サステナブルファイナンスは、ネットゼロへの道のりをどのような形でサポートできるか
線路と交差する高速道路の秋の空中写真

サステナブルファイナンスは、ネットゼロへの道のりをどのような形でサポートできるか


2050年までに二酸化炭素排出をネットゼロとする目標が掲げられたことから、金融サービス全体でサステナブルファイナンスが緊急の優先事項となっています。


要点

  • 企業にとっては、物理リスクと移行リスクに対応するための資金と保険が必要となるため、金融サービスなしにはネットゼロ経済は実現できない。
  • サステナブルファイナンスの実現とネットゼロへの移行において、金融サービス企業は自らの役割を果たすため、明確な将来を見据えた戦略が必要である。
  • 経済のグリーン化は成長の大きな可能性を有しており、「私たちの時代における最大のビジネスチャンス」になり得るものであり適切な戦略が必要である。


EY Japanの視点

G20の半数を含む少なくとも125カ国は、2050年までに二酸化炭素(CO2)排出のネットゼロ実現を表明しています。その目標は、今後30年間の気温上昇を2度以下に抑えることにあり、2015年のパリ協定が定める目標に一致しています。日本政府においても、2020年10月にカーボンニュートラル宣言を行い、脱炭素化社会の実現を目指す方針を打ち出しました。

昨今におけるコロナ禍が引き起こした経済などの大混乱により、国際的リーダーの多くは、SDGsの推進が実質的に後退しているという懸念を示していますが、むしろ民間セクター主導の必要性が増していると捉えています。ネットゼロ実現に向けては、ビジネスモデルの変革が求められる企業のパートナーである、金融サービスの重要性もまた増しています。EYでは、企業の長期的な経営戦略として環境・社会・ガバナンス(ESG)による統合を支えるあらゆる形態の金融サービスを、サステナブルファイナンスとして位置づけています。サステナブルファイナンスにおいては、ネットゼロ実現をチャンスと捉え、将来を見据えたESG投融資の在り方について検討することが必要だと考えます。


EY Japanの窓口


廣島 梨香
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) マネージャー

投資家、規制当局、社会の圧力が高まりを見せる中、世界中でサステナブルファイナンスが本格化しています。かつては投資業界内におけるニッチで先進的な概念と見なされていたサステナブルファイナンスは、あらゆる形態の金融サービス企業にとって、戦略的な優先事項であり、実務対応が求められるものに急速になりつつあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を除くと、今後10年間で、サステナブルファイナンスは業界にとって最も差し迫った課題、機会となるかもしれません。

 

サステナブルファイナンスは、異なる状況では異なる意味合いを有します。EYは、サステナブルファイナンスを、長期的な環境・社会・ガバナンス(ESG)基準をビジネス上の意思決定と一体化するように奨励する、あらゆる形態の金融サービスと定義づけています。その目的は、企業、コミュニティ、社会に対してより公平かつ持続可能で包括的な利益を提供することです。ステークホルダー資本主義あるいは包括的資本主義に注目が集まる中、ESGの概念が投資に取り入れられることで、サステナブルファイナンスは最も注目を集める存在になるでしょう。サステナブルファイナンスは、2050年までに二酸化炭素排出のネットゼロ実現に向けて資金を提供するという気候変動関連の重要な役割も担っています。

 

世界的に見ると気候変動の規模は、洪水、山火事、巨大暴風雨をはじめ、広範な経済活動を混乱させるだけでなく、個別企業の運営を妨げるようなその他の物理的事象など、膨大な範囲にわたる潜在的リスクを表しています。世界中で変化する天候パターンによって、特定業種のサプライチェーンの脆弱性が既に表れ始め、新型コロナウイルス感染症によってそれが一層鮮明化しました。いわゆる移行リスクと言われるものも同様に重要で、それらのリスクには、グリーン経済への移行をさらに進めることによる財政面および事業面の影響(例えば、化石燃料の制限に影響を受ける石油・ガス会社など)が含まれます。物理リスクは可視化がしやすく、現在も存在しているものですが、一方で、移行リスクは今後10年あるいはそれ以上にわたって継続的に増大するものと考えられており、その影響を考慮する必要があります。 

