欧州がバッテリー中間体⽣産のボトルネックを取り除くには

欧州がバッテリー中間体⽣産のボトルネックを取り除くには


欧州の持続可能なバッテリー産業を実現するには、バッテリー材料である中間体の⽣産能⼒不足に対処する必要があります。


要点

  • バッテリー材料の中間体事業は、欧州のバッテリー⽣産におけるボトルネックとなっている。
  • アジアや北⽶の各国政府は、原材料の確保と⾃給⾃⾜の実現のため、保護主義的政策をとっている。
  • バッテリーのバリューチェーン全体を対象とした、欧州全体でのバッテリーアライアンスの設⽴が解決策となると考えられる。


EY Japanの視点

米国のインフレ削減法や、欧州のバッテリーパスポートに代表される、欧米のバッテリーの地産地消を求める動きは一層加速する見通しで、世界のバッテリーを取り巻くサプライチェーンは大きく変化すると考えられます。

上記を踏まえて、グローバルにビジネスを展開するOEMの製造の現地化が進行し、それに伴い各種電池部材メーカーも現地化の要請を迫られる状況にあります。既に、中国・韓国の電池メーカーや電池部材メーカーは、OEMの現地工場設立と連動する形で、欧米における現地生産体制を増強しつつある状況にあります。

各地域での生産体制構築に向けては、バリューチェーン上の企業間(OEM、電池メーカー、電池部材メーカー等)での設備投資負担の連携や、補助金・税制・物流等を勘案したロケーション選定、物流網の構築等、勘案すべき点が多数存在しており、拡大する欧米のEV需要の取り込みに向けて、早急な検討が求められる状況にあります。


EY Japanの窓口

茂森 功祐
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー

バッテリー中間体の⽣産とは、鉱⽯・鉱物が採掘された瞬間に始まり、バッテリーの製造⼯程の開始までを指します。中間体⽣産は主にアジア太平洋地域で活発に⾏われていますが、欧⽶では特に⼒を注いできたのは電気⾃動⾞やバッテリーなどの下流製造領域です。この構造が、セル⽣産向け材料の調達の際に、欧州メーカーの課題と障壁になる可能性が出てきました。

バッテリーセルのバリューチェーン図
バッテリーのマテリアルフロー図

BOM(部品表)にある製品や部品には価格に著しい差があり、重要度も異なります。例えばニッケル・マンガン・コバルト(NMC)系セルでは、価格の最⾼60%ほどを負極が占める場合がある⼀⽅、正極が占める割合は10%から15%です。したがって、欧州が両電極を地域で製造する⽣産能⼒の確保と、その製造に必要な原材料の精錬、採掘を域内で行うことが、バッテリーセル価値の恩恵の大部分を受けるには欠かせません。
 

バッテリーの価格に占める各部品の割合



1

第1章

欧州が中間体⽣産能⼒を確保すべき理由

欧州のバッテリーの中間体製造段階における生産能力不足は、地域内の持続可能なバリューチェーンの構築を阻むハードルになっています。

自動車の電動化に対する社会的な強い要請のため、モビリティと定置用分野全体で、2030年までに全世界で約5TWh(テラワット時)のバッテリー需要が⽣まれる¹と予測されています。この潮流の要と目されるのは電気⾃動⾞(EV)の普及で、同年には電動乗⽤⾞が市場の約85%²を占めるようになると予想されます。このため、⾃動⾞メーカーとバッテリーメーカーは、来る需要に応えるのに必要とされる⽣産能⼒を確保しようと躍起になっています。

