Space Techシリーズ 第8回:衛星データの社会的影響:信頼性の確保

情報センサー2024年11月 デジタル&イノベーション

Space Techシリーズ 第8回:衛星データの社会的影響:信頼性の確保


衛星データのビジネス利用が拡大し、将来的に社会基盤への提供が高まると想定されます。衛星データの正確性と信頼性を確保するために社会として検討すべき時期が到来しています。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 イノベーション戦略部 安達 知可良

Digital Trust推進リーダーとして、ブロックチェーン、AI等を活用する企業向けサービスの社内外展開に従事。また、宇宙ビジネス支援オフィスのメンバーとして、衛星データの監査・保証業務への利活用に向けた調査・分析・マーケティングの支援等に従事している。



要点

  • 衛星データのビジネス利用が拡大し社会基盤に影響を与え始める
  • 衛星データのコスト面や信頼性の課題は残る
  • 衛星データの正確性と信頼性を確保するためにデータの改ざんや漏えいを防ぐための対策が求められる


Ⅰ はじめに

近年、衛星データのビジネス利用が急速に拡大しています。衛星技術の進歩により、高解像度の画像データやリアルタイム情報が入手可能になり、さまざまな産業での応用が進んでいます。例えば、農業分野では衛星データを用いて作物の生育状況をモニタリングし、生産性の向上が図られています。また、気象予測の向上により災害対策や航空運行の安全性向上に寄与しています。森林の減少や海洋汚染の状況を把握するための衛星データ利用も、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた活用がなされています。さらに、本Space Techシリーズ第5回※1にてご紹介した通り、EYでは衛星データを監査業務に活用を始めており、信頼性が求められる業務での利用も進んでいます。

将来的には、高精度な位置情報やリアルタイム交通情報の提供により、完全自動運転の実現が加速するでしょう。また地球の物理的な環境やシステムをデジタル空間に再現した仮想モデルを「地球デジタルツイン」といいますが、これを構築する要素として全地球規模で収集される衛星データは欠かせません。地球デジタルツインの実現により、地球全体のリアルタイム監視と分析が可能になり、ビジネスの効率化と新たな価値創出が進むと予測されています。

衛星データのビジネス利用は今後も多様化し、多くの分野での革新を促進することが期待されています。

※1 Space Techシリーズ 第5回:監査業務での衛星データの活用(情報センサー2024年7月 デジタル&イノベーション)


Ⅱ 注目が集まる衛星データの利活用

言うまでもなく、現代のビジネス環境においてデータの重要性はこれまで以上に高まっています。DXの進展により、企業の意思決定においてデータの活用は必要不可欠です。また、企業間のデータ交換も一般化し、生産性向上や業務の迅速化が進んでいます。クラウドコンピューティングやビッグデータ技術の発展により、データの共有と活用が容易になり、これがビジネスの効率化と革新を促進しています。AIの活用が進む中で、多様なデータの必要性が増しています。AIは大量かつ多様なデータを基に学習し、予測や最適化を行うため、企業はさまざまなデータソースから情報を収集することが重要です。このような背景から、データの利活用がビジネスの成功に直結する時代となっています。

DXが加速し、多様なデータへのニーズが高まる中、冒頭で触れた通り、衛星データのビジネスでの利活用について注目が集まりつつあります。衛星データは広範囲を一度に観測できるため、広大な地域のデータを効率的に収集できます。リモートアクセスが可能で、山岳地帯や海洋などアクセスが難しい場所でもデータの取得が可能です。高頻度での観測が可能で、特定地域の時間経過に伴う変化を追跡できます。これにより、衛星データは広範囲かつ詳細な情報を提供し、迅速な意思決定や戦略立案に役立つ重要なツールとなっています。

リモートセンシング技術の進化により、高解像度の画像データが取得できるようになり、これがビジネスの多様なニーズに応える形で利用されています。人工衛星に搭載されるセンサーは、可視光だけでなく赤外線やレーダーなど多様な波長での観測が可能となり、より詳細で多角的なデータが取得できるようになりました。

AIや機械学習を活用した高度な画像解析により、取得したデータから有用な情報を迅速に抽出することが可能となっています。膨大な衛星データの解析を人手で行うことは不可能であり、日々大量のデータを扱う企業にとってAIの活用は不可欠です。AIはパターン認識に優れており、微細な変化や異常を高精度で検出できるため、定常的に異常値を検知する場合に有用です。学習能力を持つAIは、データを解析するたびに精度が向上し、解析結果の信頼性が高まり、より正確な予測や分析が可能となります。AIを活用することで、衛星データから得られるインサイトを最大限に引き出し、ビジネスの最適化や新たな価値創造につなげることができます。

 

