「大学スポーツが実現する地方創生」対談【後編】:ウェルビーイングの可視化による地方の課題解決とは

「大学スポーツが実現する地方創生」対談【後編】:ウェルビーイングの可視化による地方の課題解決とは


過疎化や少子高齢化、働き手不足といった地方の課題。その解決のためには、「拝金主義」を軸とした既存の価値観をシフトし、幸福や楽しさ、生きがいといったウェルビーイングを可視化し、経済価値に置き換えることが鍵となる。

では、「スポーツ」がそれに寄与する可能性とは? 筑波大学アスレチックデパートメントの山田晋三氏と、EY Japan菅田充浩、岡田明の対談後編をお届けする。


要点

  • 高度経済成長期以降、国としてのグランドデザインが欠如していた日本は都市部に人口や産業が集中し、過疎地が多発。都市と地方の格差が先鋭化した。
  • ウェルビーイングを可視化し経済価値に転換することが、地方創生の鍵となる。
  • スポーツがウェルビーイングを地域社会にもたらすモデルを筑波大学とEY Japanで作り上げていく。


日本の地方の課題をいかにスポーツが解決できるか

岡田:EYは「地方創生」への取り組みを加速させていて、スポーツ分野でも当然そのテーマは外せない要素になりますが、日本の地方が抱える課題について菅田さんはどう考察していらっしゃいますか。


菅田充浩(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクターコンサルティングリーダー) 菅田充浩(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクターコンサルティングリーダー)

菅田:日本は先進国の仲間⼊りをした時、中央政府による産業政策がなくなり、企業誘致などは⾃治体それぞれが実践する形になりました。その結果、国家としてのグランドデザインがなくなり、都市部に⼈⼝や産業が集中するようになって過疎化が過度に進みました。少⼦⾼齢化や働き⼿不⾜など、全般的な地⽅の課題のルーツはそこにあると私は思っています。

岡田:まさに、高度経済成長期の負の側面が色濃く出ているということですね。

菅田:サラリーマンであることこそが正しいレールに乗ったキャリアパスであるという社会通念が定着したのも、⾼度経済成⻑期に経済⾄上主義、拝⾦主義が過度に⾏き過ぎた結果だと思います。でも私は、社会的価値こそもっと注⽬すべきで、それは⾦額換算もできるものだと思っています。「幸せ」とか「楽しい」という体験に対して、⼈々はお⾦を払いますよね。費⽤を⾃⼰負担してでもボランティアをやろうとする⼈もいる。ただ、それを経済価値に換算していないだけなのです。

岡田:そこが価値の創出において欠落している点ですよね。長期的価値を創出するファイナンス的スキームが必要だと私も思います。

菅田:高度経済成⻑期以降、バブル世代までは貪欲な拝⾦主義がベースになっていましたが、それは⽇本⼈の肌感覚には本来的には合わないものだと思っています。今の若い世代は草⾷系と⾔われていますけど、実際には本来の⽇本⼈の⺠族的なベースに戻っているだけではないかと。これからは拝⾦主義ではなく、⼈としての⽣きがい、「⼈が喜ぶことで⾃分も嬉しい」ということ、つまりウェルビーイングをどれだけ経済価値に置き換えていけるかだと思います。

山田:実は、筑波大学でもウェルビーイングというのは大きなキーワードです。実際に「パーパス・ウェルビーイング」「コミュニティ・ウェルビーイング」「ソーシャル・ウェルビーイング」「フィジカル・ウェルビーイング」「ファイナンシャル・ウェルビーイング」の5つに分類して計測を行っています。これらをしっかり数値化、可視化できると学生のキャリアにおいても大きな貢献ができます。

菅田:大学での教育もそうですし、金融、ビジネス、環境、スポーツ、社会貢献といったいろいろな日本の歯車が今はバラバラですよね。教育や環境というのは本来、社会的価値として算出しにくい分野だとは思います。でも、社会システム産業をマーケットとして形作るためには、いかにこれらを統合して大きなグランドデザインとしてシステム化していくか、それが大事だと思います。まさに今、私自身が力を入れていこうとしていることですね。

岡田:スポーツがもたらす地方への貢献という点でいうと、お二人はどんな考えをお持ちですか。

菅田:スポーツでは、体験を通じて⼀体になることができます。地元の甲⼦園出場校に県内出⾝の選⼿が何⼈いるかなんて関係なく、みんなで⼀体となってその⾼校を応援しますよね。地元⺠とよそから来た⼈がある体験を共有し、同じ楽しみを分かち合えるわけです。つまり、スポーツは依り代を⽣み、その結果、交流が⽣まれ、つながりができ、そこに賑わいが創出できます。すると、郷⼟愛も⽣まれ、強い地元意識が醸成される。まさにウェルビーイングを構成している社会的承認欲求がバランスよくハマるのがスポーツだと思います。

