“環境にやさしい”で消費者はお金を払うか?

“環境にやさしい”で消費者はお金を払うか?


―行動経済学を起点に、カーボンニュートラルな行動変容を効果的に促すコミュニケーションの在り方を検討

環境省の事業を通じて、「環境に配慮した商品やサービス」の選択を消費者に促していくためには、その価値観に応じた「今・ここ・私」を見極めた上で、人の心に寄り添ったコミュニケーションに変革していくことが求められることを明らかにしました。


要点

  • 「環境にやさしい」ではなかなか人は動かない。例えば、若年層やZ世代が“環境にやさしい”で動くという俗説は誤りである可能性が高い。
  • 「環境にやさしい」行動を促すには、消費者の「本能」が反応しやすい、「今・ここ・私」に近い価値とひもづけることが有効。
  • その際に、例えば若年層には「環境・献身」よりも「実利・快さ」の追求を打ち出すなど、消費者の価値観に応じた「今・ここ・私」を見極めた上でのコミュニケーションが不可欠。

—若年層が“環境にやさしい”で動くという俗説

「他世代と比較して、若年層(特にミレニアル世代やZ世代)は環境意識が高い」という調査結果や報告が、ここ数年、数多く発表され、注目を集めています。

実際に、米国の「NextGen-Climate-Survey」1という調査では、14歳から24歳までの米国の若者の47%が、最も関心の高い地球上の問題(人種差別などの社会問題も含む)として、環境や気候変動を挙げたという結果が得られています。

また、「Gen-Z-cares-about-sustainability-more-than-anyone-else-–-and-is-starting-to-make-others-feel-the-same」2という調査では、他の世代と比べて、Z世代は、ブランド名よりもサステナビリティに配慮されているかを重視して購入の意思決定をすることが示されており、特に環境意識が高く、環境にやさしい世代とされています。

しかし、「若年層が“環境にやさしい”で動く傾向にあるという認識は誤っている(俗説である)」という指摘も多数存在しています。

その一例として、われわれが環境省の事業を通じて得た、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の利用意向に関するアンケート調査3の結果をご紹介します。

この調査では、再エネ利用の有無と関連する個人の属性を、性別・年齢などの基本属性に限らず、価値観などを含んだ上で幅広く検討しました。合計1,000名から取得したデータを統計的に分析したところ、やはり「若年層が”環境にやさしい”で動く傾向にあるという認識は誤っている(俗説である)」という結論が得られています。

具体的には、次の事実が明らかになりました。

・     調査対象とした母集団4環境配慮行動をタイプ分類すると、環境や社会への貢献意欲が強い「環境・献身重視タイプ」、利得感(お得さ)や楽しさを重視する「実利・快さ追求タイプ」、そして特定の価値観を持たない「無関心タイプ」の3タイプに分類できる(環境配慮行動を考える上で科学的に重要であることが特定されている価値観5に基づいて統計的に分類)(図1)

・     若い世代の多くは環境への貢献意識よりも、自分の利益を優先しようとする意識の方が高い(高齢層では「環境・献身重視タイプ」が多い一方で、若年層では「実利・快さ追求タイプ」が多く存在する(図2)

・     若い世代に多い「実利・快さ追求タイプ」は、“環境にやさしい”という価値観には反応しづらい(価値・品質面が優れている感覚や、情緒的に良い・他者に認められる感覚に対して反応しやすい)(図2)
 

図 1 環境配慮行動に関するタイプ

図 1 環境配慮行動に関するタイプ

図 2 環境配慮行動に対する年代別の傾向

図 2 環境配慮行動に対する年代別の傾向

われわれの調査結果以外にも、“若年層が「環境にやさしい」で動く”ということが俗説であることを示す先行研究が存在します。「Greener than Others? Exploring Generational Differences in Green Purchase Intent.」6では、「年齢と環境配慮商品の消費行動の関係は、以前から多くの先行研究で取り扱われてきたが、その結果は矛盾しており、曖昧である」ということが指摘されています。具体的には、「年齢と環境配慮商品の消費行動の間には関係が見られる」という研究結果もあれば、「年齢と環境配慮商品の消費行動の間には、関係が見られない」という研究結果もあり、一貫した結論が得られていないという指摘がされています。