2020年代半ばまでに主要なバッテリー材料の厳しい不⾜が続くならば、欧州バッテリー製造の下流のOEMはアジアのサプライチェーンへの依存から脱却できないおそれがあります。アジアのサプライチェーンは、環境規制当局からの圧⼒が相対的に弱く、また材料の⻑距離輸送のための⾮効率性からCO2の排出量が多いといった問題があります。この状況下では欧州は持続可能な材料バリューチェーンへの移⾏スピードのコントロールが不能で、そのために将来の成⻑産業の技術⾯でリーダーシップをとる機会を逸しかねません。欧州の鉱業の隠れた可能性は⼗分に活⽤されぬまま、OEMは材料価格の変動にさらされ続け、顧客はコストが転嫁されることに抵抗感を持つものと考えられます。欧州における材料の精製能⼒の増強は、地域の鉱石開発プロジェクトの呼び⽔となることは間違いなく、欧州がバッテリーの完全なバリューチェーンを確保する⼀助となるはずです。

この10年間の動向から、欧州に拠点を置く多くのOEMにとってNMCが主流の負極材料となる⾒通しです。現状では、この負極を構成する重要な材料は中国で精錬されることが圧倒的に多くなっています。一方中国では、この材料の国産供給が充足している訳ではなく、むしろすべてのクリティカルマテリアルを輸入に頼っているのです。

地域別の正極活物質と関連鉱物の加工状況

このため、すべてのOEMとバッテリーメーカーが原産地規則(RoO)を順守する場合、正極活物質(CAM)の⽣産能⼒とバッテリー⽣産量の間に⼤きなギャップが⽣じるとみられます。2027年以降は、欧州でEV⽤バッテリーセルについて⾃由貿易協定の適⽤を受けるには、材料の65%を欧州連合(EU)か英国から調達しなければなりません³。最新の予測と公式発表からは、2030年の欧州のCAM⽣産能⼒はおよそ661 GWh相当にとどまり、CAM供給量とバッテリーセルの⽣産能⼒(予想)には214 GWh(24%)もの差が残る⾒通しであることが分かりました。ここでの課題は必要とされる容量の確保だけではありません。⾼性能ニーズを重視し、欧州の強⼒なCAM技術に磨きをかけることにより、アジア品からの差別化を図ることも重要です。

欧州における正極活物質の⽣産能⼒とリチウムイオン電池の⽣産量の⽐較(2022年〜2030年)

正極についての調査結果も似たようなものです。グラファイト(黒鉛)は正極の重要材料ですが、現在、世界全体のグラファイトのほぼ100%を中国が精錬しています。ほとんどの正極で使⽤されるのは、合成グラファイト(原料はニードルコークス)と天然グラファイト(採掘した原⽯をフレーク状<グラファイトフレーク>にしてから⽣成)の混合物です。合成グラファイトはコストが高くなりますが、⾼い性能を発揮し固体バッテリーの開発に適していることが、複数の調査で明らかになっています。

固体バッテリーの製品ロードマップ計画を考慮すると、負極活物質(AAM)技術の現地化を怠れば、次世代テクノロジーへのアクセスや開発に欧州が課題を抱える可能性があります。現在、中国はニードルコークスの85%を⽶国と英国から輸⼊しています。現在まで欧州にとってAAM⽣産上の課題になっているのは、正極グレードのグラファイト⽣産プロセスがエネルギーを⼤量消費することです。そのことがエネルギーコストの低い、欧州外の地域での⽣産に依存してきた誘因になっています。

これに加え、AAMの⽣産が環境に与える影響も考慮に⼊れなければなりません。合成グラファイトの製造は特に、極めてエネルギー集約型な加⼯工程であり、有害な窒素酸化物(NOx)と硫⻩酸化物(SOx)とを排出します。現在のところ、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)の対象にバッテリー材料は⼊っていません。このため、供給の現地化には環境メリットがあるにしても、AAM⽤施設運営に伴う設備投資(CAPEX)と事業運営費(OPEX)を負担するだけの価値があると欧州の参⼊検討者を納得させることができていないようです。ただ、CBAMの対象範囲が今後拡⼤してバッテリー材料も対象となった場合、欧州に⽣産施設を置くことの経済性が⼤きく高まる可能性があります。CAM⽤施設についても、比較的エネルギーの消費は少ないとはいえ、同じことがいえます。