衛星データのコストが低下していることも、ビジネスでの活用が広がる一因です。以前は高価だった衛星打ち上げやデータ取得のコストが、技術の進歩とともに低減されてきました。政府による民間企業の利用促進政策や、スタートアップ企業の衛星事業への参入が進んでいることも、コスト低下に寄与しています。小型衛星の開発により、より多くの衛星が打ち上げられ、データの取得頻度が向上しました。これにより、リアルタイムでのデータ取得が可能となり、迅速な意思決定や対応が求められるビジネス環境において、リモートセンシングデータの価値が一層高まっています。


Ⅲ 衛星データの利活用が社会に浸透するには

衛星データの利用に対する社会的期待は高まっているものの、民間企業による活用は期待通りには進んでいません。非宇宙分野を含む新規参入の促進、ソリューションの社会定着(実証実験で終わらない)、観測能力(分解能・頻度・精度等)の不足、衛星データ提供の継続性や予見性の不足などが課題として挙げられています。

さらに、ビジネスで気軽に使えるほど価格が下がっていないことも指摘されていますが、この解決策の1つとして衛星データを複数の企業で共有する基盤の整備が考えられます。データの共有利用により効果のみならず、AIを使ったデータ解析といった高度な専門知識が求められる作業についても共有できるため、大幅なコスト削減が期待できます。この動きにより衛星データの民間利用を促進することが期待されます。

また、衛星データの信頼性への不安も利活用が進まない一因であると考えられます。社会における衛星データの重要性が高まるにつれ、その正確性と信頼性が社会基盤に与える影響も大きくなります。衛星データを取り扱う事業者による不正や誤謬(ごびゅう)にとどまらず、サイバー攻撃によるデータの改ざんも想定されるため、事業者のサイバーセキュリティ対策を含む内部統制が不十分な場合、誤ったデータが流通し、社会基盤の信頼性に重大な影響を及ぼす可能性があります。衛星データ解析にAIを利用する場合、データやAIモデルのバイアスや誤差が解析結果に影響を与える可能性があるため、モデルマネジメントやAIガバナンスの整備が重要です。データ提供事業者が経営破綻すると、この事業者が提供するデータに依存したサービスの継続性にも影響を与えるため、事業者の運営体制や財務状況にも注目する必要があります。


Ⅳ 衛星データの正確性と信頼性を確保するためにすべきこととは

衛星データの正確性と信頼性を確保するためには、事業者はデータの改ざんや漏えいを防ぐための対策が求められます。そのためには、外部からの侵入防御/検知対策、重要ファイルへのアクセス制御、データ保護環境の堅牢化など、最新のサイバーセキュリティ対策を含む内部統制を整備し、継続的に運用していくことが肝要です。国際基準であるISMS(ISO 27001)は、情報セキュリティ管理の包括的なフレームワークを提供しており、ISMS認証を取得することで企業の信頼性が大幅に向上します。

AIを利用する事業者については、AIマネジメントシステムの導入やAIガバナンスの整備など、データやAIモデルの管理不備により発生するリスクを低減させる対策も考慮すべきです。AIガバナンスを整備する際には、わが国の統一的なAIガバナンスの指針として、2024年4月に総務省および経済産業省から公表された「AI事業者ガイドライン 第1.0版」が参考になります。また、2023年12月に発行された「AIマネジメントシステム(ISO/IEC 42001)」は、AIマネジメントシステムの国際規格であり、組織がAIシステムを適切に利活用するために必要なマネジメントシステムを構築する際に遵守すべき要求事項が規定されています。こうしたガイドラインやフレームワークを利用することは、企業の態勢強化に貢献します。

さらに、「SOCレポート」を活用することにより客観的な保証が得られることも選択肢の1つです。SOCレポートとは、企業が提供するサービスや受託業務に関する内部統制の有効性について、監査法人などの独立した第三者による評価結果として提供される報告書です。衛星データ提供事業者が自社のセキュリティ対策に係る保証を得ることを目的とする場合、SOC2保証業務を取得することを選択するのがよいかもしれません。SOC2保証業務は、「Trustサービス原則」を基に企業の内部統制を評価することになりますが、その中には「セキュリティ(Security)」や「可用性(Availability)」などが含まれているため、衛星データ提供事業者が顧客に対して自社の管理態勢の有効性を主張するには適しています。SOCレポートを利用してクライアントに対して透明性を提供し、内部統制の状況を詳細に説明することで、信頼関係を強化します。継続的な運用評価を通じて、内部統制の改善とリスク管理の強化が図れます。


Ⅴ おわりに

将来的に衛星データは社会基盤の重要な役割を担い、ビジネスや環境監視など多岐にわたる分野での活用が期待されています。しかし、ひとたび衛星データが不正に改ざんされたり、誤った情報として流通されたりすれば、その影響は計り知れません。衛星データの信頼性を確保するための措置がより一層重要になってきています。衛星データ提供事業者のみならず、社会全体としてこの課題に取り組む時期が到来しています。


サマリー

衛星データのビジネス利用が拡大し、将来的に社会基盤への提供が高まると想定されます。衛星データの正確性と信頼性を確保するために社会として検討すべき時期が到来しています。


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