インバウンド需要の回復がもたらす負の影響
インバウンド観光客の回復状況は、これまで見てきたとおりですが、特に2019年比での回復が8割を超える東京、京都、福岡、石川等の地域については、一部でオーバーツーリズムの懸念の声が上がっています。インバウンド観光客数は東京を除いては2019年レベルに戻っていないことを踏まえると、観光施設を含めて、サービスを提供する担い手の不足が、過剰感を引き起こし、オーバーツーリズムといわれているのかもしれません。
新型コロナ拡大前からインバウンド観光客の増加に伴い、たびたびオーバーツーリズムの問題は提起されてきましたが、政府が観光立国として2030年に向けて6,000万人のインバウンド観光客数を目指していることから、今後ますます問題は顕在化していくことと予測されます。
オーバーツーリズムは、インバウンド観光客だけでなく、国内旅行者の集中によっても引き起こされますし、その問題は、オーバーツーリズムになる前から、準備を進めていく必要があると考えられます。そのためには、旅行者の数や集中を可視化していく必要があり、入域数や施設の利用者、移動の分布状況等、チケットのデジタル化等を含めてきちんと把握し、データに基づき、いかに分散していくかが今後の観光地にとって重要なテーマになってくると考えられます。
コロナ禍において、人々が集中することを避けるために、チケットをデジタル化、予約制にすることで一定程度、入域数を制限してきた地域も多くありましたが、新型コロナ拡大による影響が緩和されつつある現在、数をコントロールすることに対しては、地元の事業者をはじめ、さまざまな、声が上がっているところです。
例えば、米国のヨセミテ国立公園では、パンデミックに導入された予約システムを2023年は継続しない方針を打ち出し、他の国立公園とは異なる動きを実施しました。訪問者を制限しないことは、国立公園内での上質な体験を奪うだけでなく、公園のインフラや環境を損なう懸念があるものの、一方で、観光関連産業が郡の住民の50%を雇用しているマリポサでは、夏の5カ月でしか観光による収益を上げることができないことから、観光客の制限の解除による、地元経済の底上げに期待する等、考え方はさまざまだといえます3。
一律に数を制限し、オーバーツーリズムを回避する手法を採用している地域もあります。例えばイタリア北部のアルプス地方に位置する南チロルでは、環境への負荷軽減等を目的として、年間2019年の繁忙期の宿泊数に相当する3,400万泊を基準値に設定し、観光客を制限しました。また、ホテルや民宿の新規開業には地方議会の承認が必要となり、空きがない場合は認可が下りないようにルール化する等の措置を展開しています4。
また、ベネチアのように入域料を徴収することで観光客の数を制限する方針を打ち出す地域もあれば、すでに徴収していた入場料を引き上げることで数を制限する道を選択する地域もあります5。観光地の実情を踏まえると、必ずしも「量」をコントロールし、「質」を取るだけがオーバーツーリズムをはじめとした観光地経営の方向性ではなく、地域でどのようにバランスを取っていくかを議論していく必要があると考えられます。
ポジティブな効果を生み出す取り組みに向けたツーリズムの改新
(リジェネレーション)
オーバーツーリズムへの対応や観光客の増加に伴う自然環境や文化への悪影響等を踏まえて、多くの地域では、持続可能な観光(Sustainable Tourism)としてさまざまな施策を展開しているところです。「サステナビリティ」はここ日本でもコロナ禍を経て、かなり浸透してきた言葉ですが、自然環境・社会を「維持する」ことに対して、近年、その行動で十分かという疑問が投げかけられています。
自然環境・社会を「維持」しながら従来型の経済活動を続けることによる負の影響が無視できなくなりつつある現状を踏まえ、新たに「リジェネレーション」という考え方が、欧米を中心に議論が開始されているところです。世界経済フォーラムでもリジェネレーティブ・ビジネスが長期的価値の構築に向けて重要であると議論され始めています6。
「リジェネレーション」とは何か。「サステナビリティ」がマイナスを0に戻すための取り組みといわれるのに対し、0を1にするための取り組みが「リジェネレーション」と整理されることが多いです。この0を1にするための取り組みには従来型の考え方、ビジネス手法では達成することは困難で、ここではリジェネレーションを「改新」と表現します。一般的には「再生」と表現されることが多いリジェネレーションですが、再生というよりは、0を1にするために自らを変革し、あらゆるステークホルダーとの関係を意識し、イノベーションを起こしていく必要があることから、「改新」という表現が、日本語的にはしっくりくるのではないかと考えています。