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第2章

中間体⽣産の最⼤の成功要因となる優遇措置

アジアと北中南⽶で上流・中流資産を集中させるために講じられているインセンティブとは

主要なバッテリー材料の貿易フローの例

バッテリー材料の採掘と精錬

アジアのバッテリー・バリューチェーンへの投資

現在、材料の貿易フローで他を圧倒しているのは中国と、やや及ばないものの韓国です。両国は充実したインフラと⾼い⽣産能⼒を誇り、市場ダイナミクスと価格設定をコントロールしています。


中国政府はEV製造とリチウムイオン電池⽣産を、広範な経済にとって戦略的に重要なセクターと位置づけ、2009年から2013年にかけて、EVセクターの成⻑推進を⽬的に補助⾦制度を開始しました。具体的には、安価な⼯場⽤地の提供やプラント建設を対象とした設備投資補助⾦の給付などを⾏っています。また、CATL(Contemporary Amperex Technology Co. Limited)社など、中国政府認定のバッテリーサプライヤー製バッテリーをOEM⾃動⾞メーカーが使⽤していることを条件に、EVの⽣産コストの最⼤3分の1に相当する税制上の優遇措置の適⽤と補助⾦の給付を実施しました。こうした初期⽀援策により、CATL社は、LFP(リン酸鉄リチウムイオン)セル市場をはじめとするバッテリー市場を独占する基盤を得ることができたのです。


その規模と、セル⽣産から⽣まれたキャッシュフローを展開する能⼒を⽣かし、CATL社は⼀連のバリューチェーンへの投資に乗り出し、それにより供給を確保し、中間体事業にも進出しました。同社の投資事例の⼀部を紹介します。

 

  • インドネシアにニッケルラテライト鉱を加工するプラントを建設(2024年に生産開始予定)
  • 豪Pilbara Minerals社を買収。Pilgangooraリチウム-タンタルプロジェクトの拡⼤、ならびに⽔酸化リチウムを⽣産する加⼯施設を韓国に建設することを計画
  • 南⽶の「リチウム・トライアングル」とコンゴ⺠主共和国のコバルト鉱⼭それぞれにおける鉱業プロジェクトへ出資
     

 

米国は法制化でEV用バッテリーのクリーン化を目指す

ジョー・バイデン⽶⼤統領は2022年8⽉、インフレ削減法(IRA)に署名をし、同法が成⽴しました。ここに盛り込まれたインセンティブは、地域のサプライチェーン構築を図り、国内⽣産・調達を促進することを⽬的としています。需要を喚起するため、同法にはメーカー希望⼩売価格(MSRP)に上限を設け、それを下回る⾞両を対象とした税額控除措置も盛り込まれています。⽶国では2024年以降、「懸念される外国の事業体」とされる企業から⾞載バッテリーの部品を調達できず、また2025年からは、「懸念される外国の事業体」から調達した重要鉱物(クリティカルミネラル)をEV⽤バッテリーに使⽤することもできなくなります。
 

⽶国はこの立法を通じて、チリなど、1次産品が豊富なラテンアメリカの協定国をはじめとした、南北アメリカ全体の⾃由貿易協定が適⽤される地域内で、⽣産の現地化を図っています。欧州に⽐べEVの普及が遅いことが、⽶国にとってプラスに働いています。


⽶国エネルギー省(DOE)は、超党派によるインフラ法(Bipartisan Infrastructure Law)に基づき、バッテリーの国内サプライチェーンに属する、12州約20社に28億ドルの助成⾦を交付すると発表しました。助成額の内訳は、15億ドルが材料分離・加⼯、13億ドルが部品製造です。また28億ドルのうち、30%が正極投資、25%がNMCとLFP技術を含むPCAMとCAMに充てられます。

