TNFDベータv0.3版発行:推奨される科学的根拠に基づく自然関連の目標(SBT for Nature)設定方法

TNFDベータv0.3版発行:推奨される科学的根拠に基づく自然関連の目標(SBT for Nature)設定方法


2022年11月にTNFDのベータv0.3版が公表されました。4つの柱の1つである「指標と目標」については、科学的根拠に基づく自然関連目標(SBT for Nature)を設定することを推奨するとし、追加ガイダンスのドラフトも公表されました。

本稿では、SBT for Natureの概要や策定状況、追加ガイダンスの概要について説明します。


要点

  • TNFDのベータv0.3版では、4つの柱の1つである「指標と目標」については、科学的根拠に基づく自然関連目標(SBT for Nature)を設定することを推奨している。
  • 追加ガイダンス(ベータ版)では、SBTNの手法に基づく分析はTNFDのLEAPアプローチに基づくリスク・機会の評価に寄与し、またLEAPアプローチはSBT for Natureの設定に寄与するとしている。
  • LEAPアプローチを進める際には、SBTNのガイダンスも参照することが有用と考えられる。両者とも現在開発中だが、本格運用に先駆けて取り組みを進めることが考えられる。


自然関連の財務情報開示フレームワークである自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、以下「TNFD」)については、2023年9月の発行に向け、策定が進められているところですが、この度、2022年11月4日にそのベータv0.3版が公表されました。

ベータv0.3版では、TNFDのフレームワークを構成する4つのピラー(柱)の1つである、「指標と目標(Metrics and Targets)」について、SBTN(Science Based Targets Network)による基本原則に従った、科学的根拠に基づく自然関連目標を設定することを推奨するとし、SBTNとの共同開発により、新たに「科学的根拠に基づく自然に関する目標の企業向け追加ガイダンス(Additional draft guidance for corporates on science-based targets for nature)」(以下、「TNFD SBT for Nature追加ガイダンス」)のドラフトを公表しました。

本稿では、SBT for Natureの概要や策定状況、TNFD SBT for Nature追加ガイダンスの概要について説明します。


1. 科学的根拠に基づく自然に関する目標(Science Based Targets for Nature)

1-1. 概要

気候変動に関しては、従前より科学的根拠に基づく目標(Science-Based Target、以下「気候変動SBT」)についての定義、設定手法、認証のルールが開発、運用されています。現在、世界中の企業がそのルール、手法に基づいたGHG排出量目標の設定や、設定した目標への認証取得を進めています。

科学的根拠に基づく自然に関する目標(Science Based Targets for Nature、以下「SBT for Nature」)は、その対象範囲を生物多様性など、自然資本のより広い範囲に広げるものです。現在、Science Based Targets Network(以下「SBTN」、約70の組織のパートナーによるネットワーク組織)により、開発が進められているところですが、その特徴を気候変動SBTとの比較で整理すると表1の通りとなります。


表1 SBT for Natureの特徴

気候変動SBT

SBT for Nature

開始時期

2015年

2023年(予定)

運営母体

SBTi
(CDPや世界自然保護基金〈WWF〉、国連グローバル・コンパクト〈UNGC〉、世界資源研究所〈WRI〉が共同運営)

SBTN
(約70のNGOなどの組織のパートナーによるネットワーク組織)

目標設定対象

気候変動(温室効果ガス排出量など)

自然資本。対象分野に以下の5分野が定義されています

 

  • 生物多様性(Biodiversity)
  • 水(Freshwater)
  • 土地(Land)
  • 海洋(Ocean)
  • 気候変動(Climate Change、SBTiと統合)

目標水準

2℃を十分に下回る水準(Well Below 2℃)または1.5℃目標

  • 2050年:ネットゼロ

(パリ協定に基づく)

ネイチャーポジティブ(Nature Positive)

  • 2020年:ノーネットロス(No net loss)
  • 2030年:ネットポジティブ(Net Positive)
  • 2050年:完全回復(Full Recovery)

(SBTNにより定義)

基準・ガイドライン

SBTiにより以下が発行されている

  • SBTiコーポレートマニュアル
  • 基準(SBTi Criteria)
  • ネットゼロ基準(Net Zero Standard)
  • セクター別ガイダンス

など

SBTNにより以下が発行されている(その他については今後開発、発行予定)

  • 初期ガイダンス
  • 技術ガイダンス(ステップ1、2:ドラフト版)
  • 技術ガイダンス(ステップ3のうち水(Freshwater):ドラフト版)

認証

SBTiによる認証スキーム

現時点では議論なし


1-2. SBT for Nature設定のためのステップ

SBT for Natureについては、2020年に初期ガイダンスがSBTNより公表されています。その中で目標設定のためのステップとして、図1の5つのステップが示されています。

図1 SBT for Nature設定のための5つのステップ

図1 SBT for Nature設定のための5つのステップ

出典:SBT for Nature初期ガイダンス(2020年9月公表:SBTN)よりEY作成


これらのステップのうち、ステップ1:分析・評価(Assess)とステップ2:理解・優先順位づけ(Interpret and Prioritize)についてはそれぞれの技術ガイダンスドラフト版が、またステップ3:計測・設定・開示(Measure, Set and Disclose)のうち、水(Freshwater)については2022年9月に技術ガイダンスのドラフト版がSBTNより公表されています。今後、2023年第1四半期(1月~3月)には正式版が公表される予定です(ステップ3のうち、土地〈Land〉についても同時期に技術ガイダンスの正式版が公表予定)。

また、ステップ3に関連して、生物多様性(Biodiversity)、海洋(Ocean)についての技術ガイダンスが、また、ステップ4:行動(Act)とステップ5:追跡(Track)についても技術ガイダンスが今後公表される予定となっています(気候変動については、既に運用されているガイダンス、ルールが引き続き運用される予定)。


