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本レポートでは、インバウンド回復期における日本のツーリズムの検討課題を分析します。
要点
このページは2023年4月24日に公開したレポートを記事として掲載したものです。
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2022年10月の水際対策の緩和以降、全国各地でインバウンド観光客が旅をしている姿を見かけるようになりましたが、年が明けて以降、その光景は顕著となり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大前(以下、コロナ前)を思い出させるほどの盛況となりつつあります。
日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、3月には181万人のインバウンド観光客が日本を訪れており、コロナ前の2019年比で65.85%の回復となっています。水際対策緩和後、順調に回復し、2019年比50%を超えて以降の足元3カ月は、緩やかな回復となっていましたが、3月に加速化しました。日本のインバウンド市場の回復をけん引しているのは、韓国、台湾、香港といったこれまでのインバウンド市場を支えてきたアジア諸国ですが、欧米豪、特に米国からのインバウンドの回復が早い点は、注目に値します。米国のカンファレンス1 等で現地での声を聞くと「日本はバケットリストの最上位にあり、すぐにでも行きたい観光地」とされており、日本の魅力が水際緩和後、こうした米国の観光客の誘客につながったと考えられます。
水際対策緩和後、一定水準まで回復した後に、回復ペースが鈍化していたのは日本だけではありません。同じアジアで見るとシンガポールは2023年に入ってから再び回復が加速化しているものの、タイは、水際対策緩和後、緩やかな回復局面に差し掛かっています。最大の理由は、中国市場の回復がまだ1割程度と遅れていることにあると考えられていますが、入国制限の緩和等の措置、中国市場による海外旅行の活発化が間もなく見込まれており、今後、さらなる回復が期待されるところですが、一方で、世界的にツーリズム産業に従事する人手不足が深刻化しており、回復する需要に対し、受け入れ側の体制整備が急務であることが、喫緊の課題であると言えます。
① Short Term Rental(STR)市場の成長
コロナ禍においては、世界的にロックダウンに突入する等、行動が制限された結果、特に宿泊産業は大きな影響を受けました。その後、行動制限も解除され、訪問観光客数は、アジア太平洋地域(APAC)を除いて、すでに2019年比の80%近くまで回復しています。こうした状況下において、宿泊産業の回復状況を見てみると2023年の予測収益として、2019年比-1%程度までの回復がホテル産業では見込まれている一方、短期滞在者を対象とした宿泊施設であるSTR市場がコロナ禍において 成長し、2023年には2019年比で41%成長すると予測されています。
こうした背景には、リモートワークが加速度的に浸透し、必ずしも「仕事」する場にいる必要がなくなったことが1つの要因として挙げられます。これまで、出社を前提としたビジネススタイルであったため、ビジネス旅行(出張等)と休暇を組み合わせた「ブレンデッド・トラベル」(出張前後で休暇を組み合わせるブレジャーを含む)が主流でしたが、これからは、必ずしも「仕事」する場にいる必要性は乏しくなり、「居たい(住みたい)」場を優先し、国内外の観光地を旅しながら仕事するといった形態が増加しつつあることを示しているのではないでしょうか。
世界では、こうした潮流を捉え、デジタルノマド(ITを活用し、国内外を旅しながら働く人材)を対象としたビザの発給(以下、デジタルノマドビザ)が活発化しています2。デジタルノマドビザを取得した者は、国により条件は若干異なるものの、一定期間、当該国に滞在し、「リモートワーク」を実施することが可能となります。「ツーリズムの未来2022-2031」3 において、今後、ツーリストとツーリズム関連事業者の関係がより密接になり、両者がお互いに専門とする分野のサービスを提供し合う関係性にシフトしていく未来を論じていますが、まさに、こうした取り組みは未来の関係性の変化を加速化させていく可能性を秘めていると言えます。
デジタルノマドは中長期に国内に滞在することになることから、まさにこうした施策と合わせてSTR市場の活性化、整備が必要であると言えます。そして、地域においてこのようなデジタルノマドとの接点を増やすことで、専門人材の不足が課題である地方においても、世界の最先端の人材を獲得し、地域の活性化につなげる道が切り開けると考えられます。
しかしながら一方で、STRは利用者と地域住民との間でのコンフリクトが課題として挙がっており、日本も同様に議論があるところです。
国内では、2018年に施行された「住宅宿泊事業法」に基づき、届け出をすることで旅館業法に基づく許可を取得することなくサービスを提供することが可能(以下、民泊)となっており、2023年3月末時点で18,760件がサービスを提供可能となっています4。しかしながら、民泊は利用者と地域住民との間でのコンフリクトが課題となっており、各自治体において、条例を制定する等により民泊を禁止する動きも見受けられます。この動きは日本だけでなく、世界でも同様の課題として認識されており、健全な市場形成に向けて、さまざまな取り組みがなされているところです。
