ASEANの自然資本を活用した脱炭素戦略とカーボンクレジット市場の可能性

急速に進むASEANサステナビリティ政策の構造変化 日本企業に求められる戦略的対応と成長機会の模索


ASEANにおいてサステナビリティ政策が急速に進展し、企業戦略の再編が求められています。 サステナビリティ規制の強化、カーボンプライシング制度の導入、そしてカーボンクレジット市場の拡大が構造変化を引き起こしています。

特に日系企業にとっては、規制対応とカーボンクレジットを活用した新規投資の機会が同時に生まれています。 変化の波を戦略的に捉え、新たな競争優位性を確立することが重要となっています。


要点

  • ASEANのESG規制強化が企業の戦略的再編を促しており、シンガポールを中心にISSB基準導入が進展、Scope 1・2報告義務化への対応が急務である。
  • 脱炭素政策の深化でASEANのカーボンプライシングが急展開しており、シンガポールにおける炭素税の引き上げを皮切りに、各国で制度整備が進行している。
  • ASEAN域内のカーボンクレジット市場が急成長、統一基準の策定が課題かつ、企業の戦略的なカーボンマネジメントが求められている。
  • ネイチャーベースド・ソリューション(NbS)が戦略的投資機会として浮上しており、 熱帯林保全などを通じたカーボンクレジット創出が、投資収益とサステナビリティ評価を同時に高める。

ASEANのサステナビリティ政策がもたらす構造変化:日本企業が直面する課題と成長機会

近年、ASEAN地域はサステナビリティへの取り組みが急速に重要性を増しています。その背景には、気候変動の影響に対する脆弱性と急速な経済発展の両面があります。2050年までにASEAN全体でGDPの35%以上が気候変動による損失リスクにさらされるとされています。こうしたリスクを踏まえ、ASEAN各国はパリ協定の下で排出削減目標を掲げ、脱炭素社会への移行を目指し始めました。また投資家や消費者の意識変化も追い風となり、ASEANにおけるESG投資が拡大傾向にあります。

2017年から2023年にかけて、ASEANのサステナブル債券市場は33.6億米ドル(約3.6兆円)から726.9億米ドル(約78.9兆円)へと急成長し、年間平均成長率(CAGR)は約67.5% となりました。この力強い成長は、同地域におけるサステナブル・ファイナンスの拡大と投資家の関心の高まりを示しています。こうした状況を踏まえ、本記事ではASEAN地域におけるサステナビリティの主要トレンドについて概観します。特に、ESG規制の最新動向、各国の脱炭素政策、カーボンクレジットを活用した新規事業に焦点を当て、日系企業の視点から今後の動向やビジネスへの影響を整理します。

サステナビリティ規制・開示

近年、ESGに関する企業の情報開示が、ASEAN地域において急速に進化しています。その背景には、気候変動リスクの増大、投資家の要請の高まり、そして各国政府の持続可能性への取り組みが挙げられます。これにより、各国がESG規制を強化し、企業の情報開示義務を拡大しています。

例えば、シンガポールでは2025年からIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)に準拠し、Scope 1・2の温室効果ガス(GHG)排出量の報告が義務化されます。マレーシアでは、2024年に国家サステナビリティ報告フレームワーク(NSRF)が導入され、2025年から段階的にISSB基準の適用が進められます。タイも2026年からISSB基準の導入を検討しています。さらに、インドネシア・フィリピンでは、将来的な導入に向けた準備が進行中です。

ASEAN地域でのESG規制の強化は、日本企業にも大きな影響を及ぼしています。例えば、ベトナムでは一定の排出量を超える企業にScope 1・2の排出報告義務が課せられており、一部の日系企業もその対象となっています。また、シンガポールやマレーシアでも2027年から非上場企業への適用が拡大する予定であり、今後の規制の動向を注視する必要があります。

加えて、2年延期のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)、日本国内は2027年にSSBJ(サステナビリティ開示基準)の導入が予定されており、各国の規制および関連性の理解(例:親会社がSSBJ対応の場合はASEAN統括会社・子会社が免除)、財務・非財務のデータの同時開示向けたデータ収集等の対応が必要となります。

脱炭素政策

ASEAN各国は脱炭素に向け長期目標を掲げており、シンガポール・マレーシア・ベトナムは2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言しています。一方、インドネシアは2060年、タイは2065年を目標年とし、達成時期に差があります。再生可能エネルギーの導入も加速しており、ASEAN全体ではエネルギー行動計画(APAEC)で2025年までに一次エネルギー供給の23%を再生可能エネルギーとする目標を掲げつつ、炭素税や排出量取引といったカーボンプライシングも進展しつつあります。