 

金融サービスなしにはネットゼロ経済は実現できません。その他のセクターでも、物理リスクの影響に対応するためには保険や資金の支援が必要となり、そして何よりも、移行を実行するためには、戦略、ビジネスモデル、業務を適応させる必要があります。資金調達なしには、ブラウンがグリーンに変わる(環境にポジティブな影響を与えるようになる)ことはありません。資金調達のニーズは膨大です。反対に、移行を実行しない企業は、資金調達と投資が困難になると考えられます。また、影響は顧客にも及び、特に異常気象の影響が増大する地域の顧客は影響を受けるでしょう。

 

この記事では、これらのリスクと同時に魅力のある機会を考慮し、金融サービス企業がサステナブルファイナンスやネットゼロへの移行における役割を果たすための、明確で前向きなビジネス戦略を設定する必要性について説明しています。取るべき重要なアクションは多数ありますが(データ収集、モデリングおよびレポート機能の開発など)、銀行、保険会社、資産運用会社が将来の全体像を確立させることが重要です。 

私たちの現状:コミットメント、注目、投資が拡大している
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第1章

私たちの現状:コミットメント、注目、投資が拡大している

二酸化炭素(CO2)排出のネットゼロ実現への移行には、民間部門の主導が欠かせません。

G20の半数を含む少なくとも125カ国は、2050年までに二酸化炭素(CO2)排出のネットゼロ実現を表明しています。その目標は、今後30年間の気温上昇を2度以下に抑えることにあり、2015年のパリ協定が定める目標や国連(UN)およびさまざまな業界団体が支持する数々の目標もこれに一致しています。気候変動を取り巻く政治的駆け引きはあるものの、国連の意欲的で持続可能な開発目標(SDGs)は、気候変動(およびその他の重要な問題)の抑制または転換に向けた進捗を評価する世界的な枠組みとなっています。

進捗は、官民セクターの協調的な行動に依存します。国と地方政府は、リソースの調達、規制および財政条件の確立、変化の促進、そして場合によっては変化の主導役という重要な役割を果たします。しかし、有力な役割を担うのは民間セクターで、政治や経済状況が不確実な状況下では、なお一層その状態が当てはまります。新型コロナウイルス感染症によって経済や公共予算に大混乱が生じており、国際的リーダーの多くは、感染症がSDGsの進展を実質的に後退させたという強い懸念を示しています。つまり、「より良い再建」の政策が世界中の政府によって策定されるとしても、民間セクターによる主導が求められていることが一層強調される形となっています。

他の業界と同様に、気候変動に関して当初注目された事項の多くは、異常気象がもたらすリスクと、特定の業種の企業(石油・ガス生産者、航空会社、自動車メーカーなど)に対する直接的な脅威に関するものでした。金融サービス企業は、業務のレジリエンスとサードパーティリスク管理を向上するための既存の取り組みを強化しました。

大手銀行、保険会社、資産運用会社は正式に、ネットゼロやその他SDGsの達成に向けたリソースの転換に一層取り組んでいます。最近になってようやく、大きな成長の可能性が十分に視野に入ってきました。実際、イングランド銀行の元総裁で現在は米国の国連特別特使を務めるマーク・カーニー氏は「ネットゼロへの移行は、私たちの時代において最大のビジネスチャンスを生み出している」と述べています。また、チャンスの規模と範囲を産業革命に例えている人もいます。

このような状況において、主要企業はネットゼロへの道に備えたリソースの調達や戦略の再構築を進めており、その道のりを効果的に越えるためのサステナブルファイナンスの必要性を認識しています。こうした企業のリーダーは、サステナビリティをコンプライアンスの一環や単に主要なリスク(今や主要なコンプライアンスやリスク要素であるものの)としてではなく、既に進行しているマクロ経済の大転換を伴うような、重要な成長の機会をつかむチャンスになると捉えています。