1-3.「科学的根拠」に基づく目標設定

気候変動SBTでは、目標設定は、1.5℃目標、ネットゼロというグローバルな目標から落とし込む形で、企業は自社のGHG排出量削減目標を設定しています。

一方でSBT for Natureにおいて、「科学的根拠」とはどういうことか、またそれに基づく「目標」はどのようにして設定されるのか、ということについて、初期ガイダンスでは、「社会目標と整合しており、かつ『地球の限界』内にあること(aligned to societal goals and to staying within Earth’s limits)」と説明しています。そしてそこから翻訳(Translated)することで自社の目標を設定することとしています(詳細は初期ガイダンスの技術付属文書4(TA4)において説明)。


2. 科学的根拠に基づく自然に関する目標の企業向け追加ガイダンス(TNFD)

上述の通り、TNFDのベータv0.3版では、SBTNとの共同開発により、新たに「TNFD SBT for Nature追加ガイダンス」のベータv0.3版がTNFDより公表されました。

本ガイダンス(ドラフト)では、TNFDに沿った開示を行う企業は、SBTNによるガイダンスに従って、目標を設定することを推奨しています。

その理由として、図2の通り、TNFDのLEAPアプローチと「SBT for Nature設定のための5つのステップ」については、共通するアウトプットがあり、連携することによるメリットがあることによります。

図2 目標設定におけるTNFDとSBTNの連携

図2 目標設定におけるTNFDとSBTNの連携

出典:TNFD「科学的根拠に基づく自然に関する目標の企業向け追加ガイダンス Beta v0.3」(2022年11月)を基にEY作成


「TNFD SBT for Nature追加ガイダンス」のベータv0.3版では、SBTNの目標設定手法に基づくデータや分析結果は、TNFDのLEAPアプローチに基づいて、企業が自然関連のリスク・機会の評価することに寄与するものであり、また一方で、LEAPアプローチは、企業がSBT for Natureを設定するために必要なデータを取得することに寄与するとしています。

TNFDフレームワークとSBTNの手法は、いずれも現段階では開発中であり、今後、双方の使い勝手向上のため、さらなる連携を取りながら開発していくとしています。

なお、TNFDのスコープには、SBTNの現段階の手法でカバーしていない領域として以下があるとしており、今後のベータv0.4版の公表(2023年3月予定)に向けては、これらの領域をカバーしていくことに焦点を当てるとしています。

  • 金融機関による使用
  • バリューチェーンの下流(Downstream:SBTNの手法ではバリューチェーンの上流と自社操業に焦点を当てている)
  • 大気質含む大気領域における影響
  • 自然への依存性(SBTNの手法では影響のみに焦点を当てている)
  • 自然関連のリスクと機会

3. 企業ができる取り組み

図2に示す通り、TNFDのLEAPアプローチと「SBT for Nature設定の5つのステップ」には共通しているところもあることから、LEAPアプローチを進める際には、SBTNのガイダンスも参照/活用することが有用であると考えられます。

また、上記の通り、TNFDのスコープではSBTNの現手法でカバーしていない領域について補っていくとしている一方で、「TNFD SBT for Nature追加ガイダンス」では、同ガイダンスで提供するのは概要のみであり、詳細はSBTNのガイダンスを参照することを推奨するともしており、両者は車輪の両輪の関係にあると言えます。

両者とも現段階では開発中ではありますが、ベータ版、ドラフト版などの現状入手できる情報を参照し(なお、SBT for Natureについては、2023年3月までにステップ1、2、3〈水、土地〉のガイダンスの正式版がSBTNにより公表予定ですので、それを参照することも有用)、企業は、本格運用に先駆けて取り組みを進めることができます。

特にSBT for Natureについては、ステップ3の技術ガイダンスにより目標設定が可能になるとしており(SBTN技術ガイドラインより)、今後、取り組みを進めることが期待されます。

TNFDのタスクフォースメンバーにはEYのメンバーが含まれています。またEYでは、グローバルや日本のチームにおいても生物多様性/自然資本をバックグラウンドに持つメンバーを擁しており、関連する最新情報を共有しています。

一方でTNFDのベースとなっているTCFD(気候変動関連情報開示フレームワーク)についても、企業への支援実績を多く有しています。

これらのネットワークや知見を生かし、EYでは企業の皆さまのTNFDへの取り組みを支援することが可能です。


【共同執筆者】

多田 久仁雄
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 マネージャー

20年以上にわたり、環境に関する業務に従事。
温室効果ガスをはじめとしたESG/サステナビリティ情報に関する第三者保証や関連アドバイザリー、また生態系・自然環境分野、廃棄物リサイクル分野など、環境全般について広く経験を有する。
現在は気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)のコンサルタントとして、主に環境/EHS分野での業務に従事し、顧客のサステナビリティパフォーマンスの向上に貢献している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

TNFDのベータv0.3版では、4つの柱の1つである「指標と目標」について、科学的根拠に基づく自然関連目標(SBT for Nature)を設定することを推奨するとしています。LEAPアプローチを進める際には、SBTNのガイダンスも参照することが有用であり、両者とも現在開発中ですが、本格運用に先駆けて取り組みを進めることができます。


EYの最新の見解

TNFDベータv0.3版発行による開示提言とLEAPアプローチの一部変更に伴い、企業はリスクと機会だけでなく、影響と依存についても情報開示が必要

自然関連の財務情報開示フレームワークである自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、以下「TNFD」)のベータv0.3版が2022年11月4日に公開されました。本記事ではベータv0.3版本文のうち押さえたい 点を中心に、前版からの改訂点についてお伝えします。


    この記事について

    EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

    EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

    EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)