長期的価値の創造を促進する共通の指標とは

長期的価値の創造を促進する共通の指標とは


世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会(WEF-IBC)は、持続可能な価値創造の促進を目的とした共通指標を提示しています。私たちがこれを確かなものにできれば、大きな一歩となります。

EY Japanの視点

さまざまな観点や価値観で検討や推進がなされているESGやSDGsですが、それゆえに多くの評価方法や指標が存在しています。今後このような取り組みがグローバルレベルで活性化し、進捗(しんちょく)していくためには、一定の統一的な指標が必要と考えられています。WEF(世界経済フォーラム)では参加企業や関係団体と一緒に長くその課題に取り組み、今般21の中核指標と34の拡大指標を公表しました。今後、世界中の企業が当課題に取り組む上で参照していくものと考えられ、比較可能性も高まることが期待されます。わが国においてもすでに多くの企業が推進していますが、ぜひ参考にしていただきたいと考えています。


EY Japanの窓口
瀧澤 徳也
EY Japan マネージング・パートナー/マーケッツ 兼 EY Japan チーフ・サステナビリティ・オフィサー

要点

  • 世界各国120名のCEOで構成されるWEF-IBCは、長期的価値の創造を測定する共通指標を提示している。
  • 21の中核指標と34の拡大指標により、業種や国・地域を問わず、比較可能性と一貫性を持ったESG情報開示が可能になる。
  • これら指標は、短期的な業績から長期的価値の創造へと、社会が重点をシフトさせる際に利用することができ、また利用することが求められる。

世界各国120名のCEOで構成される世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会(WEF-IBC)主導の下、1年半にわたってグローバル企業、基準設定主体、国際機関の間で活発で前向きな話し合いが行われてきました。その内容はただ1つの優先課題、つまり、比較可能性と一貫性を持った方法を用いて、持続可能でインクルーシブな成長を測定することです。これは長年の懸案事項でした。

成功企業の経営においては、あらゆるステークホルダーに長期的価値をもたらす必要があることを、私たちはビジネスリーダーとして認識しています。しかし、業績を測定する基準とは異なり、非財務情報や、株主以外のステークホルダーにもたらされる価値を測定する基準は定められていません。これらは、環境・社会・ガバナンス(ESG)の情報開示に盛り込まれることの多い情報です。事実、その測定方法は乱立しています。1社につき、600以上のフレームワークと数千もの指標があります。またピーター・ドラッカーの言葉を引用するならば、測定できないものは改善できません。

それが、EYをはじめとする4大会計ファームとバンク・オブ・アメリカが携わるWEF-IBCの取り組みが極めて重要である理由の1つです。

この指標は、統一ESG報告基準への足がかりとなり、長期的価値の創造を優先することの重要性を明確に示してくれます。
その機会を確かなものにすることが、われわれ全てにとって課題となります。

指標:長期的価値創造への扉

2019年8月、私を含む181人のCEOが、あらゆるステークホルダーに長期的価値をもたらすことを目的とするビジネス・ラウンドテーブルのStatement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)に署名しました。WEF-IBCの共通指標イニシアチブは、このコミットメントに対する責任を私たちに課すものであり、また投資家やその他のステークホルダーがこのコミットメントに対する企業のパフォーマンスを評価する際の1つの手段ともなります。

世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長とIBCのブライアン・モイニハン会長(バンク・オブ・アメリカ会長兼CEO)の呼びかけの下、4大会計ファームは非財務報告の国際基準に向けたコンバージェンス(収れん)を推し進めると同時に、国・地域やセクターを問わず、比較可能性と一貫性を持ったESG報告を可能にする普遍的な指標の特定に共同で取り組みました。2020年9月に発表された「ステークホルダー資本主義の進捗の測定~持続可能な価値創造のための共通の指標と一貫した報告を目指して~(Measuring Stakeholder Capitalism: Toward Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation)」では、SASB、GRI、TCFDなど既存の基準設定主体に基づいた21の中核指標と34の拡大指標を特定しています。このイニシアチブは従来の基準設定主体を補完するものであり、これに取って代わるものではありません。