未来に出資する
バッテリーの国内中間体バリューチェーンの構築のために⽶DOEが交付した助成⾦の総額

こうした資⾦提供の方法は、実証プラントに加え新規商用規模の生産施設の建造を⽀援するものであり、⽶国での国内バッテリー産業の確保に向けた重要な⼀歩となっています。

⽶国市場から事実上アジアの中間体事業が締め出されたことで、今後はバッテリー投資は欧州に向かう可能性が⾼いものと考えられます。欧州のEVの普及ペースの速さと中間体のバッテリー有効⽣産能⼒が不⾜している状況を考え併せると、欧州委員会が⽶国と同様の法案を成⽴させないかぎり、OEMは電化⽣産⽬標を達成するにはアジアの供給と投資を受け⼊れる可能性が⾼いと考えられます。

EUはIRAへの対応策をいくつか打ち出しています。2023年2⽉には、「グリーンディール産業計画」を発表しました。この計画には、再⽣可能エネルギーと脱炭素化を対象とした2,250億ユーロの融資と200億ユーロの補助⾦から成る支援パッケージが盛り込まれていますが、バッテリーのバリューチェーン関連の予算は計上されていません。この財源はパンデミックにより落ち込んだ経済を⽀えることを⽬的に設⽴されたEUの復興基⾦です。

2023年3⽉に発表された欧州重要原材料法案(European Critical Raw Materials Act︓CRMA)には、上流⽣産と中間体⽣産を対象とした、より包括的な措置が盛り込まれています。具体的には域内加⼯処理に向けた野⼼的な⽬標、重要原材料の中央購買機関の設置、戦略的とみなされるプロジェクトの許認可取得に要する期間を2年未満に短縮することなどがあります。

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第3章

中間体⽣産における欧州の機会

欧州は根源的な課題に直⾯しているが、その中にあっても機会をとらえることができる

アジア、そしてこのままであれば北⽶と⽐べても、欧州では中間体⽣産が材料をバッテリーメーカーやOEM⾃動⾞メーカーに供給上のボトルネックとなっており、この先これが市場の動向を左右する障害になりかねません。

EUのIPCEI(Important Projects of Common European Interest︓欧州共通利益重要プロジェクト)制度でバッテリーのギガプラント開発⽀援に60億ドルの拠出が承認され一定の効果を得た⼀⽅、中間体⽣産問題への官⺠の対応は概して限定的です。欧州の規制では、⾼いハードルになりかねない現地⽣産を当⾯の⽬標に設定するよりも、バッテリーパスポートを義務づけて執⾏メカニズムとデータプラットフォームを構築することに重点が置かれています。

インフラ整備を取り巻く経済情勢の厳しさやコスト競争の激化、テクノロジーの陳腐化のリスクを受け投資家候補の意欲が減退し、協調的な資⾦の投⼊もまた限定的です。欧州は、バッテリー原材料の地域内供給がほとんどなく、他地域に⽐べてエネルギーコストが相当に大きく、また、資本投資にまつわる多くの要件が存在するなど、必要とされるバッテリー中間体の化学加⼯ケイパビリティ構築に向けて根源的な課題に直⾯しています。

その上、欧州ではバッテリー材料の調達に、他地域とは異なるアプローチを目指しています。透明性と現地化、サステナビリティに主眼を置いたこのアプローチを実現可能にするのは、CBAMなどの規制、現地調達額の要件を満たしていない完成⾞に課せられる関税、OEMのネットゼロ⽬標などであると考えられます。

アジアに⽐べ、欧州の供給能⼒は、材料のサプライチェーン全体にわたり低い⽔準のままですが、⼀⽅で、動き始めた企業もあります。BASF社はフィンランドにPCAM施設を、ドイツにCAM施設を建設中で、Umicore社も2022年末にポーランドでグリーンフィールドプラントの稼働を開始しました。

材料サプライチェーンの各要素が抱えるリスクは著しく⾼まっています。そのため経済的重要性、予想される供給容量のギャップ、厳しい原産地規則(RoO)といった喫緊の課題を考えると、現地化をできるだけ早く、優先的に進められるべきです。特にCAMの供給不⾜と諸課題は、LFPとNMC、両⽅の業界全体にとって深刻な障壁になることが予想されます。

