「大学スポーツが実現する地方創生」対談【前編】:スポーツが地域社会に価値をもたらす戦略とは

「大学スポーツが実現する地方創生」対談【前編】:スポーツが地域社会に価値をもたらす戦略とは


⼤学スポーツの多くはいまだ「課外活動」の位置付けを脱しておらず、その価値は曖昧となっている。しかし、⼤学スポーツが持つ本来の価値を可視化し、それを経済価値に転換する仕組みを導⼊することで、地⽅創⽣、そしてより⾼度な⼈材育成・輩出が⼤学にとって可能となる。そのアプローチとは。筑波⼤学アスレチックデパートメントの⼭⽥晋三⽒と、EY Japanの菅⽥充浩、岡⽥明が対談した。


要点

  • 筑波大学はアスレチックデパートメントを創設。モデルチームにトレーナー派遣や安全対策、人材育成を行うことで、大学スポーツの高度化を図っている。
  • EY Japanは「大学スポーツの成熟度評価モデル」を開発。筑波大学アスレチックデパートメントの現状を可視化し、成長のためのKPIを設定するとともに、新たな経営戦略を立てるコンサルティングを提供。


写真左から、岡田明、山田晋三氏、菅田充浩

写真左から、岡田明
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクター スポーツDXリーダー。総合商社、シンクタンク、IT企業を経て現職。プロスポーツチーム・⼤学・企業などと幅広く連携し、アリーナやスタジアムを中核とした地域における「スポーツの価値循環モデル」を提唱。デジタルとフィジカルを融合した顧客体験での価値創造を⽀援している。

山田晋三氏
筑波大学アスレチックデパートメント/副アスレチックディレクター。関西学院大学出身。2000年、2001年のアメリカンフットボール日本社会人選手権連覇に貢献。2001年、日本人初の北米プロフットボール選手となる。2003年よりNFLヨーロッパ参戦、同年NFLタンパベイ・バッカニアーズの招聘を受けてトレーニングキャンプに参加するなどの経験から「NFLに最も近づいた日本人」との異名を持つ。2014、2017年にヘッドコーチとしてIBMビッグブルーを率いジャパンエックスボウル出場。

菅田充浩
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社/公共・不動産セクター コンサルティングリーダー。関⻄学院⼤学出⾝。1997年に大学アメリカンフットボールで全国優勝に貢献。IT企業営業職、外資系コンサルティング会社のパートナーを経て、現職。経済価値と社会価値の統合による調和された社会の実現を⽬指し、官公庁・不動産・建設・ホスピタリティサービスなどを対象としたコンサルティングに従事している。⼭⽥⽒は⼤学の先輩で同じポジション。


筑波大学がアップデートする大学スポーツの在り方とは

岡田:山田さんはアメリカでの経験も豊富で、スポーツの社会における意義が体に染みついていらっしゃいます。現在は筑波大学のアスレチックデパートメント(以下、AD)の副アスレチックディレクターとして改革を推進し、まさにアメリカで感じたことを実現するための挑戦をされています。まずは3年前に新設されたADについて、発足の背景を教えていただけますか。

山田:大学には「教育」「研究」「社会貢献」という3つのミッションがあります。このどれかに当てはまらないと、大学としてはお金を投入するという考えに至りません。他方で、筑波大学には今、大学の冠を背負う部活動が44部、サークルが28団体ありますが、それらは「課外活動」という位置付けであり、大学における3つのミッションのいずれにも当てはまらない「厚生補導」の一部と解釈されています。この状況をアップデートしていかなくてはならないという考えがAD発足の背景にありました。

筑波大学 山田晋三氏

筑波大学 山田晋三氏
 

岡田:アメリカの大学には「課外活動」ではない位置付けのスポーツチームもありますが、AD発足にはアメリカでのご経験も生かされたのではないでしょうか。

山田:それもありますが、日本でも僕の母校である関西学院大学では「正課外教育」という大学の活動として位置付けている事例があるように、その形は多種多様あっていいと思っています。ただ、大学スポーツ全体として見ると、環境や制度が追い付いていないという現状は間違いなくある。もちろん従来の仕組みや伝統も尊重しつつ、新たな位置付けを検討する意味で、ADが新設されました。

菅田:現状、ADではどのような取り組みをされていますか。

山田:まずはモデルケースとして、44部のうち男子硬式野球部、男子・女子バレーボール部、男子・女子ハンドボール部の計5チームがADの管轄となり、トレーナー派遣や安全対策、人材育成などを行っています。やはりダイバーシティを考慮し、強いチームだけ、男子だけではなくバランスよく展開したいということで、各部の監督にも同意していただいてこのような形でスタートしました。

菅田:先ほど大学には3つのミッションがあるというお話がありましたが、ADは教育・研究・社会貢献のどの位置付けなのでしょうか。

山田:アメリカの大学スポーツ局をモデルとして、筑波大学の正式な部局としてスタートしましたが、正直なところ3年経ってもなかなか「課外活動」の域を出ていないというのが現状の課題です。3つのミッションについても、どれに当てはまるのかをもっと明確にさせていくべきと感じています。

岡田:まずは大学の正式な部局としての形を作り、これからさらに広げていこうという段階ということですね。

山田:まずは5チームでモデルを作り、そのモデルを学内で横展開、ゆくゆくは他の大学や高校、中学にも広げていきたいと考えています。そして、大学スポーツがもっと地域と共創できる関係を目指したいと考えています。

