EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
欧州連合(EU)の単一市場と統合強化に、強力な規制や共通基準を制定する力は欠かせません。EUはこれにより、域内の企業や消費者に対し政治的な影響力を及ぼすだけでなく、グローバルスタンダードを実質的に確立するパワーを保持しています。ブリュッセル効果と呼ばれるこうした強力な影響力を最も良く示しているのが、EU一般データ保護規則(GDPR)がそのEU域外に及ぼす影響や、世界各国政府に対し同様の政策実行する際の模範となっている点です。
EUが思い切った政策集の検討に乗り出し、⾃らの国際的な⽴場を任じて積極的に主張するようになる本年、ブリュッセル効果の重要性は一層⾼まることでしょう(図11参照)。EUの規制⼒はEU⾃⾝の戦略的⾃⽴をも⽀えています。多極化する世界は、共通の国際基準についての交渉や合意到達を難航させており、また⼤国間の⼒学に変化が⽣じる中、国際基準の制定にEUが与える影響は一層増しつつあります。
サステナビリティは2022年以後、EUが策定する政策課題の大きな柱の一つとなります。これには、サステナビリティや人権に関するサプライチェーン・デューデリジェンス、および炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入推進などが該当します。EUはまた、持続可能な経済活動のタクソノミー(分類)の作成を進めており、これは今後、他のイニシアチブの基盤になるものと考えられています。中でも注目されるのは、欧州グリーンボンド基準(EUGBS)と企業サステナビリティ報告指令(CSRD)です。前者はすべてのグリーンボンドの発行者の要件を共通規則として定義しており、後者はEUの大企業に事業活動のサステナビリティの報告を義務化する枠組みで、2023年に施行される見込みです。
また、もう一つの大きな柱にテクノロジーがあります。EUのデジタルサービス法(DSA)案とデジタル市場法(DMA)案には、欧州で事業を営む巨大テクノロジー企業の活動を制御下に置く狙いがあります。DSAは、オンラインプラットフォームに規制をかけ、オンライン上の不正なコンテンツや製品の削減ならびに制限をします。一方DMAは、いわゆるゲートキーパー(複数の市場セグメントを支配下に置く大規模なオンラインサービスプロバイダー)を定め、オンラインサービスプロバイダーが消費者にリーチする際、公正な競争が行われるよう規則を課します。さらに欧州AI規制案が2022年を通して議論されることになりますが、施行された後には、責任あるAIの実現につながる国際基準が誕生することになります。
上述したいずれの領域でも、基準制定に関連する先⾏者利益をめぐる動きが一層激しくなることが予想されます。特にEUは、中国標準2035プロジェクトで国際的な技術要件の策定を模索している中国と比べると、立法プロセスに時間をかけています。米国EU貿易技術評議会(TTC)は重要な国際交渉の場として期待が寄せられていますが、EU米国間の利害の対立や見解の相違によって、徹底した合意が難しくなることも予想されます。サステナビリティ報告基準(PDF)や、農業のサステナビリティを向上する手段に関しても同じことが言えそうです。つまり各地域の基準がせめぎあい、共存しえないリスクが高まる可能性があるのです。
【共同執筆者】
許斐 建志
(EYパルテノン シニアアソシエイト)
EYパルテノンにおいて戦略コンサルティング業務に従事すると同時にEYの地政学戦略グループメンバーとして、地政学に係るサービスを幅広く提供している。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
多極化する世界で、共通の国際基準について交渉が難航する中、2022年、ブリュッセル効果(EUの国際基準を制定する⼒)の重要性は一層⾼まることが予想されます。ブリュッセルの迅速な動きにより、サステナビリティやテクノロジーの課題に対するEUのより厳しい基準がスタンダードとなれば、EUで事業を営む企業にとって新たなビジネスチャンスが⽣まれる可能性があります。