リチウムに関しては、国内または地域内の中間体製造に、新たに発⾒された埋蔵鉱物(英国のリチウムなど)を商用利用する機会が⽣まれるかもしれません。とはいえ、こうした鉱脈の分布が広く存在するのか、はたまたそれが商業的に成立し、現地の中間体加⼯・精錬事業を誘致できるかどうかなど、現段階ではまだ不透明です。

奨励策対象や投資の重点を絞ることにより、欧州はテクノロジーイノベーションの推進で主導的な役割を果たし、⽣産・供給能⼒に関する問題の軽減でリーダーシップを発揮できるものと考えられます。主に次の2つの分野において、特に⼤きな機会となり得ます。

  1. 湿式製錬プロセスなどのリサイクル技術への注⼒:⾼性能材料を欧州の循環ループ内にとどめ、精錬プロセスに戻す必要をなくす
  2. リチウムの直接抽出や地熱塩⽔からの抽出など、より幅広い鉱物基盤の商業化を可能にする材料変換技術の開発

 

材料サプライチェーンのなかで価値の⾼い分野、特に化学成分構成を問わない材料の抽出と精錬に的を絞って投資をすることで、欧州は技術の進歩でリードし、戦略的課題の⼀部を解決できるかもしれません。

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第4章

中間体事業に参⼊する事業者の選択肢

バッテリー事業者はバリューチェーンを垂直統合する方法として、自社による構築、他社の買収、あるいは他社とのパートナーシップも選択できます。

欧州が「何もしない」というアプローチをとり、バッテリーの下流開発のみに注⼒し続けた場合、重要材料供給へのアクセスの制限や価格変動に遭い、結果、セル製造資産が厳しい状況に陥ったり、⼗分に活⽤できなかったり、といった事態を招きかねません。ひいては、欧州のOEM⾃動⾞メーカーと⾃動⾞セクターの業績全体に影響を及ぼすことになると考えられます。
 

必要なインフラの建設に伴う設備投資と欧州の⾼いエネルギー価格に伴う事業運営費の規模から考えると、プライべートキャピタルに資本を依存するならば、リターンは限定的なものになると思われます。こうした問題から、欧州の中間体⽣産に参⼊を検討する事業者がいたとしても、アジアに拠点を置きバッテリー材料を安価で提供する事業者にコスト⾯で太⼑打ちできない現状があります。コストをOEM、ひいては消費者に転嫁する難しさを考えると、セルの下流メーカーがコストの吸収を望むはずもありません。


もう1つの選択肢は、必要とされる強固なバランスシートを有し、垂直統合された域内の優良企業の強化です。鉱物・化学品分野では近年、バリューチェーンの垂直支配を獲得するために、パートナーシップ、マイノリティ投資、ジョイントベンチャー(JV)の模索が増えている⼀⽅、M&Aは減っています。例えば英RioTinto社は昨年、Nano One社に1,000万ドルの戦略的出資を実施し、同社の株式を取得しました。両社は、Nano One社の負極加⼯技術向けバッテリーメタルなどで協⼒します。⼀⽅、欧州に拠点を置くセルメーカーのスウェーデンNorthvolt社は、垂直統合アプローチをとり、リチウム変換施設を建設するためGALP社とJVを設⽴したほか、製紙・パルプメーカーのStora Enso社と、リグニン由来の正極製造でパートナーシップを締結しました。


垂直統合した事業者は、テクノロジーロードマップの整合性の確実性からメリットを得られ、施設などを共同設置することも可能です。物流や材料運搬に伴う課題を最⼩限に抑えながら、研究開発の成果やノウハウ、リソース、⼯場のオペレーションの一部(必要なエネルギー接続へのアクセスの提供や契約業務など)を共有できるといった明確なシナジーも得られます。


垂直統合の例としてはほかに、Volkswagen社が⽔酸化リチウムの確保を⽬的にVulcan Energy社と締結したオフテイク契約や、前駆体とCAMを⽣産するためにUmicore社と設置したJVが挙げられます。垂直統合はOEMやセルメーカーが実装規模で採⽤する、1つのツールになると思われますが、現在のところあまり広まっておらず、アジアへの依存を軽減するまでには⾄っていません。