例えば欧州では、2019年には欧州全体の4分の1程度がSTRによって提供されており、140万人が利用、延べ5.12億泊の利用があったとされています5。しかしながら、市場の活況とは裏腹に、観光地においては、住宅価格の上昇や物価上昇、過剰な観光客の流入等の弊害が生じており、健全な市場の成長に向けて、STR市場の透明性を確保すべく、データの収集や共有に向けての規則策定への動きが加速化しました。2023年3月にEUの規制当局はBooking.com、Airbnb、Tripadvisor、VrboなどのSTRプラットフォームからのデータ収集と共有に対する共通のアプローチに合意しました。EU加盟国は、各国でデータを共有可能な単一の仕組みを構築し、ホストに対しては、固有の登録番号を設定し、プラットフォーム側は、ホストの登録番号や利用件数等を当局とデータ共有することで、STR市場の透明性を確保しようとするものです。透明性の確保は、違法なホストの削減につながり、健全な市場の規制が期待されるほか、利用状況のデータが公開されることで、関連する事業者にとっては、経営に関する合理的な意思決定への寄与、市民団体等にとっては、政策立案への貢献、コミュニティにおける生活の質の保護につなげる取り組みになることが期待されています6。
日本においても、このような動きを参考に、STR市場の透明性を確保することで、特に地方における宿泊施設の不足を解消するほか、滞在日数の長期化に伴う人材の交流の促進が期待されるところです。
② サステナビリティ(持続可能性)への意識の高まり
Sustainable Development Goals(SDGs)をはじめとしたサステナビリティへの意識は、コロナ前から醸成されていましたが、コロナ禍を経て、特に意識が高まったといわれています。Booking.comが実施しているサステナブルに関するアンケートからも、旅先に求める意識が高まっていることが確認されます。特に、パンデミックがきっかけで、将来、よりサステナブルな旅行をしたいという旅行者が、アジアを中心に増加している点は注目に値します。
サステナブルに向けた観光分野での取り組みはさまざまありますが、世界的なプラスチック廃棄量の増加、それに伴う海洋汚染の深刻化を受け、国連環境計画(UNEP)とエレン・マッカーサー財団が主体となって取り組んできたイニシアチブに国連世界観光機関(UNWTO)が参画し、Global Tourism Plastics Initiative(GTPI)として、2020年7月に従来の脱プラスチックの考え方に、新型コロナウイルス感染症への対策を考慮した視点を盛り込んだものを公表し、取り組みを強化しているところです7。
脱プラスチックについては、グローバルに展開するホテルチェーンをはじめ、プラスチックストローを廃止、ボディーソープ等のボトルをディスペンサー方式へ移行、ペットボトルを廃止し室内にボトルを提供、室内キーを木製もしくはデジタルに移行する等の取り組みがなされており、日本でも今後のさらなる取り組みが期待されています。
また、より循環型経済に資する取り組みとして、欧州の取り組みが注目されています。
欧州委員会は、2015年にプラスチックや食品廃棄物などを優先分野とし、製品の製造と消費、廃棄物処理、二次原材料に関する取り組みを盛り込んだ「循環型経済行動計画」を発表し、2019年12月には、持続可能なEU経済の実現に向けた成長戦略「欧州グリーン・ディール」を打ち出しています。こうした中、2022年3月に製品の持続可能性の向上を目的とする循環型経済に関する政策パッケージを発表し、その中でも特に「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案8」が特徴的です9。このエコデザイン規則案は、2009年に制定された「エコデザイン指令」を改正するものであり、①製品情報を電子的手段で集約した「デジタル製品パスポート」を製品自体、パッケージまたは製品に付属する書類上に添付することへの義務付け、②売れ残った消費財の廃棄に関する規定を設けている点が先進的であると言えます。
廃棄やリサイクルについて、現状ツーリズム関連では、家電が主な対象ですが、将来的に繊維製品も対象に盛り込まれてくれば、影響は甚大になっていくと考えられます。しかしながら一方で、こうした取り組みを積極的に日本でも導入していくことで、欧米に比して後れを取っているといわれている日本国内で、ツーリズム関連産業が主導して廃棄を避け、回収された製品のリマニュファクチュアリング製品を積極的に導入し静脈物流を変えていくことは、非常に重要な視点であると言えます。
国内メーカーでもヤマダデンキは、2022年に群馬に国内最大規模のリユース工場を増設し、さらに国内に2カ所の増設を予定しており、年間7万台だった家電のリユースを2025年に30万台まで拡大していく方針を打ち出しています10。また、ダイキン工業は空調機器のメンテナンスや入れ替え時に、冷媒を回収し、不純物を取り除きリユースする取り組みを進めています11。こうした流れの中、ツーリズム業界においても、サステナブルな取り組みの一環として、積極的に関与し、海外を含むツーリストに対し、サステナビリティをアピールしていくことは、「選ばれる観光地」となる上でも重要な取り組みになると考えられます。
他にも、厨房から排出されるCO2の削減に向けて、水素を活用した調理器具を導入する取り組みも始まりつつあります12。単純にCO2の排出削減だけでなく、食材のうまみを最大限に引き出す調理法としても注目されており、こうした取り組みをツーリズム業界で主導していくことも、日本が世界にサステナビリティへの取り組みを発信し、世界に注目される観光地となる上でポイントとなります。
これまで見てきたように、コロナ禍を経て、旅行者の旅のスタイルや価値観に変化が生じており、その変化をきちんと捉えていかなければ、世界的に回復基調にある国際観光の需要を持続的に取り込んでいくことが困難になると予測されます。特に、アジア諸国でもこうした変化を捉えた対応を実施しているため、日本の対応が遅れれば、やがて日本の観光地としての魅力は高い13ものの、世界の旅行者の変化に取り残され、日本が「選択」されなくなる可能性も否定できません。
STRについては、筆者が今後10年のメガトレンド14としてみている「日常のツーリズム化」や「ツーリズムの日常化」の文脈でも地域社会において、重要な位置を占め、地域開発の新たなイノベーションにもつながる可能性を秘めていると言えます。また、サステナビリティへの取り組みも、循環型経済における静脈物流を変えるドライバーとしてツーリズム関連産業がその役割を担い、本当の意味での循環型経済の促進、持続可能な観光を推進していくことが、日本発で今求められているのではないでしょうか。
