観光(ツーリズム)におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とは何か?

観光(ツーリズム)におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とは何か?


新型コロナウィルス感染症(COVID-19)によりツーリズムにおけるDXの必要性は加速化し、観光地やツーリズム関連事業者の最重要課題となりました。

多様な観光客のニーズを把握するためにDXを推進し、観光地としての魅力を再定義することで、この危機を乗り越える道が拓かれます。


要点

  • ウィズコロナの時代に、ツーリズムにおいてDXによるビジネスモデルの変革は待ったなしの状況。
  • ツーリズムにおけるDX推進のカギは、観光地が主体となった取り組みであり、観光地経営の高度化につなげることである。
  • ツーリズムのDXは、あらゆる産業の巨大なデータべースとなり、イノベーションの源泉となる。


ツーリズムを取り巻く環境変化

2020年初頭から、世界的に猛威を奮っている新型コロナウイルス感染症により、世界は未だかつて経験したことのない状況に陥っています。2021年11月末現在、日本では感染の落ち着きも見られ、徐々に制約が解除されつつあり、かつての行動に戻ることが許され始めました。一方で、海外ではロックダウンが再び実施される国も出るなど、感染の再拡大が起きています。また、新たな変異株も確認され、日本でも予断を許さない状況となっています。少なくとも今後しばらくの間、私たちはこの厄介な感染症と付き合っていかざるを得ず、ウィズコロナにおける「新しい日常」の模索を通じて、消費行動は変容していくと考えられます。

こうした状況は、移動を前提としたビジネスモデルである観光に甚大な影響を及ぼしました。WTTCによると世界的な移動の制限により、日本へのインバウンド旅行者は消失し、2019年に5.9億人いた国内旅行者は、2020年には2.9億人と約50%減少しました。国内旅行者とインバウンドをあわせた旅行消費額は、2019年の26.8兆円から2020年の10.7兆円と、この1年で16.1兆円の市場が縮小(対前年比60%減)という信じられない状況となりました。世界のツーリズム関連産業のGDPは、2020年には約4.5兆ドル減少(対前年比49.1%減)し、約4.7兆ドルとなるなど、観光には日本のみならず世界的に甚大な影響が生じています。

図1:新型コロナウイルス感染症による国内観光消費額の減少

図1:新型コロナウイルス感染症による国内観光消費額の減少

新型コロナウイルス感染症によるツーリズムの変化

では、新型コロナウイルス感染症は、ツーリズムにどのような変化をもたらしてきたのでしょうか。変化の切り口として、大きく次の3つが考えられます。

① ツーリズムの概念の変化

  1. 移動が制限されたことにより、これまで主要だった「観光地への訪問を前提としたビジネスモデル」が、壊滅的な状況に
  2. ECなどを通じた、現地にいなくても消費を促進するソリューションや、バーチャルツアーによる疑似的なツーリズムに注目が集まる
  3. 今後は、リアルチャネルとデジタルチャネルを組み合わせた新しい観光の形が重要になる

② 観光客がツーリズムに求める価値基準の変化

  1. これまで観光客が旅行先を選択する際の重要な基準は、安さや利便性
  2. コロナ禍によって感染症対策の有無が観光地選びにおける大きな基準となり、一定程度の対価を支払っても、安心・安全な環境を重視する価値観が台頭
  3. 観光地としては、文化施設など「密」になりやすい屋内施設の混雑状況を可視化するなど、観光客への衛生・安全情報の発信が今後の重要なポイントになる

③ 観光客と観光地のパワーバランスの変化

  1. これまで観光地は地域の消費につながる観光客の誘致を優先し、観光客の受け入れにあたって相対的に弱い立場
  2. コロナ禍により、感染対策に関する一定のルールを守らない観光客に対し、訪問を拒否する流れが生じており、今後は観光地が観光客と対等、もしくはより強い立場に変化する可能性がある

