在米日本企業の経営に打撃を与える「試験研究費償却規定」が発効

在米日本企業の経営に打撃を与える「試験研究費償却規定」が発効

関連トピック

米国では、試験研究費の資産計上と減価償却を連邦税法上義務付ける規定が2022年度より適用されます。特に、親会社からの受託研究などを行っている在米日本企業は、キャッシュ・フローや経営が強く圧迫されるリスクがあります。


本稿の執筆者

EY税理士法人 米カリフォルニア州弁護士 米国公認会計士 秦 正彦

25年以上にわたり日本企業の海外事業に国際税務コンサルティングを提供。法人税、パススルー、クロスボーダー取引、企業再編、外国人の米国個人所得税、タックスプロビジョン、その他幅広い分野に係るコンサルティング多数。関連論文投稿、ブログ執筆、セミナー講演など多数。弁護士(米CA州)、公認会計士(米CA州・NY州、英国、香港)。EY税理士法人 APAC・USタックスデスク/シニア・テクニカル・アドバイザー。

アーンスト・アンド・ヤングLLP 米国公認会計士 野本 誠

30年以上の米国での実務経験に基づき、M&A、内部再編、新規海外投資案件に関する税務アドバイスを提供。他の大手会計事務所を経て、2016年アーンスト・アンド・ヤングLLPにパートナーとして参画。18年よりEY税理士法人に出向し、国際法人税務アドバイザリー部門およびトランザクション・タックス・アドバイザリー部門リーダーを務める。21年米国に帰任。米国公認会計士(米ニューヨーク州)。アーンスト・アンド・ヤングLLP パートナー。



要点

  • 改正発効により米国子会社の課税所得が向こう5年間大幅に増大すると見込まれる。
  • 資金繰りが逼迫(ひっぱく)する可能性がある。
  • 影響を最小化するための対策が急務となっている。


Ⅰ  はじめに

米国では、試験研究費の資産計上と減価償却を連邦税法上義務付ける規定が2022年度より適用されます。これにより、従来発生時点で損金算入されていた試験研究費を原則5年で償却しなければならず、特に親会社からの受託研究等を行っている在米日本企業のキャッシュ・フローや経営が強く圧迫されかねない事態となっています。


Ⅱ 背景

17年12月、米国では、「減税・雇用法(いわゆる「トランプ税制」)」が連邦議会上下両院で可決され、ドナルド・トランプ前大統領の署名により成立しました。トランプ税制では、連邦法人税率を最高35%から一律21%に引き下げるとともに、抜本的な国際課税制度改革が実行されましたが、予算均衡の縛りがあり、多くの時限立法規定や税収確保目的の規定が盛り込まれました。

その1つが内国歳入法第174条の改正により試験研究費の資産計上と減価償却を義務付ける規定です。この規定は22年1月1日以降に開始した課税年度に適用されるため、発効まで4年間の猶予期間が設けられていたことになります。これは、そもそも米国内での試験研究活動を積極的に奨励するトランプ税制の趣旨とは相反する規定であり、単なる税収確保のためのつじつま合わせの性格が強いため、猶予期間中に議会で法改正がなされ、発効前に撤廃されることが期待されていた節があります。ただし、ジョー・バイデン政権下の民主党は連邦議会上院での過半数確保ができず、この改正の発効を5年延期する条項を含むバイデン税制改革も暗礁に乗り上げたままの状況で発効日を迎えました。


Ⅲ 規定内容

改正後の174条では、22年1月1日以降に開始した課税年度において、「指定試験研究費」については、資産計上した上で、原則5年(米国外で発生した費用については15年)にわたり定額償却することが義務付けられています。償却は発生年度から開始し、初年度の償却額は年間償却額の半額となります。

改正前は、「試験研究費」については、①発生時点で損金算入、②繰り延べて便益が実現してから60カ月で償却、③発生年度から10年で償却、の3つの方法を納税者が選択することができました。

改正前の「試験研究費」と改正後の「指定試験研究費」の定義は基本的に同様であり、「事業に関連して発生する実験的もしくは科学研究的性格(experimental or laboratory sense)の研究開発費用」とされていますが、後者にはソフトウェア開発費用が含まれることが明確化されています。


Ⅳ 在米日本企業への影響

在米日本企業への影響は、数値例で見ると最も分かりやすいと思います(<表1>参照)。例えば、日本の本社からの受託研究のみを行っている米国法人において毎年100ドルの指定試験研究費が発生しており、これに10%の利益を上乗せして本社から110ドルの委託料を得ていたと仮定します。従来は、毎年コンスタントに10ドルの課税所得が発生していたのに対し、22~26年度においては多額の課税所得が発生し、平準化するのに5年を要することになります。