別の先行研究7では、若い世代は、環境問題を認識していても、実際に環境に配慮した行動を取る可能性は低いことが指摘されています。

こういった研究を背景として、若年層が”環境にやさしい”で動くという俗説は否定されつつあります。

 

—消費者にとって「今・ここ・私」に近い価値とひもづけることで動く

若年層を中心に、“環境にやさしい”で動かない層が多数存在するのは、生まれながらに脳にプログラミングされた「心のクセ・価値観(以下、進化的な本能)」が、大きく影響しています。

人の進化的な本能は、「今・ここ・私」に近い価値(=生存および遺伝子を残すこと)に対して主に反応します。他方で、気候変動をはじめとした環境問題は、ヒトという種が進化したサバンナ(古代)環境には存在しなかったため、多くの人にとって「将来・遠く離れた場所・自分と親しくない他人」に生じる出来事だと感じられやすく、人が本能的な興味を持つことが難しいのです

裏を返すと、環境問題を「今・ここ・私」に近い価値とひもづけることさえできれば、環境配慮行動のために人が動きやすくなると考えられます。

「今・ここ・私」に近い価値とひもづけるために、具体的には大きく2つのアプローチ方法が考えられます。

1つ目は、本能的に理解できる脅威を伝える「直球アプローチ」、2つ目は本能的に重要と感じる別の価値とひもづける「変化球アプローチ」です。

直球アプローチの有効性を示唆する先行研究の代表例として「The evolutionary bases for sustainable behavior: Implications for marketing, policy, and social entrepreneurship」が挙げられます。この研究では、「感じる、聞く、嗅ぐ、触れる、見ることができる環境の脅威に対して、人は敏感に反応する」ということが示唆されています。具体的には、目に見えない有害な排気ガスに意図的に色を付けて大気中の汚染物質レベルを示すことで、本能的に理解できる脅威として伝わり、大気汚染に対する回避行動をより促す可能性があると指摘されています。

変化球アプローチの有効性を示唆する代表例としては、ラベルレス飲料市場が挙げられます。例えば、コカ・コーラ社は「い・ろ・は・す天然水ラベルレス」の訴求において、「環境に配慮している商品」という価値を訴求するのではなく、人が飲料水を選ぶ上で本能的に重視する「おいしさ」や、キュッとしぼる「楽しさ」に加え、廃棄時にラベルを剥がす手間が省ける「簡単さ」を強調することで消費者の購買行動を促しています10。同様なアプローチは、アサヒ飲料の「アサヒ おいしい水 天然水 ラベルレスボトル」においても確認できます。「おいしさ」や「楽しさ」、「簡単さ」は、まさに「今・ここ・私」に近い価値(=生存および遺伝子を残すことに直結した価値)と解釈できます。結果的に環境配慮行動である、消費者のラベルレス飲料の購買行動を促す上で、これらの価値が大きく影響したと解釈できます。

このように、どのようなアプローチであったとしても、進化的な本能が“ついつい”反応してしまう「今・ここ・私」に近いと感じられる価値を分かりやすく強調することで、結果として、環境に配慮した行動を促すことができるのです。

 

—消費者の価値観に応じた「今・ここ・私」の見極めが不可欠

人の進化的な本能は、「今・ここ・私」に近いと感じられる価値に対して主に反応します。しかし、その反応(どのような価値に「今・ここ・私」に近いと感じるか)は、その人の価値観に大きく左右されます。

先ほどご紹介したわれわれの調査結果からも、再エネ利用については「環境・献身重視タイプ」と「実利・快さ追求タイプ」とで価値観が異なり、それが年代によって左右されることをご紹介しました。

つまり、消費者の価値観、または年代に応じてコミュニケーションの仕方を変えることが重要であると言えます。(図3)
 

図 3 再エネ価値に感じる価値

図 3 再エネ価値に感じる価値

例えば、再エネの利用を促したい場合、「環境・献身重視タイプ」の多い高齢者には、地球温暖化阻止に貢献したい気持ちや、人として正しく在りたい気持ちをくすぐるコミュニケーションが有効と言えます。
 