目的の設定:ビジネスが経済面、環境面、社会面の問題にソリューションを提示するための、企業の目的の表明

ガバナンス機関の構成:最高ガバナンス機関の構成と、構成員に関する事項

ステークホルダーに影響を与えるマテリアルイシュー:企業とステークホルダーにとってマテリアルなトピック、そのトピックの特定方法と、ステークホルダーとの関わり方

汚職防止:汚職防止に関する研修、汚職事件の件数/性質、汚職撲滅に向けた取り組み/ステークホルダー・エンゲージメント

倫理的助言と通報制度の保護:倫理的/合法的行為に関して助言を求め、また懸念がある場合に通報する内部/外部メカニズム

リスクと機会のビジネスプロセスへの統合:企業が特に直面している主要ESGリスク(気候変動や、データスチュワードシップなどを含む、経済面、環境面、社会面でのマテリアルトピックなど)、リスクへの問題意識、リスクの経時的な変化、変化への対応

多様性とインクルージョン(%):従業員区分(年齢層、ジェンダー、その他多様性の指標)別の雇用割合

給与の平等(%):優先的な平等の分野に関わる、主要な事業所ごとの従業員区分別の基本給/報酬

賃金水準(%):地域の最低賃金と比較した、ジェンダー別の標準初任給の比率およびCEOを除く従業員の年間総報酬の中央値と、CEOの年間総報酬との比率

児童労働、強制労働のリスク:児童労働・強制労働に関わる重大なリスクがある自社およびサプライヤーの業務

健康と安全(%):死亡・業務上の傷害の件数、割合および種類。業務以外での従業員の医療やヘルスケアサービスの利用(利用の範囲を含む)

教育訓練(時間、金額):ジェンダーおよび従業員区分別の、1人当たりのトレーニングの平均時間。フルタイムの従業員1人当たりの、トレーニングと人材育成の平均費用

温室効果ガス(GHG)排出量:全ての関連するGHGについて、GHGプロトコルに基づくスコープ1およびスコープ2の全ての排出量を、二酸化炭素換算トン(tCO2e)で報告。また、マテリアルな上流と下流(GHGプロトコルのスコープ3)の排出量の推計も報告

TCFDの実施:TCFDの勧告を完全に実施。必要であれば、完全な実施までのタイムラインと、パリ協定の目標と整合性のあるGHG排出目標を設定すると誓約しているかについて開示

土地利用と生態系への配慮:保護地域または、生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)の中もしくは隣接して、所有・リース・管理している地域の数および広さ

水ストレス地域における水消費量および取水量:重要なオペレーションの場合、水消費量(メガリットル)および水ストレスが高いまたは極めて高い地域での、水消費量の割合を報告。また、全バリューチェーンに関して、推計も報告

雇用者数と比率:年齢層、ジェンダー、地域、その他の多様性指標別の新規雇用者数と離職者数およびその比率

経済的貢献:1)直接的な経済価値の創出と分配額(EVG&D)、2)政府からの財政援助金

金融投資への貢献:1)資本的支出から減価償却費を差し引いた金額、2)自社株取得額に配当支払額を加えた合計金額

研究開発費総額(金額):研究開発関連の費用

納税総額:法人税、財産税、控除対象外付加価値税(VAT)、その他売上税、雇用主負担の給与税、その他企業にとって費用となる税金などを含む、企業の世界全体での総納税額と内訳

ESG指標の報告を活用し始めた企業にとって、これらの中核指標は有意義な出発点となります。より高度な報告を行っている企業にとっては、自社の取り組みのどこがどのように特徴的で、意欲的かつ先進的なのかを、これら指標で強調する機会となるかもしれません。

また、地球、人、繁栄、ガバナンスの原則という国連の2030年持続可能な開発目標(SDGs)に沿った形で、相互に関連し合う柱で長期的価値をもたらすには、全ての指標が不可欠です。このイニシアチブのミッションの中核を成すのは、SDGsが描く社会像に合わせて企業が自社の目標を設定すれば、誰もが幸せになるという信念です。