最近有望視されるようになってきたソリューションに、欧州のバッテリーアライアンスを設⽴、発展させ、バリューチェーンと国をつなぐという、中間体開発への協調的なアプローチがあります。垂直統合は⼤きな相乗的価値をもたらしますが、複数のプレイヤーが参画するアライアンスモデルも同様のメリットをもたらし、さらに参加国と対象となる業界の関係者に付加価値を生み出すことも可能です。


現在、バリューチェーンに伴うリスクが各製造ステップにより異なりますが、前述の選択肢もそうしたリスクのひとつひとつを適切に軽減できるものでもありません。鉱⼭事業者は複数年にわたる探鉱と新たな鉱⼭の掘削に必要な資⾦調達に伴う資本リスクを懸念しています。中間体加⼯業者は⼗分な数量の材料を確保するリスクを負うとともに、⾼い事業運営費の管理に伴う課題にも対処しなければなりません。また、CAMメーカーは、新発⾒で製品ロードマップから外れるようなことになる場合、テクノロジーが陳腐化するリスクを負うことになります。バリューチェーンの複数の側⾯にまたがるアライアンスの構築は、リスクを共有し、投資を呼び込みながら連携を促し、欧州の事業者がアジアに拠点を置くライバルと競い合うことを可能にするものと考えられます。

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第5章

バッテリーの中間体事業で成功するための基本原則

欧州の中間体事業における課題の解決のために、官⺠セクターそれぞれがしっかりと取り組むべきこととは

欧州ではバッテリー中間体事業に、鉱⼭事業者からCAMとAAMのサプライヤー、さらにはセルメーカーまで、(オフテイク契約からJV契約や共有持分契約まで)さまざまなパートナーシップ契約を結んでいる事業者からなるコンソーシアム設⽴が必要になることが考えられます。

アライアンスには重点課題を⾒極め、その順位を決める、明確な視点と能⼒が必要になると思われます。その際に考慮する必要があるのは、バッテリーメーカーの化学的要件に加え、価値、需給、価格予測、次世代バッテリーの市場浸透速度が及ぼし得る影響への脆弱性などです。急激な需要拡⼤(2030年までに全世界で9〜10倍増の約3mt⁴に達すること)の予想を前に、リチウムイオンセル向けリチウムの寿命を延ばす必要があることを考慮すると、鉱⼭事業者からセルメーカーまでが参加するアライアンスの構築をめぐっては、リチウム(⽔酸化リチウムか炭酸リチウム)が「後悔なき」出発点となることが有望です。

中間体事業全体をカバーする欧州アライアンスを成功に導くには、欧州のバッテリー市場と⾃動⾞市場のニーズにマッチした、⼀線を画する提議が欠かせません。そこでの提案は、次の6つの課題の解決につながるものであることが望まれます。

1. 官民セクターから資⾦を集める

欧州で中間体事業を成功させるには、適切な公的インセンティブメカニズムを整備して投資を促し、構造的な運営コストの問題を克服する必要があります。また、外部投資家を通じての⺠間セクターの資⾦調達能⼒も求められると考えられます。

現在のところ、こうした取り組みは主として⼤規模投資プロジェクトであり、上流のコモディティ・リスク、コモディティ価格の収益プロファイル、オフテイク需要の不確実性があります。⺠間投資にせよ公的投資にせよ、バリューチェーン全体のリスクを理解した上で、積極的に軽減策を講じていかなければなりません。

2. ESG重視を徹底する

鉱石から自動⾞まで、バッテリーのサステナビリティを確保するには、サステナブルで、透明性が⾼く、エンドツーエンドの製品ライフサイクル全段階で生じる温室効果ガス(GHG)排出量が少ない拠点を作るしかありません。