表1 在米日本企業への影響試算例

これは、米国子会社側で納税のための相当な資金需要が発生することを意味します。場合によっては、資金繰りのみならず、研究開発スキームの見直しを検討する必要が生じるかもしれません。

なお、資産計上された指定試験研究費は、仮に研究が中断した場合でも除却することが認められず、最後まで償却を継続しなければならない点も納税者にとって非常に不利な規定となっています。


Ⅴ 課題と対策

この問題に対する抜本的な解決策はありませんが、在米日本企業は、少なくとも次の点について早期に検討を開始する必要があると思われます。
 

1. 資産計上の対象となる「指定試験研究費」に含まれる費用は何か

従来は、内国歳入法174条に基づく「試験研究費」でも、内国歳入法162条に基づく「通常事業経費」でも、同様に損金算入することが可能であったため、それらの区分にあまり意味はありませんでしたが、今後は「通常事業経費」として取り扱う費用が増えるほど、税メリットは増えることになります。費用区分に関する会計ポリシーの見直しが必要かもしれません。
 

2. 移転価格税制に抵触しない形で親会社から受領する上乗せ利益を圧縮できないか

例えば、米国子会社から外部に再委託している活動があれば、その対価は仮払い処理することにより、上乗せ利益の対象から外すことができる可能性があります。また、研究開発に特化している場合は難しいかもしれませんが、もし親会社への請求対象となる費用の中に特定のバックオフィス的サービスのコストが含まれていれば、米国移転価格税制上のサービスコスト法(SCM)に基づき利益なしで請求できる可能性があります。これにより、納税によるグループとしての社外流出は抑制できますが、米国子会社単体での会計上利益が将来にわたって減少する点には留意が必要です。
 

3. 試験研究費税額控除は適切に申請しているか

改正後、試験研究費税額控除の相対的メリットは大きく増えることになります。連邦のみならず、州レベルでも、可能な限りの税額控除を申請すべきであると考えられます。また、受託研究の場合、日本の親会社側と米国子会社側の双方で税額控除の申請が可能となるケースもあります。
 

4. 外国由来無形資産所得(FDII)控除は適切に申告しているか

FDII控除は、米国法人が米国外の取引先から稼得する所得について通常の連邦法人税率(21%)よりも低い実効税率(25年までは13.125%、26年以降は16.40625%)を適用する優遇税制です。改正前は、受託研究開発から生じるネットの課税所得は少額だったかもしれませんが、課税所得が増大する改正後の期間においては、FDIIのメリットも増加します。
 

5. 改正の影響を予定納税に反映できているか

一定以上の規模の法人は、前年度実績ではなく四半期ごとの実績に基づき予定納税を実施しなければなりません。これに該当しない場合でも、確定申告期限延長申請時には納税を完了しなければなりません。納税資金の手当てが必要となります。
 

6. 税務処理方針変更申請の準備は整っているか

改正前の取扱いから改正後の取扱いに変更することは、税務上の処理方針の変更に該当し、一定の手続が必要となります。この変更は、現状では方針変更の「自動」承認適用対象として認定されていないため、変更に関わる内国歳入庁(IRS)の事前承認が必要となります。しかし、法律に基づく強制的な変更であるため、IRSが近々に自動承認を認めるガイダンスを公表することが期待されています。自動承認の適用対象となる場合は、連邦法人税申告書に承認申請書(様式3115)を添付することで処理が完了します。


Ⅵ おわりに

日本企業はポリシーとして知財を本社で集中管理・保有する傾向があり、海外における試験研究活動は子会社への委託形式としているケースが非常に多いため、本改正の在米日本企業への影響は甚大だと思われます。

連邦議会上院では、バイデン税制改革を大幅に縮小して可決すべく交渉が継続されていますが、その中に本改正を発効時に遡(さかのぼ)って撤回もしくは延期する条項が含まれるか否かは不透明です。また、超党派で撤回に合意がなされる可能性も皆無ではありませんが、在米日本企業としては、撤回や発効延期はないとの前提で早急に対応を開始すべきであると考えられます。


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サマリー

米国では、試験研究費の資産計上と減価償却を連邦税法上義務付ける規定が2022年度より適用されます。特に、親会社からの受託研究などを行っている在米日本企業は、キャッシュ・フローや経営が強く圧迫されるリスクがあります。


情報センサー
2022年8月・9月合併号
 

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