欧州のEV向け公共充電インフラ拡充に向けて

欧州のEV向け公共充電インフラ拡充に向けて


欧州のEV市場での需要急増に対応するには、なぜ公共充電インフラを拡充する必要があるのでしょうか。その理由について考察します。


要点

  • 欧州の電気自動車(EV)充電インフラの普及は、今後10年間のEV生産台数の増加に追いつかないと予測される。
  • 充電に対する不安がEVの潜在的購入者の主たる懸念事項になりつつあり、持続可能なEVの普及には公共充電インフラの拡充が不可欠である。
  • 投資家、充電設備事業者、政府、自動車メーカー(OEM)の協働なくして、欧州のEV普及目標の達成は困難。


EY Japanの視点

日本でもEV向けの公共充電インフラは以前より日常的に目にすることも多くなっています。しかし、実際には利用が伸びない等の理由で撤去・移転される設備もあり、ここ数年は減少傾向のため、まだ初期のステージを抜け出す状況にはありません。国内におけるEVの利用実態や潜在需要を考慮すると、欧州「EVエコシステム」で取り上げられている重要プレーヤーに加え、運行事業者の協力も不可欠です。その意味では、乗用利用のみならず、商用利用、つまりヒトの移動やモノの移動の両方を見据えた最適な充電インフラ整備の全体構想が必要になるでしょう。その際は、目的(地域・用途)により、主導すべきプレーヤーが異なることも考慮にいれなければなりません。


EY Japanの窓口

早瀬 慶
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー

世界的な電気自動車革命に向けて機運が高まっています。消費者の選択優先順位の変化と自動車OEMの野心的なEV生産目標は、多くのアナリストの当初予測よりも早く、EVへの移行が進んでいることを示しています。EV業界が導入初期段階から、今後予想される飛躍的成長段階へと急速に移行するに伴い、EVの公共充電設備に複数の課題が浮上しています。市場が今後10年で成熟期を迎える中、これらの課題の解決が、EVユーザー全般の利益のため避けられなくなりつつあり、その重要性は高まる一方です。

EVエコシステムに関わる欧州のプレーヤーは、域内各国の公共充電設備の規模と構成比における格差の平準を図る必要があります。充電ポイントの有無、のように2元的に捉えるだけでなく、設置場所、収益創出力、充電ポイントならびにより広く充電ネットワークとしての可視性、そして品質(充電速度)などが多元的に関連することを考慮しなければなりません。投資家、充電ポイント事業者、政府、自動車OEMなどの主要プレーヤーは、この潜在的なボトルネックを回避すべく、インフラの整備拡充が消費者の需要増に大きく後れを取る前に、協力体制を取る時期を迎えているのです。


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第1章

EV市場の飛躍的成長

2035年までに、EVは欧州の主要市場における全車両の約半数を占めると予測されています。


世界的な電気自動車革命に向けて機運が高まっています。消費者の選択優先順位の変化と自動車OEMの野心的なEV生産目標は、多くのアナリストの当初予測よりも早く、EVへの移行が進んでいることを示しています。英自動車産業調査会社LMC Automotiveによると、2019年、完全電気自動車(BEV)およびプラグインハイブリッド車(PHEV)が欧州の自動車販売に占める割合はわずか2.9%でした。この割合は、2021年には13.2%に増加しており、2035年までに欧州の主要市場で使用される車両の約半数をEVが占めると予測されています(EY Knowledgeは、使用台数のうちBEVとPHEVが占める割合は、英国で約52%、ドイツで約49%と予測)。

欧州で使用される自動車がEVへと移行するのに伴い、ガソリンスタンド網を私有および公共の充電ネットワークに置き換えていく必要があります。初期のEV購入者は、自宅の私道やガレージに充電設備を設置できる高所得者が多いとみられます。しかし、すべてのドライバーが内燃機関(ICE)車からEVに切り替えるには、専用駐車場を利用できないドライバーに向けて、大規模な公共インフラを整備する必要があります。自動車販売代理店のICCの推定によると、ドイツでは家庭用充電設備を利用できるEV所有者の割合は、2018年の80%から2030年には72%に低下するとみられます。より人口密度の高い国では、家庭用充電設備を利用するEV所有者の割合はさらに低くなると予想されます。充電インフラの充実によりEVの普及が進むのか、それともEVの普及が充電インフラの充実に先行するのか、という疑問に対する答えは、既にほぼ明らかになっています。消費者にEV購入に対する安心感を与えるためには、強固な充電インフラが必要とされます。約9,000人を対象に調査を実施した2021 EY Mobility Consumer Indexでは、EV購入をためらう主な理由として充電ステーションの不足が挙げられました。これはEV購入の初期費用に次いで2番目に多く挙げられた理由です。


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第2章

需要に追いつくために苦戦する公共充電インフラ

欧州では、国・地域によってEVと公共充電ポイントの比率に大きなばらつきがあります。


EVの普及促進における重要性を考えると、一部の国・地域では公共充電インフラの不足が懸念されます。公共充電ポイントの比率は、ある特定の国・地域における公共インフラの強みと充実度を示しています。比率が高ければ、EV台数に対して公共充電ポイントが少ないため、インフラ投資が遅れていることになります。反対に、比率が低ければ、EV利用者のために十分な充電インフラが整備されていることを示唆します。欧州では、国・地域によってこの比率に大きなばらつきがあります。

公共充電ポイントに対するEV(EVs-PCPs)の比率
 
公共充電ポイントに対するEV(EVs-PCPs)の比率

出典:Recharge EU:How many charge points will Europe and its Member states need in the 2020s,Transport & Environment, 2020,© 2022 European Federation for Transport and Environmental AISBL.