山田:経済的な⾯でいえば、職を⽣むこともできます。⼤学スポーツでいうと、現状では⼤学が参加費を払って⼤会に出ていますが、前編でお話したようなホームゲーム制が実現すれば、そこに新たな産業が⽣まれてくるかもしれません。コロナ禍以前にハワイ⼤学に⾏ったのですが、指導者、トレーナー、広報などが200名以上もADで働いていたのですよ。⼤学がスポーツのフランチャイズチームを20チーム運営しており、それだけでも1つの産業です。そのレベルまではいかなくても、⽇本でも似たようなことが実現できるかもしれません。

岡田:まとめると、地方の課題に目を向けることによって、日本に必要なのはウェルビーイングを金額もしくは数値に変換(可視化)する、ということで、スポーツは、郷土愛、経済的価値など、さまざまなレガシーを提供できる、ということですね。

菅田:今までは「体育会系って爽やかでいいよね」といったような、ふわっとした価値しかなかったのが日本でのスポーツに対する捉え方です。それを進化させるためには、具体的な数字への換算は極めて重要です。数字がついてきて初めて投資をすることができるわけですから。


左から筑波大学 山田晋三氏、EY菅田充浩 左から筑波大学 山田晋三氏、EY菅田充浩

ウェルビーイングの可視化で実現する、スポーツによる社会価値創出

岡田:ところで、お二人は関西学院大学アメフト部の先輩・後輩であり、菅田さんは「大学日本一」も達成されていますね。ご自身の人生においてスポーツがどう生かされているかなど、学生スポーツの経験者としてスポーツの魅力・価値・可能性をどう捉えているか、聞かせいただけますか。
 

山田:言うまでもなく、スポーツの価値は人をワクワクさせたり、一体感を生んだりすること。まさにウェルビーイングという言葉に集約されるように、幸福感、心身の充実、社会的な充実を可能にするものです。アメリカでは「学生アスリート出身者はより充実した人生を送ることができる」と言われていますが、自分にとってもそれを実現することが究極的なゴールです。
 

菅田:私は中学時代に剣道、⾼校時代にラグビーを経て関学アメフト部に⼊りましたが、スポーツを転々とした経験を踏まえて⾔うと、強いチームには哲学、固有の価値観、蓄積された⽂化があるということです。これは関学アメフト部で気付きました。逆に弱いチームにはその物差しがない。それが⼀流と言われるチームで得た学びでしたが、やはりそこもウェルビーイングにつながるのかなと。
 

岡田:キーワードは「ウェルビーイング」ですね。そして、それを可視化することがポイントであると。


菅田:
そうですね。スポーツがもたらす社会的価値の効能をはっきりと示して、個人・社会それぞれに対し本当の意味のウェルビーイングを形式化し表現していくことで、そこには私たちが実現したい大きな未来があると思います。その最初のステップが、筑波大学ADとのタッグです。


岡田:EYとしては、大学スポーツが教育だけでなく、社会や地域に対して価値を提供していけるようなマジョリティモデルを作りたい。ADがどう機能するとそれが実現できるのか、山田さんと一緒に診断プログラムをブラッシュアップしながら考えていければと思います。


山田:ぜひそのモデルをともに構築していきましょう。


写真左から岡田 明、山田 晋三氏、菅田 充浩

*写真左から

岡田 明

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクター スポーツDXリーダー。総合商社、シンクタンク、IT企業を経て現職。プロスポーツチーム・⼤学・企業などと幅広く連携し、アリーナやスタジアムを中核とした地域における「スポーツの価値循環モデル」を提唱。デジタルとフィジカルを融合した顧客体験での価値創造を⽀援している。

山田 晋三氏

筑波大学アスレチックデパートメント/副アスレチックディレクター。関西学院大学出身。2000年、2001年のアメリカンフットボール日本社会人選手権連覇に貢献。2001年、日本人初の北米プロフットボール選手となる。2003年よりNFLヨーロッパ参戦、同年NFLタンパベイ・バッカニアーズの招聘を受けてトレーニングキャンプに参加するなどの経験から「NFLに最も近づいた日本人」との異名を持つ。2014、2017年にヘッドコーチとしてIBMビッグブルーを率いジャパンエックスボウル出場。

菅田 充浩

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクター コンサルティングリーダー。関⻄学院⼤学出⾝。1997年に大学アメリカンフットボールで全国優勝に貢献。IT企業営業職、外資系コンサルティング会社のパートナーを経て、現職。経済価値と社会価値の統合による調和された社会の実現を⽬指し、官公庁・不動産・建設・ホスピタリティサービスなどを対象としたコンサルティングに従事している。⼭⽥⽒は⼤学のアメリカンフットボール部で同じポジション。



情報センサー記事のご紹介

スポーツによる価値循環モデル

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)
岡田 明


「情報センサー」は EY新日本有限責任監査法人が毎月発行している定期刊行物です。国内外の企業会計、税務、各種アドバイザリーに関する専門的情報を掲載しています。
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EY x Sports - Sports Power the Community

EY Japanは、スポーツによるコミュニティの再蘇生を目的とし、人づくり、場づくり、コトづくり、ルールづくりに取り組んでいます。


サマリー

幸福感や心身の充実、社会的な充実といった、スポーツが地域社会にもたらすウェルビーイングなモデルを筑波大学とEY Japanで作り上げ、横展開していく。


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