炭素関連の特定の目標を追求する上で、自発的な対策から具体的な行動への機運が明らかに高まっていることを考えると、そのような先見性は必要です。さらなる規制強化は確実視されています。優先すべきは、こうした目標への進捗を追跡するための戦略目標と指標を策定することにあり、より持続可能な未来へ向けてより円滑に、有利な道のりを辿りたい企業にとっては、これが第一歩となります。金融サービス企業は、ネットゼロへの道のりを歩む業界や企業にとってのパートナーである必要があります。

確実で達成可能性と意義あるサステナビリティ戦略を定義する
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第2章

確実で達成可能性と意義あるサステナビリティ戦略を定義する

物理リスクと移行リスクに対応する時間とリソースをどの部分に投資するかが最優先事項です。

適切な戦略を設定するにあたり、サステナビリティに取り組むべき課題と方法を金融機関が定義することから始めます。そのためには、単に適切な政策を考え出すだけでなく、サステナブルファイナンスを成長の手段とするための適切な行動を見極めることが重要です。金融機関がすべき重要な問い掛けは以下の通りです。

  • 複数の自動車企業や消費財企業にとって必要であるように、環境(または社会)問題におけるリーダーシップは、目的の不可欠な要素である必要性があるか。環境(および社会的)問題への取り組みは、自社の文化、ブランド、製品にとって真正なものか
  • ネットゼロへの移行において、私たちはサポート役としてどのように積極的な役割を果たすか
  • サステナビリティがビジネス戦略や業務モデルにどのように関わり、どのような影響をもたらすか
  • 気候変動が自社戦略と業務にどのように影響し、自社製品やサービスの市場にどのような需要の変化をもたらすかについて、どう見極めたらよいか
  • 体系的な変化を促すためには、誰とどのように協力すべきか
  • 気候変動に対処する取り組みに関し、私たちのステークホルダーにとって最も重要なことは何か

こうした問い掛けをきっかけに、金融機関の取締役会や経営陣が、目的や組織の使命について考えるようになるかもしれません。正しい答えが出れば、それは組織に適したサステナビリティの目標(つまり確実で達成可能性かつ意義のある、ステークホルダーのニーズに合致したもの)の定義に役立ちます。さらに言えば、最も成功する戦略は、経営陣の然るべき統率力と支持をビジネスの核心部分に組み込んだ戦略です。

強力なサステナビリティ戦略では、企業のリスクとコンプライアンスのフレームワーク、製品開発、引受および価格決定、その他の主要な経営上の意思決定プロセスに、物理リスクと移行リスクの双方が盛り込まれます。物理リスクは、信用、流動性、貸借対照表のリスクに加え、業務のレジリエンスとの関連性がより大きいかもしれません。重要なサービス(コールセンターや技術サポートなど)を提供するサプライヤーや外部ベンダーの一部は、バーチャル業務へすぐに移行するだけの準備ができていませんでした。金融サービス企業は、気候変動による潜在的な混乱を評価するにあたり、業務を維持するだけの自社の能力に加え、資金供給や保証を行う企業の能力も評価しなければなりません。これによって、オフショア、ニアショア、オンショアの業務とサードパーティの組み合わせに関して、厳しい決定を示すことになるかもしれません。

移行リスクは、サステナビリティが製品および顧客戦略が接するところに存在します。接するのは、個人、法人や企業の顧客です。例えば、ネットゼロへの態勢が整っていない企業や実行可能な移行の行程が見いだせない企業は、特に金融サービスプロバイダーによる移行支援が受けられない場合、存続が厳しくなるかもしれません。消費者にとっての課題は、気候変動の被害を受けている場所で住居、資金提供、保険を得ることにあります。

銀行や資産運用会社にとっては、信用を拡大して投資価値のあるセグメントを定義することが課題になります。保険会社は、洪水や山火事などの増加に基づいた引受モデルや価格モデルの調整を必要としており、こうした取り組みは既に始まっています。全体として、金融サービスセクターは、短期および中期的な資金供給を行わずに炭素集約型の業界の移行を支援できる、という錯覚を持つべきではありません。現実には、(高炭素排出の)ブラウン産業や企業がグリーン化するためには、資金調達が必要です。