脚注
1. Skift Global Forum, NY, (2022年9月19~21日) live.skift.com/skift-global-forum-2022/
Phocuswright Conference 2022, Phoenix, (2022年11月14~17日)www.phocuswire.com/Phocuswright-Conference-2022-event-listing
2. Digital Nomads Working in Thailand、Thai Embassy、(thaiembassy.com/thailand/thailand-digital-nomad-visa-and-work-permit)、(2023年3月31日アクセス)など各国HP参照
3. EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社『ツーリズムの未来2022-2031』(日経BP、2021年)およびey.com/ja_jp/consulting/the-future-of-tourism-with-corona-and-post-corona
4. 「住宅宿泊事業法の施行状況」、民泊ポータルサイト、観光庁、mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/host/construction_situation.html(2023年3月31日)
5. Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on data collection and sharing relating to short-term accommodation rental services and amending Regulation (EU) 2018/1724, European Commission,2022, eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52022PC0571&from=EN(2023年3月31日アクセス)
6. Questions and Answers: New Rules on Short-term Accommodation Rentals, European Commission,2022, ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/QANDA_22_6494(2023年3月31日アクセス)
7. ‟Recommendations for the Tourism Sector to Continue Taking Action on Plastic Pollution During COVID-19 Recovery” UNWTO, 2020, webunwto.s3.eu-west-1.amazonaws.com/s3fs-public/2020-07/200722-recommendations-for-tackling-plastics-during-covid-recovery-in-tourism.pdf、(2023年3月31日アクセス)
8. 持続可能な 製品をEU市場における規範とし、「資源の採取→製品の製造→使用→廃棄」という従来の製 造・消費のモデルを廃止し、設計段階において製品の環境への影響を考慮することで、製品 が環境と気候に与える影響を抑制することを目的としたもの
9. REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL
establishing a framework for setting ecodesign requirements for sustainable products and repealing Directive 2009/125/EC , European Commission,2022, environment.ec.europa.eu/system/files/2022-03/COM_2022_142_1_EN_ACT_part1_v6.pdf(2023年3月31日アクセス)
10. YouTube、「ヤマダHD国内最大『家電リユース工場』新設」、youtube.com/watch?v=KX87IC4mUq0(2023年3月31日アクセス)
11. ダイキン工業株式会社、「地球温暖化抑制と資源循環型社会の実現に向け冷媒の回収再生を促進 冷媒再生に関するライフサイクルアセスメントを実施」、www.daikin.co.jp/press/2023/20230131(2023年3月31日アクセス)
12. 株式会社H2&DX社会研究所、「箱根温泉『株式会社強羅花扇円かの杜』と脱炭素化に向け、水素エネルギーの利活用検討開始」h2dx.co.jp/news/0929/(2023年3月31日アクセス)
13. やまとごごろ.jp「旅行・観光開発ランキング『持続可能性』を考慮した2021年版で日本1位に —世界経済フォーラム」、yamatogokoro.jp/inbound_data/46457/(2023年3月31日アクセス)
14. EYストラテジー・アンド・コンサルティング『ツーリズムの未来2022-2031』(日経BP、2021年)およびwww.ey.com/ja_jp/consulting/the-future-of-tourism-with-corona-and-post-corona参照
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コロナ禍を経て、観光のスタイルや価値観は変化しており、アジア諸国もこれに対応しています。日本も対応が遅れれば、世界的に回復基調にある国際観光の需要を持続的に取り込んでいくことは困難になるでしょう。
また、本当の意味での循環型経済の促進、持続可能な観光を推進していくための、STRやサステナビリティへの取り組みが、今、日本発で求められているのではないでしょうか。