため、大手企業は今後、自社の長期的価値創造戦略の一環として、ポジティブなビジョンと影響を示すことができるようになるでしょう。

「事業を展開する場所と地域社会でリジェネレーションを実現する企業は、気候、資源、テクノロジーに関わるものか、社会的なものかを問わず、頻度と深刻度が増大している圧力や混乱に対するレジリエンスの向上の恩恵も受けることができるでしょう」とVeiga-Pestana氏は言います。

リジェネラティブな変革では、既存の枠組みから脱却することに前向きな、これまでとは異なる姿勢が求められます。「今求められているのは、地域社会と共創する、地域密着かつ分散型のソリューションです。実のところ、これは、ヒエラルキーのある企業、中央集権型企業や高度に組織化された企業にチャンスと課題の両方をもたらします」とVeiga-Pestana氏。「今までの一般的な考え方を一変させ、根本的な自由化を図る必要があるので、極めてアナーキー的だと言えます」

また、自然環境やステークホルダーとの新たな関係の構築へと企業を向かわせる新たなパーパスも必要です。とはいえ、ここでは、パーパスを定めることよりも、「自らの組織にすでにあるパーパスと文化に光を当てること」が重要になる、とEYのLindstromは指摘します。「若い世代は、こうしたことにずっとオープンです。リーダーシップチームであるあなたも、若手社員に波長を合わせれば、オープンになることができるでしょう」

事業を展開する場所と地域社会でリジェネレーションを実現する企業は、圧力や混乱に対するレジリエンスの向上の恩恵も受けることができるでしょう。

リジェネラティブなセルフディスラプションという側面も必要となるはずです。それにより、組織内で別の事業を新規に開拓し、内部から新たな方向性を打ち出すことができます。その一方で、「PR活動を基にリジェネラティブな事業の芽を育てることと、コミュニケーション価値を、既存事業を打ち負かすことのできる成木に育てることの間には、通常大きなギャップがあります」とTerraCycle/Loop社の創業者であるTom Szaky氏は言います。「最大の課題の1つが、既存のインフラが新規事業に関係している場合です。このような障壁の内容をきちんと把握することが重要となります。さもなければ、障壁を取り除く対策を打つことがほとんどできず、システムの転換に必要な力を得ることができません。
 

価値観の転換が必要


リジェネラティブなバックキャスティング・アプローチ

 

未来、経済の仕組み、ビジネス価値の新たなドライバー、地産地消の市場全体での富とウェルビーイングの測定に関する基本的前提を再定義するには、従来のビジネスプランニングやビジネス思考に異議を唱える必要があります。

バックキャスティング・アプローチは、現在の市場トレンド、規制上の課題、経済の変化から推定するのではなく、外の世界がどのようになっているかを、複数世代にわたる未来のあるべき姿から逆算して、そうした未来における自社の役割を考える手法です。まず、未来の外部環境についての自分の見方を変えなければ、戦略的計画は、本質的に過去のモデルの継続となり、制約を受けることになるでしょう。

「世界全体がリジェネレーションに移行するなどといった実存的転換の時期には、逆算して現在必要な変革的アクションを考えることができるバックキャスティング手法が、将来を見据えたパーパスとビジョンを定めることができる唯一の方法です」とEY Global Innovation Realized LeaderのMichael Kanazawaは指摘します。

ほとんどの企業では、リジェネレーションへの取り組みの進捗状況が、ある面ではグリーンだが、別の面ではニュートラルに移りつつあるなど、社内でもさまざまです。リジェネラティブな変革に向けての道筋を描くにあたっては、まず大胆でポジティブな未来のビジョンとそのバリュードライバーを決めましょう。次に、自らのパーパスを踏まえて、会社の未来のあるべき姿を明確にしてください。その際に指針とすべき主な問いかけには、以下があります。

  • 現状とのギャップを解消するにはその時点から逆算して、どのようなケイパビリティ、ビジネスモデルの変更、イノベーションが必要となるか。
  • 今後はどこで、どのように価値が生まれるか。どこで、どれくらいのスピードでセルフディスラプションをすべきか。
  • システムの変革を実現するには、どのような外部のパートナーなどのエコシステムと連携して共創する必要があるか。
  • どの指標を採用すれば、リジェネラティブな成果を推進できるか。

今後は、従業員、顧客、チャネルパートナー、投資家、規制当局の視点や社会的視点から、こうした問いかけにどのような答えが示されるか、その全体像をつかむ上で、ステークホルダー全体についてのインサイトを得ること、またその選好を把握することが不可欠となるでしょう。その答えは、今日の価値を創出し守るための実践的な戦略を生み出します。


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    サマリー

    どのような企業であっても、完全かつ真にリジェネラティブな組織になることは、不可能でないとしても、難しいのが現状です。とはいえ、小規模な変革に着手することは可能であり、また不可欠です。それが、社内外の大きな変革につながります。これは、共創、試行、評価、実行、学びを繰り返す旅の始まりです。


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