このため、中間体事業の体制構築は一層複雑化すると思われますが、欧州バッテリーパスポートといった提案が、バリューチェーン全体の透明化を推進すると考えられます。また、規格の策定や保証といった副次産業を発展、育成にも寄与します。

3. テクノロジーロードマップの整合性

例えば固体バッテリーのロードマップで、パックの⼩型化や充電の⾼速化とモジュラー設計の多様化に重点を置きながら、アライアンス全体の⾜並みをそろえなければなりません。

技術の進歩は中間体事業に重⼤な影響を与え、新たな化学的処⽅を⽤いた特定の原材料構成に対する需要にも影響が及び、さらにリサイクル材料のより高度な統合を促進することも考えられます。

4. 資源循環の推進をリードするリサイクルハブを構築する

リサイクル業と中間体事業を統合することで、サステナビリティを向上させ、排出量の多い地域に対して競争優位性を⾼める好機が⽣まれます。また、両⽅のケイパビリティ(湿式処理など)に類似点もあることに加え、中間体事業ではリサイクルの対象となる廃棄物の移動や、規格外材料も多く発生します。

ここで課題は、上記の1と3を強化し、2つの資本集約型副次産業の育成と統合を並⾏して進める後押しを得られるかです。

5. 上記を達成するための強固な環境を整える

インフラ整備の⽀援、同支援が設備と原材料もカバーすること、支援的な輸⼊制度、税制上の優遇措置、⼿頃な資金調達などの政策とインセンティブは、いずれも中間体事業での適切な消費(と購⼊)⾏動を喚起するために重要な⼿段です。先ごろ発表されたCRMAが施⾏されれば、欧州バッテリー事業にとって、望ましい⽅向への⼒強い⼀歩となると考えられます。

その⼀⽅で、公的資⾦注⼊には重要な疑問符が残っています。各国政府は、EV普及促進を⽬的とした顧客インセンティブを廃止し、財務的リターンが不確実な上流へのインセンティブのさらなる集中へと乗り出す中で、難しい予算上のトレードオフを迫られるかもしれません。現在までのところ、設備投資インセンティブはギガプラントの開発に集中し、そのさらに上流の支援についてははるかに限定的です。

6. 地域の鉱業ポテンシャルを引き出す

EU域内の鉱業の秘めた可能性を開拓し、これまで利⽤されてこなかった地域の埋蔵鉱物を新たに活⽤する代替エネルギー変換技術を開発することにより、原材料へのアクセスで欧州が直⾯する、北⽶(そして⼀帯⼀路構想を前提にした中国)と⽐べての戦略的弱点を軽減できます。

これまでのところ、欧州は原材料へのアクセスという点で他地域に⽐べ戦略的に不利な⽴場にあります。プロジェクトの許認可に関する法律と財務コスト、探鉱をめぐる不確実性が投資意欲をそいできたといえます。許認可取得の簡易化やインセンティブで投資意欲を⾼めることにより、ポルトガルやセルビア、ドイツなどの域内の埋蔵鉱物の秘めた可能性を引き出せるかもしれません。

本記事はEYパルテノンEnergy TransitionチームのJames NicholsonとPiyush Patel、Alex Lewisが執筆しました。本記事の作成にあたっては、Simon MillageとAlicia Lukmanが協力をしてくれました。この場を借りて、感謝の意を表します。

  1. EYパルテノンのバッテリー需要モデル
  2. EYパルテノンのバッテリー需要モデル
  3. 欧州理事会報告書A9-0031/2022
  4. 銀行の各種報告書に基づいたEYパルテノンの分析結果


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    サマリー

    蓄電池部品の供給安全保障とバッテリーのサステナビリティ向上のためには、バッテリー材料の中間体⽣産能⼒の増強が不可⽋です。バッテリー産業の現状では、欧州はアジアや⽶国に後れを取っています。しかし、地域アライアンスの設⽴と、テクノロジーロードマップの統合、リサイクルケイパビリティの構築、強⼒なインセンティブの導⼊が、そうした状況を打破するものと考えられます。


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