菅田:ヨーロッパ諸国やアメリカなど国それぞれ事情は違うと思いますが、日本の大学スポーツがモデルとすべき国はどこなのでしょうか。

山田:そもそも大学スポーツ自体、仕組みとして存在している国が少ないのです。ヨーロッパはどちらかというと地域のクラブチームのほうが盛んです。一方、アメリカは高校から学校スポーツが発展していますが、だからといって本当にアメリカをモデルにしていいのかという疑問もある。日本の大学スポーツは独特な発展の仕方をしてきたので、日本は日本のやり方があると改めて感じています。各国のいいとこ取りの、ハイブリッドモデルがいいですよね。

菅田:多種多様あっていい、それぞれ選択肢があっていいということですね。

山田:「○○と同じようにやらなくては」ではなく、それぞれの大学が思うやり方でいいし、大学スポーツの目的は必ずしも日本一になること、勝つことでもない。本来大学スポーツは社会に出ていく前の“成長の場”です。それぞれの目的に応じた方法論でいいと思います。

岡田:昨今では、コロナ禍による変化や影響などはありましたか。

山田:コロナ禍を受けて、⼤学としては「部活動を含む課外活動は⼀律で活動休⽌」という判断をせざるを得ない状況でした。それは当然の判断だと思いつつ、⼀⽅で“⼀律”であることへの疑念もあった。「五輪に出場するような選⼿がいる部とそうでないものを同列に扱っていいのか」という意⾒もあるわけです。それを発端に、新たな位置付けを再考しようという議論がより活性化しました。この機会を変⾰の促進につなげられればと思っています。

 

大学スポーツが地域に価値を生む収益モデル、戦略とは

菅田:筑波大学ADが提供できる社会的価値として、どのようなことが挙げられますか。

山田:まずはスポーツを通じた人材育成、いわゆるコンピテンシー(資質、能力)の醸成です。アスリートのセカンドキャリアがよく問題になりますが、⼤学時代に社会的基礎⼒を付けておくことで、当然ながら学⽣アスリートの将来のキャリアにも⽣きるし、スポーツを行う理由も⽣まれる。ADとしては、学⽣たちの能⼒や資質を研究の中で明らかにしていきたいという考えもあります。

菅田:現状、スポーツ経験を通じて社会を⽣き抜く資質が⾝に付いていない、それを体現できていないチームが多いという傾向はあるのでしょうか。

山田:筑波大学では多くの部活でそれができているので、ロールモデルとして世の中に⽰していく使命があると思っています。そのためには先ほどお伝えしたようにエビデンスを研究で明らかにし、しっかりと広報していくことが⼤事です。これができると⼤学でスポーツをやる価値はさらに広がるのではないかと。

岡田:一方で、大学スポーツ全体の発展を考えると、プログラムやアリーナの環境整備という課題もあります。現状では、大学がいくらスポーツに投資しても興行を行って収益を生むことができない。アメリカのホームゲーム制なども含め、収益を上げるモデル、つまり経済的価値を生む仕組みも導入しなくてはならないと思いますが、それについてはいかがでしょう。

EY 岡田明

EY 岡田明

山田:アメリカと最も違うところは、日本では大会の主催権を大学ではなく競技連盟が持っていることです。でも、主催権を大学側によこせという話ではなく、歴史も尊重した上で共存共栄することが理想だと思います。筑波大学は1973年に都内(当時は東京教育大学)からつくば市に移転したことでも知られるように、これまで挑戦や改革をしてきたという背景もあり、こういった考えに賛同してくださるステークホルダーもたくさんいます。大会運営においても新たな枠組みを作ることで貢献できればという思いはありますね。
 

岡田:2022年には指定国立大学として大学債で資金調達ができるようになり、パラダイムシフトが起きるタイミングだと思われます。今回、筑波大学にはEY Japanの「大学スポーツの成熟度診断プログラム」の初の顧客となっていただくわけですが、このプログラムによってADの現状を可視化し、成長のためのKPIを設定し、新たな経営戦略も立てていければと考えています。これからの50年で、ホームゲームが開催され、チケットを売って、人々が集まり、企業が集まり……そういったアメリカのモデルをぜひ実現したいですね。

大学スポーツ成熟度調査
Group B グループ(コンディション)の説明

山田:最終的なビジョンとして、そこに到達したいと思います。みんなが集まって応援している状況をぜひとも作りたいです。現状ではチケットを売ることも、ファンクラブを作ることもやりにくい。でも、大学債で資金を調達して学外に大学が投資した法人を作ることができれば、いろんな可能性が生まれます。これまでは3つのミッションに紐付けないといけなかったものが、その域を超えることができるわけです。これはアメリカでは見られないパターンですが、われわれにとっては選択肢の一つとして考えられます。

岡田:筑波大学のそういった斬新な取り組みや研究を発信し、それが日本の大学スポーツのスタンダードモデルにできるよう取り組んで参りましょう。



情報センサー記事のご紹介

スポーツによる価値循環モデル

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)
岡田 明


「情報センサー」は EY新日本有限責任監査法人が毎月発行している定期刊行物です。国内外の企業会計、税務、各種アドバイザリーに関する専門的情報を掲載しています。
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EY x Sports - Sports Power the Community

EY Japanは、スポーツによるコミュニティの再蘇生を目的とし、人づくり、場づくり、コトづくり、ルールづくりに取り組んでいます。

 


サマリー

大学でもホームゲームを開催し、チケットを販売し、地域の人を集客し、企業が参入してくるような経済循環モデルを筑波発で実現したい。また、そのモデルを他の地域や他の大学にも展開していく。


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