グラフ1

本質的にこれらの指標は、四半期ごとの短期的な業績に主眼を置いていたものから、人、消費者、社会的・財務的アウトカム(成果)にまたがる長期的価値に広く焦点を当てたものへとビジネス界が移行していくための指針となるよう設計されています。究極的には、地域コミュニティーにより大きく貢献し、広く繁栄する原動力となる具体的な方法を企業に示します。

それは社会だけでなく、企業にとっても有益です。長期的価値創造を重視することは「正しい」行いであるだけでなく、健全な財務体質という点からも意義があることを示すエビデンスが増えています。JUST Capitalが先ごろ行った調査からも、2020年は従業員を「期待以上」に支援した企業が市場で優れた業績を上げていることが分かりました。

持続可能な価値創造

喜ばしいことに、ここまではあらゆるレベルで、ステークホルダー資本主義に賛同する声が聞かれています。経営陣と取締役会は、戦略的な質問を行い、より良い道を切り開くことが重要であると理解しており、従業員や消費者もそれを求めています。また、投資家がそうした戦略の対象となる分野に資金を投入していることから、ESGファンドに投資される資産は急速な拡大を見せており、長期的価値の提供を目指す企業は資本コストを低く抑えることができています。
 

それでは、ビジネスリーダーの長期戦略全体にESG情報開示はどのように組み込まれているのでしょうか? このWEF-IBCプロジェクトでは、CEO、最高サステナビリティ責任者、最高財務責任者、最高リスク責任者、最高戦略責任者など、組織内のさまざまな部署の専門家の参加を呼びかけてきました。これは、ESG情報開示が周縁的なものではなく、戦略全体の中核的要素であることを示しています。重要な点は、情報開示が適切な第一歩だとしても、これらの部署は、自社がどのように従業員、顧客、社会、株主に価値をもたらしているかを、ある程度時間をかけて新たな目で見直す必要があるということです。

各分野に果たすべき重要な役割があり、企業戦略にESGを組み込むことは、あらゆるステークホルダーに長期的価値をもたらす方法を差別化する機会となります。

EYでは、まず長期的価値の創造を目指す目的主導型の戦略に重点的に取り組みます。私たちはこれを3段階のステップと捉えています。

まず、従業員、顧客、社会、株主に長期的価値をもたらすという自社の目的について、経営陣と取締役会の認識を合わせます。次に、自社の目的と長期的価値に向けた戦略を実行するためにビジネスの変革に取り組み、あらゆるステークホルダーに価値をもたらすビジネスケイパビリティを評価し、投資を行います。最後に、測定、報告、コミュニケーションを通じて効果を明確に示すことで信頼を構築します。長期的価値に向けた効果的な戦略には、自社ビジネスへの取り組み方にESGへの配慮がしっかりと組み込まれています。またWEF-IBCの指標を用いることで、企業はセクターや国・地域を問わずパフォーマンスの比較と評価を行うことができます。

EYの長期戦略「NextWave」の目標は、Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)という私たちの理念(Purpose)を実行すること、そしてクライアント、EYのメンバー、社会に長期的価値を創出することです。その一環として、私たちには各ステークホルダーにかかわる一連の指標を通じて説明する責任があり、現在、WEF-IBCの指標をこうした情報の開示に組み入れているところです。

採用して変革へ

WEF-IBCの指標の策定と採用がきっかけとなり、よりインクルーシブで持続可能な目的主導の資本主義(パーパスドリブン・キャピタリズム)に社会が移行することをEYは望んでいます。この指標のフレームワークは、短期的な成果を重視した財務報告のみを行うのではなく、それをはるかに超えた価値の創造を自らの目で確かめ、測定できる新たなレンズになります。報告というエコシステムの真の変革に貢献するこのレンズを通して、私たちは真の価値とは何かを改めて考え、未来を再構築し、あらゆる人にとってより良い社会を構築することができます。


サマリー

WEF-IBCのプロジェクトと指標はベースラインであり、統一ESG報告基準への足がかりとなります。このプロジェクトが強く支持されたこと、そして民間セクターがこれら指標を採用するために取った行動は、株主だけでなく複数のステークホルダーの利益に貢献することで長期的価値が生まれるという新たなコンセンサスが形成されつつあることの現れです。


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