特に①の変化は、まさに今後のツーリズムのビジネスモデル、在り方を考察する上で重要であると言えます。つまり、デジタル技術を活用して、どのように観光客と向き合い、消費につなげていくかを、事業者は真剣に考えなくてはならなくなってきたということです。これまでも、ツーリズム関連産業ではIT化、デジタル化が進められてきました。例えば、宿泊施設ではPMS(施設管理システム:Property Management System) など個別にデジタルツールの導入を進めてきましたが、さらなるデジタル化による顧客とのチャネル拡充と、チャネルから取得するデータの統合利用には、まだ課題が多い状況です。飲食店や小売店も同様で、売上データのデジタル化すら進んでいないケースも少なくありません。

観光客の誘致、消費増大、コロナ禍でも安心・安全な環境の提供などに向けて、ツーリズム関連事業者には、データの取得と活用の推進によって、観光客の行動や消費の実態を明らかにしていくことが今後強く求められます。さらに、そのインサイトを用いたビジネスモデルの革新につながるデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が一層増しています。

図2:コロナ禍によるツーリズムの変化

図2:コロナ禍によるツーリズムの変化

ツーリズムにおいてDXをいかに実現するか

DXは、経済産業省の定義によれば「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」とされています。これを実現するためには、原則としてあらゆる業務に関するデータをアナログからデジタルに変換することが、第一歩となります。これまでも、IT化、デジタル化が進められてきましたが、DXの実現には、徹底的にデータをデジタル化し、そのデータの分析を通じてビジネスを変革していくことが求められているのです。しかしながら、多くのツーリズム関連事業者は、IT化、デジタル化の段階で満足してしまい、DXに進めていないのが現状です。

図3:DXとは何か

図3:DXとは何か

関連ウェブキャスト

「ツーリズムの未来2022-2031」出版記念セミナー

本セミナーでは同書の発刊を記念し、社内外の専門家が考える今後のツーリズム像を提示します。前半では、マーケティング・ボイス代表取締役の鶴本浩司氏、本書を監修した弊社ディレクターの平林知高より、パンデミックからの回復期のツーリズムのトレンド、10年ほど先のツーリズムについて、それぞれ概括します。後半では、本書の編集人を務めたオートインサイト代表の鶴原吉郎氏、JTB総合研究所執行役員企画調査部長の波潟郁代氏を加え、今後のツーリズムについてディスカッションします。

    多様化する観光客のニーズを捉え、観光地に集客するためには、個別の事業者だけの取り組みでは不十分で、観光地全体で観光客のニーズを捉え、必要なサービスを提供し、観光客を誘致していく必要があります。しかしながら、その観光地にどのような人が訪れているのか、どんな行動をとっているのか、どの程度の消費があるのかを「データ」として把握している地域は多くはありません。
     

    観光客の行動、消費に関するデータを一番保有しているのは、実際に観光客にサービスを提供しているツーリズム関連事業者です。まずは、この事業者のデジタル化を徹底的に進めていく必要があります。しかしながら、ツーリズム関連事業者は、相対的に中小零細事業者が多いため、個別にデータ活用によるビジネス変革(トランスフォーム)を実現することは、スキル、ナ レッジ、リソースなどの制約から容易なことではありません。
     

    そのため、ツーリズムの文脈でのDXの実現にあたっては、事業者がそれぞれDXに向けて取り組むというよりは、まずデジタル化を通じて、自社顧客の行動、消費のデータを取得できる環境整備に注力することが望ましいでしょう。その上で、各事業者のデータを観光地が集約し、そのデータから地域レベルで観光客の行動や消費を可視化し、最終的には個別事業者へインサイトを還元する方向性が考えられます。こうすることで、観光地は経営に必要な観光客の実態を把握できるため、多くの観光客を誘致し、個別の事業者へ送客するという「観光地経営」の一歩を踏み出すことが可能となります。
     

