ブリュッセル効果の拡大

ブリュッセル効果の拡大


世界のルール形成へのEUの強い影響力を示すブリュッセル効果について、昨今の地政学的問題を受けて、EUの求心力が強まる中、その重要性は一層高まりつつあります。


要点

  • ブリュッセル効果は、EUに域内での政治的な影響力の拡大と、国際ルールを実質的に形成するパワーをもたらしており近年、その重要性は一層高まりつつある。
  • サステナビリティおよびテクノロジー領域がEUにおける今後の政策課題の柱となる中、基準制定の先行者利益をめぐる動きが激しくなっており、国際的な覇権争いも激しさを増しつつある。
  • EUが他地域に先んじての基準制定に成功するならば、欧州企業はEUの厳しい基準を非欧州企業に先んじてクリアすることにより、新たなビジネスチャンスを得られる可能性がある。

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欧州連合(EU)の単一市場と統合強化に、強力な規制や共通基準を制定する力は欠かせません。EUはこれにより、域内の企業や消費者に対し政治的な影響力を及ぼすだけでなく、グローバルスタンダードを実質的に確立するパワーを保持しています。ブリュッセル効果と呼ばれるこうした強力な影響力を最も良く示しているのが、EU一般データ保護規則(GDPR)がそのEU域外に及ぼす影響や、世界各国政府に対し同様の政策実行する際の模範となっている点です。

EUが思い切った政策集の検討に乗り出し、⾃らの国際的な⽴場を任じて積極的に主張するようになる本年、ブリュッセル効果の重要性は一層⾼まることでしょう(図11参照)。EUの規制⼒はEU⾃⾝の戦略的⾃⽴をも⽀えています。多極化する世界は、共通の国際基準についての交渉や合意到達を難航させており、また⼤国間の⼒学に変化が⽣じる中、国際基準の制定にEUが与える影響は一層増しつつあります。

サステナビリティは2022年以後、EUが策定する政策課題の大きな柱の一つとなります。これには、サステナビリティや人権に関するサプライチェーン・デューデリジェンス、および炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入推進などが該当します。EUはまた、持続可能な経済活動のタクソノミー(分類)の作成を進めており、これは今後、他のイニシアチブの基盤になるものと考えられています。中でも注目されるのは、欧州グリーンボンド基準(EUGBS)と企業サステナビリティ報告指令(CSRD)です。前者はすべてのグリーンボンドの発行者の要件を共通規則として定義しており、後者はEUの大企業に事業活動のサステナビリティの報告を義務化する枠組みで、2023年に施行される見込みです。

また、もう一つの大きな柱にテクノロジーがあります。EUのデジタルサービス法(DSA)案とデジタル市場法(DMA)案には、欧州で事業を営む巨大テクノロジー企業の活動を制御下に置く狙いがあります。DSAは、オンラインプラットフォームに規制をかけ、オンライン上の不正なコンテンツや製品の削減ならびに制限をします。一方DMAは、いわゆるゲートキーパー(複数の市場セグメントを支配下に置く大規模なオンラインサービスプロバイダー)を定め、オンラインサービスプロバイダーが消費者にリーチする際、公正な競争が行われるよう規則を課します。さらに欧州AI規制案が2022年を通して議論されることになりますが、施行された後には、責任あるAIの実現につながる国際基準が誕生することになります。

上述したいずれの領域でも、基準制定に関連する先⾏者利益をめぐる動きが一層激しくなることが予想されます。特にEUは、中国標準2035プロジェクトで国際的な技術要件の策定を模索している中国と比べると、立法プロセスに時間をかけています。米国EU貿易技術評議会(TTC)は重要な国際交渉の場として期待が寄せられていますが、EU米国間の利害の対立や見解の相違によって、徹底した合意が難しくなることも予想されます。サステナビリティ報告基準(PDF)や、農業のサステナビリティを向上する手段に関しても同じことが言えそうです。つまり各地域の基準がせめぎあい、共存しえないリスクが高まる可能性があるのです。


ビジネスへの影響

  • ブリュッセル効果は、欧州企業に新たなビジネスチャンスをもたらす可能性があります。ただし、EUがサステナビリティとテクノロジーに関し新しい法案を提案しているように、他地域の政府も同じような努⼒をしています。サステナビリティとテクノロジーの政策において、各国政府が模倣してゆくような有⼒な先⾏者が出なければ、世界的に調和したアプローチが取れず、規制を寄せ集めたパッチワークが作り出されてしまう恐れがあります。ブリュッセルが迅速に⾏動を起こすならば、やがて(GDPRと同様に)国際基準となるEUの厳しい基準を先んじてクリアすることで、EU域内で事業を営む企業は先⾏者利益を得ることができるでしょう。サステナビリティ及びテクノロジー領域の規制にうまく対応して、例えばエネルギー消費や炭素クレジットなどのサステナビリティ問題の追跡にブロックチェーンやAIなどのデジタル技術を活⽤するといった、ビジネスモデルに⾰新を引き起こす企業も現れるかもしれません。

  • サステナビリティに関する規制要件は、新たな勝者を⽣み出すかもしれません。気候変動対策にEUがますます⼤胆な規制⼿段を選択する中、そうした要件は欧州企業以外の巨⼤グローバル企業にも適⽤されるため、その帰結として当該規制が国際基準になるものと考えられます。例えば、CBAMは、EU市場内に輸⼊された製品に対しEUの炭素価格を適⽤することで、炭素リーケージを防ぎ、また、EU企業に公平な条件を提供しようとするものです。このため、EU域内への輸⼊業者のうち、そのサプライチェーンからの炭素排出量が少ない企業が競争上優位に⽴つことになりそうです。

  • サプライチェーン・デューデリジェンスへの対応は、企業のサプライチェーンとレピュテーション(評判)とに影響します。EUで事業を展開する企業は、そのグローバルサプライチェーンの環境基準や社会的基準について責任を持ち、サプライチェーン内の供給業者に対して透明性の強化と、場合によっては意識改革を求める必要があります。そうした要件はサプライチェーンの下位階層にも広がる様相を見せていることから、今後コンプライアンスコストが増加するだけでなく、欧州企業が原料を調達している市場にも影響を及ぼしそうです。また透明性の向上の結果、良くも悪くも、特に消費財セクターではレピュテーションリスクが高まります。

  • デジタル技術プラットフォームは、当局による監視強化やコンプライアンスコストの増加のリスクにさらされることになります。EUの技術規制は、欧州で事業を展開する巨大デジタルプラットフォーム事業者を特に対象としています。対象企業は、規制当局との内部データの一部の共有や、独立した監査人を任命することに加え、誤情報や不正な製品の拡散への取り組みについて年1回のリスク評価の実施を求められることになりそうです。そういった大規模な企業を対象とした要件は、デジタル技術セクターの中小企業にとって市場シェアを高める機会となるかもしれません。

【共同執筆者】

許斐 建志
(EYパルテノン シニアアソシエイト)

EYパルテノンにおいて戦略コンサルティング業務に従事すると同時にEYの地政学戦略グループメンバーとして、地政学に係るサービスを幅広く提供している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

多極化する世界で、共通の国際基準について交渉が難航する中、2022年、ブリュッセル効果(EUの国際基準を制定する⼒)の重要性は一層⾼まることが予想されます。ブリュッセルの迅速な動きにより、サステナビリティやテクノロジーの課題に対するEUのより厳しい基準がスタンダードとなれば、EUで事業を営む企業にとって新たなビジネスチャンスが⽣まれる可能性があります。


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