  • 炭素税

    シンガポールは2019年にASEAN初の炭素税を導入し、現在の25シンガポールドル/トンを2030年までに50〜80シンガポールドル/トンへ引き上げる計画を進めています。インドネシアは2022年の導入を予定していましたが、エネルギー価格高騰やインフレの影響で延期し、今後の実施時期を調整中。マレーシアは2026年までに炭素税を導入する方針を発表し、EUの炭素国境調整措置(CBAM)を見据えた対応を進めております。タイも2025年中の炭素税導入を目指し、制度設計を進めており、今後の詳細な税率設定が注目され、各国はそれぞれの経済状況に応じたカーボンプライシング政策を模索しております。
     
  • 排出権取引制度(ETS)

    インドネシアは2023年に国内市場「IDX Carbon」を立ち上げ、発電・製造業を対象に排出取引を開始しました。一方、ベトナムは2025年に試行を開始し、2028年の本格運用を計画しており、タイやマレーシアも自主的なクレジット市場(T-VER、BCX)を活用しながら今後の制度整備を進めています。シンガポールは炭素税を導入済みですが、Climate Impact X(CIX)を通じた自主クレジット市場を強化し、企業の排出オフセットを支援しています。各国で異なる進展を見せる中、ASEAN域内の炭素市場の拡大とクレジット取引の統一基準整備が今後の課題となると考えています。
     
  • カーボンクレジット創出投資戦略
    • 自然資本活用事業―ネイチャーベースド・ソリューション(NbS)

      NbSは、森林再生やマングローブ保全、持続可能な農業を通じて環境保護と経済価値の両立を目指すアプローチであり、特にASEANで注目を集めています。ASEAN地域は世界全体の約4分の1の自然由来の気候変動対策ポテンシャルを有し、脅威にさらされている熱帯林の58%(約1億1,400万ヘクタール)が炭素クレジットプロジェクトとして経済的に実施可能と試算されています。

      これらの活動によりCO₂を吸収・削減し、カーボンクレジットを創出・販売することで企業の脱炭素化ニーズに対応します。NbSは、環境インパクトを伴う持続可能な投資機会としての魅力が高まり、投資の内部収益率(IRR)は2〜12%と見込まれています。シンガポール国立大学(NUS)をはじめとする研究機関もNbS関連の研究を強化しており、科学的知見に基づく投資戦略の構築が進んでいいます。今後、カーボンクレジット市場の成長と連動し、ASEANでのNbS投資の拡大が加速する見込みです。

    • 二元的収益事業(製品販売×カーボンクレジット収益)

      製品販売とカーボンクレジットの収益を組み合わせるビジネスモデルが拡大しています。例えば、インドネシアでは、安全な飲料水へのアクセスが限られている地域で、多くの家庭が水を煮沸消毒していますが、現地企業が販売する家庭用水フィルターを使うことで、燃料の使用を減らし、CO₂排出量の削減につながっていいます。また、カンボジアでは、農村部の家庭向けに家庭用バイオダイジェスターを販売する企業があり、生ごみや農業廃棄物を発酵させてメタンガスを生成し、調理用の燃料として利用できる仕組みになっています。これにより、薪や炭の使用を減らし、森林伐採や大気汚染の抑制につながります。これらの取り組みは、環境負荷の軽減に貢献するだけでなく、排出削減分をカーボンクレジットとして認定・販売し、製品販売と並行して収益を得る仕組みを確立しています。

       

まとめ

ASEANのサステナビリティ政策の進展により、日本企業は規制対応の強化と新たなビジネスモデルの構築を求められています。特に、現場での実装が求められるカーボンクレジットを活用した二元的収益モデルやNbSは、持続可能な成長の鍵となります。しかし、シンガポールのNational Climate Change Secretariatやインドネシアの環境・林業省(KLHK)といった政府機関、Temasek Foundationのような地域財団、WWFなどの国際NGOとの連携なしには、実効性のある事業展開は困難です。日本企業がこれらの変化に適応し、成長機会を確実に捉えるためには、戦略策定だけでなく、現場での実行力とグローバルなネットワークを生かしたパートナーシップが不可欠です。

次回の記事では、カーボンクレジットを活用した事業展開の具体的な戦略にフォーカスし、成功事例や最新の市場動向を深掘りします。ASEAN市場での新たな成長機会をどのようにつかむのか、ぜひご期待ください。

  1. NTU (Nanyang Technological University) www3.ntu.edu.sg
  2. ASEAN
    ASEAN Sustainable Development Report 2024
    ASEAN Official Website
  3. ISEAS - Yusof Ishak Institute www.iseas.edu.sg 
  4. World Bank www.worldbank.org
  5. International Sustainability Standards Board (ISSB) www.ifrs.org
  6. Finance Earth https://finance.earth/

サマリー

ASEANのサステナビリティ政策が企業経営に大きな影響を与えており、戦略的な対応が求められています。 シンガポールを中心とするカーボンプライシング政策が加速し、さらにNbSを活用したカーボンクレジット市場が注目を集め、投資先としてのポテンシャルが拡大しています。 日本企業はこれらの構造変化に対応し、新たな成長機会を戦略的に獲得する必要があります。


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