欧州の多くの国では近く、EV販売台数が、拡充を急ぐ公共充電インフラで対応できる台数を上回るとみられ、公共充電ポイントの数はEVの成長にさらに後れを取ると予想されます。これは、英国、フランス、ドイツにも当てはまります。

国際的に比較すると、欧州諸国は米国とカナダに並ぶ水準にみえます(公共充電ポイントに対するEVの比率はそれぞれ約13と17)。ただし欧州と北米のインフラは、中国に大きく後れを取っています。世界をリードするEV開発大国である中国では、公共充電ポイント1カ所あたりのEV保有台数は約6台です。


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第3章

将来の消費者行動と充電設備の構成に関する不確実性

将来の消費者行動が、拡充すべきインフラのタイプを決める


公共インフラの規模に関する課題と並んで懸念されるのが、将来の消費者行動と、それにより拡充すべきインフラのタイプがどのように決定されるかが不確実だということです。EV市場の進化は第1段階を終えたばかりであり、EVの初期導入者が占めるのは自動車市場の一部に過ぎません。現在第2段階に移行しつつありますが、この段階の特徴はEV販売と充電ポイントの急激な増加です。2035年を大幅に過ぎて到達すると予想される市場の成熟の最終段階では、充電インフラに携わるプレーヤーの高度な合併統合と、充電サービスのコモディティ化が著しく進んでいるものと推測されます。

さまざまな兆候から、市場がこの10年間で成熟する可能性は低いことが示唆されますが、実際に市場が成熟段階に入れば、購入決定において価格がより重要な決定要因となるとみられます。この生まれて間もない市場で他の要因の重要性がどのように変遷し、またそれが顧客セグメントごとにどのような道筋をたどるかは、いまだ明らかになっていません。

消費者の選択優先順位が変化し、懸念の対象がバッテリーの性能から充電設備に移れば、充電頻度、充電速度、充電場所にもインパクトがあるものと考えられます。例えば、EY Knowledgeは、フランスでは2030年までに約22万カ所の公共充電ポイントが整備されると予測しています。しかし、EVの普及が進み、消費者行動がある程度確立すれば、高速充電に対応する目的地充電への需要が増加する可能性があります。

フランスの私有・公共(#)別充電設備の数、および目的地充電とそれ以外(#)の公共充電設備の数
フランスの私有・公共(#)別充電設備の数、および目的地充電とそれ以外(#)の公共充電設備の数
  1. 私有設備には、住居と職場の充電設備が含まれます。
  2. 公共設備には、一般の人々が利用できるすべての充電設備(含む、EY Knowledgeのダッシュボードで区分される目的地充電設備と公共設備)が含まれます。
  3. 実績値の出所:Simone Käser著、"Market ramp-up of electric vehicles & charging points in France until 2030"、ホワイトペーパー、P3 Group GMBH発行
  4. また、充電ポイント事業者の設置場所とハードウエアについての戦略は、充電速度が異なる設備の構成比に左右されますが、これについても見通しは明確ではありません。次のグラフは、欧州の複数の国における、公共充電ポイントの現在の分布状況を示しています。充電ポイントの総数が最も多いのはオランダですが、急速または超急速の設備はごくわずか(約1%)です。対照的に英国では、公共充電ポイント数はオランダの半分程度ですが、急速または超急速の充電ポイントの割合は大幅に高くなっています(約7%)。
 
欧州諸国の公共EV充電設備数の速度による分類
欧州諸国の公共EV充電設備数の速度による分類

出典:Recharge EU:How many charge points will Europe and its Member states need in the 2020s, Transport & Environment, 2020, © 2022 European Federation for Transport and Environmental AISBL

今後、充電速度が異なる設備の構成比を決定付ける主な要因には、次が考えられます。

  • 各国に特有の要因:都市の数、都市人口の割合などが、公共インフラとして、専用駐車場に設置された低速充電ポイントと目的地や途中にある高速充電ポイントのどちらを多くするべきかを決定します。
  • 充電に関する消費者行動:充電速度は設備の設置場所に依存するため、充電場所に対する消費者ニーズが充電速度別充電ポイントの構成比に大きく影響します。例えば、毎週買い物中に充電したいと消費者が考える場合、幹線道路に隣接した急速充電設備よりも、ショッピングモールの駐車場の低速充電設備の方が適していると言えそうです。
  • BEVとPHEVの比率:充電に要するエネルギーはBEVの方がより多いため、BEVの比率が高いほど、より多くの高速充電インフラが望まれます。これは、国内法規制などの外的要因の影響を受けやすいとみられます。