    なお、ツーリズム関連事業者は、自社でデータをフル活用することが困難でも、まずは地域の状況が可視化されたインサイトや、データを一覧できるダッシュボードのようなものを使って、「何の」データが、「どのように」使われているのかを理解することが重要です。データの活用方法を理解することで、自らが経営のよりどころにしてきた、アナログな指標や勘がデータで裏付けられ、デジタル化やデータ活用の意義が理解しやすくなり、ひいてはビジネスの変革へとつなげていく道が拓かれるのです。

    こうした世界観を実現するためには、地域でどのようなデータであれば共有できるのか、きちんと議論を進めていく必要があります。EYも支援している沖縄では、沖縄総合事務局、県、OCVB(沖縄コンベンションビューロー)、ISCO(沖縄ITイノベーション戦略センター)の4団体が共同でメッセージを発出し、ウィズコロナにおける観光復興に向け、「データ利活用型観光振興モデル」として、こうした取り組みをスタートしたところです。

    図4:ツーリズムにおけるDXの方向性

    図4:ツーリズムにおけるDXの方向性

    ツーリズムのDXがあらゆる産業のデータベース実現に結び付く

    これまで見てきたように、ツーリズムにおけるDXは、データドリブンな観光地経営の基盤に繋がります。一方、いまやツーリズムと他産業との間に垣根はなくなりつつあり、あらゆる産業がツーリズムとのかかわりを持ち始めています。詳細は「ツーリズムの未来」をご覧いただきたいのですが、1次産業から製造業、金融など、そのすそ野は広がる一方です。

    これらの現象は何を意味しているのでしょうか。ツーリズムにおいてDXを推し進めることは、単にツーリズムに特化したデータではなく、産業横断的な、あらゆるサービス提供のデータが観光地に蓄積されていくことであり、それは地域レベルの産業に関する巨大なデータベースの整備につながる可能性を持っています。すなわち、ツーリズムを媒介として地域の状態を可視化し、あらゆる政策やビジネスに活かせる機能を備えたデータベースによって、定期的な大規模調査による統計データでは捕捉しきれない、急速に変化する環境もタイムリーに把握できるようになり、観光関連事業や観光地経営の高度化というだけの利用を超えて、あらゆる産業に必要な経営資源となっていきます。

    重要なのは、このデータベースを地域に開かれたものにすることです。企業規模に由来するデータの入手、活用能力を巡る格差はイノベーションを促進する上で制約となるため、ツーリズムすなわち地域のデータを一元的なデータベース上に整理し、あらゆるプレーヤーがアクセス可能とすることで、ツーリズム以外の産業においても、技術やアイデアを持つスタートアップ企業参入の増加や新規事業の活発な創出が促されることが期待されます。イノベー ションの源泉として、質・量の両面で充実したデジタルデータの重要性は論をまちません。将来のツーリズムには、地域でのデジタル化を推進する基盤としての役割と、地域でのデータ活用を通じたイノベーションを促進するインキュベーターとしての役割が求められることになります。


    書籍のご案内


    『ツーリズムの未来 2022-2031』

    編者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング
    出版社:日経BP日本経済新聞出版本部

    書籍についてのお問い合わせ・購入等は下記出版社サイトをご確認ください。
    ツーリズムの未来 (日経BPウェブサイトへ)
    ※上記サイトより特別編集版を無料でダウンロードしてご覧いただけます。


    関連リリース

    EYストラテジー・アンド・コンサルティング監修の「ツーリズムの未来2022-2031」、日経BPから12月に発行

    EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:近藤聡)は、2021年12月24日に日経BPからEYSCが監修・執筆の書籍「ツーリズムの未来2022-2031」が発行されることをお知らせします。

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      サマリー

      ウィズコロナ時代において、ツーリズムにおけるDXは観光地やツーリズム関連事業者にとっては最重要課題となっています。DXを実現するためには、観光地が主体的にこれを推進し、観光地経営の高度化を実現するとともに、そのデータを地域に共有することで、あらゆる産業が利用可能なイノベーションのハブとしての仕組みが構築されることが期待されます。


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