金融サービス企業にとっての主要な課題は、移行を支援するかどうか、あるいは移行をどのように支援するかを決定することにあります。一部の金融サービス企業は、特定のセクターや企業との連携あるいはこれらへの投資の解消を決断しました。この決断は、原則として、あるいは関連する風評リスク低減のために行われました。また他の企業は、必要な変化を奨励し、資金を提供する形で移行をサポートすることを自らの役割とすることを決断しました。そうした企業では、この決断が自社の原則とより整合的であり、リスク管理が可能であると考えています。企業にとっては厳しい決断です。

サステナビリティ戦略では、一部セクターの事業を売却して相殺し、他のセクターへのコミットメントを高めます。またしても、適切な問い掛けを行うことが重要になります。

  • ネットゼロに移行する顧客とクライアントをサポートする上で、私たちにはどのような道筋があるか
  • どこに投資と資金提供を行うべきか、それについてどのように決断するか。こうした決断は、私たちの目的と戦略とどう整合させるか
  • ネットゼロへの移行で最も有望視され、資金供給や投資に値する新しいテクノロジーとは何か。こうした技術を開発あるいは使用しているのはどんなセクターや企業か
  • 顧客やクライアントをサポートするために、どんなリスク軽減製品やサービスを新たに開発できるか。顧客とクライアントには、どのようなリスクあるいはポートフォリオのモデリングサービスが必要か

気候変動という観点で、適切な投資を通じて何兆米ドルもの資金が生み出され、再生可能エネルギー源やグリーンハウジングから、代替的な食料源、スマートパッケージング技術に至るまで、数多くのセクターにわたり機会が存在しています。例えば、国際エネルギー機関は、グリーン経済のインフラ構築に年間3.5兆米ドルのグローバル投資が必要であると予測しています1

投資のペースが遅々として進まない状況を大局的に考えると、短期的に適切な行動を起こす投資家にとっては、先行者および素早い追随者としての優位性が依然として存在しています。最近のHarvard Business Review Report2では、強固な戦略の重要性が支持されています。「投資家は(中略)企業に善意があるかどうかではなく、強力なESGパフォーマンスの達成と維持のための戦略的なビジョンと能力が備わっているかどうかをますます問い掛けています。」投資の観点でこのことが当てはまっているとすれば、資金調達を行うか、あるいは気候変動に真剣に向き合っていくかどうかについて、金融サービス企業がどのような決断を行うか、という点が該当します。

金融機関は今、以下を実施すべきです。

  • サステナブルファイナンス、ネットゼロ、組織の使命および目的のつながりを見極める
  • 事業部門、製品ライン、地域別に、気候変動に関連するリスクと機会を描いてみる
  • サステナブルファイナンスのための明確な戦略とビジョン、つまり企業が達成したいこと、そしてそれを達成する方法を定義する
  • 説明責任を担う経営幹部や取締役会の監督機能など、適切な組織構造を特定する
  • サステナビリティのビジョンと戦略について、従業員、投資家、その他のステークホルダーとのコミュニケーションを図る

結論:長期の道筋を描く

サステナブルファイナンスは非常に長期間の挑戦となるため、気候変動向けの戦略的な状況の設定は、短期的な優先事項として行うべきです。銀行、保険会社、資産運用会社は、データおよび開示基準を確立するための、現在進行中の業界の取り組みに参加する必要があります。ただし、その事業に向けた、大きな全体像を持つ戦略的な状況設定を確立することが優先事項となります。それが最も重大なリスクを切り抜け、利益を得るための鍵となるからです。

共同執筆者:EY Asia-Pacific金融サステナブル・ファイナンス・リーダー、ジュディ・LJ・リ。


サマリー

ステークホルダーや社会が気候変動に関連するビジネスに対して圧力を強める中、金融機関はサステナビリティとネットゼロへの移行にどう取り組むべきか、決断が求められています。それは、単に方針を設定し、規制要件を満たし、「ブラウン」産業を回避するだけでなく、サステナブルファイナンスを成長の手段とすることです。


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