具体的には、再エネを利用することが「脱原発」や「被災地の支援」につながることを分かりやすく実感させる直球アプローチが取り得ます。
 

他方で、「実利・快さ追求タイプ」の多い若年層には、「自分に利益がある」「他の人に良い印象を与える」といった気持ちをくすぐるコミュニケーションが有効と言えます。
 

具体的には、再エネを利用することが、「自分がファンであるアイドルの活動の応援につながること」や「就職活動や昇進に有利に働くこと」を伝える変化球アプローチが取り得ます。


カーボンニュートラルの重要性は今後も高まります。したがって、企業は、より品質の高い「環境に配慮した商品やサービス」を開発し続け、その選択に向けた行動変容を消費者に促していかなければなりません。

しかし、私たち消費者は“環境にやさしい”だけでは大きく動きません。カーボンニュートラルを実現するためには、企業は、消費者の価値観に応じた「今・ここ・私」を見極めた上で、従来の“環境にやさしい”というメッセージだけを伝えるコミュニケーションから、人の心に寄り添ったコミュニケーションに変革していくことが不可欠です。

なお、本項では、行動経済学や心理学をはじめとした人の行動のメカニズムを明らかにする学問全体を、学術的に正確には「行動科学」と呼ぶべきですが、多くの方になじみのある「行動経済学」として表現しています。
 

※本記事は林 彩弥香コンサルタントも共同執筆している。

脚注

1.“2021 Blue Shield of California NextGen Climate Survey” Blue California, 
s3.amazonaws.com/cms.ipressroom.com/347/files/20213/BlueShieldCA_NextGenSurveyReport_FINAL.pdf(2023年12月20日アクセス)

2.“Gen Z cares about sustainability more than anyone else – and is starting to make others feel the same” WORLD ECONOMIC FORUM (March 18, 2022), www.weforum.org/agenda/2022/03/generation-z-sustainability-lifestyle-buying-decisions/(2023年12月20日アクセス)

3. 地球環境局地球温暖化対策課地球温暖化対策事業室「SaaS型P2P取引プラットフォーム機能を実装した電力トレーサビリティシステムの開発・実証 委託業務 成果報告書(令和3年度)」(R3巻、2022年)

4.本調査では、再エネ100%の電力プランに契約しているユーザー50%、そうでないユーザー50%から同数のデータを取得しているため、クラスターの分布割合にはサンプリングバイアス(標本抽出バイアス)がかかっている点には注意が必要

5. Steg, L., Bolderdijk, J. W., Keizer, K., & Perlaviciute, G. An Integrated Framework for Encouraging Pro-environmental Behaviour: The role of values, situational factors and goals. (Journal of Environmental Psychology, 38, 2014).

6.Ham, C.-D., Chung, U. C., Kim, W. J., Lee, S. Y., & Oh, S.-H.  Greener than Others? Exploring Generational Differences in Green Purchase Intent. (International Journal of Market Research, 64(3), 2022).

7.Naderi, I., & Van Steenburg, E. Mefirst, then the environment: Young Millennials as green consumers. (Young Consumers,19, 2018).

8.Gifford, R.  The dragons of inaction: psychological barriers that limit climate change mitigation and adaptation. (Am Psychol, 66(4), 2011).

9.Griskevicius, Vladas, Stephanie M. Cantú, and Mark Van Vugt. The evolutionary bases for sustainable behavior: Implications for marketing, policy, and social entrepreneurship. (Journal of Public Policy & Marketing 31.1, 2012).

10.ITmedia ビジネスオンライン「『いろはす』ブランドが支持されるワケ」(2016年11月29日)www.itmedia.co.jp/business/articles/1611/29/news033.html(2023年12月20日アクセス)


サマリー

若年層(特にミレニアル世代やZ世代)が“環境にやさしい”で動くという俗説は否定されつつあります。われわれは、環境省の事業を通じて、「環境に配慮した商品やサービス」の選択を消費者に促していくためには、その価値観に応じた「今・ここ・私」を見極めた上で、人の心に寄り添ったコミュニケーションに変革していくことが求められることを明らかにしました。


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