つまり、公共充電インフラの迅速な拡充は必須ですが、設置場所や充電速度別充電ポイントの構成比の予測には大きな不確実性が伴います。


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第4章

充電インフラ拡充に向けてエコシステム間で協働する

3つの中心的な方法とそれ以外の促進要因により、充電設備インフラの拡充とROIの向上を遂げることができます。


持続可能なEVの普及は、公共充電インフラの拡充に大きく左右されます。私たちの経験では、充電ポイント事業者が取り得る、EV市場の成長に大きなインパクトを与えることのできる重要なアクションが3つあります。株主のための価値の最大化、オペレーショナルエクセレンスの達成、より広範なEVエコシステムとの連携が挙げられます。
 

株主のための価値の最大化

充電設備インフラの投資利益率向上を可能にする3つの中心的な方法を以下に示します。

  1. 高い利用率を可能にするテクノロジーと設置場所の選択、収益性強化のための価格設定の最適化、補助的な収益源(広告など)の追求により、収益成長を最大化させる。
  2. 設置コストの効率化、ハードウエアの大量調達、充電設備設置に関する将来需要の予測などの対策により、事業コストを削減する。
  3. 資本構造の適正化と債務比率の改善により資金調達コストを最適化し、加重平均資本コスト(WACC)を低下させ、株主還元を増加させる。
     

オペレーショナルエクセレンスを実現する

充電ネットワークの著しい成長が期待される中、バリューチェーン全体のプレーヤーに複数の事業機会が訪れそうです。充電ポイント事業者は、このインフラの規模の拡大を、稼働時間のような主要な評価指標を犠牲にすることなく進める必要があります。私たちの経験では、先進的な充電ポイント事業者は、効果的な事業拡大に向けて5つの原則を採用しています。

  1. ブランドの明確化:私たちの経験では、特定の充電速度と設置場所(公共か私有か)にフォーカスすることが、顧客満足度の向上につながります。
  2. フットプリントの最適化:事業者が既に設置した場所を補完する設置場所を見つけることも、充電設備の利用率最大化の鍵となります。
  3. 取引関係:既存の取引関係を活用するべきです。これにより適切な設置場所を探すのが容易になり、双方に有利な取引条件に基づき安心して契約することができます。 
  4. サプライチェーンのレジリエンス:また、充電ポイント事業者はテクノロジーの提供者を慎重に選択し、協力関係が成長のボトルネックにならないようにすることで、サプライチェーンの強靱性を確保する必要があります。 
  5. 高い信頼性:充電ポイント事業者にとって顧客ロイヤルティを維持する最善の方法は、自社のネットワークの信頼性の高さを確保することです。そのためには、信頼性が高く、利用しやすく、操作性に優れたハードウエアを選択する必要があり、かつ、ソフトウエア構造の強靱性を確保することも必要です。
     

より広範なEVエコシステムとの連携

公共充電市場の強さは、その背後にある促進要因に左右されます。EVの継続的な普及を可能にするユーザー体験を提供する責任を負うのは、充電ポイント事業者だけではありません。EVエコシステムには重要なプレーヤーが3者いると考えられます。

  1. 政府:政府が当事者となるパートナーシップについては、2つの方向から理解することができます。1つは、中央政府による大規模な資金支援制度(英国の急速充電基金など)の活用です。もう1つは、地方自治体との協力を通じた、電力ネットワークなどのインフラ開発の加速です。
  2. 自動車OEM:複数のOEMと協力し、消費者行動への理解を深め、それに沿うよう充電設備の仕様を決定します。
  3. 再生可能エネルギー事業者:新しい市場への参入を望む再生可能エネルギー事業者との間でシナジーが得られる可能性があります。発電設備を充電設備内に設置することも可能でしょう。充電設備内で発電したり、近隣で発電して私設電線で送電したりすれば、地域の再生可能エネルギーの活用により、充電ポイント事業者の電力コストを削減できます。
充電ポイント事業者が市場の成長に大きな影響を与えることのできる3つの重要なアクション
充電ポイント事業者が市場の成長に大きな影響を与えることのできる3つの重要なアクション

出典:EYパルテノンによる分析(2022年)

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    サマリー

    EV市場が早期導入段階から成長段階へと移行するとともに、EVの公共充電について複数の課題が浮上しています。EVエコシステムに関わる欧州のプレーヤーは、今後の公共充電設備の規模と構成についての懸念を払しょくする必要があります。投資家、充電ポイント事業者、政府、自動車OEMの協働なくして、欧州の野心的なEV普及目標を達成するのは難しいものと思われます。

    本稿は執筆者の個人的見解に基づいて書かれたものであり、EYまたはEYのメンバーファームの見解ではありません。


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